「古都逍遥 京都・奈良編」「花の詩」「日常のこと」や花や風景写真

 京都・奈良を中心に古刹・名刹や「花の詩」等の紹介。花や風景写真、オリジナルの詩、カラオケ歌唱など掲載しています。

花の詩「都わすれ」

2021年11月07日 23時39分20秒 | 花の詩


 この花の咲く頃、私は山野を駆け回って小さな花々をカメラに収めるのに夢中になっている。
 すみれ、たんぽぽ、ほとけの座、それに時節は過ぎているが土筆も探して夢中だ。そんななか「都忘れ」を見つけると恋人に出合ったようにワクワクするのは何故なのだろう。
「都忘れ紫にほふ花かげに恋ふる人さへ淡くなりつる」(岩波香代子)の一句が切なく頭をよぎる。

 都忘れの花言葉は「しばしの慰め」「別れ」。
 春、4月から6月に咲く菊科の学名「savatieri」の由来は、フランスの医師・植物学者で日本植物を採集し『日本植物目録』を発表した「ルドヴィク・サバティエ」の名前からとったといわれている。
 一方、和名の「都忘れ」は、鎌倉時代の「承久の乱」で佐渡へと流された順徳天皇が、草で覆いつくされた佐渡の庭に野菊が紫色に咲いているのを見つけ、
 「紫は都に咲く美しい花の色、私はもう帰れないと諦めているけれど、花よ、いつまでも私のそばで咲いていておくれ。都のことが忘れられるかもしれない。
 お前の名を今日から 都忘れと呼ぶことにしよう」と云い、「いかにして契りおきけむ白菊を都忘れと名づくるも憂し」と傷心のなぐさめ詠んでいる。
 また、京を去るときにこの花を目にとめ、「都を忘れることにしよう」といったことからこの名前になったとの説もある。

 都忘れは、江戸時代から茶花などに用いるため栽培されてなじみ深い山野草。本州、四国、九州の山地に自生する「ミヤマヨメナ」の園芸品種につけられた和名で、ミヤマヨメナは淡青色だが、江戸時代から改良されてきた「都忘れ」には淡青色のほか、青やピンク、白がある。花後は株元に短縮茎をつくり、ロゼット状になって夏を越す。日当たりと水はけのよい場所を好み、場所が合えば、植えっぱなしで毎年よく咲く多年草。

《和歌》
*「この花のしろきをみれば都をも世をも忘るとめでし君はも」(「村荘詠草」会津八一)
*「通りゆく猫とどまりて都忘れの花嗅ぎたるは何故なりし」(「独石馬」宮柊二)
《俳句》
*「菊さえや都わすれの名に咲きぬ」(斎藤空華)
*「此処にして都忘れとはかなし」(藤岡筑邨)
*「蕾はや人恋ふ都忘れかな」(倉田紘文)
*「雲のなか都忘れや都なし」(赤尾兜子)
*「母の忌よ都忘れの咲けば来る」(高田風人子)
*「母の日を都忘れも忘れざる」(百合山羽公)
*「灯に淋し都忘れの色失せて」(稲畑汀子)
*「都忘れの 菊は咲きけり」(宇喜多秀家)

 また、都忘れを歌ったうたも多くみられるが、心に留まった歌を挙げてみました。

■「都忘れ」作詞・作曲:TAKURO
 もう二人はお互いの過去に戻れない
 君がつぶやいて歩いた帰り道
 ねぇこのまま世界の果てまで行けるかな?
 不意に傷つけた人達を思った

 春に芽生えた恋心 計画を練る夏の午後
 終わらない秋を過ぎ 手ぶらだった二人には
 ゆずれない愛がある

 誰にも見せない願い事を 今夜解き放とう
 いつかは消えゆく魔法でもいいよ
 共に今を生きてる

 Ah この世はまるで意思のある生き物のように
 満たされぬ運命を呪うよ
 Ah 時代が僕等の背中を押した事さえも
 シナリオの一部だと笑った

 階段を昇る時も 降りるその日が来たとしても
 変わらない優しさを 胸に秘めて 胸に秘めて

■谷村新司のソロ・アルバムの中に、「都忘れ」という歌がある。
(その一部の歌詞)
 女の幸福は 心を捧げた 恋しいお方の たった一言
 世間も親も 何もかも 振り捨て 生きると心に誓う
 神よ心あらば 二人の行く先を せめてそっと照らして 守って遅れ
 都忘れの花のように ひそかに かくれて 生きていきたい

■また、因幡晃が「都忘れ」という曲をシングルで発表している。

 この道とおるのも 二度目になったのね
 今度はしあわせに なれると思ったのに
 都忘れの 花が咲く
 悲しい女が とおる道に
 生きてゆけるわ ひとりだけでも
 もう終ったの あさい夢は
 
 この足で歩けたなら

 夢中で伸ばした指の先に 触れるものは何?
 どこまでも澄んだ君の瞳 降り注ぐ雪が舞う

 誰にも見せない願い事を 今夜解き放とう
 いつかは消えゆく魔法でもいいよ
 共に今を生きてる
 ICAN'T FEEL LOVE
 ICAN'T FEEL LOVE
 ICAN'T FEEL LOVE WITHOUT YOU




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「いつも今が始まり、一瞬懸命」 その16

2021年11月07日 18時08分15秒 | いつも今が始まり(生き方論)
「私はできる」
 ユダヤ教のある導師が「砂漠を旅するものは星に導かれて歩む」という言葉を残している。
これをM・ケトヤー氏が「ユダヤ人の発想」という著書の中で次のように表現しています。
 「彼(旅人)は星に向かって歩んで行く。星に到達することなどできないが、星に近づこうとすることによって、目的地である町にたどり着くのだ。人がそれぞれ掲げる理想は星のようなものである。」
 この教訓は、私たちに理想達成のあり方を教えています。天上に輝く星は理想であり、それを見失わず進む信念は必ずや目標に到達するであろうと教えているようにも思われます。
 理想を目的地に向かって果てしなく続く汽車のレールにたとえてみましょう。そして信念をその上を走る機関車と考えてみます。また、知識や技能を客車とすると三者の関係がはっきりしてきます。
 理想というレールがあっても、信念という機関車がなければ前に進むことはできませんし、牽引する客車もただの箱になりかねません。信念の機関車が動き出し、三者が一体となって加速をつけて走り続けなければ、志を遂げる力とはならないのです。この信念が情熱というエネルギーで突き進むとき分厚い壁でも突き破ってしまうことでしょう。
 理想と信念の関係についてお分かりいただけたでしょうか。
 果てしなく続く壮大なロマンともいえる理想のレールの上を、信念という力強い機関車を走らせましょう。エネルギーである情熱を絶えず燃やしながら突き進みましょう。その継続は力となって、あなたに襲い掛かるあらゆる障害も壁も打ち砕いて突き進むことでしょう。
 もう何も思い煩うことはありません。心に描いたあなたの人生、思い迷わず積極的に「何とかなるさ」の思いで突き進みましょう。この先何が起ころうと迷ってはなりません。
 人生には四つ耐えなければならないことがあるといいます。それは、「冷に耐える・苦に耐える・煩いに耐える・閑に耐える」であり、これを説いたのは中国・清の時代の曾国藩です。人生にはこの先きっとこの四耐が口を開けて待ち構えているはずです。理想を失わず歩みを止めず、決して恐れたり落胆したりせず挑んでいけば、四耐の山も谷も越えることができるはずです。
 しかし、時として人間である以上、心が萎えるときがあります。心構えや意志の力が加速を落とすこともあるでしょう。だから朝目覚めて毎朝歯を磨くように、心構えも磨かなければなりません。
 心に癖をつけましょう。心に癖がつけば行動にも癖がつきます。前向きで積極的な心の癖をつけましょう。成功実現を心に描き続けることです。「私は想像する(成功することをイメージする)、私はそう思う(成功すると心に絶えず言い聞かせる)、私はそう信じる(成功すると信じて行動する)、私はきっとそのとおりになる」。このようなイメージを描き「私はできる、私はできる、私はできる」と言い聞かせ歩みましょう。「あなたはきっとできる」。


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