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バイク乗りのちょっと寄り道、思った事…

高千穂の夜 あとがき

2013-11-27 11:06:54 | 古事記

高千穂は本当に山深い。
今は廃線となった高千穂鉄道の鉄橋の高さは日本一だったと聞く。
平地はほとんど無く、わずかな痩せた土地で蕎麦を育ててきた。
早朝国見岳から見る雲海に沈む町はそこに静かに静かにあり
日出と共に藍色からオレンジ色へと変えていく。
天孫降臨の地の高千穂の峰は鹿児島の霧島らしいが
ここに神々が舞い降りてもなんら不思議ではない
そう思えてくる場所だ。

弟のスサノオに手を焼いた姉アマテラスは天岩戸にお隠れになる。
闇の国と化した葦立つ国は不幸な事が続き悩まれた八百万の神々は一考を嵩じ
アメノウズメに舞を躍らせ外が騒がしい事を不思議に思って岩戸を少し開いた所を
タヂカラオが扉を開いて陽が戻ったという。

33の舞を踊ると半日かかる。
夕方、神をお連れして7時頃から舞が始まると
ちょうど天岩戸を開く舞が終わる頃
東の空はオレンジ色に輝いている。

高千穂神社の神楽殿では毎夜代表的な4つの舞が奉納されている。


しかし本来の神楽の伝承は初冬から始まる神楽宿と言われる
集落長の自宅や公民館で各地区の氏子が中心になって一晩中行なわれる舞に歴史を感じる。
神のお迎えから始まり憂い尊ぶ舞から男女の黍を面白おかしく表現したり
古事記由来の天岩戸の物語を舞い、最後に神様を送り雲といわれる白い切絵が降ろされ
33の舞がすべて終わる頃にはすでに8時をまわっていた。

私が訪れた押方地区は町の中心部から8kmくらい離れた所にあり
陽が暮れて国道さえ明かりが無くわかりづらい分岐点から更に山道を進んだ山間部にあった。
小さな立て看板は見落としやすく道を数回間違えやっと着いたが
車を止めるスペースさえも探すのが困難な場所であったが
ピーシャラ、ドンドンとお囃子の音が聞こえてきたので少し安心した。

気持ち程のお賽銭を入れ公民館の中に入ると
10畳程の踊り場の周りに7~80人程の人が集まっている。
よそ者の私は遠慮しながら一番後ろの壁際に腰を落ち着ける事にしたが
観客は30人程度が観光客で残りはここの住民と今はここを去った関係者と言った感じか。

そでに2,3の舞は終わっていたようだが
一舞15分程度の舞は淡々と続いていく。
12時を過ぎた頃、小休止が行なわれ、暖かい豚汁とおにぎりが振舞われた。
部外者の私にも頂け体と心も暖かくなる。

その後もいろいろな神が登場してくるが
眠気にはかなわずうつらうつらしてしまった。
記憶が戻ったのは3時を過ぎた頃。
私以外にも眠気を催す人が増えた頃、面白愉快な舞が続き終演へ向けて舞いは盛り上がっていく。
一番の見物はやはり天岩戸が開かれる瞬間だろう。
観客より大きな拍手を浴びる事になる。

東の空はちょうど朝日が昇り始めオレンジ色に神楽宿を染める。
そして長かった舞が終わるのである。





高千穂の夜神楽



私的古事記の旅 総集編

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