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バイク乗りのちょっと寄り道、思った事…

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別府秘湯 鶴の湯・へびん湯・鍋山の湯

2016-06-14 20:47:41 | 温泉

最新情報

2016-06-14 記



源泉口

あの熊本地震の後、気になって訪れてみる。
熊本地震とは言うものの、ここ大分も被害がでており
ここに来る途中の鉄輪温泉の建物の屋根にブルーシートが掛けられているのもあった。

少々心配したが到着してみると依然と変わりなく常連さんたちがいつもの様に世間話に花を咲かせていた。
元々熱めのお湯は少し温度が下がって水量が多かった様な気がする。
これは地震うんぬんというよりは梅雨という雨量との関係があるかもしれない。

この鶴の湯は地元の有志の方が維持管理をしているので感謝の気持ちは忘れずに。

今回は入浴中の方が多かったので源泉の画像のみでご勘弁を。

2015-10-20 記



久しぶりにあのお湯に浸かりたくて鶴の湯へ向かう。
秋晴れが数日続き、浅いながらも阿蘇の雲海も毎日の様に顔を出しているらしい。
朝晩はだいぶ冷え込む様になったが
日中はバイクで走ってもとても気持ちがいいさわやかさだ。

残念ながら紅葉には若干早い山間を進み
霊園のコンクリート道を奥の回転用ローターリーに着くと車が数台止まっている。
どうやら先客がいる様だ。
すでに里帰りの様な年配家族、元ハーレー乗りの常連おじいちゃん
しばらくすると静岡からの旅の若者、その後、また常連おじさん。
今日は天気に誘われてか、とても賑やかだ。



お湯は湯花舞う硫黄泉であるが透明度が高めであまり白濁してはいない。
しかしプーンと臭う香りはやはり硫黄である。
温度は高めでおそらく45℃から47℃くらいあるだろう。
上の湯が源泉に近いので若干高めの様な気がするが
どちらも熱いので必ずかかり湯で体を慣らしてから浸かる様にしたい。
私は3分位が限度で後は秋風に火照った体をあててみる。
使い古された言葉ではあるが
本当に温泉大国ニッポンに生まれて良かったと思う瞬間である。

ここは無料の温泉ではあるが、常連さんの自主管理がなされており
小奇麗で湯船も綺麗にタイル張りされている。
入れ替わり立ち代わり常連さん達が入浴に来られるので
感謝の意を忘れないでおこう。

元ハーレー乗り今スクーター乗りの常連さんから聞いた話だが
やはり鍋山の湯は柵で覆われ進入禁止
へびん湯は台風の影響で一時水没したようだが現在は入浴可との事。
こちらは無色透明無臭の単純泉でややぬるめの湯
渓流沿いで風景はあるが湯の泉質ではやはり鶴の湯に軍配があがる。
なので今回は時間の都合上、鶴の湯のみの入浴になりました。
またお邪魔したい場所のひとつですね。


2014-05-27 記

あの悲しい事件から暫く経って少し落ち着いた感のある別府の三大秘湯に行ってみる事にした。

実は各地の温泉を巡ってきたがここは初めての訪問であった。
理由は日帰りで行くにはちょうどいいコースにはあったものの
まだ無名の頃に行きたいと考えていたがそのうち、そのうちと行きそびれて
その間に温泉ブームになり誰もが知るようになったので、今更ねぇって感じで行く機会を失っていたのだ。
そう私はもうご存知とは思いますがちょっと偏屈者なんです。
ちょうど今のラピュタの城“竹田城”みたいな感じかな。
(なので当然まだ行けてない…) (^^ゞ

R10の裏道の広域農道からR500と乗り継ぎ大分県は別府市の鉄輪地区を目指す。
このルートを選ぶとほとんど渋滞無しに走る事ができるので
今やツーリングにはぴったりのお気に入りのコースとなっている。
しかしR500に入る頃からやや渋滞気味にむむっと思っていると白いバイクが走行中
仕方が無いのでしばらくゆっくりと景色を堪能しながらその後を追走する事になった。
宇佐から別府までの安心院(あじむ)は地方の自然豊かな田舎町ではあるが
果物の生産が盛んで特にブドウはワイン工場が在ったり
また谷間に川が流れる事から江戸時代から石橋の技術も優れていて現在も使用されていたり
蛍や天然記念物のオオサンショウウオなども生息しているちょっと寄り道には楽しい所だ。
アフリカンサファリのシンボル、アフリカ像が見えて
自衛隊の広大な草原を左手に見ながらそれが別府湾に変わると鉄輪はもうすぐだ。

日本一の湧出量と源泉数を誇る別府温泉の中でも鉄輪は特別で
白く立ち上る蒸気は町中を白く染める様でまた観光の中心である地獄めぐりもこの地区だ。
もちろんいろいろな温泉もありそこで湯ノ花の結晶をつくったり温泉プリンはお勧めでもある。
そんな何度と無く足を運んだ所なので土地勘はあり事前の情報で大体の位置は確認していたが
近くに行けば案内標識があるだろうと思っていたがそれを発見できず軽く迷子になってた。
実は情報検索の頃から少し違和感を感じていたのだ。
なぜならYahooやGoogleの地図に温泉の表記が記載されてないのだ。
秘湯だから当たり前かもしれないが以前は記載さていた記憶があった。
周辺を探すもやはり案内板や標識はなし。
霊園の横の路地を進むという記憶があったので感を頼りに進むと一番奥のロータリーの所に初めて鶴の湯の表記を発見した。
そして異様な警察の英語表記つき注意勧告。
後で解かった事だがあの事件以降観光協会はこの地を積極的に宣伝する事もなく
むしろ消し去りたい様な扱いになっていた。
なので地図からの消去や案内板が無くなっていたのかもしれい。
温泉には罪はないが心無い人間のおかげで寂しい現実になってしまっていたのだ。

少し歩く覚悟をしていたがそのロータリーから目指す鶴の湯はいとも簡単に見つける事ができた。
秘湯と謳うには正直拍子抜けだった。
しかしその流れ出る温泉は硫黄泉の湯ノ花が入った白い流れだ。
一番温泉らしい温泉の泉質!すぐにお気に入りになってしまた私がいた。
ここは有志による自主管理されておりそんなに広くはないが行き届いた感はあって
大自然満喫の秘湯とまではいかないが手作り感が心和む。
源泉はその一番奥から湧き出ているが湧出量はそれ程多くなく夏場には枯れる事もあるらしい。
もちろん源泉掛け流しでその日によって温度や湯ノ花の量は変化するまさに自然の温泉だ。

先客はこの自主管理人さんのちょんまげさん。
元は関西在住の方で4年前にこの地が気に入って転居したとの事。
定連さんはいつも来る時間が決まっていているので毎日の様に同じ時間同じ顔を合わすらしい。
そしてその他にふんどしさんやへびん湯の主さんなどあだ名で呼び合っているのがいい。
どうやら本名や仕事先も知らない関係ない、まさに裸一貫の付き合いなのが尚更いい。
こんな人達が気持ちの良い温泉を管理しているのだ。まさに感謝である。
この温泉の話をしながらもう少し湯浴みを堪能する事にした。



遠くに別府湾と鶴見岳を望む





鶴の湯


ちょんまげさんに教えてもらった道をへびん湯へ向かう。
ここはダートを進む事になるの'77式の相棒とゆっくり無理なく進むと
遠くに別府湾と鶴見岳、そして眼下に先程お邪魔した鶴の湯が見える。
そして梅雨前初夏の緑に囲まれる。

またも異様な警察の注意勧告を目にするとここがへびん湯。
こちらの泉質は無色透明の単純泉。
石を組み上げた浴槽が45つあり上流の方が若干暑いのでお気に入りの温度が選べる。
ただしこちらの方が野趣溢れるせいか、はたまた行くのに道が悪く訪問者が少ないせいか
浴槽の石が苔むしているので足元がすべるすべる!ので注意が必要だ。
だが回りを木々が覆い横を清流が流れてこちらの方が野趣満点な所はいい。
へびん湯の由来は知らないが途中ヘビが轢かれて干からびていた所から想像すべし。
っと言う事は苔だけでなく足元には注意が必要かも…。



へびん湯



鍋山の湯


へびん湯から少し来た道を戻り更に上流に向かう。

そしてこれが現在の鍋山の湯
フェンスには有刺鉄線が張り巡らされてこれより先は進む事が出来なくなっていた。
もちろんここも違わず警察の注意勧告があるので自然の中で逆に解かりやすい。
鍋山の湯は元々私有地内らしく
今でご好意で楽しめていたのでこんな事があったのでは致し方無いのかもしれない。
今回、湯を堪能する事は出来なかったがこれで本当の秘湯になったのかもしれない。
出来れば少しだけ人間は自然の恩恵を味わった方がいいのかもしれない。
そんな思いの鍋山の湯であった。

ちょっと残念であったが残りの2つの湯船は管理人さん達の努力にも助けられて
今後もひっそり鉄輪の地で沸いていて欲しいものである。


本日の走行距離 312km
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院内 鳥居橋と北山水路橋

2016-06-14 20:18:43 | ツーリング
福岡県との県境、中津から別府・湯布院方面に向かう途中にある院内。
山間に清流がながれる心落ち着く場所だ。特別天然記念物のオオサンショウウオが住んでいるのもうなずける。

そんな心安らぐ清流も一度大雨が降ると豹変し下流の集落を何度となく飲み込んできたが
大正5年に建設されたこの石橋は優美な姿を変える事はなかった。

特にこの院内地区に石橋が多く作られたのは
山間で隣側に行く必要があったのは当然だが
材料の石材が容易に手に入れられた事と陸軍の演習場が近くにあった為でもあった。

すでにおもな役目を終えて隣に新しい橋が架かっていいるのだが
石積みされた5連アーチ橋は蔦が絡み、橋の袂には大きな楠木があり歴史の古さを連想させ
威風堂々としたいで立ちはいまだに主役に間違いない。



その鳥居橋の下流に沈下橋を発見した。
沈下橋とは四国四万十川に代表される
欄干のないコンクリートで作られた洪水の時に水没しても流される事のない橋の事だが
石橋アーチと沈下橋が同時に見られる所は珍しいと思う。

どちらも自然に無力であった人間が知恵を絞った水との闘いの答えである。
そんな石橋は院内にはまだまだ多く残されている。

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