怒りのブログ

憤りを言葉にせずになんとしようか。

酒井式図工

2006-11-10 23:18:55 | 教育
同じ学年を組む先生がもってきた本が「酒井式」と冠がついていた。

いくつか実践をしてみた。
自画像。
子どもたち自身も実感できるほど、視点が定まり、技能がアップしたようだ。
鑑賞する親や他の先生の受けもよい。

で、その書籍をググッてみようと検索をかけたら「美術と自然と教育」というブログに「酒井式」の批判がのっていた。
ブログなので、完成した批判文を読んだわけではないけれど、「酒井式」の抱える問題点は意識できたように思う。
ちなみに、「酒井式」=「TOSS系」のようだ。

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国語や算数が校内研究で選ばれることが多いだろうけれど、低学年では案外受け持つ教科の「音楽」「図工」などはなかなか研究する経験は少ないものだ。
こういったことも少しずつ自分なりにやるべきだと感じた。

研究もいろいろ(生活科、理科批判)

2006-11-10 05:57:38 | 教育
最近、教員の研究についていろいろ反芻している。

自主的にやっている研究もあるし、校内や区市町村レベルの研究会もあるし、都のレベルの研究会もある。
はたまた民間研究団体に所属してやる場合もあるし、大学とのつながりで行う場合だってある。

個人的には、今、国語と体育。
大学時代の専門は理科だったのだが、こちらはどうも渋い。

一番の興味は
国語は「漢字学習」「読解」。
書籍がこれに偏っている。
「話す・聞く」は前任校の校内研究から引きずって実践反芻している。
「書く」はこれからぼちぼちと。

体育は割となんでも。
ただ、脱めあて学習の傾向にいっている。
前任校の区市町村レベルの研究会で「器械運動」に触れたせいか、そっちが基準でものを考えることが多い。

さて、渋い理科なのだが、正直よくわからない。
中高の理科を教えていただけに、小学校の理科というのは何なんだろうとよく思う。
うまく解釈ができないのだ。

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子どもにもっと理科的な体験をさせたいと思いきや、なんか深く突っ込めない印象を覚える。

一つ考えて見たのだが、理科の内容って他の教科に比べ、自分の小学校時代よりも、内容がとても少なくなっていないだろうか?

例えば、1・2年生では理科はなくなり、生活科になっている。
生活科で理科的な内容って、植物を育てるくらい?

今、いっしょに組んでいる人が仮説実験授業のプリントをもってきて一緒にやっている。
内容は昔の理科だ。(未履修問題的にはヤバいよね。生活科じゃないものをやっているのだもの。)
動物の系統学につながる内容で、非常に取り組みやすく、内容も精選され完成されたいいものだ。
子どもたちの食いつきもいい。(さすが厳選された仮説実験授業だ。)

「yo先生ならわかってくれると思って・・・。」
と、その教材をもってきてくれた先生は言う。
他の先生と組んではできない内容のようだ。

なんでこうなってしまったのだろう。
子どもたちが喜んで学べる内容がそこにあるのに、幼稚園過程の継続でもある生活科にこだわる必要がどこにあるのだろう。
ちんたらとドングリゴマを作るために膨大な時間を費やすことがいいことなのか?(そりゃ図工だろ!)

「ゆとり」の下に、理科の内容が2から3割削減されている。
苦肉の策が、各学年でもうけられている単元選択だ。
メダカの発生と人の発生が同列で選択されている。
アホか?

数字を単純に見返すと、生活科導入で理科は2/3になり、さらに「ゆとり」で7割になったと考えると、時間数は半減しているようなものだ。

もちろん生活科にも理科的内容はあるさ。
中学とのダブりを少なくしたところもあるだろうさ。
でも、理科の内容やレベルは下げられたのだから、問題がないとはいえない。
時数の割ふり方から疑問がついてまわる。

とっかかりから不自由を感じる理科は難しく感じる。

また方向がずれて、まとまらないメモになっちまったい。(^^;