
家に帰ってから、雪は何度も先ほどのことを思い出した。
彼が口にした言葉の意味とその感触を思い出す度、恥ずかしさで顔が燃えるようだ。
「きゃあああ!うわああ!どうしよどうしよどうしよ!」

彼に貰ったキャンディーボックスには、無数のアメが入っていた。
雪はそれらをベッドに広げ、枕を抱えて足をバタバタさせる。
「うう‥」

胸の中がこそばゆい。それはキャンディーのように甘く、全身を痺れさせる。
彼が先ほど口にした言葉が、雪の脳裏で優しく響いた。
忘れてないよ

強張っていた心が、解れていくような気持ちだった。
彼が雪の手を包み込むように握ったのは、”悪意”の意味じゃない。

昔雪を心配して、その肩を掴んで顔を覗き込んで来た先輩。
何があったのと、自分からは本心を語れない雪の本音を、引き出してくれた先輩。

肩に掛かる重みを感じて、高い空を見上げた秋の夜。初めてのキスの後。
自分に凭れ掛かって眠りに落ちる、無防備な彼の姿。

それは”好意”に他ならない。
同じ仕草でも中に潜むその感情は、両極を向いている。


雪の脳裏に、振り返って微笑む彼の姿が浮かんだ。
「笑顔でいてね」

そう笑顔で口にする彼に、初めて温かさを感じた初夏。
あの時、彼に抱いていたイメージが変わったのだ。
それまで”悪意”しか感じなかった彼に、”好意”という一筋の光が差すように‥。

そして雪はゆっくりと眠りに落ちて行った。
ベッドに散らばったキャンディー達が、雪を甘い記憶の海へと誘う標となる。

甘く胸をくすぐる記憶が、ぼんやりと雪の脳裏を掠めていく。
それは川のように記憶の末端から流れ出し、やがて大海へと続いていく。
オレがぶっ飛ばしてやんよ!

いつだって自分を守ってくれる、河村亮の姿が浮かんだ。
身を犠牲にして殴られたあの姿、不意に見せる温かなその眼差し‥。

粗野でがさつに見える彼の根っこは意外なほど温かで、そして真っ直ぐだ。
ねじれていた雪の家族でさえ、和やかな雰囲気に変えてしまう。

甘い記憶は嬉しかった記憶とも繋がり、続けて父親に頭を撫でられた場面が浮かんだ。
お小遣いだよ、と父から貰ったその気持ち。嬉しくてこそばゆい、あの気持ち。

雪の頭の中に、沢山の人の顔が次々に浮かび始める。
お調子者だが憎めない弟、蓮。
姉ちゃん姉ちゃんと、小さい頃からいつも自分を頼って後をついてきた蓮。

苦しい時、いつも影から手を差し伸べてくれた恵。
本当の妹のように自分を慕ってくれた。何の打算もなく、沢山沢山助けてくれた。

笑いながら手招きする、聡美と太一の姿も浮かんで来た。
大切な二人の親友。いつだって雪の味方になってくれた。

遠く離れていても、心はいつも雪の傍に居る気がする。親友の萌菜。
時折電話で励まされる。心の支柱になってくれる。彼女が笑うと、雪は安心出来た‥。

甘く嬉しい場面の数々が、大好きな人達の幾つもの顔が、ぼんやりと浮かんでは消えた。
そして滾々と流れる記憶の川は、最後に幼い頃のそれを運び出す。
蓮にバレないように、こっそり食べなさい

幼い雪が手にしていたのは、祖母から貰った一本のキャンディーだった。
それは口に含む度に、舌を痺れさせるほどに甘かったのを覚えている。
まったく‥お前はお姉ちゃんなのにまだ子供みたいだねぇ。
また何でこんなに髪がゴワゴワなのかね?母親は気にならなんだか‥じっとしてなさいな

そう言って髪を直してくれる祖母が、雪は大好きだった。
小言を言われることもあったけれど、世界で一番大好きだった‥。

いつの間にか、雪は完全に眠っていた。
平穏な寝息を立てる雪の周りには、無数のキャンディーが散らばっている。

スヤスヤと、子供のように眠る雪の寝顔がそこにあった。
甘く優しい記憶の数々が、彼女に楽しい夢を見せているのかもしれなかった。

知らない内に貰っていた、みんなからの愛情。
キャンディーボックスいっぱいの、甘く優しい記憶達‥。
雪はそのまま朝まで眠った。
瞼の裏に、幸せな夢を映しながら。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<甘い記憶>でした。
枕に顔を埋めながら、「オットケオットケ」言う雪ちゃんが可愛かったです^^
(オットケ=どうしよう の意味です)
キャンディーが良いモチーフになっている回でしたね。
しかし何本あんねん‥。これを食べきるのは時間がかかりそう‥

次回は<防御壁>です。
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この辺りはわたし的に萌え回なので、本家でも何度も目にしたのですが、
このベッドの上に散らばったキャンディーと、雪ちゃんが受けた愛情…
リンクされるんですねー!
師匠さんの文章と、漫画のコマから引っ張り出す情報量、いつも感服しておりますm(_ _)m
雪ちゃん、ほんとに可愛いな。恋する乙女ですねー
あー時間が止まればいいのに!笑
と言いつつ、これからも楽しみにしております。
雪祖母の「髪形はまた何故こんなコルなの?あんたのお母さん(略)」のコル(姿)は否定的ニュアンスがありますよ。多分髪がそそけてるとか?なでなでは髪形を直す為だったかも。
私の想像ですが、あの飴は恵と蓮のケンカ事件の後買ってもらったんしゃないでしょうか。雪ちゃんが落ち込まないように。
CitTさんのご指摘の元、少しおばあちゃんのところ修正致しました。CitTさんいつもありがとう!
そして雪ちゃんが望んだアメ一つに対して、淳があげた無数のキャンディー。それが彼からの愛情の深さを象徴している、というCitTさんの解釈、素敵ですね~^^ 思わずほっこりです。嵐の前の静けさですが‥orz
澪さん
ここのエピソード、いいですよね~。
このブログでは、「アメ=甘く嬉しい記憶」だと解釈しました。
本当チートラって象徴やエピソードに台詞や説明が無いですよね‥^^;
こんな風にブログで説明を付けるのは作者さん的には蛇足&野暮なのかもしれませんが‥。
結構弾丸で関東と関西往復するとどっと来ますよね。
私もよくやってるので。
にしてもこの回は愛情という目に見えないものの具象化するアイテムとして飴がうまく使われていますね。
いやほんと師匠の解釈ないとさらりんこと読み飛ばしてしまうけれど、師匠のおかげで気づけますわ。。
かなりの読者が助けられていることと思いまっせ。
淳の箱いっぱいの飴はほんと溢れる愛情の象徴なのでしょうね。
いや~食べきれない飴を与えたいくらいの愛情なんてカワイイですよね。。
で昨晩の淳の安らか寝顔と対になるような雪の寝顔・・昨晩の不意打ちと違って穏やかに愛情を感じあえてるいい場面ですねえ。ほんと束の間の幸せですけどね。。
CitTさん曰く雪婆の飴はなるほど、連と恵の喧嘩の後ですか・・
そう思うと連にばれないようにっていうのがなるほどって思いますね。
ただやっぱりさりげなく嫁(雪母)の悪口言うあたりがめんどくさそうなキャラクターっぽくて心がチクチクしますけどね。
こんな飴玉なんて一つも二つも一緒なんだから、お菓子も毎度二つ買えばいいのにさ~。
そしておばあちゃんのところが切なかったです。
まぁ、そうですね。近い年齢の孫2人なら、お菓子も同じ数買って欲しいですね。
アメかなんか…という彼女のリクエストに、大好きな彼女のため、たくさんのアメを買ってくる先輩。食べ切れるかどうかなんてそんなことは全く考えてもないんでしょう…。そんなとこかわいらしいな~て思ってました。
しかし、そう思えるのも付き合いたての盛り上がってる時だけかもなぁなんて。
こんなに大量のアメ買ってこられたら、(しかも舐め終わるまで時間のかかるやつ。ちがうかな)かわいげのないひとことを言ってしまいそう…。汗
あぁ。そもそもこんなにたくさん買ってくれないか。