横浜映画サークル

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「ふしぎな岬の物語」の何が「ふしぎ」か。画家の軽部興さん(故人)を思い出す。

2014-10-29 16:44:41 | メンバーの投稿

ストーリーの中身に入って感想を述べます。観る前にストーリーが分かるとつまらない、と感じる人は映画を観てから読んでください。ここに書いてある程度のことが分かってから観ても、十分楽しめる深みがある映画と私は思います。

次の2点がオカルト的で現実離れしている「ふしぎ」な出来事です。

1、コーヒー店を訪ねてきた母を亡くした親子の子供(のぞみ)に悦子(吉永小百合)の亡くなった夫が見えた絵を捨ててくれと子供に言ったという。「(絵に象徴される)思い出に縛られないで、未来に向けて幸せをつかんでくれ」と子供を介して言っているように。下の写真は絵を捨てに行く親子。未来の「のぞみ」が過去の絵を捨てに行く

写真出典:http://www.cinemacafe.net/article/img/2014/08/07/25149/117146.html『ふしぎな岬の物語』-(C) 2014「ふしぎな岬の物語」製作委員会(2014/10/28閲覧)

2、亡き夫が火事を起こしたとも取れる喫茶店の火事悦子(吉永小百合)は夫の死が受け入れられず、一緒に暮らした思い出の喫茶店を続けていた。絵とともに、喫茶店も捨てろと亡き夫が火事を起こしたとも取れる火事の場面。これが二つ目の「ふしぎ」な出来事である。

この2つの場面はオカルト的で現実離れしている「ふしぎ」な出来事。この2つの場面は他の人間模様からは、かけ離れているがこの2つの場面の意味するところが分からないと、この映画の本当の良さは分からない。「過去の幸せにとらわれず、目の前にある小さな幸せのために立ち向かえ、そこに本当の幸せが潜んでいる」と言うメッセージに思える。「ふしぎな2つの出来事」がこのメッセージを伝えるキー場面になっている。「ふしぎな2つの出来事」の解説はプログラムにないので、あえて考えてみました。

悦子(吉永小百合)の夫は画家で若くして死んだ。なぜ死んだかは映画ではわからない。映画の最初で、夫が岸壁から海を見て絵を描いていた姿は英国の画家W.ターナーのようだ。下の写真の左が喫茶店、中央のやや右の下に夫が海を見て絵を描いていた場所に悦子が座っている。実在する千葉県鋸南町玉木節子さんの喫茶店「岬」がモデル(プログラムのプロダクションノート)になっている。

写真出典:ブログ「ふしぎな岬の物語」http://blogs.yahoo.co.jp/anntanuki/33067111.html『ふしぎな岬の物語』-(C) 2014「ふしぎな岬の物語」製作委員会(2014/10/28閲覧)

W.ターナーについては以前横浜映画サークル会員の旦那さんで画家だった軽部興さんからいろいろ話を聞いた。軽部興さんは62歳で亡くなった。軽部さんの自宅のアトリエ(絵を描くところ)に私がお邪魔した時、壁の網に刺してあった枯れた花に触ろうとしたら、「触るな」と怒られたことを思い出す。軽部さんの描く花は生き生きしているものばかりなので、もういらないと思って触ろうとした。「枯れているが、生きたみずみずしい花を描くために、イメージを広げるためにどうしても必要なのだ」と軽部さんが話してくれた。その時、W.ターナーの話をしてくれた。下の写真(未掲載)は、軽部さんが枯れた花を見ながら描いたと思われる花の絵の一つ。軽部さんの描く花は、いつも実物よりはるかに生命力あふれ、その花束の中心部分は周辺より温度が高いのではないかと思えるくらいだ。軽部さんは「自分は結核で、肺を片方取っており、長生きはできない、いつ死ぬかわからない。なんとか長く生きたいと思っている。生命をいつも花の中で追及している。」と話していた。軽部さんの絵:いいものが見つかりましたら掲載します。(絵の写真見つかりましたので載せます。下の絵上段は「軽部興画伯の個展」で軽部興さんに撮っていただいた写真。私との比較で絵の大きさが大体わかります。軽部さんらしい「花」の絵です。下段の絵は「静物」で軽部さんの実物の色彩から離れて、命を注ぎ込んだ色彩の特徴がテーブルや銅器によく出ている、軽部さんのお気に入りの絵だったと思います。2枚とも実物の絵はこの写真より濃い色で、写真は少し白くなりすぎています。〔2016/3/22追記〕)

 

軽部さんが亡くなる少し前にお見舞いに行ったとき、意識はほとんどなく会話は出来ない状態でしかったが、軽部さんの手を握りながら「アジサイの花の絵の赤い点が何を意味しているか分かります。」と耳元で話した時、手を握り返してきたように記憶している。軽部さんは透き通るようなみずみずしいアジサイの花を何作も描いていたが、遺作となった「アジサイの花」には、それまでには無かった赤い点があった。赤い点が3つの場合、二人の娘さんと奥様の命を、もし4つの場合はそれに自分自身を加えた4つの命を、もしそれ以上である場合は、多くの人の命を表したと思う。その遺作にいくつ赤い点があったかは、私は覚えていないが、いくつかは重要でないかもしれない。生命をアジサイの花の中に表現したということである。 

軽部さんが話してくれたターナーの話:W.ターナーが岬で静かな海を見ながら絵を描いているのを脇から見ていた記者が「ターナーさん。絵の海は荒くれていて、目の前の静かな海とは全く別なのだから、こんな寒い所でなく、自宅のアトリエで描いた方がいいのではないですか」と聞いたとき、W.ターナーは「この静かな海を見ていないと、荒れくれた海のイメージが出来ないので、どうしてもここにいる必要がある」と答えたとのことです。W.ターナーは多くの荒れた海の絵を描いた。絵の多くはロンドンのテームズ川沿いのテート美術館にある。下の絵は、荒れくれた海を描いた「ミノタウルス号の難破」

写真出典:ウィキペディア:ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner 

下の虹の絵は、映画の悦子(吉永小百合)の夫の最後の作品である。この絵のような虹は実際には無く、「あったらいいな」とイメージを広げて描いたと考えられる絵である。軽部さんやターナーのようにイメージを広げた。 

 写真出典:プログラムから私がコピー。実際より横長にしています。

 最後の場面で、コーヒー用の特別な水を取りに島へ行くときに虹がかかる。「あったらいいな」という虹が実現する場面である。船に乗った悦子(吉永小百合)、浩司(阿部寛)、みどり(竹内結子)が、虹の根もとの島に向かっていくところで終わる。この場面は吉永小百合の金子みすずの詩の朗読が入る。金子みすずは薄いガラスで出来ているような、少したたけば割れてしまいそうな繊細な心を持った詩人で、山口県の日本海側の仙崎(せんざき)という漁村の人。3歳の時に父親と死別し、虹の根もとの世界に父親はいると信じていたという。夫の放蕩など不遇な人生で、26歳で服毒自殺をした。虹の根もとは金子みすずにとっては幸せの世界を意味していたと、彼女の詩から推察する。この映画は、金子みすずがキーポイントの一つになっているように感じる。仙崎には金子みすずの生家が記念館として残っている。 

また、3.11東日本大震災の被災者の苦しい心情に、「コーヒー店を訪ねてきた母を亡くした親子」にダブらせて、過去の苦しい現実をいつまで引きずらずに、希望を捨てずに前を向いて、『小さな幸せ』と言う本当の幸せを見つけてください、と投げかけている映画にも思える。 

「ふしぎな岬の物語」の吉永小百合は、何か、空疎な演技になっていて、特に前半は表情が少なく下手だなと思われる人がいるかもしれない。だが、心が抜けた、空疎な主人公であることが分かると、これが計算された演技であることが分かる。吉永小百合は「キューポラのある街」の「純」のような、逆境にめげず底抜けな明るさが滲む役が合うように思う。「純」が高齢になったような役の映画を俳優人生の終盤を輝かすものとして出来ないものかと思う。 

以上、テッシー。

コメント (2)
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