多分初めて読む作家。SFには詳しくないが、書評誌で「伊藤計劃」と並んで語られているのを見て、なんかすごそうだと感じて、読むことにした。読んでみて、様々な異世界の風景がぼんやりと現れたような錯覚に陥ってしまい、それにまず驚かされた。しかし、その異世界をイメージしようとするのに懸命になってしまい、何だか作品を心から楽しむ余裕を最後まで持てなかったのは残念だった。自分がこういう小説に慣れていないのか、想像力が乏しいのか、おそらく両方かもしれないが、自分の頭のなかでその異世界を再構築するのに忙しく、自分が空想するその異世界が作者が見ている者と同じなのかどうか、最後まで自信が持てなかった。最初の一編について、作者自身があとがきで「アニメの台本として書いた作品」とあったが、それならば初めから具体的なイメージが確定しているアニメをみれば手っ取り早い気がする。SF作家というのは、自分のイメージをあまり言葉で説明しすぎては興ざめだし、そうかといって読者の想像に任せすぎてもイメージが伝わらないから、そのあたりのさじ加減が難しいのかもしれない。そのあたりは、作家と読み手の阿吽の呼吸なのだろうか。SFを敬遠しているとますますSFから遠ざかってしまうと思いつつも、もう手遅れのような気もする。しかし、最後の一編の「人間が地球以外の知的生物に出会えないのは、知的生物というものが短命に終わるからではないか」という問いかけへの答えという作品。すごいことを考えるなぁお思いつつ、SFがその問いかけに対する1つの答えの出し方だとすれば、やはりこのままSFから遠ざかってしまうのは惜しい気がした。(「自生の夢」 飛浩隆、河出書房新社)