礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

人類を滅亡させる原子爆弾は「兵器」ではない

2016-07-28 04:05:27 | コラムと名言

◎人類を滅亡させる原子爆弾は「兵器」ではない

 昨日の続きである。黒木雄司著『原爆投下は予告されていた』(光人社、一九九二)から、一九四五年(昭和二〇)七月二八日および二九日の日誌を紹介する(二三七~二三九ページ)。

 七月二十八日 (土) 晴
 午前八時、上番する。下番者田中候補生の報告は、
「田原候補生の申し送りでありますが、昨夜午後十時のニューディリー放送によりますと、(一)英国ではチャーチル内閣が七月二十六日で総辞職をし、七月二十七日、アトリー氏率いる労働党の内閣が成立したという。これは去る七月五日実施の英国総選挙で、労働党が勝利したことによる。(二)昨日(七月二十七日)、米軍戦爆連合約百五十機が北九州各地の都市を空襲し銃爆撃しました。以上であります」
 今日の報告の機数は少ないが、空襲は毎日つづいているような気がする。今日は明日の勤務変更で二勤、三勤の連続勤務である。今日は静かな時間帯がつづく。隊長、上山中尉ともに朝から姿が見えず、午後も来られない。厠に行くのにも声をかける人もない。夜中と同じように大急ぎに走っていって走って帰るようにする以外に方法はない。
 午後四時にたって、上山中尉が入って来られた。
 午後五時、NHKからニュースが流れて来た。本日(七月二十八日)、鈴木〔貫太郎〕内閣総理大臣は記者団に対し、
「帝国政府としては米・英・支三国の共同声明を黙殺すると共に断乎、戦争完遂に邁進するのみと決意をさらに固めた」と、発表した。
 隊長もちょうど入って来られ、聞いておられた。
 隊長「今日のところは上山。貴様の勝ちだな。しかし、どう考えてもおかしい。これは軍部の反対ではない。推測だが中立国で大物はソ連だから、近衛さんで失敗したが、ソ連には正式に大使も駐在しているから、ソ連をして条件付きで和平斡旋を依頼しているのだろう。その回答があるまでの時間稼ぎだろう。もう一つ考えられることは、今までの方針を一挙に覆すことのむずかしさのために国民にああ発表し、一方、十三項目という条件も発表させ、戦争開始時のような世論が、今度は戦争中止の世論を受ける形で受諾するという考え方の二通りが考えられる。が、国内の新聞は完全に統一されているだろうから、前者の方が有力だ。ソ連から何かの連絡を期待していると見たい」
 上山中尉は何もいわず、隊長の話を聞いておられた。
 午後七時をすぎて、自分がまだ勤務しているのを見られた隊長は、
「おい黒木、まただれか病気したんか」と聞かれた。自分は、
「歩兵基礎訓練に二人を参加させるための方法として、日曜日に一勤と三勤を交代させるので、今日に限り自分が連勤します」と答えた。隊長は、「そうか、それはご苦労さん」といわれた。
 午後十時、ニューディリー放送が流れて来た。――こちらはニューディリー、ニューディリーでございます。信ずべき情報に依りますと、本日(七月二十八日)、米軍艦載機約千百機は中部地方、四国地方の二方面に分かれ、かつ四次にわたって空襲し銃爆撃を致しました。繰り返し申しあげます。…………。――
 このアナウンサーは、日本語があまりにもうまい。日本人ではないかと思うと、今まで感じなかったが、無性に腹立たしさを感じた。午後十二時、下番する。

 七月二十九日 (日) 晴
 午前八時、上番する。下番者田原候補生が、「勤務中、異常ありません」と報告する。
 午前八時半ごろ、部屋に入って来られた上山中尉の顔は、非常に硬張【こわば】った顔で、まったく近寄りがたい。恐いほどだ。いろいろ悩んで夜も眠れぬのであろう。今日は日曜日にもかかわらず、部屋の中は何かしらピリピリ張りつめたような気がする。一昨日の無条件降伏の要求から、情報室内の空気が一変した。空襲でもあって敵機の行方を追っている方がずっとよい。その方が仕事に打ち込んでいろいろ考えなくてすむ。ところが来て欲しいと思うときにはこないものだ。もっとも今日は日曜日で、敵さんは月曜にはよく来るが、日曜にはまず来た前例がない。
 午前、午後と静かな時間がつづく。午後四時、上山中尉が出られて何だかホッとする。
 午後六時五分、下番する。田原に、「今日は何を習ったのか」と聞くと、「今日は突撃ばかりでした」という。田中同様に身長も体重も増して逞しくなった。田原と入浴、洗濯、夕食を共にする。田原はじつに器用な子で、洗濯などは非常に早い。早くてしかも上手だ。もっとも今日の俺の洗濯の量は、彼の三倍くらいあったようだが。
 タ食のときに、「班長殿、どうなるんでしょう」と聞く。前日勤務後の記録簿は、かならず目を通しておけと通達しているので、ポツダムの対日要求ば、百も知っているはずで、質問もそのことだと思う。
「おれにはわからん。鈴木総理は三国声明〔ポツダム宣言〕を黙殺されているが、国民にこれ以上の苦痛をかけるべきでないという気持で和平の道に持って行きたいというのが本心だと思う。お偉い方々の中には、和平の道に持ってゆくのに、敗戦は嫌だ、敗戦でもよい、日本の国体が護持されればよいという考え方もあってなかなか大変。今回の無条件降伏というのは、抵抗があるようだ」
「日本の国体護持とは天皇制のことですか」
「そうだ、天皇制のことだ。もう一つ気がかりなのは原子爆弾のことだ。上山中尉殿のお話によると、大変な毒瓦斯以上の兵器で、人類はもちろん動植物はじめあらゆる物を破壊してしまうという原子爆弾が使われないうちにどうせ和平に持ってゆくのなら早くして欲しいもんだ」
「原子爆弾の項目は、自分も読みましたが、隊長殿からもっと偉い人に報告されてるんですか」
「君も読んだと思う六月一日のスチムソン委員会から、大統領に対しての投下勧告のときと七月十五日の原爆実験成功時の二回をはじめ、原爆のニュースのつど、隊長殿から連隊長殿に、さらに上部にと報告されている。とにかくこれたけは避けてもらいたい、こんなのがもし使われるとしたら、その瞬間で戦いは終わりだろう。これは兵器ではない。人類が人類を滅亡させる道具だ」と、えらい口調で自分は話をしている。

*このブログの人気記事 2016・7・28(2・8位に珍しいものが入っています)

 

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