Web Master's Room

バイク乗りのちょっと寄り道、思った事…

秋色

2015-10-20 22:14:56 | ツーリング


昔、こんな話を聞いた事がある。
「私って、コスモス好きなの。見た目は派手なのにね」
でも私は知っていましたよ。
本当は少し見栄っ張りで寂しがり屋で、そしていつも自分の本心をずっと心に仕舞い込んでいた事を。
でもね、これだけは覚えていて欲しい。
コスモスを嫌いな人は多分いない。いや、きっと誰からも愛されている事を。

そして今年も秋風に揺れるコスモスの季節がやってきた。





本日の走行距離 334kmなり

生きるという事 死ぬという事

2015-10-09 08:18:21 | 戦争遺産
まずはスマホお持ちの方は以下をアプリでダウンロードしてみて欲しい。

 iTunes版については こちら から
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ブラックジャックによろしく・海猿でおなじみ佐藤秀峰先生の作品‟特攻の島”の1巻が無料で読めます。
(気になる方は購入してくださいね)
この1巻を読んだだけで当時の日本の悲哀さや人間魚雷回天すべてを感じる事が出来ます。
現在(2015.10)でも出筆中で、まさに最後の出撃のシーンであります。
なので、ラストシーンはまだどうなるのかわかりませんが阿多田交流館の館長さんは
「母艦の潜水艦を離れたら、突撃が成功しようが失敗しようがもう生きている事はない」と言います。
主人公の渡辺はどう最後の時を迎えるのか…。

思い出せば始めは戦記好きで手に取った一冊だった。
ページを捲るとすぐに重苦しいタッチの画像に昭和20年にタイムスリップする。
当時精神論ばかり論ずる陸軍とは違い、海軍は合理的であった。
なので陸軍が行った無意味な銃一つで一斉突撃みたい策をとる事はなく
戦況的に追い込まれた時であっても生還の見込みが無い作戦は海軍では認められなかったという。
なので特攻兵器などという考えはむしろ否定的であったが
しかし、状況はそれを許さい所まで日本は追い込まれてしまっていた。

主人公渡辺は私の自宅の近く筑豊の出身である。
父は病状で貧しく母親と兄弟を養う為に働くのであるが、世間も同情出来る余裕もなくむしろ差別の対象にさえなっていた。唯一家族を救う方法が予科練だった訳である。
渡辺には画家になる夢があったが無論無理な話であった。
母は出兵の際にスケッチブックとペンを与える。
苦労かけた息子へのささやかな償いだったかもしれない。
予科練内で大空を羽ばたく飛行機の絵を描く。
確かにここまでは微かな希望があったはずだ。
そしてこのスケッチブックが彼の心の変化を表す事になる。

現在7巻まで発行されているが表紙はその時の主人公そのものである。
だんだん他に選択肢のない死へ向かう表情
それを自分で割れた鏡でそのスケッチブックへ描いていく
名前や文字がが裏返しなのはその為だ。
そのスケッチブックを母親はどんな気持ちで見るのだろう。

回天の島 大津島に行きたくなったのはそんな気持ちになったからだった。



2014.08.21 出口のない海 特攻の島 そして回天の島

       出口の向うに見えたもの (大津島回天のトンネル)





つづく