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従軍慰安婦という嘘

2013年05月24日 01時52分15秒 | 日記
現在、慰安婦問題がどうなっているかについて、先ずは、以下の動画をご覧下さい。

【魔都見聞録】第2ステージに入った慰安婦情報戦[桜H25/3/25]


所謂「慰安婦問題」は、日本国内で一つ一つの問題に対して、事実と反することが証明されているにも関わらず、海外の勢力に対して説明責任を果たして来なかった為に、あたかも、日本社会党委員長 田辺誠の運動と資金援助により建設された南京虐殺記念館の様に、日本国内の勢力が、海外の勢力と結託して日本を貶める活動を行い、大成功を収めつつある一例だ。

例えば、私の様に、朝鮮半島についての門外漢が、この問題について何某かを考える場合の入門書は、西岡力 著『よくわかる慰安婦問題』が適当と思う。この書は、八十年代から現在に至るまでの論争が、よく纏められていて面白い。

興味深いのは、田辺誠が中共に対して、盛んに「南京虐殺」を説くのは、82年・83年の頃と言われているが、「事実を曲げて日本を貶めようとする反日勢力」が慰安婦問題を焚きつけたのも、同じ頃である点だ。

※以下の内容は、西岡力 著『よくわかる慰安婦問題』からの抜粋です。この問題に興味のある方は同書をご覧下さい。


・事件の始まり
この書に従って考えるならば、事の始まりは1983年に出版された吉田清治著『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房)にある。この記述がもとになって、2007年、米国議会下院に「戦中、日本が朝鮮人をはじめとするアジア女性をセックススレイブ(性奴隷)として強制動員した」とする決議案が提出された。

1983年、『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』吉田清治著(三一書房)出版

2007年、「戦中、日本が朝鮮人をはじめとするアジア女性を
     セックススレイブ(性奴隷)として強制動員した」とする決議案が、
     米国議会下院に提出

『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』には、1943年、軍の命令を受けた吉田が、済州島で徴用隊を指揮して民家に押し入り、若い娘を捕まえさせる様子が描かれている。また、慰安婦狩りは日本軍から出された「朝鮮人女子挺身隊を動員せよ」との命令に基づいて行われたと、命令書の内容を含め詳細に述べている。

この書の「済州島での慰安婦狩り」とは、吉田の記述によれば、

昭和十八年五月十五日、山口県労務報告会下関支部動員部長だった吉田が、西部軍司令部(福岡)から「皇軍慰問・朝鮮人女子挺身隊二○○名」の動員命令を受けた。その命令に従って、

五月十八日、吉田は部下九人を連れて済州島上陸
五月十九日、現地の陸軍部隊所属の武装した兵隊一○名を加えた二○人の徴用隊は、
      部落の民家、小川の洗濯場で女狩りをした後、
      城山浦の貝ボタン工場でも暴力的な慰安婦狩りを行う。
五月二十日、島の西海岸の瓮浦(おうほ)の漁村と干しイワシ製造工場で慰安婦狩り
五月二十一日、新左面の針岳ふもとの村落にある腸詰め工場
      「新左面牧畜組合報国工場」で慰安婦狩り。
五月二十四日、西帰浦近くの海で海女を慰安婦狩り。
合計二○五人を強制連行した、と言う物。

この本が出版されると、それを根拠に、

1986年、『朝鮮を知る辞典』(平凡社)
    「43年からは(女子挺身隊)の名の下に、約20万の朝鮮人女性が労務動員され、
     そのうち若くて未婚の5万~7万人が慰安婦にされた」

1985年、『朝鮮史』武田幸男著(山川出版社)
    「四四年八月には『女子挺身隊勤労令』が公布され、数十万人の
     十二歳から四十歳までの朝鮮の女性が勤労動員され、
     その中で未婚の女性数万人が日本軍の慰安婦にさせられた」

と言った書物が出版された。その後、91年8月11日、「朝日新聞」が金学順という老女を見つけてきて、『元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く』という記事を発表。

その記事は、

「日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」が聞き取り作業を始めた。同協議会は十日、女性の話を録音したテープを朝日新聞記者に公開した。テープの中で女性は「思い出すと今でも身の毛がよだつ」と語っている。体験をひた隠しにしてきた彼女らの重い口が、戦後半世紀近くたって、やっと開きはじめた。」

という書き出しで始まる。

その後、宮沢総理(当時)が訪韓する機会を狙って、「朝日新聞」は、法政大の吉見という教授が、防衛庁の研究所から慰安婦の連行に日本軍が関与していたという資料を見つけた、という記事を発表。

ところで、当時、左派・自虐派学者の「通説」として、植民地朝鮮において、慰安婦への動員も「挺身隊」として行われていたという通説があり、「朝日新聞」は吉見義明教授の記事に、意図的に以下の様な注を付けた、

「一九三○年代、中国で日本軍兵士による強姦事件が多発したため、反日感情を抑えるのと性病を防ぐために慰安所を設けた。元軍人や軍医などの証言によると、開設当初から約八割が朝鮮人女性だったといわれる。太平洋戦争に入ると、主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は八万とも二十万ともいわれる。」

「慰安婦」とは全く関係のない、勤労動員のための「挺身隊」を、意図的に混同して書き込んだ事により、「挺身隊」の募集年齢であった十二歳から四十未満の女性が、「慰安婦」として動員された、という誤解を創りだした。

1991年、『元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く』(朝日新聞)

1992年、・法政大の吉見義明教授 防衛庁の研究所から慰安婦の連行に日本軍が関与していた
      という資料を見つけた、という記事を発表。(朝日新聞)
 
     ・金学順 日本政府を相手に補償を求める裁判を起こす

     ・『従軍慰安婦』(朝日新聞 夕刊コラム、吉田の発言)
      「国家権力が警察を使い、植民地の女性を絶対に逃げられない状態で誘拐し、
      戦場に運び、一年二年と監禁し、集団強姦し、そして日本軍が退却する時には
      戦場に放置した。私が強制連行した朝鮮人のうち、男性の半分、
      女性の全部が死んだと思います」を引用。

こうして、

一、自分が軍の命令で慰安婦狩りをした、という「良心的証言者」吉田清治
二、吉見教授が見つけた軍の内部資料
三、やられた側として名乗り出た元慰安婦の老女 金学順 

という三つの証拠が出揃った。この様な状況の中、慰安婦問題に関する最初の政府談話が発表された。
    
1992年1月13日、加藤紘一官房長官
      「従軍慰安婦として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた方々に対し、
       衷心よりおわびと反省の気持ちを申し上げたい」とする談話を発表。
       
  1月17日、宮沢総理、訪韓して盧泰愚大統領に
      「衷心よりおわびし、反省したい」と八回にわたり謝罪。


・暴かれる嘘
しかし、筆者は、吉田の著書が出版された当時から、疑問を感じていた。

一、最初に問題になったのは、慰安婦が貧困のために身売りをした物なのか、軍などの公権力を使った強制連行による「性奴隷」的存在だったのか、という点だ。

1992年2月号の月刊「宝石」に慰安婦へのインタビュー記事「もう一つの太平洋戦争 朝鮮人慰安婦が告白する…」と言う記事が掲載された。インタビューを受けた金学順は、書中で四〇円でキーセン(妓生、朝鮮半島の芸妓、娼婦)に売られた、と語っていた。

また、当時、彼女達は日本政府を相手にして補償を求める裁判を起こしていたが、その訴状にも、金学順は「十四歳からキーセン学校に三年間通ったが、一九三九年、十七歳の春「そこに行けば金儲けができる」と説得され、金学順の同僚で一歳年上の女性と共に養父に連れられて中国に渡った。」と書かれていた。

更に、金学順らが起こした裁判は、もともと日本人が韓国に行って「原告募集」というビラをまいて起こした裁判であり、この裁判を起こしている韓国の被害者団体と「朝日新聞」の記者は姻戚関係にあった。

韓国の「太平洋戦争被害者遺族会」という団体の常任理事 梁順任という女性の娘と、朝日新聞の記者 植村隆が結婚しており、慰安婦問題を主として書いているのは、植村隆記者だった。

金学順が日本語通訳に語った内容は、以下の様な物だった、

「おばあちゃん、キーセンに身売りされたのですよね」
「そうだよ」
「結局、おばあちゃん、なんで出てきたの」
「いや、わしは寂しかったんだ。誰も訪ねてこない。そしてあるとき、テレビを見ていたら、戦時中に徴用で働かされていた人たちが裁判を起こすという場面が出たのさ。それで、わしも関係があるかなと思って電話をした」

ところが、1991年8月、金学順が名乗り出たとき、「朝日新聞」は韓国よりも早く、次の様に報じた、

「日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」が聞き取り作業を始めた。」

記事を書いたのは、植村隆記者。植村の記事では、「キーセンに売られた」「金儲けができる」、という事実は隠され、「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた」事になっている。しかし、金学順は、月刊「宝石」でも、裁判の訴状でも、韓国国内の「ハンギョレ新聞」の取材でも、首尾一貫して、「キーセンに売られた」と答えている。

植村は韓国語ができるので、金学順の「キーセン」の話を聞かなかったはずはない。植村記者は、義理の母親らの裁判を有利にするために捏造記事を書いた可能性があり、金学順の弁護士高木も、金学順の経歴を知りながら、自己の反日運動に利用した可能性がある。


二、吉見教授が発見したという慰安婦募集に対する「軍の関与」も、民間の業者が、軍隊の名前を騙って悪い事をするのをやめさせる、と言った内容だった。

「朝日」が報じた、陸軍省と中国に派遣されていた部隊との間で交わされた文書集「陸支密大日記」によれば、

『軍慰安所従業婦等募集に関する件(副官より北支方面軍及中支派遣軍参謀長あて通牒案)』

「支那事変地における慰安所設置のため内地において従業婦等を募集するに当たり、ことさらに軍部了解等の名義を利用し、軍の威信を傷つけかつ一般市民の誤解を招く恐れあるもの、あるいは従軍記者、慰問者等を介して不統制に募集し社会問題を惹起する恐れあるもの、あるいは募集に任ずる者の人選適切を欠き、募集の方法、誘拐に類し警察当局に検挙取り調べを受けるものある等注意を要するもの少なからざるに、ついては将来これらの募集などにあたっては派遣軍において統制しこれに任ずる人物の選定を周到適切にし、その実施にあたっては関係地方の憲兵および警察当局との連携を密にし、軍の威信保持上並びに社会問題上遺漏なきよう配慮するよう通牒す。陸支密第745号 昭和十三年三月四日」、と書かれている。

この文章では、軍による強制連行は証明できない。また、朝日新聞が挙げている、他の二文書についても、「戦地で日本軍が強姦事件を起こすと、敵の政治宣伝に利用されるので、軍紀を引き締めると同時に慰安所を設置する」事を提起する文章だった。

要するに、吉見教授文書は、権力による強制連行は無かった事を示唆する内容だった。


三、吉田の『私の戦争犯罪』は1983年に出版され、1989年に韓国で出版された。それを受けて、「済州新聞」の記者が現地で確認の取材を行ったが、「島民たちはでたらめだと一蹴している」「裏づけの証言が無く波紋を投げかけている」と結論づけた。それを、秦郁彦 拓殖大教授が発見して、日本に紹介した。「済州新聞」には、

「…しかし、この本に記録されている城山浦の貝ボタン工場で一五名から一六名を強制徴発したということや、法環里などあちこちの村で行われたこの慰安婦事件の話は、これに関する証言者がほとんどいない。彼らはあり得ないことと一蹴しており、この記録の信憑性に対する強い疑いを投げかけている。

城山里の住民のチョン・オクタンさん(八五)は「そんなことはない。二五○余の家しかない村落で一五人も徴用されたとすればどのくらい大事件であるか…当時そんなことはなかった」と断言した…。」

この記事を書いた記者は、秦教授と面会して「何が目的でこんな作り話をかくのでしょうか」と聞いたという。

秦教授は、城山浦の貝ボタン組合の役員をしていた老人たちと面談したが、誰からも吉田証言を裏づける話は得られなかった。加えて、吉田は慰安婦狩りの命令が、

西部軍→山口県知事→下関警察署長→労務報告会下関支部動員部長

という系統で下りてきたとしているが、関係者は「そのような命令系統はあり得ない」と指摘している、と疑問点を挙げた。その後、板倉由明氏(「諸君」92年7月号)、上杉千年氏(同誌92年8月号)らの調査により、吉田が公開している履歴や他の証言も捏造だらけであることが判明した。

以上、『よくわかる慰安婦問題』より。

H25/3/8 衆議院予算委員会・中山成彬【歴史を直視するとはどういう事か】


ご賛同頂けましたら、拡散お願いします。
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維新騒動(西村氏除名反対!)

2013年05月21日 12時30分27秒 | 日記
今回の騒動は、13日の「ぶら下がり」から始まりました。

【2013.5.13】橋下徹 大阪市長 登庁時 ぶらさがり取材


ところどころは正論と思いますが、よく言えばいろいろな配慮から、悪く言えば腹が座っていないので、内容が散漫です。だいたい、何故、突然、慰安婦問題を話し始めたのか判りません。

更に、17日には、旧日本軍の従軍慰安婦をめぐる自らの発言を、米政府当局者が批判していることに対し「米国は日本占領期に日本人女性を活用した。(日本人を)特殊な人種と批判するが、それは違う」とツイッターで反論。

氏のブログ(既に削除)の内容から推察するに、橋下氏が集中砲火を受けているのを見かねての事だったのでしょう、同17日、西村議員が党代議士会で「韓国人の売春婦はまだうようよいる」、と発言。西村氏は直後に記者会見して発言を撤回し「党に迷惑をかけた」として離党届を提出。松井幹事長は同日夕、記者団に、党として除名処分とする意向を示しました。

18日、西村氏除名。


貧すれば鈍すと言うべきでしょうか、以下は「朝日新聞DIGITAL」の記事です。

『17日午後の橋下氏と記者団のやりとり(全文)』

「日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は17日午後、記者団の取材に応じた。やりとりは以下の通り。

橋下氏のこれまでの発言

Q 西村議員の発言について、内容は?

橋下氏 報告を受けています。

Q 党の代表として、離党はしたが、維新の会の議員としては?

橋下氏 大変申し訳なく思っています。韓国のみなさん、元慰安婦の方々に大変な過ちをおかしてしまったと言いますか、その点については本当に申し訳なく思っています。

Q 比例単独ということで、維新の会の名前を書いて当選したが、代表の責任は?

橋下氏 ありますね。候補者擁立の最終責任は僕ですから。候補者を見る目がなかったということで、有権者のみなさんにも大変申し訳なく思っています。

Q (西村氏の発言は)代表の発言の関連として言っていたが、代表の発言とは全く関係ないものとしてとらえている?

橋下氏 全く違いますね。韓国の方、元慰安婦の方を侮辱する意図は全くありませんので。

日本国民は、慰安婦問題については、ずっと背負っていかなければいけない問題ですから、その責任を回避することはありませんし、ましてや自分たちの先祖と言いますか、国がやったことを正当化することは言語道断だが、それに加えて韓国や慰安婦を侮辱することはあってはならないことですね。

本当に、有権者のみなさんもそうですけど、まずは韓国のみなさんや慰安婦の方々のみなさんには大変申し訳なく思っています。

Q アメリカの国務省報道官が「侮辱的で言語道断」と発言し、松井知事は今朝「大阪にとってマイナス」と発言しているが、どのように受け取っている?

橋下氏 僕はアメリカに真剣に考えてもらいたいですね。僕は慰安婦を容認したことは一度もありませんし、英語をしゃべることができませんから、「必要」と言う言葉で、僕は「慰安婦制度を認めた」ということで、世界にニュース発信されてますけど、僕は慰安婦制度を容認する、そんなことは一度も言ったことがありません。

女性の人権が大切であることも、僕は法律家としてずっと思っていますし、今まで女性の人権を侵害するようなことを容認した発言も一度もしたことありません。

僕が言いたいのは、日本も悪かった。日本の慰安婦制度も悪かった。これは絶対に二度と繰り返してはいけないことだけど、「女性の人権を」と言うなら、アメリカも何をやったかということをもっと直視してほしい。これはアメリカのみならず、世界各国で、戦場の性において、女性を活用していたのは厳然たる事実なわけですから。

日本はもちろん悪い。だけれども、日本だけを「性奴隷を活用していた」ということで、日本だけを非難することで、自国がやったことにふたをするのではなく、自分たちがやったことについても、真摯(しんし)に直視してもらいたいですね。ともに女性の人権の向上のために、同じ価値観を持って、未来志向で歩んでいきたいと思いますよ。僕が一番言いたいのは、日本がやったことは悪い、これは当たり前です。これは釈明の余地はありません、日本がやったことは。

強制連行の有無とか、そういうことを国内でいろいろ議論してますけど、慰安婦の方に対する責任とか日本の責任の問題ではないです。これは日本がやったことは悪いんです…。」

橋下氏は、党の代表であり、大阪市長としてのぶら下がりで、慰安婦問題を外部に発信し、17日には、「米国は日本占領期に日本人女性を活用した。」と述べています。それに対して、西村氏は党の代議士会で「韓国人の売春婦はまだうようよいる」と発言しました。橋下氏は外部に対する発言で、米国が反応しました。西村氏は内部に対する発言です。どちらの発言が重いのかは、自ずと明らかです。

19日、橋下氏は石原氏と会見し、石原氏に謝罪したと伝えられました。

西村議員は、離党届を提出し、党を除名になりました。それに対して、橋下氏は党の代表であり、騒動の発端でありながら、石原代表に謝罪しただけで終わりになる気配です。これは、著しく公平を欠いた処分と言わざるを得ません。

だいたい、西村氏の「うようよ」発言と、橋下氏の「日本人女性活用」発言を比べれば、私は、橋下発言の方が聞いていて気持ちが悪いです。13日には「日本は戦争に負けたんです」と盛んに発言していますが、私は、大東亜戦争(太平洋戦争)に勝ったと思っている日本人には会った事がありません。何か、どうしても、「日本は負けた」と念を押さなければならない理由でもあるのでしょうか?

今回の騒動で、とりわけ気持ちが悪いのは、橋下氏の13日と17日の発言内容は、随分と韓国に気を遣っているようで、その気遣いから、西村氏を除名し、一連の騒動の幕引きとした、と思える点です。17日午後の記者団とのやりとりに至っては、実に狭量。人の上に立つ物の発言ではありません。
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従軍慰安婦という嘘(九十七歳の手紙)

2013年05月18日 19時53分49秒 | 日記
先ず、「慰安婦問題」を真面目に考えるのであれば、

「よくわかる慰安婦問題」西岡力著

は必読ですよね。でも、その前に、「九人の乙女・真岡の赤い花」さんからの引用を紹介します。九十七歳の男性が、安倍首相に当てた手紙です。


拝啓 安倍内閣総理大臣殿

和歌山県田辺市  西川 清 (97歳)

日夜国事に精励されている総理大臣に対し、

名もなき一介の老耄がお手紙を差上げるご無礼をお許し下さい。

私は生きているうちにこれだけは申しおきたいと思う一事があります。

それは、いわゆる従軍慰安婦なるものについてであります。

結論から申せば、朝鮮(北朝鮮及び韓国)等の言う従軍慰安婦なるものに、

日本の軍や官が強制連行など関係したことは絶対ありません。

かく私が断言することができるのは、

私が朝鮮・江原道(コウゲンドウ)の寧越群(ネイエツグン)

及び原州群(ゲンシュウグン)の内務課長を歴任した経験があるからです。

以下、当時の状況等について申し述べます。

私は昭和八年に朝鮮に渡り、江原道庁に奉職致し、

敗戦により引き揚げてくるまで勤め、その間一年間臨時召集により入隊しました。

朝鮮の行政は、総督府から道庁に伝わり、

道庁から出先機関の群庁に伝わり、

群庁より府・邑(ユウ)・面(日本の市町村)を通じて施行されました。
(当時、江原道内には府はなく、邑と面のみ)。

群長は群守といって、殆どが朝鮮人で、

その下に内務課、勧業課があり、内務課長は殆ど日本人で、

経験豊かな四十歳を越す属官で、

人事その他一般事務を司り、群庁の実権を握っていました。

内務課長の所管事務のなかに、

邑、面の指導監督や兵事等もありましたが、

朝鮮人にチョウ兵(注・兵役?)の義務がありませんので、

兵事は主に在郷軍人に関するものぐらいでした。

朝鮮人男子青年にはチョウ用があり、

総督府より道にたいし人数の割り当てがあり、

道はこれを群庁に、群庁はこれを邑、面にたいして割り当てをして、

集めた青年を釜山に連れて行き、総督府の係官に引き渡しました。

女子にたいしてはこのようなことは一切なく、

軍が慰安婦を集めんとすれば、

朝鮮軍司令部が総督府に依頼して、

前述の系統をたどり集めるしかありませんが、

このようなことは一切ありませんでした。

売春婦が強制連行されたの拉致されたというのは、

女衒かそのたぐいの者の仕業であって、

軍や官は一切あずかり知らぬことであります。

日本婦人でも売春婦として軍の居る所に多くいましたが、

一人として従軍慰安婦などという者が居たでしょうか。

日本人と違って、恥を恥とも思わず、金さえ儲かれば良いと思う輩が、

敗戦により日本人が委縮しているのにつけこんで、

あらぬ嘘を申し立ててくるなんて腹立たしい限りです。

今はもう、総督府の事務官はじめ、

道や群の行政府にも軍にも

当時の実情を知る者は殆ど亡くなられたものと思われます。

然るに、今を生きる日本人のなかにも、自虐性に富む輩のうちに、

従軍慰安婦なるものに軍や官が関与したなどと申す者がありますが、

朝鮮売春婦の故郷とも申すべき

スルチビ(居酒屋)、カルボチビ(娼家)の戦前戦中の実態も知らぬくせに、

いいかげんに机上の空論をもてあそぶのは誠に概嘆に耐えません。

国威を失墜し児孫に負の遺産となる「河野談話」の見直しは、

安倍総理を除いては望むべくもありません。

ぜひぜひ誇りある日本の為に、

この際断固たる訂正を心からお願いし奉る次第であります。

最後になりましたが、邦家の為にも総理のご健康をお祈り致します。
                                       敬具

              略歴
大正4年  和歌山県田辺市生まれ。
昭和8年  和歌山県立熊野林業学校(現・和歌山県立熊野高校)卒業と同時
      に朝鮮江原道内部産業課勤務。
昭和12年 朝鮮総督府地方官吏養成所第1回卒業。朝鮮総督府江原道属に任
      官。
昭和13年 臨時召集により歩兵第76連隊入隊。14年招集解除。
昭和18年 寧越郡内務課長。
昭和19年 原州郡内務課長。
昭和20年 道庁鉱工部鉱工課勤務(主任属)。
      引揚。
昭和21年 厚生省属 下関引揚援護局仙崎出張所勤務。
      和歌山県へ出向。農地課主任、総務課長、税務課長・次長などを
      歴任。
昭和42年 依願免職。                      以上

Schubert - Impromptu Op.90 N.4 (Rubinstein)
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英雄と英霊と

2013年05月18日 16時09分20秒 | 日記
小野田寛郎氏


『東条英機氏の遺言』

※日本の陸軍軍人で政治家の東条英機元総理。

東京裁判によって昭和23(1948)年12月23日に死刑となった。

東条英機

「開戦当時の責任者として敗戦のあとをみると、実に断腸の思いがする。

今回の刑死は、個人的には慰められておるが、

国内的の自らの責任は、死をもって贖(あがな)えるものではない。

しかし国際的の犯罪としては、無罪を主張した。いまも同感である。

ただ力の前に屈服した。

自分としては国民に対する責任を負って、満足して刑場に行く。

ただこれにつき、同僚に責任を及ぼしたこと、

また下級者にまでも刑が及んだことは実に残念である。

天皇陛下に対し、また国民に対しても申し訳ないことで、深く謝罪する。

元来、日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志により行動すべきものであったが、

一部過ち犯し、世界の誤解を受けたのは遺憾であった。

このたびの戦争に従軍して斃れた人、

およびこれらの人々の遺家族に対しては、実に相済まぬと思っている。

心から陳謝する。
 
今回の裁判の是非に関しては、もとより歴史の批判に待つ。

もしこれが永久平和のためということであったら、

も少し大きな態度で事に臨まなければならぬのではないか。

この裁判は、結局は政治裁判に終わった。

勝者の裁判たる性質を脱却せぬ。
 
天皇陛下の御地位および陛下の御存在は、動かすべからざるものである。

天皇存在の形式については、あえて言わぬ。

存在そのものが絶対に必要なのである。

それは私だけでなく多くの者は同感と思う。

空間や地面のごとき大きな恩は、忘れられぬものである。

東亜の諸民族は今回のことを忘れて、将来相協力すべきものである。

東亜民族もまた他の民族と同様、

この天地に生きる権利を有つべきものであって、

その有色たることを、むしろ神の恵みとしている。

インドの判事には、尊敬の念を禁じ得ない。

これをもって東亜民族の誇りと感じた。

今回の戦争によりて

東亜民族の生存の権利が了解せられ始めたのであったら、幸である。

列国も排他的の感情を忘れて、共栄の心持をもって進むべきである。

現在の日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、

どうか日本の米人に対する心持ちを離れしめざるように願いたい。

また、日本人が赤化しないように頼む。

東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされなければならぬ。

実は東亜の多民族の協力を得ることができなかったことが、

今回の敗戦の原因であると考えている。

今後、日本は米国の保護の下に生活していくのであらうが、

極東の大勢はどうであらうか。

終戦後わずか3年にして、亜細亜大陸赤化の形勢は斯くの如くである。

今後のことを考えれば、実に憂慮にたえぬ。

もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上ないではないか。

今、日本は米国よりの食糧の供給その他の援助につき感謝している。

しかし一般が、

もし自己に直接なる生活の困難やインフレや、食糧の不足等が、

米軍が日本に在るがためなりというような感想をもつようになったならば、

それは危険である。

実際は、かかる宣伝をなしつつある者があるのである。

よって米軍が、日本人の心を失わぬよう希望する。

今次戦争の指導者たる米英側の指導者は、大きな失敗を犯した。

第一は、日本といふ赤化の防壁を破壊し去ったことである。

第二は、満州を赤化の根拠地たらしめた。

第三は、朝鮮を二分して東亜紛糾の因たらしめた。

米英の指導者は、これを救済する責任を負うて居る。

従ってトルーマン大統領が再選せられたことは、この点に関して有り難いと思ふ。

日本は米国の指導に基づき、武力を全面的に抛棄(ほうき)した。

これは賢明であったと思う。

しかし、世界全国家が、全面的に武装を排除するならばよい。

然(しか)らざれば、盗人がばっこする形となる。

泥棒がまだいるのに警察をやめるやうなものである。

私は、戦争を根絶するには欲心を取り払わねばならぬと思う。

現に世界各国は、いずれも自国の存在や自衛権の確保を主としている。

これはお互いに欲心を抛棄(ほうき)して居らぬ証拠である。

国家から欲心を除くということは、不可能のことである。

されば世界より今後も戦争を除くということは不可能のことである。

これでは結局は人類の自滅に陥るのであるかも判らぬが、

事実はこの通りである。

それゆえ第3次世界大戦は避けることができない。

第3次世界大戦に於いて主なる立場に立つものは、米国およびソ連である。

日本とドイツというものが取り去られてしまった。

それがため米国とソ連というものが直接に接触することとなった。

米・ソ2国の思想上の相違はやむを得ぬ。

この見地からみても、第3次世界大戦は避けることはできぬ。

第3次世界大戦において極東、日本と支那と朝鮮が、その戦場となる。

この時にあって、米国は武力なき日本を守の策を立てなければならぬ。

これは当然米国の責任である。

日本を属領と考えるのであったならば、また何をかいわんや。

そうでなしとすれば、米国は何等かの考えがなければならぬ。

米国は、日本人8千万国民の生きて行ける道を考えてくれねばならない。

およそ生物として、自ら生きる生命は、神の恵みである。

産児制限の如きは神意に反するもので、行うべきでない。

なお言いたきことは、公・教職追放や戦犯容疑者の逮捕の件である。

いまは既に、戦後3年を経過しているのではないか。

従ってこれは速やかに止めてほしい。

日本国民が正業に安心して就くよう、

米国は寛容な気持ちをもってもらいたい。

我々の処刑をもって一段落として、

戦死病者、戦災死者、ソ連抑留者の遺家族を慰安すること。

戦死者、戦災死者の霊は、遺族の申出あらば、これを靖国神社に合祀せられたし。

出征地に在る戦死者の墓には保護を与えられたし。

従って遺族の希望申出あらば、これを内地へ返還されたし。

戦犯者の家族には保護を与えられたし。

青少年男女の教育は注意を要する。将来大事なことである。

近時、いかがわしき風潮あるは、占領軍の影響からきているものが少なくない。

この点については、我国の古来の美風を保つことが大切である。

今回の処刑を機として、

敵・味方・中立国の国民罹災者の一大追悼慰安会を行われたし。

世界平和の精神的礎石としたいのである。

もちろん、日本軍人の一部の間に間違いを犯した者はあらう。

これらについては衷心謝罪する。

これと同時に無差別爆撃の投下による悲惨な結果については、

米軍側も大いに同情し憐憫して悔悟あるべきである。

最後に、最後に軍事的問題について一言する。

我国従来の統帥権独立の思想は確かに間違っている。

あれでは陸海軍一本の行動は採れない。

兵役制については徴兵制によるか、傭兵制によるかは考えなければならない。

我が国民性に鑑みて、再建軍の際に考慮すべし。

再建軍隊の教育は、精神教育を採らなければならぬ。

忠君愛国を基礎としなければならぬが、

責任観念のないことは淋しさを感じた。

この点については、大いに米国に学ぶべきである。

学校教育は従前の質朴剛健のみでは足らぬ。

人として完成を図る教育が大切だ。

いいかえれば宗教教育である。

欧米の風俗を知らすことも必要である。

俘虜のことについては、

研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。

 辞 世

我ゆくも
またこの土地に かへり来ん
国に酬ゆることの足らねば

さらばなり
苔の下にて われ待たん
大和島根に 花薫るとき

散る花も
落つる木の実も 心なき
さそうはただに 嵐のみかは

今ははや
心にかかる 雲もなし
心豊かに 西へぞ急ぐ
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只今 工作中!

2013年05月17日 17時51分58秒 | 日記
以下の放送は、5月3日、憲法記念日の、中国CCTVの報道です。

先ずは、ご覧下さい。

新??播2013-05-03 日本政界民众?出反修?呼声


女性アンカー:
今日は日本の憲法記念日です。日本の幾つかの政党と民衆が集会を開き、日本の首相安倍晋三の憲法改正の企みについて、反対する声明を発表しました。

男性アナウンサー:
ここは日本の東京 日比谷公園です。憲法9条の会等 民間で組織された千名を超す民衆が集まり、集会を開いています。今年は日本の平和憲法が施行されて65周年。近頃、改憲の風が強まりつつあります。

男性アンカー:
集会には、日本の一般民衆、学者、作家、国会議員等の著名人が参加しました。会の世話人は、安倍の改憲行為は非常に危険で、日本国民は団結して反対しなければならない、と述べました。

日本語が上手なのに、意味不明の話をする女性二人:
悲惨な戦争を…。

男性アンカー:
日本の民主党、社民党、日本未来の党等40名の国会議員により組織された、超党派の議員連盟は、本日声明を発表し、日本の国会議員から国民に至るまで、心を一つにして、安倍政権の改憲行為を阻止すべきだ、と呼びかけました。

日本社民党党首 福島瑞穂は、我が局の記者の取材に応じて、安倍内閣の種々の言動は、日本とアジア隣国の関係を破壊するのみならず、日本の今後の発展において、迷路に導く可能性がある、と述べました。

福島瑞穂:
憲法9条…

男性アンカー:
日本の現行憲法は1947年、米国の主導のもと制定されました。最も核心的な憲法9条の規定には「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」(字幕つき)

この部分の憲法は、事実上、日本が戦争を発動する権利を剥奪しており、そのため「平和憲法」と呼ばれている。」

報道はここまでです。

私は別に、戦争を嫌いだとか、平和が好いよね、と言う人がいても好いのですが、例えば、3月5日、全人代が発表したところによれば、2013年の中国の国防予算は、前年比10.7%増の7406億元、3年連続の二桁の伸び率となっています。例えば、人民解放軍はチベットで120万人を殺害している、とチベット側は抗議していますし、インド・ベトナム・フィリピンへ侵攻し、カシミールやスプラトリーでは現在も実効支配中です。

その様な一面のある国に対して、日本の占領憲法の継続を訴える事は、私は、非常に危険な行為と思います。平和を愛する福島瑞穂さんは、中国による、チベットの虐殺や、インド・ベトナム・フィリピンへの侵略に対して、抗議したのでしょうか?

報道の中で「日本が戦争を発動する権利を剥奪しており」と言っていますが、この部分は、褒め言葉ではありません。日本の国会議員が、中国の取材を受けて、中国の主張にあった発言をする事に対して、私は、非常に疑問を感じます。
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緊張の海(船長の矜恃)

2013年05月16日 16時18分16秒 | 日記
以下は、尖閣の現状を伝える「八重山日報」の記事です。

『中国公船に包囲された』

尖閣 · 2013年5月

「中国公船に包囲された」―。

「高洲丸」(4・8㌧)の高江洲正一船長(45)が緊張した声でつぶやいた。

13日午後2時ごろ、尖閣諸島南小島の東南約2㌔。

島を背に漁船から周囲を見渡すと、前にも右にも左にも中国公船の姿がある。

3隻は、操業中の高洲丸を「取り締まる」ために領海侵犯してきたのだ。

中国公船を阻止するため、海上保安庁の巡視船が高洲丸との間に割って入った。

同乗した八重山日報の記者が緊迫の尖閣海域をレポートする。


高洲丸が尖閣海域に到着したのは13日早朝。

乗船者は高江洲船長、伊良皆高信市議会議長(53)、仲間均市議(63)ら6人。

釣りと周辺海域の視察を兼ねた航海だ。

釣りは好調で、アカマチやカンパチなどが次々と水揚げされる。

正午ごろ、遠巻きに監視していた海上保安庁の巡視船から、

職員がゴムボートで近付いてきた。


「中国公船がこちらに近づいています」


仲間氏は「ここは日本の領海だ。私は逃げない」と答えた。

高洲丸の船尾には、目立つように日の丸が翻っている。

八重山の漁業者は常々

「中国公船は、尖閣海域で漁をする地元漁船を追い払うために領海侵犯する」

と指摘していた。

「やはり」という表情が乗船者の顔に浮かんだ。

誰もが「中国公船は来る」と予期していた。

その通りになったのだ。


午後1時過ぎ。

「海監66」を先頭に「海監50」「海監15」という3隻の中国海洋監視船が続々と、

われわれの視界に入った。

他国に領海侵犯しているにもかかわらず、傍若無人に航行する。

少しも悪びれる様子はない。

しかも、徐々に高洲丸との距離を詰めてくる。

高洲丸を警護している巡視船の電光掲示板に

「中国公船は接近すると大変危険です」と注意を促すテロップが流れた。

しかし、仲間氏が事前に「逃げない」と宣言していたためか、

海保から避難指示は来ない。


「おーっ、こんな近くまで」


乗船者の1人が悲鳴のような声を上げた。

「海監15」がぬっと目前に現れた。

私には数10㍍の距離に見える。

高洲丸をガードするため、巡視船が懸命に割って入ろうとする。

南小島を背にした高洲丸は、気がつくと3方向を中国公船に包囲された。

われわれは、動きが取れない。

巡視船が中国公船と高洲丸の中間で航行し、

これ以上われわれに近づけないように警戒している。

巡視船は9隻体制だ。高洲丸の乗船者には緊張が走る。

しかし船は、その場でエンジンを切ったまま、じたばた動こうとしない。

仲間さんは

「中国公船は、何でおれたちが逃げないのかと思っているんだろうな。

今逃げたら、中国公船に追い払われたことになる」と、

誰にともなくつぶやく。

中国公船は高洲丸を威嚇するように距離を詰めようとするが、

巡視船に阻止され、考えあぐねているようだ。

やがて中国公船、巡視船とも目立った動きがなくなり、膠着状態に入った。

 
午後5時ごろ。

「釣りをしよう。中国公船に見せてやれ」

仲間さんの指示で、高洲丸は釣りを始めた。

正面では、地元漁船をたびたび追跡したことで悪名高い「海監66」が見える。

仲間さんによると

「海監66の誰かが、釣りの様子を見てテレビカメラを回しているのが見えた」という。

 
やがて周囲は暗くなった。

釣りが終わる7時ごろには、

遠巻きにしていた中国公船の姿も見えなくなった。

いつの間にか去って行ったのだ。


第11管区海上保安本部によると、

中国公船3隻は午前9時ごろ、

久場島北から相次いで領海に入り、

8時46分ごろ、南小島南東から相次いで領海を退去した。

高洲丸が包囲されていたのは、6時間くらいだっただろうか。

高洲丸は翌朝まで尖閣海域にとどまり、魚釣りをしたが、

中国公船はもう姿を見せなかった。

漁獲高は2日間で約60㌔だった。

 
仲間さんは

「中国公船が高洲丸に突っ込んでくる機会はいくらもあったが、

魚釣りをただ見ているだけだった。

領海侵犯はパフォーマンスだ。

ここが自分たちの領海でないことを知っている」と厳しい表情を見せた。

伊良皆さんは

「中国公船の姿に恐怖を感じた。尖閣海域は、まさに無法地帯だ。

日本の領海をどう守るか、

主権国家としての法整備を真剣に考えないといけない」と強調した。


日本の領海内で八重山の漁船が、中国公船に包囲される。

海上保安庁に何とか守ってもらい、漁をする。

日本の、この悲しい現実は何なのか。

何が日本をここまで無力にしたのか。

答えはいろいろあるはずだが…

帰りの船中、

私の脳裏には、

日本の交戦権を認めないと宣言した「憲法9条」という言葉が盛んに点滅した。」

憲法改正も、尖閣も、待ったなしです。

Pirates of the Caribbean : On Stranger Tides Soundtrack Compilation Mix
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中韓共闘

2013年05月15日 18時14分41秒 | 日記
以下は、中国CCTVの3月1日の『韓国総統、日本は歴史を正視すべきと強調』という報道です。この報道からは、3月の段階で、既に、中韓が歴史認識で歩調を合わせていた事が覗えます。靖國参拝や安倍首相の歴史認識に関係なく、昨年の尖閣国有化以降、中国側は、対日戦略の一つとして歴史認識の追求を掲げており、そこに韓国を引き込んだ、と考えるべきでしょう。

新??播2013-03-01 ?国????日本?正??史


男性アナウンサー:
本日は、朝鮮半島が日本の植民地統治に反抗して起こした「三一運動」94周年の記念日です。韓国総統 朴槿恵は本日午前「三一運動」記念大会会場において講演し、日本に対して歴史を正視し、歴史に対して責任を負うよう要求しました。

※朴槿恵ぼくきんけい、中国語での発音は、piao jin hui ピャオジンフィです。中国では、中国語音で統一されて発音されていますし、韓国からも文句は出ていません。それが、漢字の正常な使われ方だからです。日本の様に、漢字に韓国語音をつけて表現するのは、漢字の破壊に繋がります。中国には何も言わないのに、韓国が何故、日本に対しては韓国語音を強要するのかについて、日本人はよくよく考えるべきです。

男性アンカー:
朴槿恵は、歴史とは我が身を反省する鏡であり、未来を開く希望の鍵である、日本は必ず歴史を正視しなければならない。ただ歴史を正視する事だけが、韓日両国が共に繁栄する未来を開く事ができる。この基礎の上に相互信頼を進めてはじめて、韓日両国は真に互いを理解し協力し合う事ができる、と述べた。

韓国総統 朴槿恵:
なるべく早く過去の苦痛を癒すためにも、韓日両国が共に進歩的未来に歩み出す為にも、日本政府は、断固として改め、責任ある態度を示すべきである。※この部分は字幕の訳です。

男性アンカー:
これは朴槿恵が韓国総統に就任後、始めて韓日関係について発表した講演だ。現地メディアは、朴槿恵の講演は、今後五年間の対日関係の基調となる物だと考えている。1910年から1945年まで、日本は朝鮮半島に対して残酷な植民地統治を実施した。1919年3月1日、朝鮮半島では日本の植民地統治に反抗する「三一運動」が起こっている。」

報道はここまでです。

中国は、昨年末から、既に、対日戦略として「歴史問題」を全面に打ち出そうと計画していたと思います。今年、1月28日に訪中した村山氏は、1月30日に「CCTV13」の取材を受け、村山氏は、中国側の主張の通り「歴史を鑑」とし、日本が侵略戦争の過ちを認めているという宣伝をしました。これが、中国で現在行われている、日本叩きの始まりです。また、中韓に都合の良い「歴史」が、ことさら強調されるようになるのは、「村山談話」の発表後からである事は言うまでもありません。

95年の時もそうでしたが、村山氏が中国に謝罪行脚に行くと、その後、必ず日中関係が悪くなります。そして、当の村山氏は、政治家の身分で、或いは、首相経験者の身分で中国人に謝罪をしておきながら、後のことは全く考えていません。中国は、昨年末から、対日戦略として「歴史問題」を打ち出し、その計画に沿って1月には鳩山・山口・村山招聘、そして、3月に入り中韓共闘。計画通りです。

兎も角も、一日も早く「村山談話」と「河野談話」は撤廃して頂きたい物です。
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靖國問題の不思議

2013年05月13日 18時05分34秒 | 日記
NHKの日曜討論で、民主党の松本政策調査会長代行は「北朝鮮がみずからを核保有国だと言い出し、大事なポイントにさしかかっているときに、中国と韓国、アメリカ、ロシアとの連携が、対外的に極めて緊密であると見えるかが重要だ。閣僚の靖国神社参拝は、アメリカも不必要と見ているし、われわれもそう見ている。日本にとって一番重要なことから最優先でやってもらいたい」と述べました。

松本氏に限らず「閣僚の靖國参拝により、中韓と日本の連携が上手く行っていない」、と言うような意見がありますが、事実は少し違っています。

韓国の朴(ぼく)大統領は、8日、訪問中のアメリカで演説し、「歴史が見えない者には、未来が見えない。過去に起きたことを真摯に認識できなければ、あすはない」と述べた事が伝えられました。この、脅しとも取れる発言の後、日本では、半月以上前の「靖國参拝」と、この朴大統領の発言を結びつけて、現政権の右傾化を非難する声が更に強くなりました。

しかしながら、朴大統領は、3月1日の、日本の植民地統治に反抗する"三一運動"94周年記念式典の会場で、既に、日本の歴史認識を非難する演説を行っています。(この内容については、CCTVで放送されました。)女性初の大統領と注目されましたが、就任直後からの円相場急落により、乗用車やエレクトロニクス製品は、日本と真っ向勝負を余儀なくされます。朴大統領は、今から厳しい立場に立たされているのかも知れません。日本叩きは、既に、彼女のネタになりつつあります。

不思議な事に、「靖國問題」は矢張り日本国内から発信されています。お国のために亡くなった人を弔うのは、国家の義務です。「閣僚の靖国神社参拝は、アメリカも不必要と見ている」という意見に至っては、虎の威を借る狐の言そのもの。呆れます。

因みに、中国が日本を非難するのは、地方政府の財政危機を始めとする国内問題に加えて、四月の終わりの、安倍首相のロシア訪問が影響していると思います。安倍首相は、三月の終わりに、モンゴルを訪問しています。モンゴル・ロシアと交流を結んだことで、中国包囲網がほぼ完成。これが、余程こたえたようで、五月に入ってからは、ずっと「極右」とか「軍国主義」のレッテルを貼り続け、五月三日からは、日本の憲法改正について、文句を言っています。中国にとっては、靖國よりも改憲の方が問題のようです。

しかしながら、中国は現在、アフリカに対して、盛んに武器の輸出を行っていますし、尖閣を確実に自国の物にするため、「沖縄も中国の領土」と言い出しました。これは、行動の前の言葉による侵略、歴史の捏造です。「軍国主義」は誰が見ても中国の方です。

日本は中韓の属国ではありません。憲法改正もアベノミクスも国民の求めるもの、ある程度の歴史の必然と考えれば、中韓との距離ができるのも仕方のない事です。また、中韓との連携を真面目に考えるのであれば、軸足を日本に置いて、もう少し事実を見つめる必要があると思います。

【世事関心】二面性を持つ中国どこへ・危機(4)―中国経済の宿命
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靖國参拝(スパイ防止法の必要性)

2013年05月09日 17時55分05秒 | 日記
靖國神社に関して、私は一つ疑問に思う事がある。中国で、江沢民を好きな人間に会った事がないのは既に述べたが、熱心に「靖国問題」を語る中国人にも会ったことがない。にも関わらず、日本では中国を刺激する、と問題視されている点だ。

95年の村山・江沢民会談の後、排日愛国運動が大々的に始まった。始めこそ運動に懐疑的だった人民も、00年頃までには馴染んできたようで、列車やタクシー・バスの中で、難癖をふっかけられる事も起こるようになっていた。

例えば、北京から東北に向かう列車の中で、向かいに座っていた三十前の女性は、「子供の時には、鬼子(日本軍)が攻めてくる気がして、夜眠れなかったわよ。」などとわざわざ話し出す。バスの中では「日本人は、政府から情報操作を受けてるんじゃないか?」、と言われるので、「それは、あなたたち」と思う。

92年の天皇陛下の御訪中の頃は、博物館に資料を探しに行けば、係員が「日本は(経済発展して)すごいんだってな」などと言いながら、普通は見られないような珍品・貴重品の保管庫や古書蔵に通された。列車に乗れば(中国の長距離列車は、たいてい酷く混んでいるが)、優先的に席を譲ってもらえた。その頃から比べると、180度とは行かないまでも、100度以上は方向転換したようだった。

しかし、旅行中「南京」や「偽満州国」に関する話は出たが、「靖國」の話は殆ど出なかった。出たとしても、「亡くなった人を弔うのは当然でしょう?」、とこちらが聞くと、それで話は終わりになった。

・「孝」の思想
共産党が喧伝しても、「靖國神社」が中国の大衆に浸透しなかったのには理由があるように思う。人民の宗教観に馴染まなかったのだ。

中国人にとって、墓参りは大切な習慣だ。日本で、お盆やお彼岸に墓参りをするように、中国でも、四月初旬の「清明節」の日には、墓参りをし、墓の掃除をする。紙銭を焼いたり、爆竹を鳴らしたりするので、大気汚染の原因と心配されたりもするが、先祖を祭る大切な習慣なので、行政も止める事はできない。この場合の墓参りは仏教ではない、儒教の影響によるものだ。

儒教というと、古い封建的な物・滅びつつある物、と誤解されているが、「中国語」や中国人の生活の中に、或いは、日本人の生活の中にも、脈々と受け継がれている。それが、既に二千五百年以上経過して、習慣の中に溶け込み、知らぬ間に親しんでいる物であるからには、例えば、共産主義のような、俄に起こった思想や諸政策で、完全に払拭する事など出来ようはずもない。

例えば、仏壇に手を合わせるような、或いは、家族との関係の中に、儒教の影響と思える物は、幾らでも発見できる。

「招魂儀礼とは、祖先崇拝そして祖霊信仰を根核とする。当然、祖先を祭祀する。では、この祭祀の主催者はだれかというと、子孫である現在の当主である。しかしこの当主もいずれは死んで祖霊となる。とすれば、祖先の祭祀を続けてくれる一族が必要となる。すなわち子孫を生むことが必要となる。これを肉親の関係で言えば、

祖先…祖父母ー父母ー自己ー子ー孫…(一族)

ということになる。整理すると、

(一)祖先との関係(過去)
(二)父との関係(現在)
(三)子孫・一族との関係(未来)

を表している。そこで、儒は、この関係をばらばらのものとしないで、一つのものとして統合する。すなわち、

(一)祖先の祭祀(招魂儀礼)
(二)父母への敬愛
(三)子孫を生むこと

それら三行為をひっくるめて〈孝〉としたのである…

儒教の宗教性は、現代においてしぶとく生き残っている。すなわち、孝である。祖先崇拝・親への敬愛・子孫の存在という三者を一つにした生命論としての孝…。

…日本人はお彼岸やお盆には祖先の墓参りをする。仏教においては、墓を建てることはもとより、墓参りなどあり得ないのに、日本人はそれを行う。すなわち、墓参りはほんらい儒教であり、その日をお彼岸やお盆の日に選ぶのは日本仏教である。儒教において墓参りし、墓の掃除をするのは、清明節(春分の日からあとの十五日間)のときであって、彼岸や盆とは関係がない。中国人は今もそうしている。

しかし、そのような儒教と仏教との混合は、なにも日本人だけではない。中国人の場合は、儒教・仏教に加えてさらに道教までが混在している。多神教の東北アジア人は、神仏をいろいろとお祭りして平気である。」加持伸行 著『儒教とは何か』

・靖國参拝
上記の考え方は、国家の祭祀にも通じている。戦争で亡くなった英霊を弔うことは、米国でも中国でもやっている事で、別におかしな事ではない。まして、日本と中国、或いは、中国文化の影響の強い朝鮮半島の宗教観には共通点が多い。日本を含めた東北アジアの宗教観から考えれば、本来、日本の閣僚が靖國神社に参拝する事が、問題視される事はなかったはずだ。ところが、八十年代、従軍した世代が病没する頃になって、靖國神社への参拝が問題視されるようになる。

例えば、極東軍事裁判で戦犯として裁かれた人物の合祀が適切か否かという問題。私が不思議なのは、A級・B級というのは、裁判の話だ。しかし、祭祀は宗教の話だ。この二つは、本来、別の物であるはずだ。例えば、裁判でAさんが死刑になったとして、Aさんの親族は、Aさんの墓参りに行ってはいけないだろうか。墓参りなどは、一般の日本人の感情、或いは、習慣に鑑みれば、被害者と雖も、踏み込む事のできない、踏み込めば、傲慢の誹りを免れない領域のはずだ。

まして、極東軍事裁判に、一方で戦勝国のリンチ裁判との評価があり、また、A級戦犯と言われる人々の刑が確定し、既に執行されている以上、そこで義務は果たした事になるのではないだろうか。その後の宗教儀礼に関して、外国からとやかく言われる筋合いはないし、刑の執行後の祀りに関する事まで周囲が口を出していい事になると、現在の裁かれた人の立場はどうなるのだろうと思う。

また、靖國神社に祭られている英霊の多くは、八百屋や魚屋等の近所のおじさん達だ。赤紙で徴兵されて従軍し、お国のためにと戦って亡くなったのだ。米国大統領がアーリントン墓地に参拝するように、日本の総理大臣や閣僚が、靖國神社に参拝するのは当然と思う。「政教分離」と言うのであれば、寧ろ『公明党』の存在の方が問題だ。

「戦死者を英霊として、戦争を肯定的に捉え、戦争を賛美する」という非難だが、戦死者を英霊と呼んだからと言って、戦争を肯定的に捉えて賛美している事にはならない。上記の引用のように、「英霊」というのは、祖先崇拝の延長上にある尊称だ。例えば、お盆やお彼岸に墓参りをし、江戸や明治の墓に手を合わせたとしても、別に墓の前で刀を振り回したり、和服を着ると誓ったり願ったりしているわけではない。

明治12年、社号が「招魂社」から「靖國神社」に改称されたときの「祭文」には、「赤き直き真心を以て家を忘れ身を擲(なげう)ちて各(おの)も各も死亡(みまかり)にし其(その)高き勲功に依りて大皇国をば安国と知食(しろしめ)すが故に靖国神社と改称(あらためとなえ)」とある。また、靖国神社の存続が問題視された時に、上智大学学長であったブルーノ・ビッテル神父は「いかなる国家も、その国家のために死んだ戦士に対して、敬意を払う権利と義務があると言える。それは、戦勝国か、敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない」と述べた。これが、英霊を祀る目的であり、また、閣僚が参拝する目的でもある。英霊に敬意を払い、現在の日本の繁栄を感謝しているのだ。

まして、参拝を新たな戦争への誓いであるかのごとく捉え、「日本軍国主義の責任者の象徴であるA級戦犯を、現在の日本の行政の最高責任者である首相や行政府の幹部である閣僚が参拝して、美化または肯定するのは、歴史問題である」という非難に至っては、牽強付会を通り越して、でたらめ、難癖であると言わざるを得ない。

殷に勝った周は、宗廟の祀りが絶える事を案じて、殷の子孫を封じて宋国を建てさせた。招魂儀礼を「歴史問題」にすり替えるのは、中国の伝統的な「招魂儀礼」の思想とも合わないと思う。

・日本から発信された靖國問題
中国の伝統的な習慣から逸脱しているせいか、中共が人民に対して幾ら「靖國神社」と戦争責任を宣伝しても、江沢民らの思惑通りには浸透していないように思える。だいたい、中共自身すら、靖國神社への参拝に神経を尖らせているようには見えない。例えば、今回の春の例大祭にしても、05年4月の中国での暴動も、騒ぎの始まりが靖國参拝にあるとは思われないのだ。

92年から始まった日本と中国の蜜月は、95年の村山・江沢民会見で終わりを告げ、それ以降、日中関係は冬の時代に入って行く。それより少し前、日本国内では、91年に首相の靖國参拝に関する問題が、仙台高裁・最高裁で合憲判決、92年には、大阪高裁が違憲判決。96年、橋本首相が靖國参拝。97年、愛媛玉串料訴訟で最高裁が違憲判決。99年、野中官房長官が、個人的見解としつつも、A級戦犯分祀論を述べる。01年、神崎公明党代表が、憲法20条(政教分離)と89条(公費支出)に違反と言い出す。この様な状況下で、01年8月13日 小泉首相が参拝し、その後、遂に中韓から批判があがる。

時間の流れだけを見ても、中国では反日愛国教育が行われ、一方、日本国内では靖國参拝について議論が起こっていた。そこで、中共が、靖國問題を反日教育に利用しようとした事が覗える。しかし、伝統的な考え方から逸脱しているために、「靖國参拝」に関する中共の反応は、今ひとつ鈍い。

例えば、05年4月の成都、北京、上海などで起こった暴動は、首相の靖國参拝が根底にあると言われてはいるが、どうだろう。小泉氏は首相に就任すると、毎年のように靖國神社に参拝したが、中国で暴動が起こった05年4月の前後は参拝していない。04年は1月、05年は10月の参拝だ。暴動後、小泉氏は何も悪い事をしていないにも関わらず中国に謝罪し、また、周囲も中国との関係改善に尽力しているが、10月には再び参拝し、参拝しても、その後暴動は起こっていない。

また、今年の春の例大祭にしても、中国側から起こった物ではない。日本側の誰か、或いは、何処かの媒体が、「こんな事をすると、中韓が反発する」と言うのを合図に、中国側から戦争責任を追及する声があがった。不思議な事に中国は、靖國問題に関して、常に日本側の批判の声を聞いてから懸念を表明している。問題は、日本国内にあると言える。

・結び
私は、中国の歴史も、中国人の持つ文化や哲学も嫌いではない。ただ、残念な事に、日本側には、相手が何者かも考えず、将来への影響も考えず、謝罪外交に邁進する政治家や団体がおり、中国側には、人民も尊敬できない政治家がいて、何の因果か、この二つの勢力が手を組み、日中関係を歪んで成長させてしまった。政治に、理想のみを求める事はできないが、もう少し、互いを尊重しあうような関係が、作れなかったものかと思う。

日本側は、90年代以降、求められるまま無闇に謝罪した御蔭で、国際的地位を下げることになった。中国側は、遠くは、毛沢東の大躍進から文革にかけてもたらされた甚大な被害、近くは、チベット侵攻やウイグルでの暴動、市場経済に伴う腐敗の横行を、排日愛国運動で覆い隠してしまった。その為、両国の関係は常にぎくしゃくし、中国人民は現在も中共の政策に苦しんでいる。日本には、過去の戦争責任よりも、寧ろ、現在の人民の被害の方に、より責任があるのではないかと思う。

さて、「靖國問題」と言われる物は、日中韓に古くからある「招魂儀礼」から逸脱した、言いがかりのような問題だ。しかし、共に「招魂儀礼」の習慣を持つ国として、互いに理解し合うことは、そう難しい事ではないように思う。

そのためには、日本側は、先ず江沢民時代の日中交流を卒業し、「靖國神社」参拝の正しい意味を説明・宣伝し、デモと言う名の脅迫に屈することなく参拝し、二国間の交流を正常な状態に進める事が肝要と思う。

Beethoven Sonata No. 8 'Pathetique' Mov. 2 - Wilhelm Kempff
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平和を愛する諸国民(the peace-loving people of the world)

2013年05月06日 19時10分51秒 | 日記
「平和を愛する諸国民」の原文て、どうなのかな?と思っていたら、yohkanさんの「愛国画報 from LA」というブログの記事、

『ゴロツキの街で女性を素っ裸で歩かせる日本憲法!』

を見つけました。ご覧下さい。

「占領軍が押し付けた現行憲法は邦訳が下手だったため、珍妙な表現が多い。なかでも酷いのが前文だ。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」・・・何だコレと思い、GHQ作成の原文を読んだら、該当の部分はこうだ。

We have determined to rely for our security and survival upon the justice and good faith of the peace-loving people of the world.

笑っちゃうではないか。歌の文句じゃあるまいし、何が peace-loving people of the worldだ。平和を愛することは万民に等しい感情であれ、現実の国際社会は国家間で争い、しのぎを削る無法地帯だ。国家の防衛や自国民の生存を放棄して、他人任せに出来る訳がない。

しかも、間抜けな前文に加え、9条で戦争放棄と武力の不保持を謳うのだから気違い沙汰だ。日本はまさに丸裸にされた妙齢の女性で、周囲は血に飢えた狼みたいなゴロツキばかり。何が起こるか大人なら簡単に察しがつく。




こんな憲法を、1952年の主権回復後も後生大事に抱えてきたかと思うと、本当に恥ずかしくて情けない。周辺敵国の手先と化した左巻きが幾ら護憲、護憲と喚こうが、憲法改正は心ある日本国民の悲願だ。改憲に邁進する安倍政権を熱く支持したい。

ところで、憲法を話題にするなら是非、皆さんにお薦めしたい本がある。イザブログでもお馴染み、産經新聞ワシントン特別委員、古森義久さんの「憲法が日本を滅ぼす」(海竜社)だ。

異様な憲法が如何に国力を毀損しているか、日米同盟を弱体化させているか、現代のアメリカが日本に改憲を望む理由、さらにTPPや靖国に対する考え方など幅広く論じている。巷にあふれる護憲論者や反米論者の嘘を木っ端みじんに打ち砕く正論が満載だ。

また、本の後半に、実際に憲法を作った元GHQ職員ケーディス氏のインタビューが載っている。これこそ、まさに歴史に証言だ。読んでいて興奮する。憲法記念日だからこそ是非読むべき名著だ。」

http://yohkan.iza.ne.jp/blog/entry/3066786/

記事は此処までです。

私は、依然としてTPPには懐疑的ですし、靖國神社は日本国内の事と思っていますが、「憲法を作った元GHQ職員ケーディス氏のインタビュー」にも興味が有りますし、上記の「憲法が日本を滅ぼす」は、読んでみようかな、と思います。

それにしても、終戦直後で馬鹿にされていたのでしょうか、日本語の訳が上等すぎて、原文の幼稚さを隠すことに繋がったのかもしれません。「peace-loving people of the world」は、カルトじゃあるまいし、恥ずかしいので、さっさとどうにかしてほしいですね。

Survivor - Eye Of The Tiger
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日本中国学会(池田知久 被害)

2013年05月05日 21時48分32秒 | 日記
「日本中国学会」がまたおかしな物を送ってきた。

毎年毎年毎年毎年…、

会費を送ると、名簿から私の住所が消される。

会費を払わなくとも、

名前がおかしな通信文が送られてくる。

溝口雄三の弟子の池田知久が、

日本中国学会の理事長になってからだ。

池田知久の御蔭で、

創価学会 中林史朗が、無為自然に嫌がらせをするようになってから、

こういう嫌がらせが顕著になった。

ソフトバンク CM 白戸家 お父さんの秘密がばれる


名簿を改竄する、或いは、削除するのは、

創価学会 中林史朗の得意技だ。

池田知久さん、出版の邪魔したり、名簿を改竄したりするのは

面白いかも知れませんが

もういい加減、

中林と一緒に、こういう嫌がらせをするのは、

止めて貰えませんか。
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保守改憲 親米護憲

2013年05月03日 17時37分01秒 | 日記
今日は憲法記念日です。1947年5月3日に日本国憲法が施行されたのを記念して祝日に指定されたようですが、ぜんぜん嬉しくありません。占領憲法である上に、緻密な計算のもとに作成された物でもなく、事実にそぐわないからです。

施行から既に七十年近く経過していますが、この間、発展なのか進歩なのか、ひょっとすると退化かもしれませんが、例えば、仕事ならばリヤカーからオート三輪、軽トラックへ、家の中でも、台所ならば、竈(かまど)からガスがま、炊飯ジャーへ、トイレもくみ取り式から水洗、更に、便座の暖かい温水式へ。ずいぶんと便利になりました。

着る物だって、私の祖母の普段着は、着物でしたし、私は小学校の低学年の頃まで、寝るときには寝間着を着せられていました。夏場など、冷蔵庫は氷で冷やしていましたが(さすがに、竈は無くなっていましたし、冷蔵庫は物置に押し込められて、使われていたのは見ていません)、今は、勝手に氷ができます。団扇や扇子から扇風機を越えて、空調へ、治安が悪くなったこともありますが、蚊帳の出番は、既に無くなりました。(蚊帳の、あの香りは良い物でした)

道具や衣類だけが変わったのではありません。中学生になるときには、男子は皆、坊主頭になりましたし、三世代・四世代が一緒に住み、長男は家業を継ぐのが当たり前でした。家の中では、家長、或いは、父親が一番威張っていました。平日の昼間、そこら辺をふらふらしている十代の学生など見た事はありません。学生同士のいじめも、誰かが虐められていたら、必ず、誰かが助けました。公的機関には権威があり、日本の人口は、増え続けて、そのうち列島からあふれ出すのではないかと心配されていました。

テレビは、白黒からデジタルへ。アナウンサーは美しい日本語を話し、それは、日本語の一つの基準であったはずですが、現在は、「てにをは」さえ間違いますし、カタカナ英語がやたらに増えました(あのカタカナ英語、皆さん解って話しているのでしょうか?)。

これほど世の中が変わり、しかも、変化を喜んで受け入れていたはずなのに、憲法のみ墨守しようというのは、おかしな話です。だいたい、「平和を愛する諸国民」などどこにもいない事は、気の利いた小学生でも知っています。憲法と空想科学小説が同列では困ります。

さて、以下は「産経新聞」電子版の記事です。私は、憲法については門外漢ではありますが、「憲法は国民に大局的指針を示す格調ある法典」という位置づけは、なかなか好いと思っています。


『本紙「国民の憲法」要綱を発表 「独立自存の道義国家」』

2013.4.26 05:00

「産経新聞は創刊80周年と「正論」40周年の記念事業として進めてきた「国民の憲法」要綱をまとめ26日、発表した。わが国にふさわしい「新憲法」として国柄を明記、前文で国づくりの目標を「独立自存の道義国家」と掲げた。平和を維持する国防の軍保持や「国を守る義務」、緊急事態条項を新たに設けた。「国難」に対応できない現行憲法の致命的欠陥を踏まえ「国民の憲法」要綱は危機に対処でき「国家の羅針盤」となるよう目指した。

■12章117条、「天皇は元首」「軍を保持」明記

「国民の憲法」要綱は昨年3月からの起草委員会の27回に及ぶ議論を経てまとめた。国家や憲法とは何かなどから議論は始まり、現行憲法の不備を正しつつ堅持すべき事柄も精査した。

「国民の憲法」要綱は、前文のあと、「天皇」「国の構成」「国防」と続き、12章117条で構成する。

まず、わが国が天皇を戴(いただ)く立憲君主国という国柄を第1条で定めた。現在の「国民統合の象徴」に加えて天皇は「国の永続性の象徴」でもあるとした。たびたび議論があった天皇の法的地位も国の代表者である「元首」と明記。皇位も「皇統に属する男系の子孫」が継承するとした。

前文ではわが国の文化、文明の独自性や国際協調を通じて重要な役割を果たす覚悟などを盛り込んだ。連合国軍総司令部(GHQ)の「押しつけ」とされる現行憲法で、特に前文は「翻訳調の悪文」「非現実的な内容」「日本の国柄を反映していない」といった批判があった。憲法は国民に大局的指針を示す格調ある法典でもあるべきだとして、全面的に見直した。



国民」「領土」「主権」や国旗・国歌について第二章「国の構成」で新たに規定した。国民主権を堅持し、国家に主権があることも明確にした。主権や独立などが脅かされた場合の国の責務も明らかにした。

現行憲法で「戦争の放棄」だった章は第三章「国防」と改めた。国際平和を希求し、紛争の平和的解決に努めつつも、独立や安全確保、国民の保護と国際平和に積極貢献できるよう軍保持を明記。国家の緊急事態条項では、不測の事態下での私権制限が可能とした。

国民の権利、義務の章では、家族の尊重規定や国を守る義務を新設。権利と義務の均衡を図りつつ環境権や人格権など新しい権利を積極的に取り入れた。

国会では参議院を「特色ある良識の府」にすべく諸改革を提言。内閣では首相の指導力を強化するよう条文を見直した。憲法判断が迅速化するよう最高裁判所への専門部署の設置を提言したほか、地方自治の章では、地域に主権があるかのような主張を否定した。

要綱の提言を通じ本紙は国民の憲法改正への論議が豊かで実りあるものとなるよう期待している。

■独立自存 他の力に頼ることなく、自らの力で生存を確保することをいう。哲学者、西田幾多郎も著書「善の研究」で独立自存の重要性を説いている。」

「国民の憲法」要綱発表シンポジウム


『産経新聞80周年「国民の憲法」要綱 前文』

「日本国は先人から受け継いだ悠久の歴史をもち、天皇を国のもといとする立憲国家である。

日本国民は建国以来、天皇を国民統合のよりどころとし、専断を排して衆議を重んじ、尊厳ある近代国家を形成した。山紫水明の美しい国土と自然に恵まれ、海洋国家として独自の日本文明を築いた。よもの海をはらからと願い、和をもって貴しとする精神と、国難に赴く雄々しさをはぐくんできた。

日本国民は多様な価値観を認め、進取の気性と異文化との協和によって固有の伝統文化を生み出してきた。先の大戦による荒廃から復興し、幾多の自然災害をしなやかな精神で超克した。国際社会の中に枢要な地位を占め、国際規範を尊重し、協調して重要な役割を果たす覚悟を有する。

日本国は自由主義、民主主義に立脚して、基本的人権を尊重し、議会制民主主義のうえに国民の福祉を増進し、活力ある公正な社会を実現する。国家の目標として独立自存の道義国家を目指す。人種平等を重んじ、民族の共存共栄をはかり、国際社会の安全と繁栄に積極的に貢献する。

われら日本国民は、恒久平和を希求しつつ、国の主権、独立、名誉を守ることを決意する。これら崇高な理想と誇りをもって、ここに憲法を制定する。

                   ◇

 ≪解説≫


まず国家論、簡潔に前文改稿


「国民の憲法」前文は、日本の伝統文化を基礎に「国のかたち」を簡潔に示すことを心がけた。国民主権や基本的人権を尊重し、議会制民主主義を堅持することはいうまでもない。

起草委員会はまず、現行憲法の前文が米国憲法やリンカーン米大統領演説など「外来歴史的文書のつぎはぎ」であることを問題視した。とくに、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」との一節は、自らの生存を他国にゆだねる悪文と判断した。そこには当時の占領軍が、二度と米国に刃向かわない国家にしようとした意思が刻まれていた。

                 ■ ■ ■

そこで現行憲法前文を白紙に戻し、日本の国柄を意識しながら全面的に書き直した。初めに日本の伝統的な価値観と、新しい価値観との融合を討議した。独自の伝統文化としては、国の統一と永続性の象徴である天皇を「国の基(もとい)」と表現し、日本が立憲君主国家であることを定義した。

四方を海に囲まれた海洋国家としてのありようは、聖徳太子の十七条憲法や明治天皇の御製を織り込んで、和の精神と雄々しさを表した。とくに、戦後の復興や東日本大震災後に示した日本人の高い道徳性を踏まえ、道義立国という概念を提起している。

その結果、尊厳ある国家の目標として「独立自存の道義国家」を掲げ、国際協調によって積極的に平和に貢献することを誓っている。同時に国の主権、独立、名誉が損なわれる場合には、断固たる対処も辞さない覚悟を示した。

起草委員の問題意識には、国家論なき憲法はありえないとの思いがあった。従来の「憲法は国家権力を制約する」との一面的な憲法観を排除し、国民が参加して自由に議論すべきことを提起している。」

もう一つ「産経新聞」から、

『護憲派の親米ぶりに感心する』

2013.5.2 11:32

「熱心な護憲派ほど、ときに極端な米国追従主義者に思える。彼らがいかに「アメリカ いいなり もうやめよう」(共産党のポスター)と主張しようとも、米国製の憲法を後生大事に押しいただいている姿をみると説得力は薄れてしまう。

「(現行憲法は)連合国軍総司令部(GHQ)の憲法も国際法も全く素人の人たちが、たった8日間でつくり上げた代物だ」

安倍晋三首相がこう指摘する通り、憲法が事実上、占領中にGHQに押し付けられたものであるのは今では多くの人が知っている。

ところが戦後長く、憲法が米国主導でつくられたことに言及するのはタブーとされ、「押し付け論」を口にすると「右翼だ」「反動だ」と袋だたきに遭った。

本当のことを言ってはならないという「閉(とざ)された言語空間」(文芸評論家の江藤淳氏)が日本全体を覆っていたのだ。その原因はGHQによる巧みなマインドコントロールである。

GHQは占領下の日本で、「中国に対する批判」「戦争犯罪人の正当化および擁護」「占領軍兵士と日本女性との交渉」など30項目の検閲指針を設け、厳しい言論統制を実施した。

その項目の一つが「連合国最高司令官・司令部(SCAP)が憲法を起草したことに対する批判」だ。その結果、「日本の新憲法起草に当たってSCAPが果たした役割について一切の言及」も禁じられた。

GHQは同時に「出版、映画、新聞、雑誌の検閲が行われていることに関する一切の言及」も不許可としたため、国民は検閲が実施されていることもろくに知らないまま、憲法は日本人がつくったと信じ込まされたのである。

「新憲法は今は『押し付けられた』という言い方をされているが、そのうち必ず尊重を受ける」

米誌「ニューズウィーク」の外信部長だったハリー・カーン氏は同誌の1947(昭和22)年6月23日号で予言していた。首相も著書にこう書いている。

「アメリカは、自らと連合国側の国益を守るために、代表して、日本が二度と欧米中心の秩序に挑戦することのないよう、強い意志をもって憲法草案の作成にあたらせた」

ところが、ここまで好き勝手にされても、いまだに「押し付けではない」と言い張る護憲派が政界には少なくない。時代や国際環境の変化に目もくれない彼らには、「どれだけ米国製品が好きなのだろうか」と感心させられる。

ちなみに、4月25日に発足した憲法96条改正に反対する超党派議員連盟「立憲フォーラム」の役員名簿には、次のような豪華メンバーの名前が連なっていた。

菅直人元首相(顧問)、江田五月元参院議長(同)、岡崎トミ子元国家公安委員長(同)、近藤昭一元環境副大臣(代表)、水岡俊一元首相補佐官(副代表)、辻元清美元国土交通副大臣(幹事長)…。

さぞかし、米国の教えを真面目に守ってきた親米派ばかりなのだろうと推察する。」

ネット世論調査「内閣支持率調査 2013/4/24」結果


ひょっとして、「改憲」がTPPの防御策であるならば、上記の「国民の憲法」でも足りません。「護憲」など論外、更に日本の国家像を明らかにし、主権を強化する内容である必要があるのではないでしょうか。

兎も角も、日本人による、日本国のための「憲法」が施行された上での、「憲法記念日」が待たれます。
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H7N9型インフルエンザ

2013年05月03日 17時29分29秒 | 日記
ゴールデンウィークも半ばです。ここで少し、台湾で発生したH7N9型インフルエンザについて、台湾での報道をまとめてみました。※私は医師ではありませんので、自己責任で読んで下さい。

02年暮れから03年7月にかけて、主に中国で猛威を振るったSARS(非典型肺炎)からちょうど十年、2013年4月24日、台湾でH7N9型鳥インフルエンザが発見されました。先ずは、その状況を伝える「FNN news CH」の報道をご覧下さい。

「H7N9」鳥インフルエンザ、台湾で確認 当局は警戒強める(13/04/25)


53歳の台湾人男性が、商用で3月28日から4月9日まで蘇州に出かけ、上海経由で台湾に帰郷。彼は鳥インフルエンザが恐ろしいので、中国では鳥には近寄りもしなかったし、生の鶏肉や卵も食べていないにも関わらず、台湾に帰って三日目に具合が悪くなりました。

男性、53歳、B型肝炎感染者、高血圧患者、

病状の推移は以下の通り。

12日、発熱・倦怠感・寝汗、風邪のような症状が出たが、
    呼吸器に異常はなかった。

16日、40度の高熱が出たので専門の病院を勧められ、入院する事になった。
    この日から医者の処方するタミフルを飲み始める。
    この病院から政府機関に通報があった。

18日、レントゲン検査をすると右下葉に間質性浸潤(肺炎の症状)が現れた。

19日、症状が悪化

20日、医学センターに転院、気管内チューブを挿入し気道確保、
    隔離病棟に入院。この時点でH7N9の疑いは濃厚で、
   二度にわたって咽喉の組織検査が行われたが、結果は陰性だった。

24日、午前中に患者の痰を検査(RT-PCR験痰液)し、
    漸くH7N9のウイルスを発見した。
    その後、国家流感センターのゲノム検査で確実となった

ウイルスが特定されるまでに、男性が接触した人物は(家族3人、友人26人、病院で働く人物110人、合計139人)

薬は一般に、48時間以内に飲むのが効果的といわれていますが、彼の場合は12日に発病し16日に薬の処方を受けたので、薬の効き目が弱かったと言われています。現在は、重篤な状態で、減圧隔離病室で集中治療を受けているという事です。

H7N9は、潜伏期間が3日から10日(一説に7日から10日)、そのため、何処でどう感染したのか判らず、港や空港での検査でも発見されにくいようです。その上、検査が難しく、台湾の場合は、肺浸潤が進んで、やっと検出されました。

SARSとH7N9の共通点は多く、どちらも肺炎を引き起こし、飛沫感染が疑われています。しかし、SARSが院内感染しやすく致死率が11%なのに対して、H7N9型は、院内感染しにくいものの、コミュニティー内での広がりが疑われています。その上、致死率は20%です。


以下は、「外務省」のホームページに紹介されている「H7N9」の情報です。

『外務省 海外安全ホームページ』

「情報種別:渡航情報(スポット情報)

中国・台湾における鳥インフルエンザA(H7N9)のヒト感染症例

2013年04月28日


※ 本情報は、海外に渡航・滞在される方が自分自身の判断で安全を確保するための参考情報です。本情報が発出されていないからといって、安全が保証されるというものではありません。

※ 本情報は、法令上の強制力をもって、個人の渡航や旅行会社による主催旅行を禁止したり、退避を命令するものでもありません。

※ 海外では「自分の身は自分で守る」との心構えをもって、渡航・滞在の目的に合わせた情報収集や安全対策に努めてください。

1.中国・台湾における鳥インフルエンザA(H7N9)のヒト感染症例
(北京市,河南省,湖南省,上海市,江蘇省,浙江省,安徽省,江西省,山東省,福建省及び台湾)

4月3日以降,中国における鳥インフルエンザA(H7N9)のヒト感染症例発生についてお知らせしています。

27日,湖南省で初の新規感染症例2例が確認されました(内1名は江西省在住者)。
 
28日12:00現在の状況は,次のとおりです。

(1)26日夜,湖南省衛生庁は,湖南省における初の鳥インフルエンザA(H7N9)の感染症例2例が確認されたことを発表しました。内1名は湖南省邵陽市在住の64歳の男性で,14日に発症,25日に鳥インフルエンザA(H7N9)感染の確定診断がなされ,現在治療を継続中とのことです。もう1名は江西省宜春市在住の54歳の男性で,15日に発症,27日に湖南省の病院で, 鳥インフルエンザA(H7N9)感染の確定診断がなされ,現在,治療を継続中とのことです。

(2)28日12:00現在,中国・台湾で鳥インフルエンザA(H7N9)感染者が確認されたのは中国上海市,安徽省,江蘇省,浙江省,江西省,北京市,河南省,湖南省,山東省,福建省の2市8省,及び台湾で,感染者数は122名(うち死亡23名)です。

これまでの地域別の感染者数は以下のとおりです。

上海市:33名(うち死亡12名)

江蘇省:南京市,宿遷市,無錫市,鎮江市,蘇州市,揚州市,南通市,
    塩城市,昆山市,常熟市,徐州新沂市 
    計27名(うち死亡4名)

浙江省:杭州市,湖州市,温州市,嘉興市,紹興市 
    計45名(うち死亡6名)

安徽省:滁州市,亳州市 天長市 計 4名(うち死亡1名)
 
江西省:南昌市 2名,宜春市 1名 計3名 

北京市:2名(2例目については,陽性であるが発症はしていない。)

河南省:周口市,開封市,鄭州市 計4名

湖南省:邵陽市 1名

山東省:棗荘市 1名

福建省:龍岩市 1名

台 湾:台北市 1名(感染者は直前に蘇州市に渡航していた。)

(3)24日,北京において,中国国家衛生・計画生育委員会及びWHOが共同で発足させた鳥インフルエンザA(H7N9)感染防止視察チームが実施した,上海家禽市場・実験室・病院の視察結果について,報告会が行われました(視察実施:19日~23日)。同報告会にて視察チームは,(ア)感染の危険性は主に市場の家禽に集中しており,現在の状況から渡り鳥や渡り鳥の生息地からH7N9の陽性反応はないこと,(イ)ほとんどの病例は散発的で,一部,個別の家庭に集中した例もあるが,この家庭に対して共通の暴露があったか限定的なヒト-ヒト感染があったかは定かではないこと,(ウ)現在のところヒト-ヒト感染発生の証拠は十分ではなく,持続的なヒト-ヒト感染は発見されていないこと,(エ)一方で限定的なヒト-ヒト感染があっても不思議ではなく,早期にこのような状況を発見し監視を強める必要があること,状況は未だ複雑で,厳しく,更に発展段階であるとし,WHOと中国当局が密接に協力しながら,この新しい脅威に向かっていくと報告しました。

(4)台湾の担当機関の発表によれば、台湾で確認された感染症例1例について,中国・蘇州市に渡航した後に発症した症例であり,27日現在,台湾における家禽モニタリングにおいてはH7N9ウイルスは検出していないとのことです。

(5)広東省東莞市動物疫病予防センターは,26日夜に市内の生鳥市場にて採取したサンプルから疑似H7亜型インフルエンザウイルス陽性例(1例)を発見したが,現時点では,鳥に臨床症状は見られないほか,ヒトへ感染している状況もないと発表しました。

2.現在の状況は上記のとおりですが,中国は4月29日から労働節の休暇期間に,また,日本でもゴールデンウィークとなります。中国への渡航,滞在,特に上記1.(2)の感染症例が確認されている地域に滞在中の方及び渡航を予定されている方は,最新情報を随時確認の上,鳥インフルエンザへの感染を予防するため,以下の注意事項を参考に行動することをお勧めします。

(4月18日付スポット情報「中国における鳥インフルエンザA(H7N9)のヒト感染症例発生(その14):労働節及びゴールデンウィーク期間における注意」もご参照下さい。)

●生きた鳥を扱う市場や家禽飼育場への立入を避ける。

●死んだ鳥や放し飼いの家禽との接触を避ける。

●鳥の排泄物に汚染された物との接触を避ける。

●手洗い,うがいにつとめ,衛生管理を心がける。

●外出する場合には,人混みは出来るだけ避け,人混みではマスクをする等の対策を心がける。

●突然の発熱や咳など,呼吸器感染症の症状が現れた場合には,速やかに最寄りの医療機関を受診する。

外務省の情報はここまでです。

日中間には、空路は日本側18港、中国側23港、海路はそれぞれ3港に定期便が就航しており、仕事にせよ旅行にせよ、帰国にせよ訪日にせよ交流が盛んです。この様な状況では、日本でも鳥インフルエンザを防ぐ事は困難と思われます。うがい・手洗いは、しておいた方が良いかもしれません。

Horowitz - Scarlatti Sonata L224


それにしても、十年前の胡錦濤・温家宝政権の始まりの時には、SARSが猛威をふるい、習近平・李克強政権の始まりにはH7N9型の騒ぎ、しかも、どちらも肺炎を引き起こすウイルスで、死亡率が11%から20%に上昇。不思議な事もあるものです。一説に、鳥から人への感染は無いと言われているようですが、すると、H7N9型は何処から来たんでしょう?

兎も角も、海外に行かれる方も、日本で過ごされる方も、好い休日となりますように。
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