さんぽみちプロジェクト

さんぽみちプロジェクトの記録。
和歌山新報で日曜日一面に連載中の「WAKAYAMA NEWS HARBOR」と連携。

旬を迎える春柑橘 生産量3位「不知火(しらぬい)」

2021-02-28 13:52:39 | WAKAYAMA NEWS HARBOR
2月も今日が最終日。少しずつではあるが春が近づいているように感じる今日この頃である。
スーパーなどでは店頭に形や大きさが様々な柑橘が沢山並ぶようになってきた。
個性のある品種が顔を揃えるこのシーズン。県内で収穫される数々の「春柑橘」を紹介していきたい。

まずは「不知火(しらぬい)」。
ポッコリと膨らんだヘタと、丸みのある大きなシルエットが特徴。
「清美」と「ポンカン」を掛け合わせてできた品種で、糖度が高いうえに果汁も多く、手で剥きやすい。
中の薄皮(じょうのう)ごと食べられるので、小さな子供でも食べやすく、筆者の甥(3歳)の好物である。


【写真】不知火(しらぬい)

果実の重さは250g程度で、温州みかん(80g程度)3個分に相当し大きめ。
酸味を抜くため収穫後1~3週間程度貯蔵してから出荷されるという。
産地のトップは熊本県で約1万2千トン(農水省統計、2017年)。次いで愛媛県(約9千7百トン)、第3位に和歌山県がランクインし約5千2百トンで、全国シェアの約12%となる。

誕生は1972年。長崎県南島原市の果樹試験場で作られ、甘夏の産地として知られる熊本県宇城市(旧・不知火町)で栽培が始まった。それ故に、果実の名が不知火という。
以降、九州各地で広まり、やがて柑橘の産地である愛媛や和歌山、広島、静岡などに広がった。

現在はアメリカのカリフォルニア州でも栽培され、ヘタの出っ張りが力士の髷に似ていることから「スモウマンダリン」の名が付けられている。

不知火と瓜二つの柑橘として知られる「デコポン」。不知火との違いは次週紹介したい。

(次田尚弘/和歌山市)
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郵送式のPCR検査 もしもに備え、セルフチェックを

2021-02-21 16:35:55 | WAKAYAMA NEWS HARBOR
二度目の緊急事態宣言が発出され1ヶ月半が経過した。
新型コロナの新規感染者数は一時期と比べれば減少傾向にあるが、未だ予断を許さない状況にある。

緊急事態宣言下にある都府県では不要不急の外出を避けることを求められ、我慢の生活が続いている。
筆者が務める都内の企業でも在宅勤務率70%を目標とし、オフィスにはアクリル板の設置や密を避ける座席配置、換気の促進、除菌水の噴霧など様々な対策を講じている。

感染リスクを極力少なくする個人の努力も重要。新型コロナは無症状で本人が気づかずして他人に感染させることも多いという。
都内では昨年12月頃から安価でPCR検査を受けられるサービスを提供する事業者が増えはじめ、現在は郵送式での検査も一般的になってきた。

筆者もやむを得ない外出の前後に郵送式の検査を受けるようにしている。
1回あたり約3千円。ウェブサイトからキットを注文すれば数日で自宅に届く。
唾液を採取するための長い綿棒を口に含み、特殊な液が入ったプラスチック製の容器に綿棒ごと入れ蓋をし、同封の消毒液で容器を拭き取った後、液が漏れた場合の吸水シートが入った密閉袋に入れる。
検体を入れた容器には、あらかじめ個人名と検査IDがシール添付されているため書類の記入などは不要。
返送用封筒に容器を入れポストに投函すれば、検査機関到着後24時間以内にメールで結果が通知される。


【写真】郵送式のPCR検査キット

場所や時間を選ばず検査できる仕組みの普及で、手軽にセルフチェックを行うことができ、他者へ感染させるリスクを減らすことができる。
もしもに備え、引き続き、感染拡大の防止に努めていきたい。

(次田尚弘/東京千代田区)
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第500号を迎えて 持続可能な社会づくりを目指す

2021-02-14 13:49:14 | WAKAYAMA NEWS HARBOR
2011年1月から連載を開始した本コーナーは今日で第500号を迎えた。
読者の皆様、スポンサーである株式会社南北様、和歌山新報社の皆様に心より御礼申し上げたい。

筆者は和歌山市で生まれ育った。関東の大学に進学し、帰省した際に和歌山の魅力を強く感じたことを契機に、情報通信で地域活性化を目指す「和歌山さんぽみちプロジェクト」を立ち上げた。
大学卒業後もこの活動を続けたい、様々な地域で和歌山とのつながりを見つけ、地元・和歌山の皆様に有益な情報をお伝えしたいという思いから、本コーナーを担当してきた。

今後、意識していきたいテーマは持続可能な社会づくり。
2019年に和歌山市がSDGs未来都市に選定されたことは記憶に新しく、2030年を期限とする持続可能な開発目標として掲げられた世界共通の17の目標を達成すべく、経済、社会、環境など広い課題に総合的に取り組むもの。

和歌山市は「持続可能な海社会を実現するリノベーション先進都市」と題した計画を策定。
企業や団体と共に達成に向けた活動が進められている。

高齢化社会、人口流出、災害対策など、全国共通の課題もあれば、地域に特化した課題もある。
これらの課題を解決していくために着目すべきは、地域が持つ魅力的な資源。
それに気づき、強みを活かしていくことで、何世代先にも残せる持続可能な社会の基盤を作れるのではないだろうか。

和歌山の強みをもっと知り、和歌山のことを好きになっていただく。
持続可能な社会づくりのお役に立てる情報を県内外から集め、これからも皆様にお届けしていきたい。
本コーナーが1000号を迎える頃、今以上に和歌山が魅力的な街になれるよう微力ながら努めていきたい。

(次田尚弘)


【写真】次田尚弘(つぎた・なおひろ)。
1988年、和歌山市生まれ。都内の企業に勤務しながら本コーナーを担当。





「SL SDGs応援号」2019年8月10~12日 有田川鉄道公園

「D51形蒸気機関車」が走る環境啓発イベント「有田川鉄道公園エコフェスタ」が、2019年8月10~12日に和歌山県有田川町徳田の同公園で開かれました。
町と同機関車を所有するアチハ㈱(大阪市住之江区)の取り組み。同社の機関車はことし4月、使用済み食用油を精製したバイオ燃料でエアーコンプレッサーを駆動させ、大気中のCO2を増やすことなく圧縮空気で走る世界初のSLとなっています。
エコフェスタでは、国連が提唱する持続可能な開発目標(SDGs)を啓発するため、機関車を「SL SDGs応援号」とし、SDGsのカラーホイールをデザインした直径72㌢のヘッドマークを取り付けて特別運行する。
今回の運転には、5月の乗車体験イベントで来場者から回収した使用済み食用油26㍑を精製したバイオ燃料を使用しました。


記者に使用済み食用油を精製したバイオ燃料の説明をする筆者 2019.4.22


筆者とバイオ燃料でエアーコンプレッサーを駆動させ、大気中のCO2を増やすことなく圧縮空気で走る世界初のSL D51827 2019.4.22
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海と共存する豊かな暮らし 和歌山平野の成り立ちと防災意識

2021-02-07 13:50:34 | WAKAYAMA NEWS HARBOR
取材機は海から和歌山市全域を見渡せる位置に来た。西に開け紀の川を中心に街が広がる和歌山平野がよく見える。


【写真】和歌山平野を海から望む

和歌山平野は、紀の川の上流から運ばれた大量の土砂が堆積し形成された。
和歌山城周辺から秋葉山へと続く小さな丘は、岡山、吹上と呼ばれる砂丘の名残とされる。砂丘に広がる松林の根元の砂が風雨により流された「根上がり松」はこの地域の歴史を物語るもの。
先人が付けた、高松や小松原の地名からも地域の特徴を知ることができる。

海に開けた砂地の地形は、時に地震災害で甚大な被害に見舞われることがある。
1400年代の地震と津波により紀の川のルートが変わったとされ、発生が懸念される南海トラフ地震への備えが必要。
海の恩恵を受ける和歌山にとって、災害とは上手く付き合わねばならない課題といえよう。

防災士の資格を持つ筆者が子どもたちに防災教育を行う際、海から自宅までの距離を認識してもらうことがある。
目安にするのが、和歌山港やマリーナシティで打ち上げられる花火が見えてから音が聞こえるまでの秒数。
1秒間に約340m進むとされる音が何秒で聞こえるかで、海からのおおよその距離を測ることができる。

近ければ近いほど海の恵みを受けやすく、かつ、影響を受けやすいということ。
自治体が発行する防災マップなども参考に、もしもの時に備えることも、海と共存していくうえで必要なことだと思う。

28回に渡りお伝えしてきたこのコーナー。空から我が街を俯瞰して見るという発想で、地域の魅力を紹介してきた。
ぜひ、広い視野、異なる目線で地域を見つめなおし、郷土愛を深めてほしい。

(次田尚弘/和歌山市上空)



和歌山城周辺から秋葉山へと続く砂丘の名残とされる小さな丘の姿です。


和歌山城より南方向・名草山を望む



名草山から北西方向・秋葉山から打越山、和歌山城方面を望む



和歌山大学付属小中学校校庭に残る根上がり松 1990年10月撮影
万歳をしているのは当時2歳の著者


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