礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「我々の軍律は非常に厳重である」(『新辞林』軍用会話より)

2015-02-15 04:44:12 | コラムと名言

◎「我々の軍律は非常に厳重である」(『新辞林』軍用会話より)

 昨日の続きである。研文書院出版部編・石川雅山書『興亜国語 新辞林』(研文書院、一九四一)の第三版(一九四三)から、付録「日華実用会話」の第三編「軍用会話」を紹介している。本日は、「行軍」から、最後の「宣撫」までを紹介する。
 
 行 軍(行軍)
李家屯まで何里か   到李家屯有多少里地
十五里です      十五里地
下城子はどの方角か  下城子是在那面児了
此処から西北です   打這児説是在西北了
途中幾つ村を通るか  路上過幾個堡子

 以下しばらく、日本語の部分のみ紹介する。また、このあとは、ほぼ一連の応答になっているので、改行せずに紹介してゆく。

張家屯を通るか/此処から何里あるか/日本兵が此処を通つたか/お前この途中で日本兵に遭はなかつたか/橋の処です/これは平山に行く道か/これは何という河か/深さはどの位か/二三尺あります/人や馬が途渉できるか/橋は何処にあるか/上流へ二里行くとあります/砲車は通れるか/通れます/お前道案内してくれ、金をやるから/お前、我々のため案内者を一人探して来てくれ
 
 ここで、項目が変わる。「宿営」における質問は、かなり細かいところにまで及んでいて、同時代ならではのリアリティがある。
 
 宿 営(宿営)
君は村長か          你是村長嗎
君はこの家の主人か      你是這家的当家的嗎
私は君に一つ頼みたい事がある 我有一件事要求你
今晩我々の隊は此処へ宿泊する 今天晩上我們隊上要在這児住下
我々は暫く此処へ休息する   我們在這児歇息一会児
君にお世話を願ひたい     求你給我們受々累吧
日本軍は決して掠奪はしない  日本兵決不搶奪
挑発物には皆金を払ふ     所要的東西都給銭
安心して世話しろ       放心幇忙児吧

 以下、再び、日本語の部分のみ紹介する。また、このあとは、ほぼ一連の応答になっているので、改行せずに紹介してゆく。

何日お泊りになりますか/一泊して明早朝出発する/あなたの隊は何時頃お着になりますか/大概四時には着くだらう/皆で何人来られますか/歩兵三百と騎兵が七十だ/そんなに沢山の人は泊りきれますまい/戸毎に一二室明ければ泊れぬことはなからう/我々はたゞでは泊らぬ/宿泊料は充分やるから安心しろ/それではまづ見てからのことにいたそませう/お前案内して見に行つてくれ/主人は家にゐるか/今夜我々の兵がお前の家に一泊する/お前の家に幾部屋あるか/二部屋だけです/それではその二部屋を明けて我々を泊めてくれ/お前達一家の者は皆あの部屋に移つて一緒に寝ろ/御飯はどうなさいますか/お前達は食事の心配は要らぬ、我々は自分のものを食ふ/お前は我々に牛肉と野菜を買つて来てくれ/塩はないか/砂糖はないか/漬物はないか/この水は飲めるか/茶碗を持つてこい/箸を持つてこい/よく洗つてこい/この茶はぬるい/も少し熱くして持つて来い/今回はお前たちに非常に面倒かけて済まなかつた/よく我々を世話してくれてありがとう
 徴発及び傭役(徴発、雇人)
我々は軍糧が必要だ、君に骨折つて貰ひたい/貴方の御入用なのは何ですか/我々は麦、野菜、豚肉等が入用だ/此処に木炭があるか/この村に何か焚き物があるか/鶏はないか/この地には売つてゐるのはないか/私は人夫三十人ばかり雇ひたいが雇へるだらうか/一日いくら給金をおやりになりますか/一日一人五十銭やる/日本軍は決してお前達を只では使はぬ/安心して呼んで来い/それでは私は探しに行つて来ませう

 このあと、「工作」および最後の「宣撫」が続くが、このうち、「工作」にあるのは、ほとんど指示・命令の言葉である。「宣撫」は、一連の演説を、少しずつ区切った形になっている。いずれも、日本語のみを紹介する。

 工 作(工作)
皆来い/倒れてゐる電柱を片付けろ/この線に沿ふて溝を掘れ/幅三尺深さ四尺に掘れ/も少し深く掘れ/幅をも少し広くしろ/鶴嘴を持つて来い/スコツプを持つて来い/それを持つて来い/此処に杭を二本打て/針金で此処を縛れ/土を運んで来い/あの木を切つて来い/お前は砂利を運べ/麻袋があるか/それに土を入れよ/入れたら持つて来い/此処へ積め/此処に杭を打て/も少し力を出せ/お前は河の中へ這入れ/お前達も這入れ/お前が監督だ/五時間で修繕を終るやうにせよ/今日夕方までに修繕を完了せよ/うまく行つたら給金の外に褒美金をやる/皆一休みしろ/骨を折らせて済まなかつた/今日の仕事はこれで終わりにする
 宣 撫(宣撫)
お前達此処へ来て私の話を聞け/我々日本兵は決してお前達に危害は加へぬ/何も恐ろしいしいことはない/お前達安心しろ/安心して商売するがよい/我々の軍律は非常に厳重である/我兵に若し不法なことがあつたらすぐ私に申告せよ/我々は勝手にお前たちの物を持つて行くやうなことはせぬ/敵軍のために働くな/我々のために働いたものには後で沢山褒美金をやる/お前達は分に安んじ己れを守れ/商売人は商売をし百姓は百姓をし何も恐れることはいらぬ/我々は特別にお前達を保護する/品物を隠すな/もし物を買へば必ず公平な代金を払ふ/敵軍の間諜となり/日本軍の情報を洩〔らし〕/鉄道を破壊し/電線を切断し/武器を隠匿し/そんな者はすぐ軍法に照らし重く処分する

 むかし、日中戦争をリアルタイムで描いた『土と兵隊』(一九三九)という映画を見たことがある。行軍や実戦の場面は真に迫っていたが、中国の民衆が全く出てこないのが不自然だった。実際には、この「軍用会話」に見られるように、中国民衆との間で、接触や交渉があり、当然、さまざまな摩擦が起きていたと思われる。それにしても、この『新辞林』は、掘り出し物であった。

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