
翌朝、けたたましく鳴り響く着信音で河村静香は目を覚ました。

が、しばらくは何が起こっているのか把握出来ないらしく、
静香はうつ伏せたままぼんやりと、ただその音を聞いている。

「????」

視界に入るその景色は自分の部屋に違いなかったが、どうやって帰って来たのかがまるで記憶になかった。
飲み過ぎたらしく、ガンガンと頭が痛い。
「????」

静香は何がなにやらよく分からなかったが、
とりあえず鳴り続ける携帯電話に手を伸ばした。
「何よ‥」
「麺屋赤山の隣の建物まで出て来て下さい。今すぐ」
「え?」

正体不明の人物からの突然の呼び出し。
静香は不機嫌な声で、声の主の正体に聞く。
「は?アンタ誰‥」
「私ですか?」

「青田先輩の彼女です」


どこか聞き覚えのあるそのセリフを耳にして、静香は大きく目を見開いた。
無言のままの静香に向かって、雪は冷静な声で話を続ける。
「出て来て下さい。今すぐに」「は?何言って‥」

どうして赤山雪がこんなにも強気な態度で出てくるのか、静香はにわかには信じられなかったが、
やがてふっと昨夜の記憶が蘇った。
「なによ‥大人でも大学生でもなく高校生よ?
父親に色々喋って何が悪いワケ?ぶっちゃけフラれた腹いせだけどぉ‥スッキリしたっつの‥」

今まで秘密にして来たその事実を、酔いにまかせて喋ってしまったのだ。
しかも運の悪いことに、顔を上げた先には赤山雪の姿があった‥。
「あ」

マズイ、そう思ったがもう遅かった。
「あ‥あ‥?」

静香の叫び声が、乱雑な部屋中に響き渡る‥。
「ああああっ?!」


静香への通告通り、雪は麺屋赤山の隣の建物の前に立っていた。
朝の空気は冷たく、雪はポケットに手を突っ込んだまま彼女を待つ。

やがて遠くから、走ってこちらへやってくる静香の姿が見えた。
「ちょっと!」

怒っているのは想定内。
雪は全てを見切っているかのような表情で、静香と相対する。

「このク◯女‥」

静香は怒りのあまりピクピクと青筋を立てながら、雪に向かって噛み付いた。
「マジでぶっ殺されたいの?誰に向かって命令してると思ってるワケ?!」
「後ろめたいことがなければ、帰って寝て頂いて結構ですけど。随分お疲れのようですし」

けれど雪は堂々としていた。むしろ静香に向かって攻撃の体勢だ。
「私も大学行かなきゃならないんで」

ジリジリと、静香の怒りメーターが上がっていく。
「このチビ‥」

「ナメてんの?!今まで大目に見てやってたからって、調子に乗りやがって‥」

ドスの利いた低い声で威嚇しながら、静香は雪の髪の毛を強く掴んだ。
今までだったら身が竦んでしまいそうな状況だが、雪は怯まず、彼女に向かって睨みを利かす。

静香は顔を近づけながら、更に威嚇を続けた。
「あたしこの間留置場行ったのよ。もう怖いものなんて何も無いの。
マジでアンタなんて潰してやれんのよ」

「今が絶好のチャンスとでも思ってんの?
雑魚が調子に乗ったところで何にもなんねーんだよ。
アンタに何が出来るっていうワケ?」

「あぁ?」

瞳孔の絞られた瞳が、今にも獲物を捕らえようと爛々と光っている。
今までどんな人間も、ここまで脅したら尻尾を巻いて逃げて行った。
きっともうすぐこの女だって逃げ出すと、そう静香は踏んでいたのだが‥。
バッ!

逃げ出すどころか強い力で手を振り払われ、思わず静香は目を見開いた。
「は?」「勉強して」

「はぁ?」

しかもよく分からないことを言われ、静香はもう一度聞き返したが、
雪から返って来た言葉はやはり変わらなかった。
「勉強して下さいよ」

ポカンと口を開ける静香に向かって、雪は至極冷静に言葉を続ける。
「電算会計。サボらず学校に通って勉強して、私にチェックさせて下さい」

「は‥?」
「でなければ昨日聞いた話、全部青田先輩にバラします」

次々と切られるカード。雪は休む間もなく通告を続ける。
「は?」「塾にも申し込みして下さい。通いながらそれも私に報告すること」

「以前通うと聞いた塾だって、どうせ行ってないんでしょう。
塾の費用がなければ国費支援を調べてみるか、バイトするか、自力でなんとかして下さい」

言うべきことは全て伝えた。
しかしまだ何も把握してない静香との間には、当然のように沈黙が落ちる。

しばらくしてから、静香が笑い出した。
「ぷはっ‥!ちょ‥アンタ何言ってんの?マジで脅迫してるつもり?」
「あなたがいつもやってることを真似してみただけです。そんなに面白かったですか?」

「そうやって笑い飛ばすなら、
今の私の話は聞き流して頂いて結構です」

「‥‥‥‥」

冗談だろうと思ったのに、雪は当然のような顔をしてそう返して来た。
ジワジワと、今自分は弱味を握られ、劣勢に追いやられているのだと静香は実感する。
「あ‥」

つまり雪が今言った条件を飲まない限り、昨日聞かれた話を淳にバラされるのだ。
それは冗談にならないほどマズイことだと、彼女の本能が警鐘を鳴らしていた。
「あの‥ちょっと待って?えっと‥雪ちゃん?あの‥」
「よく考えて下さい」

雪はそう言って一息置いてから、静香に向かってこう話し出した。
「あなたは、青田先輩は恐ろしくておかしな人だと言いましたよね。
幼い時から一緒だから、私なんて太刀打ち出来ない程深い関係なんだって。
だったらよく分かってるんじゃないですか?」

「河村氏を傷つけて、
さらに”恐ろしい青田先輩”をも傷つけたところで、」

「メリットなんて何も無いって‥」

「‥‥‥‥」

だんだんと頭が事の成り行きを理解して行く。
そして今雪が言ったことが正しく、彼女の動き次第で自分が追い詰められるだろうことを、
静香は予想して青くなった。
「言わないで欲しいんだけど‥」

「言わないでよ、ね?冗談じゃないわ‥言ったらマジでアンタのこと‥」
「だから、よく考えて下さい」

「分かりましたね?」

「学校、塾、私のチェックを受けること。嫌なら従わなくて良いですから」

そうキッパリと言い放って、雪は静香に背を向けた。

最後まで強制はされなかったが、自分が雪の望み通りに動かねばならないであろうことは、
自明だった。
「‥‥‥‥」

そしてそれは、静香とて予想出来るであろうことだったと、雪は思う。
私が運良く手に入れたこのチャンスを、100%利用することは予想出来ただろう

人はどのくらいの確率で、思った通りに動くのだろうか。
分かったことは、
それは弱味というチャンスを手に入れると、格段に確率が上がるというその事実ー‥。
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<弱味>でした。
いつも静香を前にしてビクビクしていた雪ちゃんとは思えないほどの堂々さ!

そして電話にて発せられた
「青田先輩の彼女です」

は、勿論この静香に対する仕返しだっていう‥。

雪ちゃんの静香に対するセリフも、健太に対する制裁においての青田先輩と似ていますなぁ。
いや〜どんどん黒淳化する雪ちゃんから目が離せないですね。
次回は<進化する周囲>です。
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