フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

6月29日(水) 晴れ

2011-06-30 01:31:06 | Weblog

  8時、起床。今日も晴天。真夏日。バタートーストと牛乳の朝食。
  9時半に家を出て、大学へ。10時半からカリキュラム委員会。お弁当を食べながら1時過ぎまで。1時半から現代人間論系の教室会議。出席するのはひさしぶり。2時半から基本構想委員会。5時半から人事委員会。その後、教務的打ち合わせ。
  夕食を文カフェにとりにいく。冷ぶたしゃぶ、唐揚のおろし煮、ほうれん草のおひたし、味噌汁、ご飯で、計534円。レジ係の学生(だと思う)に、「534円というのは、ここの相場では、贅沢な夕食ですか?」と尋ねたら、「はい、ちょっと贅沢です」とのこと。500円が分水嶺らしい。

  9時まで教務室で仕事をして、帰ろうとしたら、体調の悪い学生が救護室(保健センター)にいるというので、様子を見に行く。昔、第二文学部の学生担当教務主任だったころは、しょっちゅうこんなことがあったような気がする。11時、帰宅。


教務室も節電中


6月28日(火) 晴れ

2011-06-29 08:32:20 | Weblog

  8時、起床。チャーハンの朝食。
  チュンを田園調布の「小鳥の病院」へ連れて行く。飛ぶときにバランスを崩して落下してしまうこと、それが繰り返されて、近頃は飛ぼうとしなくなっていることを話す。先生は、神経の障害の可能性がありますね、たとえば何かで頭を打って身体のバランスを保つ神経に障害が出ることもあります、と言った。神経の障害の場合、すぐに回復するということは難しいらしい。これまで何度か「小鳥の病院」にチュンを連れてきたが、いつも原因がすぐに特定化され、治療の方法もはっきりしていたのだが、今回はいままでのようにはいかないようだ。しばらく籠の中で飼育して様子をみることにしよう。

  昼前に家を出て、大学へ。梅雨明けのような太陽と大空だが、まさか6月中に梅雨明けということはあるまい。梅雨の中休みだろう。でも、梅雨入りも異例に早かったから、梅雨明けも異例に早いというのは理屈ではありえるか。


  「maruharu」でサンドウィットとアイスカフェラテを持ち帰りで注文。待っている間にオレンジとグレープフルーツ(だったかな?)のゼリーを食べる。涼味。

   3限は必修基礎演習。テキスト『<私>時代のデモクラシー』の第4章のグループ発表。わかりやすい(わかりやすすぎる?)発表だったので、質問や意見がたくさん出た。隙のない発表、無難な発表よりも、たたき台として機能する発表の方がいい。とくにY君はお疲れ様。テキストを読んでのグループ発表は本日で終了。来週からは、毎回6人ずつ、レポートの構想を発表してもらう。
  4限は演習「現代社会とセラピー文化」。あまりに暑いので、FさんとKさん(二人とも私のゼミ生)に頼んで、生協でガリガリ君を買ってきてもらう。もちろん全員の分だ。さすがに40本はなかったようで、ガリガリ君(ソーダ味)とブラックなんとかというアイスバーの2種類になった。好みをものをとってもらったが、うまく半々に分かれた。休みの学生の分が3本余ったので、発表者に2本余分にあげて、私が1本食べることにした。二口かじったところで、男子学生が一人遅れてやってきた。二口かじったものをあげると喜んでいた(たぶん)。

  今日は夜間当番の日。夕食を「西北の風」に食べに行く。ハンバーグのセット、食後にコーヒーを注文。夕日をながめながら夕食が食べられるのはいまの季節ならではである。

 

  教務室に戻って7限の終りまで仕事をして、帰る。


6月27日(月) 曇り

2011-06-28 00:25:01 | Weblog

  9時、起床。パンとハムとレタスと牛乳の朝食。食事をしていると、勝手口の辺りで野良猫の声がする。例の子持ちの猫だ。ベランダから顔を出すと、私に気づいて、上を向いて、ニャーと鳴く。食べていたハムを一枚放ってやるとペロリと食べた。もう一枚やるとやはりペロリと食べた。よほどお腹が減っているらしい。最後の一枚をやって、もうこれでおしまいと掌を振ってベランダから離れる。レタスだけでパンを食べる。

  昼から大学へ。昼食を「たかはし」でとる。刺身(鮪と平目)定食。定食はよいものである。そう思っているのは私だけではないようで、定食主義(帝国主義でない)という言葉もある。定食のよいところは、第一に、見た目が楽しい。第二に、次は何を食べようかと箸の動きが複雑な図形を描く。これもまた人生の豊かさを表している。第三に、おかずだけが残ったり御飯だけが残ったりしないように無意識に計算しつつ食べるのでボケの防止につながる。第四に、もっと前に書くべきだったかもしれないが、栄養のバランスがいい。  

  今日は授業も会議もないが、教務室であれこれの仕事や面談、そして事務との打合せ。窓の外に目をやると緑が濃い。ソローの『森の生活』(1854年)が頭に浮かぶ。私が生まれるちょうど100年前に書かれた本だ。昨日の読売新聞の書評欄で都甲先生が『森の生活』を取り上げていた。

  「ソローの試みを一言で言えば、生活の革命である。やるべきこと、手に入れるべきもの、世間での評判なんかでいつも僕らの頭はいっぱいだ。でも、本当に必要なことはそんなにあるのかな。むしろ無駄なもののおかげで、僕らは人間的に成長できないでいるんじゃないか。「働きづめの人間は、毎日を心から誠実に生きる暇などもたない。/ここまでは誰でも言える。ソローがすごいのは、実際に原始生活をやってみることだ。ネイティヴ・アメリカンたちの暮らしに触発されながら、湖のほとりに自力で小屋を建て、豆を育て、魚を獲る。そして二年間の孤独な暮らしを通じて自分でつかみ取ったものをシンプルな言葉にする。そこには権威や伝統に対する盲従などまるでない。」 

  私も教務の仕事が終ったら(まだ一年以上あるのだが)、私流の「森の生活」をしてみようかと思う。都市的人間である私には長期の田舎暮らしはできそうもないが、都市の中での「単純な生活」ならできそうだ。朝起きて、書斎で本を読んで、散歩に出て、昼飯を食べて、喫茶店で本を読んで、ジムで汗をかいて、風呂に入って、夕食を食べて、ものを書いて、寝る。・・・でも、これなら夏休みにやっているのと同じだということに気づく。やはり依存のシステムである都会を離れなければならないのだろうか。そうだ、「海辺の生活」はどうだろう。朝起きて、浜辺を散歩して、カフェで朝食をとり・・・い、いかん、自給自足でなければ。

   6時で仕事を切り上げて、帰る。今夜は家で長男の23歳の誕生日を祝ってみんながそろって夕食を食べることになっているのだ(本当の誕生日は29日で2日早いのだが、29日は夕食の時間に全員そろわない)。蒲田に着いて、駅ビルでケーキを購入(妻から仰せつかった私の役目なのだ)。夕飯の献立は長男の(家族全員の)好物である餃子だった。

 

  息子はこの夏に大学院の研究室のプロジェクトで一月ほど中国(成都)に行くことになっている。初めての海外だ。はなむけに奥田民生の名曲「息子」(1995)を贈ろう。

http://www.youtube.com/watch?v=m1aBXSYLsrI


明日は午前中にチュンを小鳥の病院へ連れて行く


6月26日(日) 曇り、夕方から霧雨

2011-06-27 00:32:45 | Weblog

  8時、起床。ブログの更新をすませたから、ハムとレタスとパンと牛乳の朝食。
  午後、散歩に出る。下丸子の「喜楽亭」で昼食をとる。驚いたことに(というのは失礼だが)、店に入ると、客が二人もいた。中年の男性客と中年の女性客。それぞれ「お一人様」で別々のテーブルに着いていた。私も別のテーブルに着いたので、5つあるテーブルの3つが埋まった。これは稀有の情景ではないだろうか。チキンカツ定食を注文。ここはカツが旨いということがこれまでの経験からわかったのだ。ちなみに中年の男性客はメンチカツ定食、中年の女性客は炒飯を食べていた。冷蔵庫の上に置かれたラジカセから、FENだろう、英語の曲がずっと流れていた。ご主人との会話もいつもより心持ち弾んだ感じがした。

  食後のコーヒーは、蒲田に戻って、「テラス・ドルチェ」で、穂村弘『君がいない夜のごはん』(NHK出版)を読みながら。「食べ物」をテーマにしたエッセイ集だが、これがなかなか面白い。女性編集者と話をしているときに、彼女が「カレーは温かいのいいって云う人が多いけど、私は御飯かルウのどっちかが冷たい方が好きなんです」と言われて、穂村は「おおっ、俺もです!」と、興奮のあまり「俺」と言ってしまった。確かに、僕も、そう思う(思わず「僕」と言ってしまった)。そして、どちらかと言えば、私は温かい御飯に冷たくなったルウという組み合わせの方が好きである。

  「テラス・ドルチェ」を出て、ジムに向かう。久しぶりのジムである。何か忘れているような気がしたが、案の定、フェイスタオルとバスタオルを忘れていた。310円払ってレンタルする。筋トレは軒並み負荷をワンランク落として2セット。有酸素運動はいつものクロストレーナーではなく、ウォーキング&ランニングを20分。いつもより短く切り上げる。外に出ると、霧雨が降っていた。傘を差すほどではなく、深呼吸をすると気持ちがよい。コンビニでガリガリ君(ソーダ)を買い求めて、コンビニを出たところ=大田区役所前で頬張る。「緑のコーヒー豆」で水分補給と読書の続き。

  そこが自宅の寝室であれ、旅先のホテルの部屋であれ、あるいは入院中の病室であれ、そこには必ず窓があり、一日はその窓から始まる。長田弘の詩集『世界はうつくしいと』の冒頭に載っている詩、「窓のある物語」をここに書き写しておこう。

  窓の話をしよう。
  一日は、窓に始まる。
  窓には、その日の表情がある。
  晴れた日には、窓は
  日の光を一杯に湛えて、
  きらきら微笑しているようだ。
  曇った日には、日の暮れるまで、
  窓は俯いたきり、一言も発しない。
  雨が降りつづく日には、窓は
  雨の滴を、涙の滴のように垂らす。
  ことばが信じられない日は、
  窓を開ける。それから、
  外にむかって、静かに息をととのえ、
  齢の数だけ、深呼吸をする。
  ゆっくり、まじないをかけるように。
  そうして、目を閉じる。
  十二数えて、目を開ける。すると、
  すべてが、みずみずしく変わっている。
  目の前にあるものが、とても新鮮だ。
  初めてのものを見るように、
  近くのものを、しっかりと見る。
  ロベリアの鉢植えや、
  体をまるめて眠っている老いた猫。
  深煎りのコーヒーのいい匂いがする。
  児孫のために美田を買うな。
  暮らしに栄誉はいらない。
  空の見える窓があればいい。
  その窓を大きく開けて、そうして
  ひたぶるに、こころを虚しくできるなら、
  それでいいのである。


6月25日(土) 晴れのち曇り

2011-06-26 09:46:03 | Weblog

  8時、起床。ハム&エッグ、トースト、牛乳の朝食。晴天だが、天気予報によれば、これから曇って、気温も下がるらしい。
  午前中はゼミ関係の仕事。来週から4年生は二回目のライフストーリー・インタビュー調査が始まる。ライフストーリー・インタビュー調査は私のゼミの核にあるもので、3年生の秋と4年生の夏に行う。現代という状況やそこでの人間の意識については、社会学や心理学の本を読めばわかるけれども、生身の人間と出会って、彼らの語るライフフトーリーに耳を傾けることが大切だと、私は考えている。

  午後、昼食を家でとってから、散歩に出る。天気予報どおりの曇り空になった。今日は駅の方ではなく、呑川とJRの線路の向こう側に行ってみようと思う。私の家があるのは西蒲田と呼ばれる地区で、JR蒲田駅の西口を出た方だ。線路の向こう側は蒲田と呼ばれる地区で、JR蒲田駅の東口を出た方だ。 線路を越えて向こう側に行くことはたまにしかない。東邦大学の大森病院へ行くとき、梅屋敷商店街で買物をするとき、区役所やジムに行くときくらいのものだ。長年蒲田に住んでいても、日常の生活圏は蒲田のごく一部に過ぎない。
  線路の向こう側へ渡るルートは、踏み切り、歩道橋、地下道、蒲田駅ビル内の連絡通路などがあるが、家から一番近いのは、歩道橋である。この橋の名前は「そとかわだこせんじんどうきょう」というのだが(そう板切れに書いてある)、「じんどうきょう」は「人道橋」だが(人道的な橋みたいだ)、「そとかわだこせん」というのが意味がわからない。どういう漢字をあてるのだろう。
  *後記:「こせん」は「跨線」のことでしょうと、ブログの読者から教えていただく。残るは「そとかわだ」。地名のように思えるが、現在、蒲田周辺には「そとかわだ」という地名はない。昔の地名なのだろうか。

 

   線路の向こう側は蒲田一丁目一番地だった。昔、その町の一丁目一番地を訪ねる散歩番組があったのを思い出す。巨大なマンション(蒲田グリーンパーク)がある一方で、古い民家や、もう営業はしていない商店や、営業をしているのかしていないのかわからないビルがある。「昭和」の残存率は西口よりも大きい印象を受ける。

  公園に子どもたちの姿がたくさん見られるのも昭和的な風景である。

 

  御成橋通りの商店街をちゃんと歩いたのは初めてのような気がするが(これまでは横断するだけだった)、けっこうな人通りである。商店街は町を一枚の葉っぱに喩えれば、葉脈に相当する部分で、ここに人の流れがあることが大切だ。蒲田一丁目は活気のある町であることがわかった。

  商店街を歩いていくと御成橋のところに出る。やはり川のある町というのはいいものである。決して美しい川ではないが、川があると空が広くなり、そして風の通りもよくなる。

  いま来た道を引き返し、再び線路を渡り、わが町、西蒲田五丁目に戻る。