「大菩薩峠」 1960年 日本
監督 三隅研次
出演 市川雷蔵 本郷功次郎 中村玉緒
山本富士子 菅原謙二 根上淳
見明凡太郎 笠智衆 島田正吾
ストーリー
秀麗富士を遠望する大菩薩峠の頂上。
黒紋付着流しの机竜之助(市川雷蔵)は、一刀のもとに居合わせた老巡礼を斬り捨てた。
この祖父の死に驚くお松を、通り合わせた怪盗裏宿の七兵衛(見明凡太朗)が助けて江戸へ向った。
一方、机道場に帰った竜之助を持っていたのは、字津木文之丞(丹羽又三郎)の妹と偽るその妻お浜(中村玉緒)で、御嶽山奉納試合の勝ちを譲れと願い出た。
お浜の言葉をはねつけ、その帰途を水車番の与八(真塩洋一)に襲わせた竜之助は、その小屋でお浜を犯す。
それから数日、奉納試合は文之丞の意趣で殺気をはらんだが、竜之助の音無しの構えは一撃にして文之丞を倒し、竜之助はお浜を伴って江戸へ。
この兇報に馳せ戻った文之丞の弟兵馬(本郷功次郎)は、竜之助の父弾正(笠智衆)から、妖剣音無しの構えを破るには並大抵の修行ではだめだと教えられ、剣聖島田虎之助(島田正吾)に正剣を学ぶため江戸へ向った。
江戸に出た竜之助は新撰組に出入りし、近藤勇(菅原謙二)、芦沢鴨(根上淳)らと知り合うが、ある夜、誤って島田虎之助に斬りかかった土方らが、虎之助の絶妙な剣の冴えに一蹴されたのを見て動揺する。
また七兵衛に救われたお松(山本富士子)は、生花師匠お絹の家で行儀見習いをするうちに、亀田道場へ通う兵馬と知り合い、恋し合うようになる。
ところで兵馬は、遂に竜之助を探し出し果し状を送ったが、竜之助はこれを知って兵馬に討たれてくれとたのむお浜を斬り、お浜との間に出来た一子の郁太郎を残して江戸を去った。
京都に入った竜之助は芦沢をたよって新撰組に入り、これを追うようにして現われた兵馬は近藤の世話で新撰組入りしたがここでも宿命の対立を見せた。
寸評
衣笠貞之助の脚本がしっかりしているし、三隈研次が堂々と撮っていて見応えがある。
雷蔵の机竜之介は、何の罪もない人を殺したりする彼に憤りを感じさせながら、その底に流れる行動力を見せて活動力のともなったニヒリストという雰囲気を出している。
これは年齢からくるものもあって、東映版の片岡千恵蔵には出せなかったものだ。
市川雷蔵の机竜之介は父親の大先生弾正からも見放される邪剣を使う狂人だが、それ以上の狂人ぶりを見せるのが中村玉緒のお浜である。
字津木文之丞の妹と偽った彼女は家名の為、肉親の為なら女の操も捨てると言っておきながら、水車小屋でいざその場面になると自分は文之丞の妻だとあかし、竜之介に抵抗する偽善性を見せる。
勝ちを譲るように願い出たこと、また竜之介に犯されたことで、お浜は字津木文之丞から離縁されると、自分を犯した竜之介を「憎し!」と言いながら、同時に夫であった文之丞を「ふがいない!」とも言い、たちまち机竜之介のもとに走る女なのだ。
大きな目を見開き、下から睨み上げるような視線で男にくってかかるすさまじい女で、雷蔵の机竜之介もいいが、この一部ではお浜の中村玉緒が存在感を見せている。
中山介山の原作がそうなのだろうが、幕末の剣士たちの名前が登場するのも興味をそそる。
新選組設立にかかわる清川八郎(登場しない)、近藤勇と芹沢鴨はこの映画でもすでに対立関係にある。
宇津木兵馬が支持する島田虎之助も実在の人物で、「其れ剣は心なり。心正しからざれば、剣又正しからず。すべからく剣を学ばんと欲する者は、まず心より学べ」という言葉が知られているが、そっくりそのまま作品中でも述べさせている。
照明の岡本健一、撮影の今井ひろしによるシーンも印象的だ。
竜之介とお浜が対面している場面では、長時間に及んでいることを示すためにロウソクが部屋に持ち込まれてくるのだが、その時パッと部屋が明るくなる。
また竜之介とお浜は江戸で一緒に暮らして、郁太郎という子供も生まれているのだが、お浜のグチもあって二人の関係は気まずいものだ。
言い争いをして竜之介が出ていき、郁太郎に添い寝するお浜の後姿を映しながら、日が暮れたことを示すように外の明かりがすーと落ちていく。
非常に細やかな演出で、その丁寧さがこの作品を見せるものとしている。
一番は最後に竜之介が呑んでいる部屋の場面での照明とカメラワークだ。
薄暗い部屋で艶やかな着物を着た山本富士子と、モノトーン調の着物を着た市川雷蔵がいる。
山本富士子のお松が亡霊の存在を感じはじめ、雷蔵の竜之介が変調をきたしてくる。
竜之介は、ついには御簾やふすまを切り裂くようになり、半ば発狂状態である。
そんな見せ場を作り、最後は宇津木兵馬と竜之介の対峙でエンドマークとなる。
次も見たくなるという絶妙の終わり方だが、同じく三隅研次の「大菩薩峠 竜神の巻」、森一生の「大菩薩峠 完結篇」と続く三作の中ではこれが一番の出来栄えとなっている。
監督 三隅研次
出演 市川雷蔵 本郷功次郎 中村玉緒
山本富士子 菅原謙二 根上淳
見明凡太郎 笠智衆 島田正吾
ストーリー
秀麗富士を遠望する大菩薩峠の頂上。
黒紋付着流しの机竜之助(市川雷蔵)は、一刀のもとに居合わせた老巡礼を斬り捨てた。
この祖父の死に驚くお松を、通り合わせた怪盗裏宿の七兵衛(見明凡太朗)が助けて江戸へ向った。
一方、机道場に帰った竜之助を持っていたのは、字津木文之丞(丹羽又三郎)の妹と偽るその妻お浜(中村玉緒)で、御嶽山奉納試合の勝ちを譲れと願い出た。
お浜の言葉をはねつけ、その帰途を水車番の与八(真塩洋一)に襲わせた竜之助は、その小屋でお浜を犯す。
それから数日、奉納試合は文之丞の意趣で殺気をはらんだが、竜之助の音無しの構えは一撃にして文之丞を倒し、竜之助はお浜を伴って江戸へ。
この兇報に馳せ戻った文之丞の弟兵馬(本郷功次郎)は、竜之助の父弾正(笠智衆)から、妖剣音無しの構えを破るには並大抵の修行ではだめだと教えられ、剣聖島田虎之助(島田正吾)に正剣を学ぶため江戸へ向った。
江戸に出た竜之助は新撰組に出入りし、近藤勇(菅原謙二)、芦沢鴨(根上淳)らと知り合うが、ある夜、誤って島田虎之助に斬りかかった土方らが、虎之助の絶妙な剣の冴えに一蹴されたのを見て動揺する。
また七兵衛に救われたお松(山本富士子)は、生花師匠お絹の家で行儀見習いをするうちに、亀田道場へ通う兵馬と知り合い、恋し合うようになる。
ところで兵馬は、遂に竜之助を探し出し果し状を送ったが、竜之助はこれを知って兵馬に討たれてくれとたのむお浜を斬り、お浜との間に出来た一子の郁太郎を残して江戸を去った。
京都に入った竜之助は芦沢をたよって新撰組に入り、これを追うようにして現われた兵馬は近藤の世話で新撰組入りしたがここでも宿命の対立を見せた。
寸評
衣笠貞之助の脚本がしっかりしているし、三隈研次が堂々と撮っていて見応えがある。
雷蔵の机竜之介は、何の罪もない人を殺したりする彼に憤りを感じさせながら、その底に流れる行動力を見せて活動力のともなったニヒリストという雰囲気を出している。
これは年齢からくるものもあって、東映版の片岡千恵蔵には出せなかったものだ。
市川雷蔵の机竜之介は父親の大先生弾正からも見放される邪剣を使う狂人だが、それ以上の狂人ぶりを見せるのが中村玉緒のお浜である。
字津木文之丞の妹と偽った彼女は家名の為、肉親の為なら女の操も捨てると言っておきながら、水車小屋でいざその場面になると自分は文之丞の妻だとあかし、竜之介に抵抗する偽善性を見せる。
勝ちを譲るように願い出たこと、また竜之介に犯されたことで、お浜は字津木文之丞から離縁されると、自分を犯した竜之介を「憎し!」と言いながら、同時に夫であった文之丞を「ふがいない!」とも言い、たちまち机竜之介のもとに走る女なのだ。
大きな目を見開き、下から睨み上げるような視線で男にくってかかるすさまじい女で、雷蔵の机竜之介もいいが、この一部ではお浜の中村玉緒が存在感を見せている。
中山介山の原作がそうなのだろうが、幕末の剣士たちの名前が登場するのも興味をそそる。
新選組設立にかかわる清川八郎(登場しない)、近藤勇と芹沢鴨はこの映画でもすでに対立関係にある。
宇津木兵馬が支持する島田虎之助も実在の人物で、「其れ剣は心なり。心正しからざれば、剣又正しからず。すべからく剣を学ばんと欲する者は、まず心より学べ」という言葉が知られているが、そっくりそのまま作品中でも述べさせている。
照明の岡本健一、撮影の今井ひろしによるシーンも印象的だ。
竜之介とお浜が対面している場面では、長時間に及んでいることを示すためにロウソクが部屋に持ち込まれてくるのだが、その時パッと部屋が明るくなる。
また竜之介とお浜は江戸で一緒に暮らして、郁太郎という子供も生まれているのだが、お浜のグチもあって二人の関係は気まずいものだ。
言い争いをして竜之介が出ていき、郁太郎に添い寝するお浜の後姿を映しながら、日が暮れたことを示すように外の明かりがすーと落ちていく。
非常に細やかな演出で、その丁寧さがこの作品を見せるものとしている。
一番は最後に竜之介が呑んでいる部屋の場面での照明とカメラワークだ。
薄暗い部屋で艶やかな着物を着た山本富士子と、モノトーン調の着物を着た市川雷蔵がいる。
山本富士子のお松が亡霊の存在を感じはじめ、雷蔵の竜之介が変調をきたしてくる。
竜之介は、ついには御簾やふすまを切り裂くようになり、半ば発狂状態である。
そんな見せ場を作り、最後は宇津木兵馬と竜之介の対峙でエンドマークとなる。
次も見たくなるという絶妙の終わり方だが、同じく三隅研次の「大菩薩峠 竜神の巻」、森一生の「大菩薩峠 完結篇」と続く三作の中ではこれが一番の出来栄えとなっている。
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