エッセイ風の短文が数多く収められた本書は、普通のエッセイとして読んでももちろん面白いのだが、彼の文章のファンにとってはそれ以上の価値がある。1つ1つのエピソードが、生物というもの、あるいは生物学というものを深く考えさせる内容になっているし、特に、本書を読むと、著者の「動的均衡」という考え方がより深く多面的に見えてくるような気がしてくる。この本を読むことによって、これまでに読んだ彼の本によって知ることとなった彼の考え方が今まで以上にはっきり伝わってくる。彼独特のリリカルな文体も健在で、とにかく彼の本を読んでいるとめっぽう楽しい。変な話だが、彼の文章ならば、生物学の本でなくても、例えば書評とか何でもいいから、次の本を早く読みたいという気になる。要するに彼のファンは、生物学者である彼から何かを学びたいとか、生物学が面白いとかだけで読んでいるのでない。彼の人柄とか文体が好きで、とにかく純粋に彼の文章を読んでいたいのだと思う。なお、重さの違う球の落下スピードに関する思考実験の話は、本書で初めて知って、「なるほど」と感心した。著者がTVの「ようこそ先輩」で行った授業の話は、彼の「動的均衡」の考え方を知るための最高の短文だと思う。(「ルリボシカミキリの青」福岡伸一、文芸春秋社)