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バイク乗りのちょっと寄り道、思った事…

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素敵な秋は発見できず

2016-11-22 08:12:58 | ツーリング
久しぶりにバイクに乗り、遅めの秋を見つけに行きましたが
今年は夏が長く、一気に冬がきたせいか
紅葉もイマイチのような感じ…
少し残念な色合いでした。



雨の予想が出ていたので早目の帰還となりましたが
途中で今までなぞとしていた場所の確認してきました。
なるほど、そうなっていたのか…



さて、ここはどこでしょうか?
ここからの撮影画像はなかなか見ませんね。

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院内 鳥居橋と北山水路橋

2016-06-14 20:18:43 | ツーリング
福岡県との県境、中津から別府・湯布院方面に向かう途中にある院内。
山間に清流がながれる心落ち着く場所だ。特別天然記念物のオオサンショウウオが住んでいるのもうなずける。

そんな心安らぐ清流も一度大雨が降ると豹変し下流の集落を何度となく飲み込んできたが
大正5年に建設されたこの石橋は優美な姿を変える事はなかった。

特にこの院内地区に石橋が多く作られたのは
山間で隣側に行く必要があったのは当然だが
材料の石材が容易に手に入れられた事と陸軍の演習場が近くにあった為でもあった。

すでにおもな役目を終えて隣に新しい橋が架かっていいるのだが
石積みされた5連アーチ橋は蔦が絡み、橋の袂には大きな楠木があり歴史の古さを連想させ
威風堂々としたいで立ちはいまだに主役に間違いない。



その鳥居橋の下流に沈下橋を発見した。
沈下橋とは四国四万十川に代表される
欄干のないコンクリートで作られた洪水の時に水没しても流される事のない橋の事だが
石橋アーチと沈下橋が同時に見られる所は珍しいと思う。

どちらも自然に無力であった人間が知恵を絞った水との闘いの答えである。
そんな石橋は院内にはまだまだ多く残されている。

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杖立温泉こいのぼり 今年もいつもの様に泳いでいます 震災復興へ

2016-05-02 17:09:57 | ツーリング


それは奇しくも私の誕生日であった。
2016年4月14日、ちょっと早いがアルコールが入っていたので早めに横になっていた21時26分。
突然異様な警報音と共に携帯の地震速報が流れる。
数秒後にかなりの横揺れが襲ってきた。
私が住んでいる北九州はあまり地震には無縁の所なので嫁さん子供も少し怖がっていた。

テレビはすぐに特番になり熊本益城を震源とした震度7の大型地震であった事を伝えている。
ここからは200㎞以上離れた場所が震源だったにも関わらずかなりの揺れだったので
現地は大変な事になっている事は容易に想像がついた。
益城といえば南阿蘇ツーリングの際にはよく使うルートの一つで
その土地の状況はすぐに浮かぶ事ができる。
阿蘇の外輪山の麓、近くに熊本空港があり、周りは阿蘇の肥沃な土地を利用した野菜造りがメインの広々とした所だ。
空港の横を抜け風車が見える俵山トンネルを抜けると阿蘇カルデラの中に入る。
正直あの場所で地震が起こるなんて考えた事も無かったので、阿蘇のマグマの影響かとはじめは思っていた。
翌日の報道はどこもごった返していたが、阿蘇のとは関係はなく活断層のずれが主な原因らしい。
大型の地震の後はかなりの余震が続くので警戒が必要だが
本当の悲劇はその2日後の深夜に南阿蘇村を中心に起こったのである。


報道ヘリからの映像は今まで何度も走った道や橋が跡形もなかった…。


5月になってからもまだまだ手つかずの問題ばかりをかかえて復興の兆しすら見えてないのが現状か。
そんな中、ふと思い出した事があった。
杖立温泉のこいのぼりの事である。

杖立はここから阿蘇を結ぶメインルート上のR212にあって、もう何度通ったかわからない。
そこには毎年川渡しのこいのぼりが数千匹泳いでいて杖立のシンボルになっている。
このこいのぼりを見てGWが今年も来たのだと実感するのだ。
しかし、今回の地震でそのR212は日田から杖立まではがけ崩れで通行止めになっているらしい。
逆方向の阿蘇・小国方面からは行けるのだが
その阿蘇が至る所で通行止めになっているので事実上陸の孤島になっている。

幸い広域農道からは行く事はできるのだが、そこまでして行く人が多い訳がない。
バイク乗りなら知っている裏道を使って杖立まで来てみたが
見る限り建物には被害は無い様だが、どのホテル・旅館も車が止まっていない。
おそらくGWにも関わらず今回の件でキャンセルされたのであろう。
観光案内所で数人の地元の方が立ち話をしていた。

しかし川面にはいつも見慣れた光景があった。
あのこいのぼり達である。
山間の清々しい風に何もなかった様にゆったり泳いでいる。
あの震災の前から今年も泳いでいたのか、その後に泳ぎ出したのかわからないけれど
やっぱり今年も泳いでいた。

今年はきっとそれどころじゃないだろう。
でも来てくれる人の為に泳がせたのだと思う。
温泉街の小さなガソリンスタンドで給油をしながら話を聞くと
落石事態はあまり大した事はなかったらしいのだが
その上の大きいな石の落石の危険性があるらしい。
なので手が付けられず通行止めの解除はかなり時間がかかるとの事。
「地震が心配な上に通行止めなんでね」スタンドマンは落胆の表情で話してくれた。
そんな中でもあのこいのぼりが期待・希望なのだと
だから今年もこいのぼりは泳いでいるのです。
誰かがきっと見に来てくれるから。



その他、今回の地震で被災された方々にお悔やみ申し上げます。
復興がんばてください。
また阿蘇に走りに行きます。
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元鉄ちゃんライダー的旧豊後森機関庫の29612

2016-03-25 10:23:51 | ツーリング
記事は編集中です…



汽車倶楽部さんの協力のもと、志免でスクラップ処分の予定であった29612がここに展示してあります。
この29612は主に長崎で使用されたとなっていますが
最後は行橋機関区所属で田川線で石炭や石灰石を運んでいて当時小学生だった私も現役現車を見ていました。
志免に展示された時は見に行けませんでしたが40年以上経って再開するとは思いませんでした。
29612の車歴

さすがは汽車倶楽部さんの手にかかって整備されているので、どこの展示車両より現役当時の面影が随所にでています。
とは言いますが、当時のSLは煤だらけでちょっと触ると指は真っ黒になり、こんなに黒光りはしてませんでしたが…。
ただ一度だけこの様なピカピカのキュウロクを見た事があります。
それは新幹線が博多まで開通したと同時に北九州地区の無鉛化
つまりSL全廃のさよならSLの時の重連のキュウロクです。
そのうちの一両があの九州汽車倶楽部に展示してます。
実はオーナーのお父様がその時の機関士との事、ここまでのご尽力には頭がさがります。

機関車の命とも言われるナンバープレートはオリジナルではありませんが、おそらく現実に忠実に再現されているのは鉄ちゃんには嬉しい限りです。



そのナンバープレートも正面、キャブ左右は標準ですが、テンダ車の後ろ側は形式入りの花文字仕様
当時後藤寺や伊田にキュウロクを追っていた者には涙もので当時を思い出します。
花文字仕様にするとコストがかかるので、どの車両もしていた仕様ではなかったので
花文字仕様を見つけるとアイスの当たりの様に喜び、ナンバープレートの拓本をとったものでした。
ナンバープレートの拓本とはそのナンバープレートの上に障子紙をあて、手にはめた軍手で機関車を煤を付けて
上からなぞるとその形が浮きでるというものです。
当時の鉄ちゃんのアイテムの一つでこの29612の拓本も確か私の実家の倉庫に眠っているはずです。
ちなみにキャブプレート横の“森”は豊後森機関区所属である証です。(実際には配属されてはいませんでしたが…)


今後、玖珠郡玖珠町森町にある三島公園に展示してあるC11270もこちらに展示する計画もあるようなので
JR九州のハチロクも久大線を走る事に期待したいですね。
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おー、佐賀県お祭りフェスタ

2015-11-03 19:22:30 | ツーリング
佐賀県…、田んぼ以外何にもない…
って、誰が言ったんですか???

あるじゃないですか!!!
バルーンフェスタ!脊振山のワインディング!唐津くんち!
そういう訳で3つまとめて楽しんできました。ヽ(^o^)丿

まずは佐賀インターナショナルバルーンフェスタ

競技は気流の安定する早朝6:45からスタートして9:00までと14:45からスタートして17:00までの二部構成。
福岡市内を早朝に出発したが会場が遠くから見える頃にはもう競技が終了直前でした。
なので残念ながら青空に数多く舞う気球は見る事ができませんでした。
やはり7時頃までには到着したいところですね。
その競技と競技の間もいろいろなイベントがあり楽しむ事ができます。





でも、どうしても愛車とバルーンを写しかったので
やっとの思いでベストポジションをゲットして大満足。



ちょうどお腹の空く時間になったので、小腹を満たすべくあのドライブイン一平へ。
しかし、ネタの為に大盛を頼むのはやめましょう。
小で普通のカツカレー位の量で、ここでの並が大盛の量です。
大盛のごはんの量は600g!
撃沈したのは言うまでもありませんでした。

ドライブイン一平

背振のK278はバイクとって快適なワインディングロードです。
もう少し早い時期ならば段々畑の稲穂が見頃だったのでしょうが
残念な事にこのコースでは紅葉も確認できませんでした。

そして唐津くんち







秋の佐賀県を満喫できた一日でした。

本日の相克距離 304km
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秋色

2015-10-20 22:14:56 | ツーリング


昔、こんな話を聞いた事がある。
「私って、コスモス好きなの。見た目は派手なのにね」
でも私は知っていましたよ。
本当は少し見栄っ張りで寂しがり屋で、そしていつも自分の本心をずっと心に仕舞い込んでいた事を。
でもね、これだけは覚えていて欲しい。
コスモスを嫌いな人は多分いない。いや、きっと誰からも愛されている事を。

そして今年も秋風に揺れるコスモスの季節がやってきた。





本日の走行距離 334kmなり
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途切れた糸と記憶の確認

2015-09-16 18:17:16 | ツーリング


ご存じ錦帯橋と岩国城



力寿司



白壁の街 柳井



阿多田交流館



上関海峡温泉 鳩子の湯



上関大橋から眺める上関の港町



鳩子てんぷら 上関水産



周防大島 大島大橋



陸奥記念館

今回の走行距離 587㎞
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うーん、雲海?

2015-08-05 20:29:14 | ツーリング


からの





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Zapperと眺める福岡市街

2015-07-28 14:20:11 | ツーリング


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皐月 雲海

2015-05-08 19:29:32 | ツーリング


雨が降った翌日
ひょっとして雲海がでるのではないかなと思い、久しぶりに阿蘇を目指す事にした。

朝6時、ちょっと遅めの出発
寒くはないが小石原では霧雨に濡れ、小国では視界は効くが低く垂れた雲が広がり空は濃いグレー。
今日はダメだなと思い引き返そうかなと思ったが、阿蘇町に入ると急に青空が広がった。
これはひょっとしてと先を急ぐと外輪山から浅い雲海だったが涅槃像が浮かんでるではないか!

まずはあの‟ラピュタの道‟に行ってみる。

平日にもかかわらず多くのアマチュアカメラマンの中にTVクルーのスタッフまでおり
後日どこかのTVで今日の雲海の様子が流れるのでしょう。
8時半頃到着したのだが雲海は20分程であっという間に消えてしまった。
さすがに自然相手は難しいと再認識。
だからいいのかも知れないかもしれませんね。





黄色いタンポポは白い綿毛になっていて、阿蘇は春から夏へ向かっていました。

本日の走行距離 414㎞なり
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