その日の受験予約者は約50人
今日事前審査を通った人はその後に受ける事になる。
えっ~、っということは夕方近くぅ~。
まもなく最初の人の試験が始まった。
自分事の様にくいるように見ていたが
昼近くになっても完走する人もいない。
ほとんどの人は一本橋で脱輪か急制動で試験を終える。
さすが狭き門…。
結局午前中合格者はでなかった。
私は夕方近くの受験なので早めに食事を取った。
隣に同じく受験する人がいたので話してみると
もうすでに9回通っているが、完走すらしたことがないという。
いままでやってきてつけた自信が音を立てて崩れ去っていく。
大丈夫か、オレ…。
午後の部が始まってまもなく初めての完走者がでた。
最後にコントロールタワーの下にバイクを停めて
階段を登り教官室に入っていく。
それを待っている人達の視線が追っていく。
しばらくの沈黙の後、教官室から彼が出てきた。
ダメだったかぁ…。
周りの人達が口を開いた。
私がなぜダメだったのか解ったのかと聞くと
合格者は白いバインダーをもらうとの事。
そう、彼の手にはそのバインダーがなかったのだ。
完走もなかなかできないのに…
現実が重く圧し掛かってきた。
その後また完走者が階段を登っていった。
がんばれよ、ここにいるみんなはそう応援していた。
そしてしばらくの沈黙後、彼の手のにはあの噂のバインダーがあった!。
その瞬間大勢の人の拍手が鳴り響いた。
合格だ。おめでとう。
みんなの希望がそこにあった。
3ない運動を知ってますか?
当時バイクの事故や暴走族が問題になり
“免許を取らない、バイクを買わない、バイクに乗らない”っという
バイクが市民権を失っていた時代がありました。
もちろんいっている意味は解ります。
でもそれは当事者にとっては悲しすぎる出来事でした。
その流れで2輪の限定解除は基本的に取らせないっという風潮があって
県警もなかなか免許を与えてくれなかったのです。
ささやかなる社会への反抗
そして自分の正しさの証明が限定解除だったのです。
その時、無くしかけていた自信と勇気がみんなの心に届いたのです。
やるぞぉ!そう私は思いました。
つづく。