怒りのブログ

憤りを言葉にせずになんとしようか。

時数

2005-03-06 15:44:49 | 教育
おそらく、各学校で年間計画の策定が進んでいるはず。
(なあなあでやっているDQN学校は年度内に計画書類完成は目指さないだろうが・・・)
学校によっては時数の設定や時間割設定(モジュールや6時間目)、余剰時数などが課題(?)になっているのでは?

2005年03月06日毎日新聞記事(ソース)
世田谷授業時間:区立中「52分制」アンケート。教委「趣旨徹底し、3年続ける」
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20050224ddlk13040105000c.html

>同区は今年度から、52分授業を区立中学に提案。
>2分間を積み重ねると1年間に50分授業を約40時間増やすのと同じ計算になるうえ、
>「2分間」を教師と生徒が有効に使って授業を充実させる狙いで、31校のうち21校が採用した。

確かに計算上は成り立つのであるが、「たかが2分である。」
これを「されど」と呼ばせたい教育委員は授業をやったことがあるのだろうか?

まだ、アンケートは一回のようで、肯定も否定もあるが、
長期的な展望にたって考えれば、単に「2分」なのではないだろうか。
2分が長いと感じる子どももいるだろうが、慣れとともに効果云々さえ議論がなくなるかもしれない。
個人的にはそんな時間だと思う。
約40時間は大きいが、単純に週一時数増で35時間であるから、これで午後の授業が削れるのなら成果といえるだろう。
(ま、削るためにやっているわけではないだろうが・・・)
いや、逆に、現行の必要時数を圧縮してやるわけだから、
例えば、算数にその40時間をあてたとして、年間必要授業時間数(単位時間数)が圧縮できたとしたら、「されど2分」なのだろう。
だが、実際にはそんなことあり得ないと思う。
カリキュラム上、1単位時間で終了する単元はほとんどないのだから、単元の時間の切り方が難しくなるだろうなと思う。
(ま、そこをなんとかするのがカリキュラムのプロ=教師ではあるが・・・単純に変更の手間はあるだけでも負担といえる)

>「52分も実際はやっていない」「教室に来るのが遅い先生が多く、2分延ばしても意味がない」との声もあった。

これは(単純に土俵にのっていないだけのダメ教師の問題で)論外だが、

>若井田正文教育長は「教師や生徒が52分授業の狙いをまだ十分に理解していない。趣旨を徹底したい」

生徒にねらいを理解させたいとする教育長は、この時数設定の背景にある問題も理解させたいわけではないだろうと思う。
(そんなことをすれば、如何にシステム的に行き詰まっているかを論議しなければならない=以前には考えられない無理やりの押しつけ時数だから)

>としたうえで「2分間の積み重ねと授業をより充実させることが出来れば、授業数を増やすため2学期制にするなど大きな改革は必要ないと思う。

やはりねらいは「2学期制とのひきかえだ」
週5日制のシステムが座礁しかけているように見えるのは私だけだろうか?

>52分授業を強制はしないが、全校でやってほしい。3年間は続ける」と話した。

教育長の発言は校長へのプレッシャーである。
「強制はしないがやってほしい」は半強制である。
最後の「3年間」は、その間の成果を見せろということだ。
困ったもんだ。

>小川校長は「1日10~15分の上乗せが家庭学習をするきっかけになってほしい。
>すべての子どもに基礎学力をつけてあげたい」と話している。

家庭学習のきっかけ?
意味不明。
後半の文へのつなぎも不明。
ま、たまにはとんちんかんなコメントもあるよね。(インタビューにあがったのかな?)