こういう本はなかなか手に取る機会がないのだが、角川文庫「夏の100冊」のコーナーにあるのを見つけて、読んでみた。私自身は「アンネ・フランクの日記」そのものを読んだことがない。なんとなくアンネ・フランクの日記は少年少女のための読み物だというイメージを持っていて、読む機会のないまま歳をとってしまったからだと思う。大昔に同じ題名の映画をみた記憶はあるが、詳細は覚えていない。隠れ家での生活の小さな諍いのシーンなどをぼんやりと覚えている程度である。また、それがどの程度原作に忠実なのかも判らない。本書のなかで作者が訪問していくアンネ・フランクゆかりの人々がどういう人なのかも事前の知識は全くなかった。本書で作者が実際の現場で思い起こすエピソードなども知らないものばかりだ。そういうことなので、正直「日記」を読んでいればもっと深く感じることができるのかもしれないと思ったりもしたが、私としては十分に作者に共感できたように思う。「日記」を読んだことがないにもかかわらず、そのことをほとんど気にせずに読むことができたのは、この本の作者がそうした読者も想定し、人物の背景や日記の内容を短い解説、時には1つ2つの形容詞で判りやすく書いてくれているお陰だったのだろう。その点で、作者は、どっぷりとアンネ・フランクの記憶を辿る旅の世界に浸りながら、文章そのものと自分を見つめる目は極めて冷静であることが判る。思わぬ形で残された文学作品と文学を生業とする作者の時空を越えた交流の深さには本当に胸を打たれる。(「アンネ・フランクの記憶」小川洋子、角川文庫)