神想観は自分が“神の子”なる神であることを確認する祈りです。
聖経「甘露の法雨」が説く「神のコトバ」というのは「言は神なりき」だから「神」であって、
創造の神の許に神と共にあります。
つまり【万物はこれ神の心、万物はこれ神のコトバ】世界は、
現象世界の根底世界であると同時に
実相世界(神の第一創造世界)でもあります。
実相世界は創造の神が造り給うた
第一創造の霊の世界です。
また“神の子”というのは神が人間を造った霊的設計図だから、
やはり創造の神の許に創造の神と共に居るわけです。
その人間の本体“神の子”=“神の言”の代表者であり、
“神の子”の心を通して万物である“神の言”が
現象顕現されます。
とすれば
「神の子円環完全」「実相円満完全」と観じることは、
神の許にいる、神なる“神の子”を観じることでもあり、
そしてまた神の許に在る神なる“神の言”を観じることでもあります。
ひっくるめていえば、
神と共にある「神の子」及び「神の国」を観じているわけです。
現象人間が
親様の許にいる自分の本体“神の子”を観じているわけです。
神想観は「自分が神の許にいる″神の子”であること」を
確認する祈りです。
自分が“神の子”なる神であることを
確認する祈りです。