年内にupしたいレビュー、第2弾。
ようやく見に行けた「ブレードランナー」、新旧2作品です。
ブレードランナー ファイナル・カット / 原題: Blade Runner: The Final Cut
オリジナルの「ブレードランナー」が日本公開されたのは1982年ですが、
当時の私はまだ子どもで、もちろん見てはおりません。
その後、大人になり、映画をそこそこ見るようになってからも、
「ブレードランナー」はバージョンが多すぎて、どれを見たら良いのかピンと来ず、
私はきっと、この先も、この作品を見ることはないのだろうな ・・ と思っていたのですが、
続編が作られ、その公開に合わせて "ファイナル・カット" が映画館にかかったことで、
"とりあえず、このバージョンを見ておけばOKなのね?" と受け止めることにし、
この度、無事、初鑑賞へと至りました~。
やはり、まずは何と言っても、そのビジュアル!
当初制作された35年以上も前に、物語るべき世界観の "絵" をここまで構築したのかと、
レトロだけれど、近未来的でもあるそのイメージは、いま見ても凄いと思います。
舞台となる「2019年」は、現在からすれば、たった "再来年" だけ先のことで、
地続きな世界として想像可能な箇所と、乖離し過ぎな箇所とが混在しているのが面白いなぁ。
そして、鑑賞後も余韻を残す、"生きる" という、重く普遍的なドラマ。
ルトガー・ハウアー演じるロイ・バッティの最期の姿は、忘れられません。
鑑賞日は12/21(木)。 目黒シネマ で、12/16(土)~22(金)まで特集上映されていた、
「 ワーナー・ブラザース シネマヒットメドレー 」のプログラムで見ました。
続編「2049」の公開中に映画館にかけてくれた目黒シネマさん、ありがとうございました♪
ブレードランナー 2049 / 原題: Blade Runner 2049
「ファイナル・カット」を見た翌日に、続編「2049」の公式サイトにて、
2作品のあいだに流れる "30年間" に何があったのかを知るための、短編3本をチェックし、
(「2022:ブラックアウト」「2036:ネクサス・ドーン」「2048:ノーウェア・トゥ・ラン」)
12/23(土)に、「ブレードランナー 2049」を映画館へ見に行きました。
前作を見てから2日しか経っていないので(笑)、30年後の世界も、すんなりと入り込んでの鑑賞です。
"生きることへの尊厳" とは ・・ という思いが、本編を見ながら過ぎりました。
リアルだろうが、フェイクだろうが、今そこに "生きている" 事実があり、
その象徴として、デッカードとレイチェルの奇跡があった訳だから。
前作では、支配 "する側" と "される側" 、人間とレプリカントのシンプルな対立構造だったけれども、
30年後は更に、リアルである筈の人間の側にも、神に成り代わらんとする人物が現れて世を牛耳り、
フェイクと言われるレプリカントたちは、実体が無いホログラフィーの存在を見下していて、
未来は一層、排斥的なやるせなさに満ちた、終末感漂う世界でありました。
しかし、30年後の時代も(作中的にも、現実の世界から見ても)、
決着をつけるクライマックスの戦いは、肉弾戦なのですね。。
ライアン・ゴズリングの出演作鑑賞は、実は、今回が初でした。
ロビン・ライト、デイヴ・バウティスタ、バーカッド・アブディ、マッケンジー・デイヴィスなど、
脇にいても光る役者さんたちが、いい味を出しています。
そして、"折り紙"のガフを前作と同じく、エドワード・J・オルモスが演じたというのも良いです。
ようやく見に行けた「ブレードランナー」、新旧2作品です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/note.gif)
オリジナルの「ブレードランナー」が日本公開されたのは1982年ですが、
当時の私はまだ子どもで、もちろん見てはおりません。
その後、大人になり、映画をそこそこ見るようになってからも、
「ブレードランナー」はバージョンが多すぎて、どれを見たら良いのかピンと来ず、
私はきっと、この先も、この作品を見ることはないのだろうな ・・ と思っていたのですが、
続編が作られ、その公開に合わせて "ファイナル・カット" が映画館にかかったことで、
"とりあえず、このバージョンを見ておけばOKなのね?" と受け止めることにし、
この度、無事、初鑑賞へと至りました~。
やはり、まずは何と言っても、そのビジュアル!
当初制作された35年以上も前に、物語るべき世界観の "絵" をここまで構築したのかと、
レトロだけれど、近未来的でもあるそのイメージは、いま見ても凄いと思います。
舞台となる「2019年」は、現在からすれば、たった "再来年" だけ先のことで、
地続きな世界として想像可能な箇所と、乖離し過ぎな箇所とが混在しているのが面白いなぁ。
そして、鑑賞後も余韻を残す、"生きる" という、重く普遍的なドラマ。
ルトガー・ハウアー演じるロイ・バッティの最期の姿は、忘れられません。
鑑賞日は12/21(木)。 目黒シネマ で、12/16(土)~22(金)まで特集上映されていた、
「 ワーナー・ブラザース シネマヒットメドレー 」のプログラムで見ました。
続編「2049」の公開中に映画館にかけてくれた目黒シネマさん、ありがとうございました♪
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/note.gif)
「ファイナル・カット」を見た翌日に、続編「2049」の公式サイトにて、
2作品のあいだに流れる "30年間" に何があったのかを知るための、短編3本をチェックし、
(「2022:ブラックアウト」「2036:ネクサス・ドーン」「2048:ノーウェア・トゥ・ラン」)
12/23(土)に、「ブレードランナー 2049」を映画館へ見に行きました。
前作を見てから2日しか経っていないので(笑)、30年後の世界も、すんなりと入り込んでの鑑賞です。
"生きることへの尊厳" とは ・・ という思いが、本編を見ながら過ぎりました。
リアルだろうが、フェイクだろうが、今そこに "生きている" 事実があり、
その象徴として、デッカードとレイチェルの奇跡があった訳だから。
前作では、支配 "する側" と "される側" 、人間とレプリカントのシンプルな対立構造だったけれども、
30年後は更に、リアルである筈の人間の側にも、神に成り代わらんとする人物が現れて世を牛耳り、
フェイクと言われるレプリカントたちは、実体が無いホログラフィーの存在を見下していて、
未来は一層、排斥的なやるせなさに満ちた、終末感漂う世界でありました。
しかし、30年後の時代も(作中的にも、現実の世界から見ても)、
決着をつけるクライマックスの戦いは、肉弾戦なのですね。。
ライアン・ゴズリングの出演作鑑賞は、実は、今回が初でした。
ロビン・ライト、デイヴ・バウティスタ、バーカッド・アブディ、マッケンジー・デイヴィスなど、
脇にいても光る役者さんたちが、いい味を出しています。
そして、"折り紙"のガフを前作と同じく、エドワード・J・オルモスが演じたというのも良いです。