「古都逍遥 京都・奈良編」「花の詩」「日常のこと」や花や風景写真

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「法金剛院」(ほうこんごういん)

2006年10月28日 07時13分33秒 | 古都逍遥「京都篇」
JR嵯峨野線、花園駅の斜めすぐ前に、木立に包まれ蓮の寺として知られる古刹がある。山門をくぐると、そこは静かな庭園が広がる。

 法金剛院は、平安時代の初め、天長7(830)年頃、右大臣清原夏野が山荘を建て、死後双丘寺と称したのに始まる。
 その後文徳天皇が、天安2(858)年,大きな伽藍を建て天安寺として改築、さらに大治5(1130)年、鳥羽天皇の中宮待賢門院が天安寺を復興し、法金剛院とした。応仁の乱や地震などで堂宇のほとんどが倒壊したが、幕府の援助や泉涌寺の照珍が四宗
兼学の道場として再建した。

 当院は律宗・唐招提寺に属し、本尊は重文の阿弥陀如来、他にも僧形文殊菩薩、地蔵菩薩、十一面観世音菩薩などの重要文化財の仏像がある。
 庭園は待賢門院が極楽浄土として造園させた池泉廻遊式浄土庭園で、林賢、静意作の「青女の滝」という巨岩を並べた滝がある。 池の周りの遊歩道には紫陽花が植えられ、また世界中の蓮を集め、蓮池(苑池)や鉢に80種余りが育てられいる。極楽に咲くという大賀蓮は清楚で、千年の悠久の時を偲ばせる、はんなりとした雰囲気は、心のなかまで清められる思いである。写真愛好家にとっては見逃すことができない蓮の寺である。蓮の花は日の出とあわせるかのように静かに花開くから、蓮の時季は朝六時半から開門されている。

 現在の庭は、荒廃し土の下に埋まっていたものを昭和45(1970)年に、庭園研究家・森蘊(もり・おさむ)の手により復元したもので、地表に一部露出していた石組みを掘り下げていくと、「青女の滝」と呼ばれる4メートルもある見事な滝の石組みが現れたという。
 「青女の滝」は、林賢という人の作で、水の落ち方など見事であったそうだが、待賢門院はこれが気に入らず、もっと高くせよと命じたという。だが、残念ながら現在は水は枯れてしまい、ポンプで水を流している。
 重要文化財として、阿弥陀如来、十一面観世音菩薩、僧形文殊菩薩、地蔵菩薩がある。

 所在地:京都市右京区花園扇野町49。
 市バス91、92、93系統「花園扇野町」下車すぐ、JR花園下車、徒歩約5分。
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