礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

司法官会同ニ於ケル内閣総理大臣訓示(1944)

2015-06-28 07:28:38 | コラムと名言

◎司法官会同ニ於ケル内閣総理大臣訓示(1944)

 今ごろになって、家永三郎の『司法権独立の歴史的考察』(日本評論社)を読み返すことになろうとは。それというのも、「安全保障関連法案」をめぐる昨今の政治情勢を見聞きしているうちに、戦時中、東条英機首相が司法関係者に対しておこなった「干渉発言」を思い出したからである。その干渉発言は、家永の前掲書に引用されていたという記憶があった。
 さっそく取り出してみた。私が架蔵している一本は、一九七一年六月発行の第二版第三刷。初版は一九六二年七月発行で、第二版(増補版)第一刷発行は一九六七年一一月である。
 同書の四五ページから四八ページにかけて、たしかに、東条首相が、司法関係者に対しておこなった干渉発言が引用されていた。正確には、「昭和十九年二月二十八日 司法官会同ニ於ケル内閣総理大臣訓示」というもので、このタイトルの謄写刷文書が存在し、会同における発言内容は、当時の新聞にも報道されたという。
 家永の前掲書は、同文書の全文を引用しているわけではないが、引用部分には、新聞発表では伏せられた箇所が含まれている。
 早速、紹介してみよう。引用中、(中略)などとあるのは、家永によるもので、【中略】などとあるのは、礫川によるものである。

昭和十九年二月二十八日 司法官会同ニ於ケル内閣総理大臣訓示(新聞紙発表ノモノト相違ノ点アリ長官限トシ取扱御注意ヲ請フ) 【謄写刷、マル秘印あり】

【前略】
 此ノ秋〈とき〉ニ当リ、司法ノ重職ニ当ラルル諸君モ其ノ職責遂行ノ上ニ於テ一大勇猛心ヲ以テ新ナル出発ヲ決意セラレタルコトト御察シ致スノデアリマスルガ、此ノ機会ニ於キマシテ、政府ノ特ニ期待スル所ヲ披瀝〈ひれき〉致シマシテ、御参考ニ供シ度イト存ズルノデアリマス。【中略】
 次ニ国内結束ヲ紊ス〈みだす〉モノニ対スル措置デアリマス。【中略】今ヤ苛烈ナル戦局下、切リ詰メラレタル戦時生活ノ要求ニ直面シテ、其処〈そこ〉ニハ不平モ生レ、不満モ生ジ、批判モ行ハレルコトモアリ得ルコトデアリマス。然シ乍ラ〈しかしながら〉之ヲ悪用シテ国論ノ分裂ヲ策シ、国民ノ結束ヲ紊ル〈みだる〉ガ如キ一部ノ不心得者ニ対シテハ、仮借スル所ナク之ヲ処断シ、簡明直截〈ちょくせつ〉ナル措置ニ依リ、一億国民ノ結束ヲ確保強化セネバナラナイノデアリマス。(中略)而モ政府ハ之ニ対シ、官民ノ盛リ上ル忠誠心ニ此ノ上共期待スルト共ニ、今日ニ至ルモ猶ホ〈なお〉時局ヲ弁ヘズ〈わきまえず〉、或ハ故意ニ、或ハ不注意ニ結束ヲ乱ス者ニ対シテハ、容赦ナク処断セントスルノデアリマス。従ヒマシテ、此ノ方面ニ直接携ハルル諸君ノ責務ハ愈々〈いよいよ〉重キヲ加ヘテ居ルノデアリマシテ、国家ノ諸君ニ期待スル所益々切ナルモノガアルノデアリマス。
 ドウカ諸君ニ於カレマシテハ、此ノ点ヲ篤ト肝ニ銘ジ、思ヒ切ツタ措置ヲ講ゼラレンコトヲ特ニ強ク希望致ス次第デアリマス。要スルニ、此ノ際諸君ハ従来ノ惰勢〈だせい〉ヲ一切放擲〈ほうてき〉シ、司法権ノ行使ヲシテ正シク必勝ノ為メノ司法権ノ行使タラシメタイノデアリマス。ドウカ諸君ニ於カレマシテハ虚心坦懐、内ニ省ミ、執ルベキハ速ニ〈すみやかに〉執リ、改ムベキハ直ニ〈ただち〉改メ、大胆率直ニ、而シテ敏速果断ニ職権ヲ行使セラレタイノデアリマス。特ニ所謂時局犯罪ノ敏速ナル処理ニ付キ、此ノ点ヲ強ク期待スルモノデアリマス。(〔原本頭註〕「 」内新聞不発表)「従来諸君ノ分野ニ於テ執ラレテ来タ措置振リ〈そちぶり〉ヲ自ラ批判モセズ、唯漫然ト之ヲ踏襲スルトキ、其処ニ果シテ必勝司法ノ本旨ニ副ハザル〈そわざる〉モノナキヤ否ヤ、篤ト振リ返ツテ見ルコトガ肝要ト存ズルノデアリマス。政府ハ素ヨリ〈もとより〉司法権ノ行使ニ対シマシテハ、衷心〈ちゅうしん〉ヨリ敬意ヲ表スルモノデアリマス。私ハ司法権尊重ノ点ニ於テ人後ニ落ツルモノデナイノデアリマス。然シ乍ラ、勝利無クシテハ司法権モアリ得ナイノデアリマス。苟且〈かりそめ〉ニモ心構ヘニ於テ、将又〈はたまた〉執務振リニ於テ、法文ノ末節ニ捉ハレ、無益有害ナル慣習ニ拘ハリ〈こだわり〉、戦争遂行上ニ重大ナル障害ヲ与フルガ如キ措置ヲセラルルニ於テハ、洵ニ〈まことに〉寒心ニ堪ヘナイ所デアリマス。万々一〈まんまんいち〉ニモ斯クノ如キ状況ニテ推移セン乎〈か〉、政府ト致シマシテハ、戦時治安確保上緊急ナル措置ヲ構ズルコトヲモ考慮セザルヲ得ナクナルト考ヘテ居ルノデアリマス。斯クシテ此ノ緊急措置ヲ執ラザルヲ得ナイ状況ニ立チ至ルコトアリト致シマスルナラバ、之〈これ〉国家ノ為洵ニ不幸トスル所デアリマス。然シ乍ラ、真ニ必要已ム〈やむ〉ヲ得ザルニ至レバ、政府ハ機ヲ失セズ此ノ非常措置ニモ出ヅル考ヘデアリマス。此ノ点ニ付テハ特ニ諸君ノ充分ナル御注意ヲ願ヒ度イモノト存ズ次第デアリマス。」以上頭ノ切リ換ヘニ付テ申述ベタ次第デアリマスルガ、(下略)

 三か所、下線を引いておいた。最初のところは、ひらがな文に直せば、次のようになる。

 今日に至るも猶ほ時局を弁へず、或は故意に、或は不注意に結束を乱す者に対しては、容赦なく処断せんとするのであります。

 これを読むと、最近話題になっている自民党「若手議員」による発言、――「福岡の青年会議所理事長の時、マスコミをたたいたことがある。日本全体でやらなきゃいけないことだが、〔マスコミは〕スポンサーにならないことが一番こたえることが分かった」といった発言と、発想において共通するものがある。
 しかし、この際、最も問題にしたいのは、二番目の下線の部分である。なぜなら、「違憲」という批判を無視して、「安全保障関連法案」の実現を図ろうとしている首相が、現に存在するからである。この首相の発想は、戦中の東条首相の発想と酷似していると思う。しかも、しかもその発言は、戦中のように、「新聞不発表」という措置が取られることもなく、堂々とマスコミに公表されている。これは実は、たいへんな問題ではないのか。【この話、続く】

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