横浜映画サークル

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原作と映画を読み比べる面白さ~「夜明けのすべて」をめぐって~

2024-02-21 10:44:07 | メンバーの投稿

夜明けのすべて(2024日本 監督:三宅唱 原作:瀬尾まいこ)

(1)ストーリー:PMS(月経前症候群)という症例で、月経前になると普段が嘘のように怒りっぽくなって周囲に当たり散らしてしまうヒロインの藤沢さん。そして、ある日パニック障害を発症して、やる気いっぱいのビジネスパーソンから脱落してしまった山添くん。二人が再就職して出会ったことから、お互いの症状を知り、他者には分からない苦痛や悩みを、お互いにだけは率直に出し合えるようになり、次第に支え合う関係になっていく。

二人の社会人としての人生は立て直せるのか、という物語に、二人とふれ合う周囲の人たちの物語がじんわりと重なっていく。

(2)感想:「明けない夜はない」という言葉や「夢はあきらめなければかなう」という言葉が、無責任な励ましだ、と感じ、とても嫌いなのです。

しかし、この映画は「明けない夜はない、しかし、誰にでもまた夜は来るでも…と続く、その先までを射程に入れてくれていると感じ、素直に共感を持てました

自分は原作の小説やマンガと映画を見比べ読み比べをして、それぞれの作り手の意図やねらいを考えるのがすごく好きなので、今回の場合、幸い小説はそれまで読んでいなかったので、家で半分だけ小説を読んでから映画を観に行き、見終わったあとで、喫茶店で後半をすぐ読んでみる、という(自分にとっては)理想的な読み・鑑賞ができました。

原作と映画は、主人公(山添くんと藤沢さん)二人の設定や、職場での出会いや会話もほぼ同じなのですが、いくつか決定的に違う部分があって、その中でももっとも大きな違いは、サブキャラクターの扱いです。

原作は、二人がパニック障害とPMS(月経前症候群)という、社会生活における重要な支障をかかえ、出会い、そしてバディとなって、時にユーモアすらまじえながら、ある意味その支障を乗り越え、前に向かっていく物語と言えます。

しかし、映画は、二人の会社の社長、山添くんの前の会社の上司、山添くんの恋人、藤沢さんの母親、さらに多くのいわば脇役にも、ていねいに物語を用意し、そして、各人物の心の傷や生きづらさの一端をはっきり示しています。つまり「乗り越える物語」ではなく、二人が、多くの傷をかかえる人たちと共に、多分これからもやってくる多くの夜を、受け止めて生きて行くことを「納得して引き受けていく物語」にしたのだと思います

小さいけれど興味深かったのが、原作では終盤に出てくる、ポジティブな医師の言葉が、映画では序盤に、そして、ほぼ同じ言葉なのに、ネガティブにとれるように配置されている点でした。そして、この一見ネガティブキャラクターである医師が、後半でもう一度出てくる時の印象の違い(あ、この人って、決してイヤな人じゃないんだ・・)も、映画ならではの見どころだった気がします。

そう、このようにあらゆる登場人物に、作り手たちが手をかけ、リアルに、しかし突き放さず、距離感のある愛情を持って描いているのです。だからこそ、この映画は、最初に述べた無責任さとは無縁の「私と私たちの物語」だと思えるのです

最近よく使われる「自分ごと」という言葉がありますが、この映画の美点は「自分ごと」ではなく「自分たちごと」(変な言葉ですが)という印象を与えてくれることで、つらさの重い軽いはある、それは当たり前だ、でも、傷を負わずに生きている人はいない。だからこそ、隣の傷ついている人を少しだけでも助けてあげようと思うのだし、自分が少し助けになった時にこそ、自分の傷も少しだけ軽くなる。そうやってみんな生きているんじゃないのか?というメッセージがじんわり心に届くような作品でした。

映画には、時々ロングショットで風景が映し出され、それが観る者に「世の中にいる孤独感」を感じさせるように思いますが、孤独なのは当たり前、だからこそ、その中でちょっと手を貸してくれる人の存在が大切なんだと、逆に思えるショットでもあります。 

原作は作り物で甘く映画は現実的で厳しさをも描いてくれた」と感じる人もいるかもしれませんが、あえて付け加えておきますと、原作もとても面白いし、人やつらい時にこそユーモアに救われることがあることを教えてくれる佳作です。

原作が刊行された2020年10月、コロナ禍まっただ中の私たちには、この小説の愛らしさと前向きさが必要だったのだと思うし、コロナ禍は脱したね、と背中を押されて、再び格差社会に放り出されている、今の私たちには、この映画の、闇の中でかすかな光に目をこらし、なけなしの勇気を振りしぼって支え合う諦念と覚悟が必要なのだ、と感じました。

下画像左:映画の1場面(パニック障害で床屋に行くのもつらい山添くんの髪を藤沢さんが超下手くそに切ります)。画像中:原作の書影(現在は文春文庫から発売中)。画像右:移動式プラネタリウム(映画のクライマックスで活躍。これは原作にまったくない要素でした。)

画像出典左:映画.com夜明けのすべて : フォトギャラリー 画像(2) 、(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会 https://eiga.com/movie/98942/gallery/2/  (閲覧2024/2/18)  画像出典中:映画.com松村北斗×上白石萌音「夜明けのすべて」で再共演!三宅唱監督、瀬尾まいこの小説を映画化、(C)瀬尾まいこ『夜明けのすべて』水鈴社刊 https://eiga.com/news/20230213/1/ (閲覧2024/2/18)  画像出典右:プラネタリウムワークス、移動式プラネタリウム https://pla-works.jp/b-planetarium.html  (閲覧2024/2/18)

以上、ASAでした。

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