怒りのブログ

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反・教育入門―教育課程のアンラーン(白澤社)子安潤2006.12.20(3)

2006-12-27 21:10:41 | 教育書
今回はホントにメモ程度。

第一章を読み進めている。

教育の内容についてだ。
二つ記憶しておきたい。

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一つ目。
「カルチュラル・スタディーズ(文化研究)」というタームを知り、それが重要なのだとわかった。

知識は選択されて教育に用いられる。
そこに重点がおかれた説明でわかりやすかった。

これについては、私は理科出身なので、これほどすっきりと飲み込めた事は青天の霹靂だった。

角屋重樹の主張などを読んだときも思い出したのだが、子安先生のブログで冥王星の惑星はずしが多数決で決まった話も同時に思い出した。

科学を宗教と例えて、普遍性は疑わしいと述べる輩に対して、「事実の不変」が科学の立証の普遍を支えていると信じて反論していた私としては、「政治的な差異」という視点が明確に認識できていなかったのだなと考察した。

そう考えていくと、角屋の主張ももっともな部分もあるのだと思う。
ただし、彼がそういった指摘をしたかというと、それに対応している実践例が違うので、そんな人ではないのだろう。
でも、これはこれで生きる部分があるのだという認識には立てた。

二つ目。
城丸章夫の論文を引きながら、その決定が政治的な意味合いをもっており、そこに注視しながら決めて行かないと「各階層の参加した合意」による「(教育の)内容」にならない。という読み。

だから今回の教育基本法改定は十分に危険を孕んでいるとも読めるのではないだろうか。

この先の展望が見えるのか?
冒険は続く。


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