『蜻蛉洲大和の国のサンライズタイム』ー外国人参政権反対、移民政策反対、背乗り工作反対!盗聴・盗撮は日本では犯罪です!ー

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島嶼売買(陳進福 殺害事件)

2013年03月27日 14時12分57秒 | 日記
「馬毛島」の場合は、まだ、外国籍の企業に売り渡してはいませんが、以下は、日本人から島を買い、地権者となった台湾人男性の身に起こった事件です。台湾で話題の殺人事件、興味のある方はご覧下さい。

※文中の数字は原文に基づく物です、1台湾元―3.16円として計算して下さい。

・始まり
台湾台北市の西北、淡水河の河口に位置する八里は、以前は重要な港町、現在は、山あり河あり海にも面した立地条件を活かして、台北から日帰りできる観光地として有名だ。河沿いには、歩道とサイクリングロードが整えられ、夕日に映える対岸の淡水の街並みを眺めながら食事を楽しむこともできる。

八里には"mom mouth coffee(マム・マウス・コーヒー)"という、有名な喫茶店がある。サイクリングロードに面して、飲料水や修理工具・トイレを無料で提供している事もあって常連客も多い。経営者の呂炳宏(りょへいこう、35歳)が、この店を開いたのは四年前の事。店名の"mom mouth"とは母親がコーヒー好きで、しばしば呂にコーヒーをいれさせた事に由来する。女性店長の謝依涵(しゃいかん、28歳)の、若さに似合わぬ、親切で気が利いた接客も、常連客がこの店を愛する理由だ。

八里実践大学副教授 張翠萍(ちょうすいへい、57歳)とその夫 陳進福(78歳)も、この店の常連客の一組だった。陳は引退したビジネスマンで、この店を気に入り、連日のように訪れ、謝依涵を養女に迎えたいとまで言い出していた。陳進福には、前妻との間に子供がいたが、現在は国外で暮らしており、身辺の世話をさせるために、養子を迎えたいと考えていた。

そんな矢先、この夫婦が失踪した。2月16日、近所の防犯カメラに"mom mouth coffee"に向かう二人の姿が映されているのを最後に、何処に行ったのか分からなくなった。

2013年2月26日、及び3月2日、八里区淡水河の岸辺に、別々に男女の腐乱死体があがった。始めは溺死体と思われたが、検死官が調べると、二体とも鋭利な刃物で刺されており、死後に遺棄された事が判った。捜査チームを立ち上げ本格的な調査に入ると、程なく、先に上がったのが陳進福、2日に上がったのがその妻 張翠萍と判明した。

6日、警察は、台北市や新北市等十箇所を調査し、並びに女性店長等に説明を求めた。その後、謝依涵・店の経営者呂炳宏・株主 欧石城(おうせきじょう、56歳)・友人 鍾典峰(しょうてんほう、36歳)の四名を、殺人、及び証拠隠滅の可能性があるとして、士林地方裁判所の命令で勾留した。

謝依涵に、陳進福の遺体の解剖写真を見せると、"ご免なさい、わざとじゃないの!"と泣き崩れたという。警察の調べに因れば、陳進福と妻の張翠萍は、最近、沖縄那覇にあった家を売却し、500万元を得た。その金は全て張翠萍の口座に振り込まれていたと言う。

二人は、"mom mouth coffee"の常連で、店長の謝依涵とは親しい間柄だった。謝依涵は、那覇の家の売却や、張翠萍が銀行のカードや通帳を持ち歩いている事を知っており、また、店の経営者 呂炳宏は、資金繰りに困っていた。

謝依涵の話に因れば、2月16日、謝は、"呂さんの娘が、生後一ヶ月になったの、お祝いをするので来てね"と、二人を電話で呼び出し、睡眠薬入りの飲み物を飲ませた。二人が眠りに就くと、店の裏に止めておいた車に運び込み、呂・欧・鍾の三人が、果物ナイフで二人を脅し、カードの暗証番号を聞きだそうとした。しかし、二人が従わなかったために、先ず陳進福を張翠炳の目の前で刺し殺し、続いて、暗証番号を聞き出すと張翠炳も殺害した。

事が済むと、呂と鍾は、ひとまず借家に遺体を隠しに行った。その後、2月25日と3月1日の二回に分けて、店から100メートルほど離れた淡水河畔に遺棄した。遺体は、2月26日と3月2日に発見された。2月27日、謝依涵は、先ずデパートに行き、カツラとサングラス・マスクで変装をすると、張翠萍のカードと印章・通帳を持って銀行に行き、ATMで金を引き出そうとした。しかし、三度試したが失敗した。暗証番号が違っていたためだ。そこで、次に窓口で引き出そうとしたが、カツラで変装していたとはいえ、28歳の謝依涵は、57歳の張翠萍には見えなかった。その為、窓口の係員が不審に思い警察に通報した。

こうして、事件発生から僅か19日で、犯人が逮捕される事になったが、翌、3月7日、朝10時には、先ず呂炳宏が300万元、続いて、欧石城が50万元、最後に鍾典峰が30万元の保釈金を支払って出所した。しかも、三人は事件の関与を否定した。また、謝依涵も、弁護士と面会した途端に供述を翻し、殺人事件には関わっていないと言い出した。

・島の主
事件関係者の四人全員が、事件の関与を否定すると、警察には、証拠と言えるものが何も無かった。凶器・血痕も発見されていない、死体を隠していた場所も、そもそもの殺人現場も明らかではない。目撃者もいなかった。だいたい、何故、殺害後十三日間も隠しておいたのか、死体を遺棄した場所も、店から100メートルも離れていない事も奇妙だった。

また、一日で三人とも高額の保釈金を用意できたところを見ると、資金繰りに困っていたとも思われない。経営者の呂炳宏には、生まれたばかりの娘がいる。店長の謝依涵は婚約者がおり、挙式も予定されていた。陳進福夫妻が殺害されたとされる2月16日以降も、店は通常通り営業しており、謝依涵は、婚約者とダムに遊びに出かけてさえいた。

事件が発覚すると、有名な店と可憐な店長と事件の奇妙さとで、台湾メディアは一斉に、この事件を報じたが、とりわけ台湾国民を驚かせたのは、侯友誼(こうゆうぎ)と楊子敬(ようしけい)が、共に捜査の指揮を執った事だ。侯友誼は現役の台北市副市長で、嘗て、警政署(警察に類似した制度)署長を務めた人物。楊子敬は既に退職してはいるが、中華民国内政部 警政署刑事警察局局長を務めた人物だ。この二人が、共に捜査をするなど、嘗てなかった事だ。また、弔問に、頼浩敏(司法院長)が訪れた事も台湾国民を驚かせた。

始め、台湾のメディアは、大学の副教授であった張翠萍に注目したが、調査が進むにつれ、夫の陳進福こそ、ただの裕福な商人ではない事が判ってきた。彼は1980年代に公費留学で来日し、大学卒業後、帰国せずに日本に残り、拓殖大学で教鞭を執っている。彼は、就職してから度々沖縄の、特に西表島(いりおもてじま)に旅行に出かけた。

西表本島から小艇で5分もかからない所に、外離島(そとばなりじま)と内離島(うちばなりじま)があり、潮が引くと、二つの島は歩いて行き来できる。85年頃、陳進福は当時の島の所有者から、二島を50万円で買い受けた。島は水源もなく、人が住むには厳しい環境だ。しかし、西表本島の港である船浮湾に面しており、島外への定期船も就航して、水上交通の便は良かった。

・島の戦略的意義
さて、昨年9月に尖閣諸島を国有化してから、島嶼が投機の対象になっている事は既に述べたが、特に西表島が脚光を浴びるのは、昨年10月、中国海軍の艦艇七隻が、西表島の西の海域を通過してからの事だ。その時の状況について、例えば「産経新聞」電子版は、次の様に伝えている。

「防衛省は16日、中国海軍のミサイル駆逐艦など艦艇7隻が同日朝から夕方にかけ、沖縄県の与那国島と西表島の間の日本の接続水域を通過し、尖閣諸島の南西を航行したと発表した。中国艦船が先島諸島の接続水域を通過したのは初めて。7隻はフィリピン沖の南シナ海から航行してきたことも明らかになった。7隻は4日に沖縄本島と宮古島の間を通過した艦艇群と同一とみられる。16日午前7時ごろ、与那国島の南南東約49キロを北北東へ進み、日本の接続水域を航行。午後3~4時ごろにかけ、尖閣諸島・魚釣島の南西約80キロの海域で日中中間線を越え、北西に進んだ。尖閣諸島周辺の接続水域や領海には入らなかった。外務省の杉山晋輔アジア大洋州局長は16日、中国の韓志強駐日公使に「日中関係の大局に鑑み、適切な対応を求める」と電話で申し入れた。一方、中国国防省報道官は「通常の訓練と航行であり、正当で合法だ」とコメントした。」(2012.10.17 01:30 )『中国軍艦7隻が接続水域通過 フィリピン沖から航行』

※以下の情報は、台湾の報道による物ですが、真偽の程は定かではありません。

この事態に危機感を覚えた当時の防衛省は、この海域にレーダーを設置し、中国の艦艇が海上を通過する場合には、直ぐさま対処できるよう監視部隊を置く事を決定した。

そこで、尖閣諸島防衛のため、12隻の艦艇と600名を超える専属部隊を組織した。その総本部は、石垣島に置かれている。石垣には「愛国者3」型のミサイルも配備され、更に、米国太平洋司令もここを訪れている。西表島から台北までは、約260キロ、宮古島までは約160キロ、尖閣諸島までは約200キロ。日本側は、中国側が尖閣を攻略する場合には、尖閣を直接攻撃せずに、先に、宮古・与那国・石垣を含む先島諸島を制圧し、沖縄と分断するのではないかと予測しており、その場合に西表島は戦略的に非常に重要になる、と考えられている。

その後、12月に入り、今度は中国機が領空を侵犯した。それについて「REUTERSロイター」電子版は、次の様に伝えている。『日本政府が尖閣領空侵犯で抗議、中国は「完全に正常」と反論』

「日本の外務省は13日、中国国家海洋局所属の航空機1機が、尖閣諸島(中国名・釣魚島)周辺の領空を侵犯したとして、中国側に正式に抗議したことを明らかにした。防衛省によると、中国機の領空侵犯を受け、航空自衛隊のF15戦闘機が緊急発進した…。」2012年 12月 13日 17:48

この事件が契機となり、日本側は緊張を深め、「XBandレーダー」(123平方メートルのレーダー面に8万1000個のレーダー素子を並べたフェーズド・アレイ型で、平均出力は170kWもある。4000kmの遠方で弾道ミサイルの弾頭の探知ができ、2000km以内なら実弾頭とオトリの識別が可能とされる)の離島への配備を検討しており、もし、石垣にレーダーを設置すれば、付近の状況は手に取るように判るようになる。中国や台湾にとっては、作戦の変更を余儀なくされる事態だ。

・島嶼売買
さて、この様に戦略的意義が高まりを見せる中、50万円で購入した二島は、現在、1億5000万円前後に値上がりしているのではないかと見られている。尖閣を国有化した後、自衛隊は内離島の埠頭を使用する必要があり、政府が陳進福に対して島を買い戻したいと申し出た。しかし、陳進福は拒絶したようだ。西表島には、背後関係が不明の中国人も現れて、島を視察した後、矢張り、購入を申し出たが拒絶されている。交渉相手となった男性の証言によれば、陳は日本にも中国にも売る気はなかったと言う。

但し、島は売るつもりでいるようで、台湾の媒体は、2012年10月10日、香港側と陳進福の間で、二度目の商談が進んでいた事を示す記録を入手していた。その記録に因れば、香港側の出した購入条件は、先ず、日本側が外国人が島を買う事を許可する事。次に、二島を漁業基地としたいという事だが、これについては、日本の領海法があるので、日本側は許可しないだろうと言う事だった。商談の記録には、会社の名も、個人の名も書かれておらず、ただ「港方(香港側)」とのみ記されていた。この事から、相手は、香港の行政機関ではないかとの憶測を呼んでいる。すると、書類上、漁業基地として購入したとしても、寄港する船は漁船とは限らない。

・結び
さて、その後、四人の被疑者のうち、欧石城が事件後 自身の乗用車を廃車にしており、しかも、車の後部座席は洗ったあげく取り外され、フロアマットも無くなっていた事が判明した。"mom mouth coffee"の従業員からは、陳進福の遺体があがる数日前、倉庫から漂白剤の強い臭いがした、という証言が出てきた。また、二体から検出された睡眠薬と同じ薬を、事件前、謝依涵が病院で手に入れていることも判明して、結局、謝依涵が自白した通りの進展を見せている。しかし、この事件には依然として不明な点が多く、事件の背後に、某国の陰謀があったのではないかとの憶測も流れている。

外離島と内離島の所有者については、恐らくは、陳の前妻との間に生まれた二人の息子が相続するのではないかと言われているが、二人は未だにメディアの前に姿を現していない。

日本にとって戦略的に重要な島は、中国にとっても、台湾にとっても重要だ。その島が、一般の台湾人とは明らかに異なる人物によって購入された。しかも、売りに出されると、地権者である人物は、中国人にも日本人にも売らないと言い、更に、普通の香港人とは異なる人物と交渉を重ねている。日本の国土が、無責任な状態に置かれていると言える。

陳進福は、教養のある台湾のエリートだったはずだ。日本に留学したのも、二国の架け橋という意味合いよりも、やはり台湾の役に立ちたいと考えての事だろう。例えば、戦略の事など念頭になく、ただ自然が美しいと感動して二島を購入したのだとしても(陳進福はここで酪農をしていたという話がある)、売却する相手として、同胞に売りたいと思うのは人情だ。

バブルの崩壊後、資金不足に喘いだ日本人が、嘗て買い求めたニューヨークのビルを売却する時、もし、現地の裕福な日本人が売却交渉に参加したなら、その日本人に優先的に売却したのではないだろうか。それは、どこの国の国民も同じだ。外国人の土地購入を、野放図に認めている日本側こそ、国土に対して責任を放棄していると言わざるを得ない。

島嶼だけではない。2011年に、中国大使館が東京都港区南麻布に、国家公務員共済組合連合会が所有する5677平方メートルの土地を、60億円で落札した。日本国内の中国大使館・領事館は、その殆どを中国側が所有しているのに対して、中国国内の日本公館は全て賃貸だ。公館に限らず、日本国内の森林地帯が中国資本に買われ、また、対馬では韓国資本により土地の買収が活発に行われていると言う。

例えば、現在、韓国に占領されている竹島が、何もしなくとも将来帰ってくる、と考える日本人はいないはずだ。ならば、近海の島嶼や国内の外国人所有の土地が、そのうち帰ってくると考えられるだろうか。日本は、外国人・外国法人による土地の権利の享有を制限しようとはしていない。

陳進福の様な事件が起こると、日本の土地の所有者が何者なのか、有耶無耶になる可能性も出てくる。何処の誰か判らない、某国の某組織の人物が所有する事になる前に、外国人の所有する土地は、しっかりと国家が把握するようにして、ついでに、現状を考えれば「外国人土地法」も復活させるべきと思う。

因みに、次に尖閣諸島が危険に見舞われるのは、魚群が出現して日中台の漁船が入り乱れる4月と言われている。

3/3【討論!】中国の「日本直接・間接侵略」の実態[桜H24/11/3]
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島嶼売買(売り出し中)

2013年03月21日 18時31分13秒 | 日記
以下は「ZAKZAK」の記事です。

『懸念される中国の魔手 売り出し中の無人島が危ない! 尖閣以降問い合わせ急増』
2012.10.06

「沖縄県・尖閣諸島の国有化後、国内にある無人島の購入に関する問い合わせが不動産業者に殺到している。尖閣の売却益は19億円ともいわれるだけに、利ザヤを狙った資産家らの関心は高い。日本国民による純粋な売買ならさしたる問題はないが、中国など外資が触手を伸ばすと事態は急に深刻になる。軍事の専門家によれば、武器を運び込む拠点が築かれる危険もあるというのだ。



これまで見向きもされなかった無数の無人島が、尖閣の問題で“財産”として注目されるようになった。

無人島売買を紹介している不動産ポータルサイト運営の「ファーストロジック」(東京)によると、10月上旬の段階でインターネット上で売りに出されている国内の無人島は11カ所にのぼる。尖閣を国有化した9月11日の前から資産家を中心に関心が急上昇。9月のホームページのアクセス数は以前の10倍以上にはね上がり、これまでほとんどなかった問い合わせも相次いでいるという。

同社では「問い合わせは富裕層の方々からです。例えばいい車に乗りたい、いい家を建てたいとの思いと同様、ステータスの1つとして無人島購入を検討されています」(マーケティング部)と説明する。

購入を考える狙いは、それだけではないようだ。不動産業界の関係者が語る。

「国有化前の尖閣所有者は、いまの価値でいうと1億5000万円前後で島を手に入れたとされる。日本政府の購入額は20億5000万円。売却益はざっと19億円あったとみられるだけに、投資の対象として一気に関心が高まった」

国土交通省によると、無人島は約6400カ所確認されている。大半が国有地、あるいは権利関係が複雑であったりするため、売りに出されるケースはごくわずか。それだけに、国への売却を狙って人気が集中、「値がつり上がりそうな情勢」(先の関係者)という。

こうした日本人の富裕層が注目する分には大きな問題にはならない。しかし、尖閣を奪おうとする中国など外国人の影がみえると、ことは急に深刻さを増す。「尖閣諸島の報復のため日本の領土を買おう」と呼びかける中国のサイトもあるだけにかなり不気味だ。

『国防の常識』(角川学芸出版)などの著書がある元航空自衛隊員の軍事ジャーナリスト、鍛冶俊樹氏は「外資に買われると、武器を運び込む拠点が築かれる危険がある」と警告する。

「表向きはスキューバダイビング、ヨットなどマリンスポーツの基地としてリゾート開発が進んだとする。これは監視の目が届きにくい場所に、物を運び込む拠点ができたことを意味する。本州に近い無人島の場合、東京につながる密輸ルートができてしまう」

日本の四方を取り囲む海は、普段は天然の堀となって外敵の侵入を防ぐ。しかし、上陸の拠点を作られてしまうと一転、海は海外諸国と直結してモノをなだれ込ませるパイプと化す。

危険なのがライフル、機関銃、ロケットランチャーといった大型武器を搬入されること。変装した大量の工作員が成田空港から堂々と入国する裏で、これらの武器がそろえられていったら…。

「数千人がまとまって東京で武装蜂起したらどうなるか。首相官邸など国の中枢部があっさり陥落。気付いたら首相が人質になっていた、という事態は十分に起こり得る」(鍛冶氏)

外資の土地取得を規制する法律はある。1925年に制定された外国人土地法だが、外国人が土地を取得する際の制限基準や要件を定める政令がなく、これまで適用された例はない。そのため、国籍を問わず誰でも土地購入が可能という丸腰同然の状態だ。

前出の鍛冶氏は「防衛上に重大な問題があるのだから、政府は無人島の国有化を進めるべき。強制力を持った法整備も必要だ」と、政府の迅速な対応を促す。

日本列島の現状はまさにスキだらけ。防衛上の問題から国有化が必要な無人島は尖閣だけにとどまらないのだ。」

中国機に対する航空自衛隊戦闘機の緊急発進(スクランブル)は、昨年4月から12月までで160回に上り過去最多、そのうち10月から12月までで91回、3ヶ月での回数でも過去最多を記録しています。この状況下で、外国人が島嶼を自由に買えてしまうというのは、法整備の遅れを感じずにはいられません。

1/3【討論!】中国の「日本直接・間接侵略」の実態[桜H24/11/3]
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島嶼売買(馬毛島)

2013年03月21日 17時36分24秒 | 日記
2011年、「東日本大震災」で、北関東・東北が悲鳴を上げている頃、日本政府は、中国人観光客へのビザ発給を緩和し、7月1日より発給が開始された。「3年以内に何度でも日本訪問ができ、1回の滞在は90日まで可能」というビザで、正式名称は「沖縄数次査証(個人観光)」という。このビザは、家族のうち1人が取得すれば、2親等以内の家族すべてが同ビザを取得できる。観光マルチビザと言っているが、1回目の渡航で沖縄を訪問し、1泊して観光しさえすれば、2度目からは短期の商用目的にも使うことができるため、商用で使う中国人も多い。ビザの発給により、沖縄を訪れる中国人の数は、前年同期の40倍と伝えられた。

その後、どうなったか?以下は、問題の一つを伝える「産経新聞」電子版の記事です。

『外資が在日米軍基地や自衛隊周辺地保有 安全保障上問題あり』
(産経MSN2012.1.27 01:23)

「中国などの外国資本が、在日米軍基地や自衛隊基地周辺の不動産保有に乗り出していることが、関係者への取材で分かった。投機目的など資産価値を狙った買収とみられる。外資の不動産買収については、国内の水源地などへの買収がすでに問題化、政府が届け出義務を強化するなどしている。防衛施設周辺などでも積極的な買収がされていたことで、安全保障上の問題を指摘する声がさらに強まりそうだ。

沖縄県の不動産関係者によると、最近、シンガポールに本社を置く企業が米空軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)に近い場所に不動産事務所を開設。一時期は、ネット上で軍用地購入を呼びかけるサイトなどを開設していた。

民間が地主となっている軍用地が、沖縄県外の人に売買される事例は5年以上前から活発化。購入しているのは、国内外の投資家で、日本政府から安定的に軍用地借料(地代)が得られることが理由のようだ。

日本政府が払う地代は年々上昇し続けており、平成16年度に871億円だったものが、23年度には918億円にまで膨らんでいる。

防衛省によると、沖縄の米軍用地は3分の1が民有地で、地権者は約3万9千人。このうち国外在住の地権者は231人(21年度末)が確認されており、その後さらに増加している可能性がある。

米軍用地の買収に関しては、米国務省元日本部長のケビン・メア氏も著書で「中国商務部は、息のかかった企業を通じて沖縄の不動産を活発に購入している」と警告している。

一方、北海道によると、倶(くっ)知(ち)安(ゃん)町の自衛隊駐屯地から3キロ圏内の林地のうち、外資所有の林地が3件109ヘクタールあることが判明。道では自衛隊施設や警察署の周辺林地所有者に対し、郵送で使用目的など尋ねたが、宛先不明での返送が54件、総面積計579ヘクタールあった。

自衛隊施設周辺の土地所有者のうち、6つの企業については、所在先すら不明で連絡が付かなかった。外資が所有を隠すため、ダミーの企業名を使っている可能性もあるという。

外国資本の土地購入をめぐっては、近年、各地で問題化。水源地などのほか、長崎県対馬市では19年に、海上自衛隊施設の隣接地を韓国資本が買収しリゾートホテルにするなどの動きがあり、安全保障上の観点から問題となった。

関係者によると、外資による投機的土地買収は、現地を訪れず、公図(登記簿図面など)の確認だけで契約することが多いという。

財団法人・日本不動産研究所の山本忠顧問は、安全保障上の問題に加え、「公図には境界があいまいなものもあり、このまま放置すれば地元で境界紛争が起きる可能性もある」と指摘している。」

もう一つ、こちらは「livedoor.NEWS」の「週刊ポスト」からの転載記事です。

『日本領・馬毛島の地主が政府と折り合わず「島を中国に売る」』
2012年11月06日07時00分

「鉄砲伝来の地、鹿児島県の種子島。その種子島の西方、12キロメートルの東シナ海上に浮かぶのが馬毛島である。島から人の姿が消えてほぼ半世紀。歴史から取り残されたようなこの島を巡って所有者と防衛省の攻防が続いている。きっかけは、所有者が「この島を中国に売る」と言い出したことだった。

島の名の由来は、ポルトガル宣教師たちが鉄砲とともに渡来させた馬を養っていたことだとされる。ニホンジカの亜種で同島にしかいないというマゲシカを除けば、行き交うのは島を開発するショベルカーぐらいだ。

無人島としては国内で2番目に大きい周囲16キロメートルの同島がいま政府関係者の関心を集めている。発端は、島を99.6%%所有する採石販売会社「立石建設工業」会長の立石勲氏のこんな発言が政府に伝わったからだった。

「中国の企業が何社か接触してきている。日本の対応次第では売ってもいい」

立石氏がこう漏らすようになったのは今年に入ってからだという。後述するが、立石氏はこれまでも島を巡り、政府とやり合ってきた経緯があった。防衛省関係者が語った。

「それまでは、本意ではないだろうと高を括っていたんですが、8月の尖閣諸島騒動で事態は一変した。馬毛島の周辺には佐世保や沖縄などの米軍基地があって地政学上、非常に重要な場所です。ここを本当に中国に取られたら国防上、危機的な状況に陥ると省内で危ぶむ声が高まってきた」

馬毛島は過去、幾度となく米軍によって軍用化が検討されてきた。まずは2008年、米軍厚木基地の空母艦載機の夜間離着陸訓練(NLP)の候補地として馬毛島の名前が浮上した。防衛省は水面下で調査検討したものの、訓練区域の一部に屋久島が入ることから自然環境に配慮して断念した。

続いて民主党として初の政権を担った鳩山内閣を瓦解させることになった米軍普天間基地の移転問題。その鳩山由紀夫元首相が移転先の「腹案」として徳之島を挙げる前に、閣内で最初に検討されていたのが馬毛島だった。これも結局、沖縄本島から遠いことで立ち消えになった。しかし鳩山首相は当初賛成の意向だったといわれる。

また、昨年6月の日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)でも米軍による空母艦載機発着訓練(FCLP)の候補地として取り沙汰されている。近年、日米政府間では、日米安保の要衝と見られてきた。

そこに、中国は食指を伸ばしてきた。

「立石氏に交渉を持ちかけてきたのは、上海の不動産開発会社と同じく上海のリゾート開発会社の2社です。両者とも、中国当局の息のかかった企業とみて間違いない」(防衛省関係者)

離島とはいえ、尖閣諸島とは異なり、“本土”に等しい場所である。防衛省内で立石氏の発言を軽視する人間はいなくなった。

ここまで重要になった馬毛島だが、元々立石氏に馬毛島購入を勧めたのはたまたま知り合った防衛省幹部OBだったという。そのOBは馬毛島が将来的には日本防衛の有力な基地になると語った。そして、立石氏は自ら率先して住民票を馬毛島に移し、資材を投じて滑走路建設に着手した。投じた金額は150億円にも上る。

そして、2008年、立石氏は日本政府から内々にある申し出を受ける。

「馬毛島を日本政府に譲渡してほしい」

立石氏は政府からの申し出に、「譲渡ではなく貸し出しならば交渉してもいい」と回答したという。事情を知る関係者が語る。

「これまで島内の整備にあたって立石さんは一銭の補助も受けていない。投資額を回収するために、できるだけ政府からお金を引きだそうとしたんです」

 日本政府側、つまり防衛省と立石氏とのやり取りは内々に続けられた。だが、買い取りを要求する防衛省側と、貸与を主張する立石氏側の溝は埋まらなかった。

どこかで聞いたことのあるやり取りではないか。尖閣諸島の地権者と日本政府との間で繰り広げられた交渉の雛形が馬毛島で行なわれていたのである。

状況が切迫していた尖閣諸島の場合、日本政府は地権者の言い値で買い取ったといわれる。けれども、馬毛島は違った。日本政府が高値で買い取るはずと踏んだ立石氏の読みは外れてしまう。

2009年、政権が自民党から民主党に変わると、前述したように普天間基地の移設先として馬毛島はさらにクローズアップされた。当時、取材に当たった大手紙記者の話。

「今回ばかりは交渉が成立すると思われた。防衛大臣(当時)の北澤俊美氏が自ら立石氏との交渉にあたったからです。北澤氏は防衛官僚がいやがる交渉の矢面に立ち、具体的な金額提示まで行なった。立石氏もいったんは売却に気持ちが傾いたようです。しかし、その金額は150億円も島に投資した立石氏側の希望と余りにかけ離れていた。明らかにされてはいないが、50億円にも満たない金額だったようだ」

尖閣問題によって日中が衝突した後、国防問題への関心が日増しに高まっている。現在では再び、「賃貸でなければダメだ」と言い出した立石氏と、防衛省との水面下の交渉が続いているという。

そんな中での中国企業からの立石氏へのアプローチに、防衛省は肝を冷やしている。

「立石氏は、途方もない私財を投じているため、いつ中国側に売り渡してもおかしくない」(防衛省関係者)

現在では、防衛省内部に秘密裏に〝馬毛島対策室〟ができ、立石氏サイドの動きを逐一チェックしているという。

ある防衛省幹部が嘆いた。

「外国企業が離島を買うとなっても法的に禁止することができません。さらに問題なのが日本の法体系の中には買った土地に対する禁止条項がないこと。個々の自治体による行政上の制約はあるが、安全保障上の規制ではない。

例えば通信施設が作られたとしても、国として強制的に立ち入り調査することはできないんです。外国企業に島を買い取られた場合、島を日本の監視下におくことは現実的に難しい」

日本政府としては、国防上の綻びを露呈してしまった恰好となった。尖閣諸島だけでは終わらぬ日本の問題がまだそこにある。

※週刊ポスト2012年11月16日号」

中国科学院「スモッグから致死性の物質」
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一昨日から、ちょっと筋肉痛…いやギックリかも

2013年03月17日 15時17分38秒 | 日記
水泳が好きで、近くのスポーツクラブに通ったりしています。

あれやこれやを考えながら、

ぼーっと泳いでいると、

すぐに一時間ぐらいは経過するのですが、

行ったり、行かなかったりの不規則が良くなかったようで、

一昨日から、腰が…大変。


こちらも大変です。

深刻な内容ですので、

先ずは(2)からご覧下さい(と言っても、私の上げた動画ではありませんが)

2/3【討論!】中国の「日本直接・間接侵略」の実態[桜H24/11/3]


今日も泳ぎに行ってやるわ!

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対中戦略の陥穽(一)

2013年03月17日 15時17分38秒 | 日記
昨年9月に日本政府が尖閣を国有化して後、中国は、日本国内のこの行為に対して激しく反発しました。この反発激化の影には、政権交代を控えた権力闘争に、この問題が利用されたという側面があります。

尖閣購入後の中国でのデモの様子は、以下の様な物です

9月10日 日本政府は「尖閣購入」を閣議決定。
9月11日 地権者と売買契約を締結
9月13日 中国の国連大使陳宝東は国連の潘基文に、尖閣諸島の海図(海基線)を提出。
     (国際公約・海洋公約に従っていることを、世界に示す事が目的。国連はこれを受理)
9月15.16日 中国各地で反日デモという名の、打ち壊し、窃盗、焼き討ちが発生。
9月19日 当時副主席だった習近平は、訪中した米国のパネッタ国防長官と会談し日本軍国主義は
      米国を含むアジア太平洋国家に大きな傷を与えた」としたうえで、日本政府の
      尖閣諸島国有化について「日本の一部政治勢力は(歴史を)反省せず
      茶番を演出した」と批判。
9月28日 中国の楊潔篪外相は27日夜、ニューヨークの国連総会で一般討論演説を行い、尖閣諸島は
      戦後「カイロ宣言」や「ポツダム宣言」に基づいて中国側に返還されたと強調。
      日本政府による国有化は世界の反ファシズム戦争の勝利に対する公然たる否定であり、
      戦後の国際秩序と国連憲章に対する重大な挑戦だ」との主張を展開。
      中国の正当性を強調した。

その後、中国側は、日本の領海・領空に侵入を繰り返し、昨年末には、習近平は全軍の待遇の­向上および褒賞の条例改定も承諾し、一回の作戦の奨金が数億元とも報じられました。更に、鳩山氏の訪中の前日14日に、中国­解放軍総参謀部は、"2013年全軍軍事訓練指示"を公布し、解放軍と武装警察部隊に対­し、戦争意識と戦争準備の強化を指示しました。これは、日本での、中国側の領海侵犯に関して、或いは、日米合同の離島奪還訓練等が報じられたのとは次元の違う内容でしたが、私は、中国側も、戦闘の意志は無かったのではないかと思っています。

中国共産党は、国民党との戦いに勝ち、力により政権を樹立しました。共産党政権は、軍事力によって支えられています。ですから尖閣問題も、軍部と習新体制との連携を強める為に利用したのではないかと思います。新政権の眼前には、汚職・格差・財政・環境問題等を始めとする国内問題が山積しています。この様な状況で、日本との会戦という事になれば、中共は、一気に瓦解しかねません。尖閣についての会戦は、日本よりも寧ろ中共にとって危険な行為です。

一方、米国は、

9月12日 リビア・ベンガジで起きた領事館襲撃事件で、駐リビア米大使が殺害される。
      (ジャスミン革命以降、独裁政権が倒れ、各国政権は不安定な中で、
      チュニジアでは米国学校が放火され、スーダンでは米国レストランが焼かれ
      リビア・エジプト等でも反米の嵐。
9月19日   訪中した米国のパネッタ国防長官は、習近平国家副主席に対して
      「両国の話し合いによる平和的な解決を望む」とした上で、
      尖閣は日米安保条約の適用範囲内と直接説明「アメリカは安全保障条約の責任がある」と。
      仮に軍事的な衝突に発展すれば、アメリカも関与せざるをえないという認識を伝えた。

「安保は適用、交渉は当事者間で」という回答でしたが、米国は尖閣沖で戦闘のできるような状況ではありません。同様に中国側も、3月に入れば、第12期全国政治協商会議第1回会議が3日に、第12期全国人民代表大会第1回会議が5日にそれぞれ北京で開幕し、習近平体制が始まります。ですから、それまでには、習近平の面子が保たれ、軍部が納得し、米国が望むような回答を出す必要があります。

そこで、習近平周辺は、ぎりぎりまで輿論を煽り、軍との連携を強め、最後に、日本側に謝罪させれば、中共の面子は保たれる、と考えたのではないかと思っています。

本年1月、三組の日本要人が中国を訪問し、時を同じくして、レーザー照射事件が起こりました。この三組は、一見ばらばらに訪中したように見えて、皆、同じ目的で動き、同じ発言をしました。中国側に誤算があったとすれば、それは、レーザー照射事件が、日本側で大問題になった事です。

1月に起こったレーザー照射事件は以下の通りです。

1月19日、   中国フリゲート艦が海自ヘリに対して、火器管制レーダーを照射した疑い。
1月30日10時頃、中国海軍「ジャンウェイ2級」フリゲート艦が、東シナ海の公海上で日中中間点の
        日本側(尖閣諸島北方百数十キロ)において護衛艦「ゆうだち」に
        火器管制レーダーを照射。

また、三組の要人と、滞在の日程は次のような物です。

1月15日(火)~18日(金) 鳩山由紀夫 元首相
22日(火)~25日(金) 公明党 山口那津男 代表
28日(月)~31日(木) 日中友好協会名誉顧問 村山富市 元首相
              加藤紘一 元自民党幹事長

19日は、鳩山氏の帰国の翌日ですし、30日は、村山・加藤両氏の帰国前日です。

先ず、三組の日程について、鳩山元首相と山口代表は、火曜日から金曜日にかけて、村山元首相と加藤元幹事長は、月曜日から木曜日にかけて、三組とも四日間の日程で中国を訪問しています。土・日を除いて、1月の第三週目から四週目・五週目と、中国の要請とは言いながら、日本の要人が毎週のように訪中していた事になります。

これについて、中国の報道では、例えば、村山氏の訪中の時には、「1月28日、日本の村山富市元首相と、元自民党幹事長である日中友好協会の加藤紘一会長が北京に到着し、4日間の日程で訪問を行った。これは、この半月の間で第3陣となる日本の政界要人、連立政権要人による訪中となる。これに先立って、鳩山由紀夫元首相、山口那津男公明党代表一行も相次いで訪中していた。」と、日本側が、関係改善のために特使を次々と送り込んでいると報じています。

中国人は面子を重んじます。中国共産党に善し悪しがあるとしても、中国を発展に導いた原動力は、中国人であるという面子です。上記の三組の中で二人の首相経験者は、中国の意図に添って、謝罪外交を展開し、一人の首相特使は、滞在中の四日間の間、中国の嫌がらせに遭い面子を失いました。


一、鳩山首相の場合(15日~18日)

鳩山氏の外交と言えば、例えば、12年4月当時、日本政府は、核開発を進めるイランに対して欧米諸国と連携して圧力を強めようとしていました。ところが、鳩山氏は、当時の野田首相や玄葉外相の反対を押し切って、元首相で党外交担当最高顧問という肩書きでイランを訪問しました。ですから、今回も単独で、中国側の要請に従って訪中した可能性が高いと思われます。イラン訪問後に、鳩山元首相が「国際原子力機関(IAEA)は公平ではない」と述べたとイラン大統領府が発表し、鳩山氏の発言を、イラン政府が政治利用する形となったのと同様に、中国は、「尖閣は係争地」と言わせたのではないかと思っています。

鳩山氏は15日、「中日友好協会」会長の唐家璇(とうかせん)元国務委員と北京市内で会談、「産経新聞」によれば、両国間で対立が深まる沖縄県・尖閣諸島をめぐり意見を交換しています。

翌日16日には、賈慶林(かけいりん)全国政治協商会議主席と会談し、その様子は、晩七時のニュースで全国に放送されました。その時の会見の様子について、CCTVは以下の様に伝えています、

賈慶林會見日本前首相鳩山由紀夫


男性アンカー:全国政協会主席 賈慶林は、16日人民大会堂において、日本の前首相 鳩山由紀夫と会見しました。

女性アナウンサー:
賈慶林は、「中日は互いに重要な隣国であり、深く広範囲にわたる相互交流と利益の融合がある。両国が平和と協力の路を歩むことは、両国と両国人民の根本的利益に合致し、この地域と国際社会からの期待に合致することでもある。中国側は、対日関係の発展を重視しており、中日間で取り決めた四つの政治文書が確定する原則に立ち、歴史を鑑とし、未来に向かう精神で、引き続き両国の戦略的互恵関係が推進されてゆく事を願っている。双方はじっくりと対話をし、釣魚島(尖閣諸島)等の問題上に存在する立場の違いを適切に処理し、両国の関係が健全に安定して発展するよう推し進めるべきだ。」と述べた。

鳩山は、「日本の発展には中国の協力が必要だ、日中両国は手を携えて協力し、共同で環境保護、エネルギー等の世界的な課題に対応し、東アジアの協力を推進させるべきだ。歴史を鑑とし、未来に向かい、対話を通じて現在直面している困難な問題を適切に解決し、日中間の四つの政治文書の基礎に立って、日中の戦略的互恵関係を推進させることに賛同する。」と述べた。

報道は、此処までです。

「四つの文書」とは、

72年の「日中共同声明」、
78年の「日中平和友好条約」、
98年の「日中共同宣言」、
08年の「日中共同声明」の事です。

「日中共同声明」の中に、
「三、中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。 」という一文があり、この中の「ポツダム宣言第八項」というのが、「八、「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルヘク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ」と、日本の主権は、本州、北海道、九州、四国及び「我らが決定する諸小島」に限定する、と書かれているのを根拠に、中国側は、尖閣諸島を中国の領土と主張しています。会話中の「歴史を鑑に」というのも、同様の意味です。

しかしながら、敗戦後の日本に対する処理方針を決定した条約には、カイロ宣言(1943年12月)・ポツダム宣言(1945年7月)の他に、サンフランシスコ講話条約(1952年4月)があります。その、講和条約の第三条には、

「日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。」

として、「合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする」と書かれており、これらの地域は、一時、合衆国の信託統治下に置かれ、その後、沖縄の返還と共に、尖閣も日本に返還されました。また、当時中国は、米国の信託統治に反対して、尖閣は日本の領土であるとする声明を発表していました。「歴史を鑑に」してほしいのは、中国の方です。


福建庁

さて、鳩山元首相が賈慶林と会見したのは、人民大会堂の「福建庁(福建の間)」です。部屋の正面には、福建の名勝 武夷山を題材にした『武夷之春(ぶいのはる)』という壁画が掛けられています。指導者が会談の時に使うので、人民大会堂の中で、最も露出の高い部屋として知られています。また、この部屋は歴史的な場所で、1971年9月12日、林彪が逃亡した時、周恩来がここで夜通し対策を練り、1982年9月24日には、小平とマーガレット・サッチャーが、この部屋で会見し、香港返還について討論したと言われています。2005年4月29日には、胡錦濤が台湾の国民党主席 連戦(台湾独立に反対)と会見しています。(本年2月26日、胡錦涛国家主席は人民大会堂で再び、国民党の連戦名誉主席と会談しました。)

当日の会談の内容について、「産経新聞 電子版」は、次の様に伝えています、

「「個人の立場」で訪中している鳩山由紀夫元首相は16日、北京で賈慶林全国政治協商会議主席、楊潔篪(ようけつち)外相らと会談した。終了後、記者団に対し、沖縄県・尖閣諸島について日中間の「係争地」との持論を伝えたことを明らかにした。

鳩山氏は「日本政府は『領土問題は存在しない』というが、歴史を眺めれば分かる話だ。今係争が起きていることは事実で、お互いに認めることが大事だ。領土問題は存在しないと言っていたら、いつまでたっても答えは出ない」と述べ、日本政府の見解を真っ向から否定した。「棚上げ論」についても中国側の主張におもねった…。」『訪中の鳩山元首相 外相らに尖閣は「係争地」と発言』(2013.1.17 00:43 )

文中の楊潔篪外相は、尖閣諸島が、「カイロ宣言」や「ポツダム宣言」に基づいて中国側に返還されたと主張している人物です。

翌17日は、中国側の招待で、江蘇省南京市の「南京大虐殺記念館」を訪問しています。日本の首相経験者が同記念館を訪れるのは、海部俊樹、村山富市元首相に続いて三人目です。



こうして鳩山氏の訪問は終了しました。中国側は、鳩山氏に対して表面上は礼儀を尽くしていました。しかし、鳩山氏は首相経験者でありながら、会見したのは胡錦濤でも温家宝でも習近平でもなく、賈慶林政治協商会議主席と楊潔篪外相だけです。中国指導部に添った発言内容をCCTVで放送され、尖閣諸島を「係争地」発言、中国側の招待は「南京大虐殺記念館」で、中国側の宣伝にめいっぱい利用されました。氏の帰国の翌日、中国フリゲート艦から海自ヘリに対して、火器管制レーダーを照射された事が事実とすれば、鳩山氏の訪中は、意味が無かったばかりか、却って悪い結果を招いた事になります。


二、村山・加藤両氏の場合(28日~31日)

村山・加藤両氏の訪中については、与党から自民党の副幹事長中谷元氏・公明党の富田茂之氏が同行しているようですので、与党内に中国との関係改善の希望があった事、並びに、それは、村山・加藤両氏の意向に添った関係改善の形であった事を示しています。

村山・加藤両氏が北京に到着すると、「CCTV13」は、早速、28日午前のニュースで伝えました。

《新???》日前首相村山富市今日起?中国?行??


女性アナウンサー;
日本のメディアの発表した日程によれば、日本の前首相・日中友好協会名誉顧問の村山富市、及び、当該協会会長・自民党前幹事長加藤紘一は、本日、共に来華しました。今回の訪問は、中日友好協会の招請に応じた物で、自民党の副幹事長中谷元、公明党の代理幹事長富田茂之も同行しています。訪中団は、中日友好協会会長の唐家璇(とうかせん)等と会談する予定。日本のメディアによれば、村山は今回、釣魚島(尖閣諸島)問題で対立している日中関係を改善するための、突破口を探すために訪問しました。

報道は、此処までです。

28日午後からは、北京の釣魚台国賓館(こくひんかん)で、中日友好協会の唐家�模会長と会見しました。釣魚台国賓館は、中華人民共和国成立十周年を記念した「十大建築」の一つで、文化大革命下では、江青が自身の住居として使用していました。現在は、六者協議などの外交舞台ともなっています。迎賓館としても使われており、一般客も宿泊可能ですので、村山・加藤両氏に対する配慮と、テレビ取材なども受けやすいように、この場所が選ばれたのではないかと思われます。但し、村山氏は首相経験者でありながら、鳩山氏のように中国要人と人民大会堂で会見することもなく、公式には、民間の交流として、唐家璇氏とのみ会見したようです。



釣魚台国賓館

日本の訪中団の様子については、例えば「第一財経日報」電子版は30日早朝に、以下の様に伝えています、

「もし、28日から来華している日本の前首相村山富市を勘定に入れるなら、2013年に入ってから、日本の政界からは前首相鳩山由紀夫、連立与党公明党党首の山口那津男等、多くの要人が、前後して来華した、この現象は、ある程度、日本の社会が両国の関係改善を渇望している事を反映している。

中国外交部報道官 洪磊(こうらい)は29日の定例記者会見の席上、日本の要人が集中して来訪している事に対し、中国側は、日本の政府と民間の各政党・友好団体と、一貫して正常な交流を維持してきた。これは双方の結びつきを強め、適切に問題を処理し、両国関係の健全な発展をはかるのに有益だ、と表明した。

"目下、中日関係は依然として困難な局面に直面しており、我々は、日本側が中国側と同じ方向を向いて進み、適切に管理して問題を解決し、中日関係を、できるだけ早く正常に発展してゆく状態に戻すことを希望している。"と洪磊は述べた…。

今回、来華した二名の前首相は、日本の"対中友好派"の代表的人物と言える。

村山富市は1994年6月から1996年1月まで日本の首相に就任した。1995年8月15日は、第二次大戦終結50周年の記念日で、村山は日本政府を代表して声明を発表し、戦時中 日本が侵略して植民地にした国家と人民に対し、正式に謝罪を表明した、この声明は所謂"村山談話"と呼ばれ、並びに、その後の関係問題に関する政府筋の正式な立場となり、現在まで踏襲されている。

鳩山由紀夫は嘗て民主党を率いて2009年9月の選挙で、長期執政党であった自民党に勝利し、政権交代を実現した。鳩山は就任後、周辺国家との関係強化を主張し、"東アジア共同体"構想を打ち出し、日本の対米"一辺倒"だった戦略から離脱させた、しかし、最終的には沖縄駐留の米軍普天間基地の移転問題、及び、自身の政治資金問題によって、任期9ヶ月に満たず、暗然と辞任した。

指摘するに値すると思うのは、村山・鳩山二名の前首相に比べて、自民党の盟友である公明党の山口の来訪は、更に現実的役割があり、指標的意義を備えている。中共中央総書記習近平は25日山口との会見で、中国側の釣魚島の問題についての立場は一貫して明確であり、日本側は歴史と現実を正視し、実際の行動を以て、中国と共に努力し、対話を通じて協議し、適切な管理と制御の方法、及び、問題を解決する有効な方法を探し出すべきと強調した。

山口は習近平との会談中、日本の首相安倍晋三の親書を手渡した。安倍は親書の中で、日中関係は最も重要な二国関係の一つであり、両国はアジア太平洋地域および世界の平和と発展に対して共に責任を有しており、大局的観点から出発し、日中の戦略的互恵関係を前向きに推進させて行きたい、と表明している。

山口が帰国すると、安倍は彼から習近平との会談の状況についての報告を受けた、山口がメディアに語った所によれば、安倍は今回の会談について高く評価したという。安倍は、今後は両国の政府と政権与党が対話を継続し、日中関係を改善するという願いを表した。釣魚島問題に対して、山口は、安倍は彼に対して"重要なのは両国間の対話を継続させることだ"と語ったと述べた…。」『"遣唐使"頻りに至り 中国側はなお日本側が共に歩むのを期待する』(2013年01月30日 02:29)

また、中国駐日本国大使館の発表によれば、1月29日の中国外交部洪磊報道官の定例記者会見では、

「問:村山富市元首相は1995年に歴史問題について談話を発表した。中国はこの談話をいまも重視しているか。日本の新政権が関係の問題で態度を変えたら、中国はどのように反応するか。

答:日本軍国主義の侵略の歴史を正しく認識し、対処することは日本が国際社会、特にアジアの近隣の理解を得るための重要な前提である。「村山談話」は過去の侵略と植民地の歴史についてのアジアの被害国の人民に対する日本政府の厳粛な態度表明であり、約束である。日本は歴史問題に対し、責任ある態度を示し、アジア人民の感情を尊重すべきだ。われわれは日本が歴史を鑑とし、関係の問題を適切に処理することを希望する。」と述べられています。

さて、帰国の前日、1月30日に村山氏は「CCTV13」の取材を受け、その様子は翌日の31日に中国全土に流れました。流れたのは以下の映像です。長い映像ですが、村山氏の話す日本語の部分のみ、最後までご覧下さい。

?球?? 20130131 ??日本前首相村山富市.mp4


「男性アンカー:本日、日本の前首相であり、日中友好協会名誉顧問の村山富市が、四日間の期限の訪問を終えて帰国しました。村山富市は、鳩山由紀夫、山口那津男に続き、この半月の間に、三番目に来訪した日本の要人です。昨日午後、我々の取材を受けました。日本の政界に影響力のある前政界要人として、村山富市は、現在の差し迫った中日情勢に対して、どの様な見解を持っているのか、中日間の対話を開くにあたって自信はあるか、当時、村山談話はどの様に誕生したのか、現在、また(村山談話は)どの様な現実的意義があるのか、引き続き、私の独占インタビューをご覧下さい…。」

今回、村山氏は、中国側の主張の通り「歴史を鑑」とし、日本が侵略戦争の過ちを認めているという宣伝をしました。中国が村山氏を利用しているというよりも、村山氏は始めから、中共のよき協力者です。村山氏の発言を借りるならば、謝罪の目的は日中友好になりますが、非常に矛盾した言動であると言わざるを得ません。

これまで、中国共産党は、政策に失敗し政権が危うくなる度に、日本の戦争責任を追及し、排日運動や愛国運動で政権を維持してきました。日本に勝った、或いは、日本に謝罪をさせた事で、中共の面目は保たれてきました。「村山談話」はその様な中共の政権維持に、非常に役に立ったと思われます。

日本の謝罪が中共の政権基盤を支えている以上、中共の政権が危うくなる度に、日本が支払った賠償金や謝罪に関係なく、再び、排日運動が起こる事になります。しかも、中共の政権基盤が揺らげば揺らぐほど、排日運動は酷くなりますから、謝罪外交を続ける限り、日中間の状況は悪化の可能性をはらむ事になります。また、今回の三組の訪中で、日中の関係が良くなったように見えても、それは結局、予定されていた物であって、村山氏の訪中の影響は、少ないように思います。

この取材の行われた当日の午前10時頃、中国海軍「ジャンウェイ2級」フリゲート艦が、東シナ海の公海上で日中中間点の日本側(尖閣諸島北方百数十キロ)において、護衛艦「ゆうだち」に火器管制レーダーを照射しました。この様な事をすれば、中国側の計画が台無しになりますので、習近平が命令したとは考えにくいのですが、私は、習近平と村山氏に責任があるのではないかと思っています。
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この一週間というもの

2013年03月17日 15時17分38秒 | 日記
皆さん今晩は、

実は私、この一週間というもの、

資料探しをしていたのですが、

見つかりませんでした。

困ったものです。


もっとも、その御蔭で、

余計な事を、ブログに書かずに済みました。

不幸中の幸いでした。

PM2.5大気汚染 中国の謎の実態

アップロード日: 2011/12/05

予定通り、

山口代表の先月の訪中について、

考えたいと思います。

っと、その前に、一回だけ漢字の話を。
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漢字の話(「パククネ」って漢字で書けますか?)

2013年03月17日 15時17分38秒 | 日記
今日、パククネ氏(61)が大統領に就任したと報道各社が伝えました。女性初の大統領で、任期は五年だそうです。

ところで、漢字の話です。カタカナ・ひらがな・漢字に限らず外国語でも、それが文字であるからには、読めて書ける、と言うのが原則です。以下の文字は、新聞紙上で漢字の上に韓国・朝鮮語の音でルビがふられていた物です。漢字は、思い浮かぶでしょうか?

1.マンギョンボン
2.パククネ
3.ヨンピョンド

これらの漢字は、それを発信する報道各社でさえ、すらすらと書ける人は少ないのではないでしょうか。

例えば「マンギョンボン」、これだけでは何の事か判りませんが、漢字で表記するなら「万景峰(ばんけいほう)」です。この様に書けば、大多数の日本人は、見晴らしのきく山の頂上を連想します。これは、平壌(へいじょう)郊外にある「万景峰」という山の名です。

「パククネ」、この人物の名前を漢字で書くと「朴槿恵(ぼく きんけい)」となります。「槿(きん)」とは「槿花(きんか)」むくげの花の事です。半島にはむくげが多いので、古来より、朝鮮の別名を「槿域(きんいき)」と言っています。また、むくげの花は、朝咲いて夕方にはしぼむので「槿花の心」と言うと、変わりやすい心、「槿花一日の栄(いちじつのえい)」というと、しばしの栄華と言う意味になります。カタカナのみで「パククネ」と表記するのも一つの方法ですが、人名ですから、矢張り、漢字表記を使い、意味も押さえておくのが良いと思います。そうして、漢字表記であれば、「朴槿恵(ぼくきんけい)」と、日本語音で覚えた方が、遥かに記憶に残ると思います。

「ヨンピョンド」、「ド」はなかなか「島」とは結びつきませんので、何の事か想像しにくいのですが、漢字で書けば「延坪島(えんぺいとう)」です。「坪(へい)」とは、平らな土地の事ですから、平地が多い島なのかしらと想像します。本当の所は知りません。この島は、北朝鮮と韓国との軍事境界線(北方限界線)近くにあることから、2010年11月23日に、朝鮮人民軍と韓国軍による砲撃戦が起こり、両国間で緊張が高まりました(延坪島砲撃事件)。

「文字体系というものは、そう簡単に人工的にいじることはできないので、長らくの民族的経験といいますか、その集積によって現代に至っているわけで、それを一気にこれに変えてしまえと、合理的な理論というのを持ってきても、実はやってみたらそれは非常に不合理なのです。」山本七平著『漢字文化を考える』より。

漢字は、日本人が先祖代々受け継ぎ、子々孫々に伝えなければならない道具です。道具は大切に、正しく使い、できるだけ良い形で、次の世代に残すべきです。


さて、私は以前、このブログで「山東省」が「サントンしょう」と誤って読まれている事について、

日本語音なら「さんとうしょう」
中国語音では「shan dong sheng(シャン ドン シャン)」の音で、

どちらからも「サントン」の音は出て来ない事に触れました。そもそも、「山東省」の「山東」とは、春秋時代に、太行山(たいこうさん)以西の国家が、太行山 以東の地域を「山東」と呼んでいた事に始まります。「山東」とは「山の東(やまのひがし)」という意味です。

同様に、「山西省」は太行山の西なので「山西(省)」ですし、黄河の北なので「河北(省)」、南なので「河南(省)」、洞庭湖(どうていこ)の北なので「湖北(省)」、南なので「湖南(省)」です。「山東省」は、どう考えても「サントンしょう」とは読めません。

しかし、現在でも「サントンしょう」と発音する番組がながれていますので、「サントン」がどこから出てきたのか、テレビ局に電話をしてその根拠を尋ねてみましたが、何処に掛けても明確な答えは帰ってきませんでした。「山東 サントン」という名の中華料理店がありますが、それだけで、世間に広まるとも思えません。「サントン」の出所は、依然として不明です。

ところで、私は最近、数名の中国人と話す機会を得ました。彼女達は、恐らく創価学会の関係者で、日本人と結婚して帰化している人々です。その彼女達が、皆、「山東省」を「サントンしょう」と発音していました。理由は、聞かなくても分かります。「さんとうしょう」と発音できないのです。

日本人でも、英語を習う場合に「r」と「l」の発音が難しく、例えば、米国でマイケルジャクソンの「Thriller」のアルバムを買う時に、なかなか通じなかった、と言うような話を聞いたことがあります。同様に、中国語を習うときにも「n」と「ng」は、区別できない発音の一つです。

中国人が日本語を話す場合にも苦手な発音があります。子供が「おやつ」と言えずに「おやちゅ」と言ってしまうように、或いは、「Thriller」と発音しているつもりでも「すりらー」となってしまうように、「さんとうしょう」と発音しているつもりでも「サントンしょう」になってしまっている。彼女達の話を聞いているうちに、私の中には、ひょっとして「サントンしょう」の出所は、学会の関係者が、彼女達のような発音を根拠に流したのが始まりではないか、と言う疑いが浮かんできました。発音しにくいからと言って、「おやちゅ」や「すりらー」に変える事はありませんので、「サントン」は甚だしい誤りである事になりますし、この様な誤りは日本の漢字文化を破壊しかねません。

まあ、証明する事は出来ないのですが、「サントンしょう」は間違いですので、辞書に従って「さんとうしょう」と読むのが、一番正確と思います。

【時事コント】新常務委員7人の「江南スタイル」


これは、「新唐人」が、韓国で流行した「江南スタイル」という曲を用いてコント仕立てにした物ですが、この中で、報道官役の人物は、「江南」を中国語音で「jiang nan(ジャンナン)」と発音しています。また、金正恩も「jin zheng en(ジンジェンエン)」と発音しています。それが、正常な漢字の使われ方だからです。
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毛の戦友達の子孫 資本主義の新貴族となる(終)

2013年03月17日 15時17分38秒 | 日記
・名門校

陳元の子供達が成人すると、彼は、彼が1998年から運営している国営銀行(中国開発銀行社)の拡張に着手した、其の資産は一兆を越えていた。

彼の息子 陳小欣(ちんしょうきん)、別名Charlesとして知られる人物は、マサチューセッツのコンコードアカデミーを卒業後、コーネル大学に進学し、続いてスタンフォード大学の経営管理の修士号を取得した。彼は香港のCitigroup(花旗)に務め、その後、アバックス・グローバル・キャピタル(Abax Global Capital Ltd)に務めた、プライベート・エクイティの会社だ。

彼の妹 陳暁丹、別名Sabrinaは、マサチューセッツ州のテイバー校に進学した。寄宿学生の年間授業料は、およそ5万米ドル。彼女は卒業後、ノースカロライナのデューク大学に進学し、最終的にハーヴァードでMBAの学位を取得、学校の記録によれば、今年卒業している。


・陳暁丹(Sabrina Chen)

彼女はニューヨークのモルガン・スタンレー(Morgan Stanley)に務めていたが、今年に入り、ヨーロッパのプライベート・エクィティであるパーミラ・アドバイザー(Permira Advisers LLP)が、香港で彼女を雇った。パーミラは昨年、彼女の父親が運営する中国開発銀行との提携に署名をした。二つの会社は、中国での投資の機会を追求し、欧州での展開を願う中国の会社を支援する事で同意した。

陳暁丹(ちんぎょうたん)の雇用については、現在、利害関係は存在せず、もし衝突が生まれても、会社は投資家の最大の利益に従って管理する、とロンドンに拠点を置くパーミラの女性報道員は電子メールで答えた。陳暁丹は、彼女のオフィスへの電話での取材に対して、答えなかった。

中国開発銀行は、まだパーミラと共に何の業務も行ってはいない、何故なら陳暁丹は"まだ就職して一ヶ月が過ぎたばかりで、彼女は、利害関係を構成するような業務活動に携わっていないからだ"、と銀行は12月14日にファックスで回答した。

しかし、少なくとも一人の投資家は、八老の家族関係を知らないと面倒に巻き込まれる、という事を発見した。


・"何かを知らなかった"

イヤミ・オショディ(Yemi Oshodi)は、当時ニューヨークのヴァラッハ・ベス・キャピタル(Wallachbeth Capital LLC)の総経理だったが、彼は顧客に対して、2011年のハルピン電機(Harbin Electric Inc)の買収反対に賭けるよう促した。買収額の大部分は、中国開発銀行により4億米ドルの融資提供が得られる手はずになっていた。

しかし、オショディによれば、彼は銀行は最終的にこの様な資金提供はしないと信じていた、何故なら、この米国上場の中国電気モーター公司の買収額は、余りに高かった。ハルピン電機の株価は、2011年6月には、一日で50%以上急落し、当時、財務諸表の正確性が疑問視され、空売り筋から攻撃を受けていた。

"私は銀行が無担保貸し付けを行うとは思えなかった"、とオショディは言う。"私はどう考えても、明らかに何かを知らなかった。銀行がこの貸し付けを行うはずがないんだ。"

取り引きは成立した。

オショディが知らなかったのは、家族関係だ。取り引きは、ある程度の部分をアバックス(Abax)が融資した、陳小欣はこのプライベート・エクイティの幾つかの部門の責任者で、それらの部門が取り引きに関与していた。


・拒まれる衝突

もし、アバックスと銀行の経営陣の家族関係を知っていたなら、恐らく他の方向に賭けたはずだ、とオショディは言う。この様な関係は"絶対に公開されなければならない"、と彼は言う。

アバックスの業務執行社員 楊向東(Donald Yang)は、発言を辞退した。中国開発銀行はファックスでの質問に対して、陳小欣は既にアバックスを去ったが、利害関係を構成する業務に未だ嘗て関与した事は無い、と答えた。ハルピン電機は、我々が送った電子メールの質問に回答しなかった。

39歳の陳小欣は、我々が北京の彼のアパートに残した質問に応じなかった、彼のアパートは中国開発銀行の本部の2ブロック北に位置している。ワシントンの米国証券取引委員会は、ノーコメントだった。

家族関係の威力を理解する事は重要だ、作家のハウィーは言う。彼は嘗てシンガポールに拠点を置く、CLSAアジア・パシフィック・ マーケッツの総経理だった。

"市場を匿名にしないよう改革すべきだ"と彼は言う、"彼等にとっては、貴方が誰と商取引をしているか、判っている事がより重要だ。"


・離岸投資(Offshore Investments)

中国の新貴族の富と人間関係は、しばしば厳しいプライバシー規制の下、沖合に隠される。

葉静子(しょうせいし)は、伝説的な解放軍元帥 葉剣英(しょうけんえい、人民解放軍創立者の一人、四人組追放と小平の復権に尽力した)の孫であり、王震将軍の孫 王京陽の妻でもある。ミス・ワールド美人コンテストの中国開催、上海市内での組織的な自動車レースの開催をもたらした。

※2010年、第60回ミスワールドに、大本命だったミス・ノルウェーでなく、ミス・アメリカが選ばれたのは中国の圧力?!というニュースが世界を駆け巡った。中国とノルウェーといえば、ノーベル平和賞を中国の民主活動家、劉暁波氏に与えた後、関係が急激に悪化したが、10月30日に中国南部のリゾート地、海南島で行われたミスワールドでは、中国側から選考委員に「ミス・ノルウェーは低い点に抑えるよう」露骨な圧力がかけられた、という。《結果、ミスワールドには米国代表のアレクサンドリア・ミルズさん(18)が輝き、今大会の本命だった“ゴージャス”なミス・ノルウェー、マリアン・バークダルさん(23)は5位にも入らなかった》。ミス・ノルウェーは、この数日前に選考委員会から「トップ・モデル賞」を獲得したばかりで、優勝のオッズも3・5倍だったことも憶測を広げる要因となっている(「産経新聞」電子版、2010.11.3)

あまり知られていない事だが、37歳の葉静子は、遼寧星際動力( Liaoning Starpower Engine Co)の会長で、この企業はマレーシアの国有企業 石油大手のPetroliam Nasional Bhd (PCHEM)の提供する技術を使用して、中国東北で、自動車のエンジンを製造する計画を立てている。会社の提出資料によれば、星際動力の唯一の投資家は、英領ヴァージン諸島で登録している。我々は嘗て葉静子に連絡を試みたが、失敗に終わった。ペトロナス(Petronas Chemicals Group Bhd、PCHEM)は、我々の送った電子メールの質問にいまだに答えていない。

太子党の第三代の一部の生活様式は、国際的な富裕階級の潮流…スイス人、英国人と米国の、全寮制学校の時の、彼らの同窓生であった人々の生活に追いついてきている。

2006年、陳暁丹はパリ社交界(Debutante Ball)に現れ、舞踏会のウェヴサイトによれば、ベルギーの王女とイタリアの伯爵夫人と並んで踊った、という。


・資本主義の環境

"現在、これらの子供達は、基本的に資本主義の環境の中で成長しており、彼等は階級差別のないユートピアから最も離れた場所にいる"、と毛沢東の前の通訳である、シドニー・リッテンバーグ(Sidney Rittenberg、中国名 李敦白)91歳は言う。八老が反逆者として国家の支配権を簒奪している頃、彼は八老と共に暮らしていた。

※シドニー・リッテンバーグは、1945年から中国共産党に党員として追随し、毛沢東など指導者と接触。大躍進と文化大革命を批判し、二度逮捕され、計16年間共産党の刑務所に入れられた。昨年、彼の自伝的映画“革命者”(The Revolutionary)が米国で公開された。リッテンバーグによれば、「このシステムの中では最高部の数人が、人々に何を見せ、何を聞かせるかを決めます。彼らは絶対的な権力を持ち、無産階級や労働人民とは全く関係ありません」、と述べた。(新唐人2012年10月11日付ニュース)

第三代の他の構成員、榕(とうよう)の33歳になる娘 卓玥(たくげつ)は、現在、慈善事業に関心を持っている。

先月、彼女は北京で、慈善に関する会議の組織作りを手伝った。高位高官は白いBMWセダンに乗って参加したが、車のドアにはステンシルで"BMW VIP Service"と書かれていた。会議ホールの外のロビーでは、スイス製高級時計ウブロが、16000米ドルで売られていた。ウォーレン・バフェット(※米国の投資家、経営者。世界最大の投資持株会社であるバークシャー ·ハサウェイの筆頭株主であり会長兼CEO、今世紀で最も偉大な株式投資家といわれる)の息子ピーターと、前英国首相トニー・ブレアも来賓の一人だった。


・地上破壊

北京の南西700kmに位置する南泥湾は、政府のウェヴサイトによれば、村民は中国の経済成長に取り残されているので、王震将軍の息子はリゾート村の開発を計画している。一部の人々は、未だに暖房設備もない一間(ひとま)のセメントの家に住んでいる。対照的に、北に40分ほど山路を走ると、近代的な高層建築が山の間から頭を出し始める、延安の町並みだ。70年前、八老はここで毛沢東を助けて反乱軍を組織し、中国国民党の統治を打ち倒した。

二年前、村民は王氏兄弟を幾重にも取り囲んだ、265平方キロメートルの計画規模の工事が始まり、続く王震将軍359旅団の記念博物館も、開発計画には含まれている。延安の老兵の1982年の覚え書きによれば、王震の部隊は"野菜と草の根"をかじり命を繋いだ、という。

"我々は永遠に、南泥湾人民の厚い情誼を記憶に留めたい"、政府のウェヴサイトによれば、王軍は起工式の席上、"我々には、この地区の経済発展に貢献する義務がある。"と語っている。

その公約は、村民に希望を与える物だったが、現在、彼等は計画が進み、新しい仕事ができて現代風の家屋が造られるか、疑問に思っている。

"南泥湾は有名だが、地元には何ももたらしていない"Hui Yanjun(恵厳峻?)によれば、彼は毎月400米ドルの恩給を手にしているが、"以前は、労働者は皆同じだった。歩兵であろうが軍の責任者であろうが、皆同じ物を喰い、起居を共にした。しかし、今は違ってしまった。"、と語る。


・ジャッキー・チェン(Jackie Chan、成龍)

Hui達が生活の変化を待ち望んでいる頃、将軍の孫娘 クレア(Clare)は、ソーシャルメディア・サイト上に、彼女の生活の変化をアップしていた:シドニー大学の建築学科で、設計プロジェクトのために、夜遅くまですし詰めだった事:日本の温泉リゾートで休暇を過ごした事:21歳の誕生日に貰った新しいスカーフ:髪をロイヤル・ブルーに染めた事。

二月に、彼女は映画俳優のジャッキー・チェンと一緒に写した写真をアップした、彼女によれば、これは彼女の絵画展での写真だ。我々が電話でクレアに連絡をすると、彼女は丁寧に取材を断った。彼女は電子メールで、彼女の曾祖父を尊敬しているとのみ答え、他の質問には答えなかった。

12月6日、彼女は、自身に施されたネイルアートをアップした。同日、会社の資料によれば、深玔宝徳尊投資有限公司(Shenzhen Blossom Investment Co. Ltd)は、新任の社長を迎えている、この企業は部分的に、彼女の母 王京京が、オンライン取り引きでの株を所有している。

新任の社長とは誰か?王吉湘という名の人物で、これはClareの中国名だ。」

記事は此処までです。


共産主義者がどれ程耳触りの良い事を並べた所で、親の築いた財産を子供に相続させたいと思うのは、人の親として当然の気持ちです。この記事に登場する八老の子孫達が手にしている富を、この先、正当な所有者である国家に返還するという事など、あるはずはありません。同時に、彼等に富と権力が集中するよう機能する共産主義という仕組みを、彼等が手放すはずもありません。すると、幹部の抱える「公」と「私」との甚だしい矛盾の中で、中国の社会は不安定な方向に次第に傾いて行く事になります。その傾きを抑止する、或いは、共産党政権を長続きさせる目的で、たびたび利用されているのが日本であり、尖閣問題も、その延長線上に発生して来ているのだと思います。迷惑な話です。

【禁聞】大気汚染が拡大 汚染被害を隠蔽する当局


沸き上がる民衆の恨み 元旦から抗議事件頻発
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毛の戦友達の子孫 資本主義の新貴族となる(三)

2013年03月17日 15時17分38秒 | 日記
※忘れそうになりますが、中国は共産党の指導する、共産主義や社会主義を掲げている国だったはずです。


・脱税

"関係のある人々が、80年代に最高の物を手に入れたとしても不思議ではない。"フレイザー・ハウィーは共著《紅い資本主義:中国の驚異的な台頭の背後にある脆弱な財務基盤》の中で、"問題は、20年が過ぎても、公平な競争関係が形成されていない為に、彼等はまだ最高の物を手にし続けている事だ。"と述べている。

1988年まで、国有企業の脱税と、相場で投機をする事は、盛んに行われていた:翌年8月《人民日報》の報道によれば、"五大"企業は政府から調査を受け、罰金を徴収された。その中には、中信公司Citicと中国康華発展総公司(China Kanghua Development Corp.)、康華の数十の子会社と、今年68歳になる小平の息子の樸方(とうぼくほう)が創建し経営する慈善団体も含まれていた。

学生と労働者は、太子党の所有する特権と富の上昇に対して不満を募らせている。小平の切り開いた経済改革は、田舎に活力をもたらした。しかし、都市では相変わらず、人々の働く職場が住居、医療から学校に至るまでを提供していた。1988年、インフレ率は18.8%に達しており、人々の収入を侵食していた。その怒りは、北京の米国大使館にさえ届いていた。


・憧れのビザ

天安門広場の抗議前夜、八老の陳雲の息子 陳元は、当時、中国中央銀行、つまり、現在中国最大の政策銀行の副総裁で、彼はホワイトハウスとの関係を利用して、秘密裏に彼の息子に憧れのビザを取得させ、米国の著名な私立の寄宿学校に送り出した。;当時、大多数の中国人は、この国を離れることが許されていなかった。

陳元の知り合いとは、ダグラス・パールで、彼は、ジョージH. W.ブッシュ大統領の国家安全保障会議アジア問題専門家だった。彼は手助けする事を請け負い、並びに、当時の大使 故ジェームズ・リリーに連絡を取った。パールは、リリーの態度に驚かされた、と答えた。リリーは彼に、この様な優遇は、大使館で働く中国人の逆鱗に触れるだろうと言った。


・天安門広場

"私は、大使館の職員、とりわけ中国人が、どれ程太子党の金儲けを憎んでいるか漸く気がついた"とパールは言う。現在、彼はワシントンのカーネギー国際平和基金の研究会の副総裁に就任している。

人民の怒りは、1989年春に爆発した。学生達はデモ行進をし、街頭から天安門広場へなだれ込んだ。中国の外から、観察家達はテレビを通して、主にデモ隊が民主主義を要求するのを見た、シカゴ大学教授の楊大力によれば、高級幹部の子弟も人々の標的であった。プリンストン大学出版社から出ている講演集や過去の出版物によれば、抗議をする人々は、文化大革命中に不虞にされたの息子 樸方さえ難詰した。彼等はビラを撒き、彼の会社が脱税と密輸を行っていると断じた。

十年前に経済改革に賭けて以来、これは八老の中国のための計画にとって最大の脅威だった。

5月末、小平は仲間の一部を彼の家に呼び出した。彼等が創建したあらゆる物が壊滅する可能性に直面すると、小平と他の革命の戦友達は、秩序を回復するため軍隊の導入に踏みきった。6月4日、戦車が北京の中心地域に入り、民主化運動は暴力で粉砕された。

"六四の鎮圧は、人民の腐敗に対抗する運動を効果的に消滅させた"、と鮑彤(ほうとう)は言う。彼は党の中央委員だったが、反革命分子として鎮圧の数日前に逮捕され、監獄で7年間を過ごした。


・マオタイ、高級煙草

"腐敗を隠し、容認し、見ざる聞かざるの無関心で、奨励する場合さえある"、鮑彤は12月11日、北京の自宅で電話の取材を受けた時に、こう答えた。

鮑によれば、今日の腐敗は1980年代に比べて遙かに深刻だ。

"マオタイ一本と2カートンの「中華」煙草…腐敗が始まったばかりは、それだけで良かった。"80歳になる鮑彤は言う、"現在は、100億元相当の企業を、10億元で購入する事ができる。あの時代の人々にとっては、ぞっとするような事だ。"

中国の指導者は、抗議をする者の一部の不満を解消した。Citicは監査を受け罰金を課せられた、康華開発は解体になった。党中央は命令を発して、高級幹部の子弟の商取引を禁じた。


・太子党の立ち直り

禁止令は長時間は、八老の子弟の歩みを止めおく事はできなかった。1990年代、小平が新たな経済の大波を引き起こすと、太子党に好機が訪れた。新工場と都市の拡張が中国の大地を変始めると、彼等は発展のめざましい必需品業と不動産業に飛び込んだ。

小平の二人の子供達は…62歳の榕(とうよう)と彼女の弟の質方…1998年大陸の多数の住宅市場が商業化される政策の前に、不動産業界に飛び込み先駆者となった。新興の輸出センター深玔の成功を公開するため、榕は父親のあの有名な1992年の南巡に従った、二年後、彼女は深玔で先頭に立って発展を促進するために、香港にいた。

※小平には五人の子供達(二男三女)がいる。長女 林…1941年~、中央美院国画系卒、一級美術師、女流画家。中国国際友誼促進会副理事長、常任理事。夫は呉建常。長男 樸方(とうぼくほう)…1944年~北京大卒、文革中、小平は狙われ、樸方も紅衛兵の取り調べを受け、ビルの四階から転落し下半身麻痺となった。小平は当時工場に務めており、工場から帰ると、息子の看病に努めたと言われている。中国身体障害者連合会主席。妻は高蘇寧。次女 楠(とうなん)…1945年~、北京大学物理系卒。中国科学技術協会常務副主席、党グループ書記。夫は張宏。三女 榕…1950年~、北京医学院卒、医師、著書に『我が父小平』等がある。夫は賀平。小平の晩年、父が視察に出かけるときには常に従った。1992年の南巡の時、当時、八十八歳の小平に従い、耳の不自由な父親のために他の人の話を伝え、また四川訛りの小平の話を、標準語になおして人々に伝えた。そのため、榕は、南巡の「目撃者」と言われている。次男(末子)質方…1952年~、北京大学物理系卒、1980年代米国に留学し、ニューヨーク州ロチェスター大学で、量子物理学博士の学位を取得した。その後、中国国際信託投資公司(Citic)直属の中信興業公司に入社した。妻は劉小元。五人の子供達には、それぞれ子供がいる。この、ブルームバーグの記事には、小平の子供達の財産についての記述が多いが、それは、小平が亡くなってから、江沢民が小平の子供達を排斥する目的で、情報を流したのが始まりと言われている。江沢民からの攻撃により、の未亡人 卓琳の自殺未遂説まで流れた。

《南華早報(South China Morning Post)》の第一面の報道によれば、32階建ての総合ビルの幾つかのアパートは24万米ドルだった。登記簿によれば、1990年代末、企業の半分の資産は、二人の人物によって所有されていた、それは榕の義理の妹 劉小元と王震の孫娘 王京京と同じ名を持つ人物だった。

我々は榕と質方に対して、彼等の北京オフィスにファックスで問題状を送ったが、答えは無かった。劉小元に対しては、一族の関連企業を通したが、彼女と連絡を取る事はできなかった。王京京も、彼女の北京オフィスに送った問題について答えなかった、二箇所を訪問した記者は、彼女は不在だと言われた。


・政府の起業

"小平の南巡後、多くの国営企業、官公庁、警察と軍隊が、旅館、観光、不動産業のようなサービス業務を始めた"、と香港科学技術大学教授の丁学良は言う、彼は、1990年代、某省の公安庁が、如何に億を超える国家の資産を使用して、不動産企業を成立させたかについて研究していた。彼の研究を止めさせようとして、役人から、殺されるぞと警告された、と彼は語った。"最高指導者の子供や親戚のような階級に会う事は、基本的には中核に位置する人物に会見すると言う事なので、調査はできない。

"政府の機構が開いた企業が、大陸に新たに成立した株式市場に上場すると言う事は、市場の拡大に伴い、次第に多くの官僚が、自由市場の資本家に転身すると言う事だ。その上、上場の波は国境を越えて香港株式市場にも押し寄せた。


・レアアース

小平の義理の息子 呉建常は、以前、国営金属企業の上級管理者だったが、1993年に、香港株式市場に上場されている子会社の会長に就任した。

彼は冶金部の副大臣であり、中国鋼鉄協会会長で、同時にオスロの金輝船務有限公司(Jinhui Shipping & Transportation Ltd)の名誉会長に就任し、香港の江西銅業(Jiangxi Copper Co Ltd)と、他の幾つかの公開会社の責任者だ。

呉建常の企業と、小平の別の義理の息子 張宏が経営する会社が共同で、希土類磁石のための材料の重要な生産工場の一つを、ゼネラル・モーターズ社(GM)から購入した。マグネクエンチ社を購入すると、米国の製造工場を閉鎖し、中国が鉱物市場を支配するという小平の目的の実現を助けた。現在、米国の、スマート爆弾、風力発電、ハイブリッドカーに使用されている。

"証拠は確実である:八老の直系の家庭と子孫達は、1990年代から2000年代にかけて、国有企業の市場改革の中から、莫大な富と、巨大な力と特権を獲得した。" と、グレン・マグワイア(Glenn Maguire)は述べた、彼は嘗て香港にあるフランスのソシエテジェネラル(Société Générale S.A.)のチーフ・アジア・エコノミストだった。


・父の足跡

第三代の太子党の中では、二人だけが国営企業に入社し、他の大多数は直接私営企業に入社した。太子党が力を発揮したことにより、中国は2001年世界貿易機関に加盟すると、十年間、年平均10.6%の成長を続けた。

小平の38歳になる外孫 卓泝(たくそ)は、父呉建常の後を追って、金属業界に入った。彼が率いる会社は、オーストラリアの鉄鉱石事業の株式を購入した。

彼の名刺によれば、卓泝は易簡投資社の会長で、中国と香港の会社の記録も、彼がこの企業に関連ある事を示している。2008年の契約の一部としては、易簡投資の所有する160万株、或いは、0.83%の金西資源(Golden West Resources Ltd)の株などが、オーストラリアの会社の2012年の年次報告書に示されている。

太子党は、海外での教育と国内の人間関係を利用して、金融と商業の取引を成立させた。ブルームバーグ社の資料によれば、31名の子孫と配偶者のうち、6名がプライベート・エクイティやベンチャーキャピタルに従事しており、彼等を含む12名が金融業に携わっている。

もう一回ぶん続きます。。。

【世事関心】二面性を持つ中国どこへ・危機(4)―中国経済の宿命


時間が無かったのでしょうか、酷い日本語ですが、我慢してお聞き下さい。
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毛の戦友達の子孫 資本主義の新貴族となる(二)

2013年03月17日 15時17分38秒 | 日記
・薄煕来の失脚

この他、人民は公務員が地位を利用して汚職を行っている事に対して怒りを感じている。官報新華社の12月13日の報道によれば、習近平が先月就任してから、少なくとも10名の地方官僚が腐敗と男女間の醜聞によって"失脚した"。

今年、薄煕来が…八老の一人薄一波の息子であり中央政治局委員…共産党を除名され、収賄で訴えられ、しかも妻は英国人実業家殺害の罪で有罪となり、この後、高級幹部の腐敗は衆目の集まる所となっている。共産党の官報《人民日報》によれば、先月、習近平は、腐敗を根絶しない限り"最終的に、必然的に党と国家の滅亡につながる"と語った。

我々がファックスで送信した、政府は如何に太子党の影響を処理するのか、彼等の行動は公衆の不満を増加させてはいないか、という質問に対して、北京外交部からの回答は無かった。

"上に立つ者が不道徳であれば、下もそれに倣う"と戴晴は言う、彼女は(葉剣英(ようけんえい、中国人民解放軍の創立者の一人)に育てられ)多くの太子党と共に北京で育った。"我々には報道の自由も、腐敗を抑制するための独立した監督制度もない。"と語った。


・離岸企業(Offshore Company)の避難港

国家が媒体とインターネットを支配して、これらの家庭に関する報道を規制し、彼等の商業行為を一般の人民の目から覆い隠している。使用される北京語、広東語、英語で複数の名前が使用されるので、公開されている文献の内容には、しばしば隠蔽された部分が含まれている。

これらの身分と商業利益を実証するために、ブルームバーグ・ニュースは、千頁にのぼる企業文書を調べ、財産の記録と公式ウェブサイト、数十回にのぼる取材を実施した…河南のゴルフコース、北京の氏一族の住所から、ミシガン州アナーバー郊外の家まで。

報告には、八老の少なくとも18名の子孫の所有する、或いは運営する、離岸企業(Offshore Company)の関連の実体、英領のバージン諸島やケイマン諸島、同様にリベリアや秘密を提供するその他の管轄地域も含まれていた。


・U.Sアトラクション

八老は資本主義国家の"ブルジョア個人主義"をけなしながら、およそ子孫の半数が国外に住んで、学習、或いは、仕事をしており、一部はオーストラリア、イギリス、フランスにいる。太子党は、最も早く旅行や学習のために海外に赴き、普通の中国人が備えていない利点を獲得した。

米国は1979年、共産党中国と国交を結んだ、彼等の最愛の目的地:ブルームバーグの数値によれば、八老の少なくとも23名の子孫とその配偶者が留学し、3名がハーバード大学で、4名がスタンフォード大学で学んでいる。少なくとも18名が米国で働いており、アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)や法律事務所(White&Case LLP)なども含まれている、小平の孫も雇われている。また、12名が米国に不動産を所有している。

太子党の中国経済に対する支配の度合いについて、公認の数値はない。中国学関係の研究者達の見積もりによれば、大部分の富と影響力は、少なく見積もって14、多くとも数百の家族に握られている。


・一族の支配

"蒋介石の時代には四大家族と言われたが、現在は四十四家族だ"ハーバード大学の歴史家で、中国のエリート政治を研究するロデリック・マクファーカー(Roderick MacFarquhar)は、毛沢東に負けた国民党の指導者について、こう述べた。"国家の体系が変化する時には、幾つかの苦い経験が要求される、民衆はこの時期充分すぎる苦痛を味わわねばならない。"

"八老"中の三名は90代まで長寿をたもった。彼等の中国での地位は、ジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファーソンの米国での地位に類似している。彼等は:

・小平
・王震、毛沢東の軍隊を養った
・陳雲、1949年毛沢東が政権を掌握した後、経済を担当した
・李先念、文革の終結に貢献した
・彭真、80年代、中国の法体系の再構築を行った
・宋任窮、中央組織部部長、文革後、除名されていた幹部の復職を斡旋した
・楊尚昆、1989年、小平の指示の下、天安門のデモを鎮圧した
・薄一波、前副総理、八老の最後の一人、2007年、98歳で亡くなった

彼等の多くが文革の時期に放逐され、1976年毛沢東が世を去り、文革が終結してから次第に権力を握り、廃墟に再び経済を建設しようと試みた。1978年、中国の国内総生産は一人あたり165米ドルで、同期の米国人は22462ドルだった。日本、韓国、台湾と香港は活況を呈しており、八老の周囲は全て資本主義で成功していた。

共産党が内戦に勝利し、地主が処理されると、1949年以降、農場は人民公社に変化し、工場は国家に帰属した。

1980年代に入ると、八老は全てをひっくり返した;農民は土地を貸し出した。私営企業は…最初は小規模だったが、後に大きくなった…容認され、奨励された。小平は、経済成長を促すために、大勝負に出た。幾らかの"蠅と蚊"が容認されたのだ。マサチューセッツ州ケンブリッジに住む、ハーバード大学名誉教授エズラ・ヴォーゲル(中国名 傳高儀(ふこうぎ)は、2011年、小平の伝記を執筆した。


・"更なる信任"

"我々は一部の地域や企業、一部の労働者や農民が、他に先駆けて裕福になる事を許可する必要がある"記録によれば、1978年12月、小平は北京に集まった党の高級幹部を前に、こう述べた。"もし、一部の人の生活水準が先に高くなれば、必然的に彼等の隣人も大きな影響を受けるであろう。"

陳雲は、計画経済の指導者で、彼は党の八老、及びその一族が、変わらず国家の支配権を握ることを希望した。エズラの著書によれば、それについては小平も同意していたという。

"彼は確実に、これらの人々は党との繋がりが多ければ多いほど、信任に値すると感じている。"と述べた。エズラは、また"これらの人々は党に絶対的忠誠を誓い、危険の瀬戸際には党を頼りにする。"と述べた。


・拡大し続ける帝国

数ヶ月以内に、王震将軍の子 王軍は、新たに成立した中国国際信託投資公司Citicの責任者に就任する。この会社は、栄毅仁(えいきじん、「紅い資本家」の異名を持つ)によって、外資導入を促すために創設された。当時の外貨準備高は僅かに8.4億米ドルだった。彼はその後、外に向かって拡大し続ける帝国のために、経済を牽引し発展させ続けた。中国国際信託投資公司は、目下、中国最大の有価証券会社で、北京のサッカーチームを援助し、豪華不動産開発を手がけている。中国の現在の外貨準備高は3兆3000億米ドル。

中国南部深玔(しんせん)のCTS Tycoon golf clubで取材を受けた時、王軍は、この国は現在、父の代の希望を実現しているのだ、と語った。

"共産党はあらゆる人々が裕福になる事を希望するので、人々の生活を変えることが出来る"11月30日、王軍は東風日産カップのクラブハウスで、シガレットをくゆらし、お茶を啜りながら、"革命の頃は、人々は腹一杯食うだけで、暖かい衣服を纏うだけで、満足だった。"

"しかし、現在、彼等の願望は次第に大きくなって来ている。"と語った。


・チーム中国

コースに出て、見晴らしのきくグリーンから選手のフォームを確認すると、同僚の一人が雨よけのために、傘を開いて彼にかざした。選手権大会の中国チームの主将である彼は、今年の《ゴルフ》雑誌で、スポーツの世界で影響力のある人物の、世界第16位に選ばれた、タイガーウッズよりも上だった。

王軍によれば、彼は1986年にゴルフを始めた。当時、日本の銀行が北京の第二ゴルフ場に投資に来ており、彼に名誉会員の称号を与えたからだ。

"中国は国を開き、外国の投資を促していた"彼は、"もし、街にゴルフ場がなかったら、彼等はきてくれないだろう。"と語った。

Citicは中国でゴルフの主要なスポンサーとなり、更に、コースの設計と管理も手掛けている。企業の書類によれば、2008年、王軍は深玔 Forward Sports Management Ltdの会長に就任した、中国国際信託投資公司Citicの子会社で、五年前に成立した合弁企業だ。彼はCiticから、この企業の20%の株式を買収した。


・革命の道

E-mailで送信したForwardグループに関する質問や、彼の父がこれまで取引について非難していないかを含む質問について、王軍からの回答はなかった。1990年、王震は脚を骨折し、病院で療養していた。当時、病床を訪れた人物によれば、将軍は、彼の子供達が革命の道からはぐれてしまって落胆している、と語っていたと述べた。この訪問者は報復を恐れて、名乗らなかった。

将軍の他の二人の息子、王之と王兵に対して送信した、彼等のゴルフチームとForwardグループの関係についての質問について、回答は得られなかった。

Citicは電話の取材も受けず、ファックスで送った企業と王軍との取引に関する質問にも、答えなかった。

ブルームバーグの調査によれば、八老の六名の子孫とその配偶者が、Citicか、或いは、その子会社に務めていた。前主席 楊尚昆の娘 楊李は、部分的にCiticの所有する企業の名誉会長に就任している。企業の書類によれば、彼女の住所は、Citicの子会社の所有する香港のマンションだった。彭真の息子の傅亮(ふりょう)は、Citic所有のテレビ放送局と不動産開発会社の会長に就任している。

それぞれCiticの関係部門を通じて、傅と楊に取材をしようと試みたが、全て失敗に終わった。


・軍需産業

1983年、王軍は軍需産業に飛び込み、中国の軍の運営する武器工場を商業企業に変えた。彼は、保利グループの創業者の一人で、創業者には他に、小平の義理の息子賀平がいる。賀平は当時、人民解放軍の少将だった。米国陸軍戦争学院(U.S. Army War College)戦略研究所の公開した報告には、この企業は、イラン、ビルマとパキスタンに対して武器を輸出し、数億ドルも獲得した、と明示されている。

同社のウェヴサイトの公表によれば、保利グループは、石炭鉱山、オークション、フェラーリ・スパとの合弁企業、スーダンに道路を敷設し、北京駐在員のための別荘を建設し、また、旅行テレビチャンネルから、映画館のチェーン店事業に至るまでを展開している。

八老の親族中、少なくとも三人は保利グループで仕事をしており、楊尚昆の義理の息子 王小朝は総経理に就任している。


・中国語版Windows

我々は、試みに、保利グループの北京本社に対して、賀平と王小朝に取材を求めるファックスを送信したが、グループからの返事は無かった。王小朝の秘書に三度電話を掛けたが、誰も出なかった。電話を受けた北京本社の女性は、賀平は既に退職したので、見つからない、と答えた。

"国を挙げて…党、軍隊、法廷、検察、警察…商売をしている"、シカゴ大学政治学教授 楊大力は、嘗て中国の経済と政治に関する本を書き"内部の人間は、一夜で裕福になる"と述べた。

王震将軍の三番目の息子 王之(おうし)は、雇用主である電子工学部から30万元(48112米ドル)を借りて、パーソナル・コンピューターを製造した。その後、ビル・ゲイツと組んで、Windowsソフトウェアの中国語版を開発した。


これで、半分です。もう少し続きます。

2012年中共ニュースTOP10 民衆は拒否


大変残念ですが、NHKが速報を発表しました。

アルジェリアで、亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。
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毛の戦友達の子孫 資本主義の新貴族となる(一)

2013年03月17日 15時17分38秒 | 日記
米国「ブルームバーグ紙」

『毛の戦友達の子孫 資本主義の新貴族となる』
※原題は「Heirs of Mao's Comrades Rise as New Capitalist Nobility」

By Bloomberg News-Dec 27,2012 6:00

「1990年、王震将軍は北京の軍事病院のベッドに身を横たえ、記者の取材に対して、裏切りを感じていると語った。彼は生命の危険を冒し、平等主義のユートピアの為に戦った、しかし、彼の共産主義中国の建国の父として抱いていた理念は、子供達の資本主義の道によって打ち砕かれた…彼の子供達は金融、航空及びコンピューター業界の指導者だった。

"できそこないが"彼は取材に対して、子供達を口汚く罵った。"わしは、彼等をわしの子供とは認めん。"

彼の二人の息子は、現在、中国西北部の谷を16億ドルで開発し観光名所にしようと計画している、彼等の父が嘗てここで飢餓から毛沢東の軍隊を助けた。南泥湾リゾート村には、革命を主題とした公園や、当時、共産党幹部達が寒さをしのいだ洞窟式住居の観光客向けの施設も設置されている。

※南泥湾(なんでいわん)は陝西省延安にある革命の聖地。当時、蒋介石の国民党軍の経済封鎖により、毛沢東軍は追い詰められていたが、41年から、王震の率いる八路軍第359旅団が、大生産運動を展開し、三年で生産性を上げたとされる。

この計画の背後にいる人物の一人が、王軍で、中国最大の二大国営企業帝国の設立に参加した:中信集団(中国国際信托投資公司、Citic Group Corp)は国営投資ビヒモス(※大怪獣の名、揶揄)で、解放以来始めて海外で債券を売り出した会社だ。:中国保利集団は、一度軍関連の会社として武器を売り出したことがあり、並びに、アフリカで石油を採掘している。

今年、71歳になる王軍は、中国のゴルフの父と言われている。彼は同時に香港の上場企業の会長で、その企業は共同経営で、一つは住宅ローン会社に、一つは中国の警察、税関、銀行に裏から技術提供をしている。


・スイスの寄宿舎学校

娘の王京京はオーストラリアで教育を受けたが、ある商業書類に書かれていた実家の住所は、700万ドルはする香港のマンションで、一部が中信集団(Citic)の所有になっていた。王京京の21歳になる娘のクレア(Clare)は、ソーシャルメデイアで、彼女が通うスイスの寄宿舎学校から、空港のビジネスクラスのラウンジにいたるまで、自分の生活を詳細に記している。8月24日の書き込みでは、Lady Diorのバッグ、ゴールドスタッズのValentinoの靴、Alexander McQueenのブレスレットが含まれた「一日の見聞」。これらの装飾品の総額はおよそ5000ドルで、北京の一般的な労働者の半年の賃金よりも高額だ。

この家庭の富は、もとをただせば王将軍と百戦錬磨の革命家達の賭博にまで遡る、彼等の中国での尊敬は"八老"。1976年に毛沢東が亡くなると、二年後、彼等は小平を支持し、中国を外部世界に解放し、生活水準を引き上げ、共産党の統治を脅かす社会の動乱を防ぐ、という賭に出た。


・新階層

三十年間、彼等とその後継者達は、6億以上の人民を指揮して貧困から離脱させ、住処のある中産階級を創り、中国を世界第二位の経済体に導いた。現在、中国人の肉の平均消費量は1976年の6倍で、1億人が自転車から車に乗り換えた。

 
八老は、また、党の権威に対して最大の挑戦を試みた。彼等は国家の重要な資産の一部を彼等の子供達に托すと、その中の多くが裕福になった。これが、現在、太子党と呼ばれる新たなエリート階層の始まりだ。公衆は、この富の不平等な蓄積、機会の不平等と特権の搾取に対して怒りを感じている…これらは全て共産主義革命の初志とは対立する物だからだ。

この紅い貴族の規模と起源を明らかにするために、ブルームバーグ・ニュースは、八老の直系の子孫とその配偶者、合計103名の運命を辿った。その結果、我々は中国のエリートの一部、及び、その構成員が如何にして国家の繁栄から大きな利益を得たかの詳細を見つめる事となった。


・国有企業の支配

1980年代、彼等は新たな国有企業の経営者として選ばれた。1990年代には、彼等は不動産、及び国家の成長に伴い必要とされる石炭や鉄鋼業に進出した。今日、中国が国際経済に融合するに従い、八老の孫達はプライベートエクィティ(MBO(マネジメントバイアウト)に特化した投資会社)の担い手となった。

ブルームバーグ・ニュース・ショウの数値によれば、八老の子孫中26人が、経済を主導する国有企業を運営しており、中にはトップに就任した人物もいる。僅か三名の子供達…王震の子 王軍;小平の義理の息子 賀平;毛沢東の経済の皇帝陳雲の子 陳元…彼等が指導、或いは運営する国有企業の2011年の総資産額は1兆6000億ドルで、中国の年度経済算出額の五分の一強に相当する。

これらの家庭は、彼等が支配する国有企業から恩恵を被り、市場経済を採用して以降、莫大な個人資産を貯えた。ブルームバーグの数値によれば、103人中43人は、自己の企業を運営するか、或いは、民間企業の幹部に就任している。


・ウォール街

賀平は2010年まで保利グループの会長だったが、同グループの香港上場の不動産部門Poly Property Group Coの株を、2008年4月29日までに2290万株所有していた。八老の一人、前国家主席 楊尚昆の義理の息子 王小朝は、同グループの上海上場の別の不動産部門Poly Real Estate Group Coの株3200万米ドル相当を所有している(六月末現在)。王軍は、Citic傘下のゴルフのベンチャー企業の20%の株を所有しているが、彼が以前運営していたCiticグループは、このゴルフ企業の主な得意先の一つだった。

太子党の第三世代…八老の孫とその配偶者の多くは三十代から四十代で…一族のコネと海外留学の経験を利用し、私営企業に入社している。ブルームバーグ・ニュースの追跡によれば、第三世代の31人中少なくとも11人が、自己の企業を運営し、或いは、高級幹部となり、大多数が金融とテクノロジー関係に就職している。

一部はウォール街の銀行に雇われ、その中にはシティグループ(Citigroup Inc)やモルガン・スタンレー(Morgan Stanley)も含まれる。少なくとも6名がプライベートエクィティとベンチャーキャピタル企業(投機的投資ファンド)で仕事をしており、これらの会社は時に太子党を雇い、彼等の人間関係を利用して商売に勝っている。


・不満の増加

"中国共産党は、およそこの八人によって指導されている。彼等は他の人々よりも強硬で厳しかった為に、中国の支配者としての正当性を確立した。"カリフォルニア大学サンディエゴ校の中国経済学教授バリーノートン(Barry Naughton)は、"現在、彼等は合法性を失っている、何故なら、自己の貪欲と利己心を抑制できなくなっているからだ。"と語った。

中国は貧富の差が世界最大の国の一つだ…中国中央銀行の支持する今月の調査報告によれば、分析家達の予測に比べて、潜在的な社会不穏の水準は50%も高まった。抗議、暴動とその他の異変は、しばしば地方の腐敗と環境の悪化によって引き起こされ、5年間で二倍に増加し、2010年には毎日およそ500回も起きていた。

"中国の普通の人民は、太子党をよく認識しており、国を変えたいと思っているが、これらの強固な利益集団は強大なので、彼等は絶望を感じている。"とノートンは語った。


・強盗貴族

中国の13億人中、非常に多くの人々の生活が、国家の制御する資本主義のもとで改善された。王軍のような太子党が構築した、これらの利益を支える機関も、中心的な役割を果たしている。

中国の最も富裕な人々は、裕福になるのに高貴な血統を必要とはしなかった。裸一貫で身代を築いた億万長者には、例えば、動物飼料会社ニューホープグループ(New Hope Group Co)会長 劉永好、中国で最も富裕な女性でNine Dragons Paper Holdings Ltdの会長 張燕が含まれる。

経済の急速な変化によって分配の不公平が生ずることは、何も不思議な事ではない。19世紀米国の強盗貴族(不正に産業を支配して莫大な財産を貯えた実業家や銀行家)やロシアの共産主義の後に台頭したオリガルヒ(資本主義化への過程で現れた政治力のある寡頭資本家)の二つの例もある。しかしながら、中国では、指導者が依然としてマルクス主義と毛沢東思想を支持しているので、人民は機会の不均等とエリートの特権に対して不満を抱いている。

中国の新たな指導者、59歳の習近平は、太子党であり、革命家であり副総理の子孫であると自認している。従って、新たに選出された七人の政治局常務委員中、三名が太子党に属している。


・太子党集団

ブルームバーグ・ニュースは6月29日、習一族の貯えた莫大な財産は、企業への投資を含む総資産3億7600万ドル(約300億円)及び、資産価値5500万米ドル相当の香港の物件を所有していると報じた。ブルームバーグのウェブサイトは、この記事が掲載されて以降、中国では封鎖されている。

たとえ、八老の子孫であっても、いわゆる太子党集団の貪欲さを心配する者もいる。"我々の世代と次の世代は、中国の革命、独立と解放に何の貢献もしていない。"と67歳の実業家 宋克荒は述べた、彼の父は八老の一人 宋任窮で、1949年、解放後に中国の東北を掌握した人物だ。"現在、一部に、父母の地位を利用して数億元を収奪している者がいる。公衆は当然怒っている、彼等には怒る権利がある。"


これで、全体の四分の一、まだまだ続きます。。。

【世事関心】二面性を持つ中国・危機(中)--火山口の上の繁栄
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中共八大元老子孫の貴族化

2013年03月17日 15時17分38秒 | 日記
昨年末12月26日(27日)に、

米国「ブルームバーグ紙」に

『毛沢東の戦友達の子孫が資本主義の新貴族となった』と題する
※原題は「Heirs of Mao's Comrades Rise as New Capitalist Nobility」

かなり長い記事が掲載され、

中華世界で話題になっています。

「八大元老」の子孫の話です。


「八大元老(中共八老、治国八老)」とは、

第二代の小平の治世である八十年代から九十年代中期まで、

実質的に権力を握っていた

八人の共産党・人民解放軍の政治家・軍事家(元老・老幹部)達の事です。

彼等が実権を握っていたのは、

ちょうど、改革開放政策から市場経済導入へと、

経済が開放された時期と重なります。


「八大元老」は、香港を含む大陸以外の媒体が使い始めた物で、

正式な名称ではありません。

そのため八人については異論があり、

一般的には次の二種類を言います。


1.小平、陳雲、楊尚昆、薄一波、彭真、潁超(とうえいちょう)、李先念、王震

2.小平、陳雲、楊尚昆、薄一波、彭真、習仲勲、宋任窮(そうじんきゅう)、万里


以下は、「ブルームバーグ」の記事を伝える「BBC中文ネット」の記事です。

『米国媒体が掲載した中共元老子孫の蓄財の詳細』

更新時間2012年12月27日 18:42

「米国ブルームバーグ・ニュースが、

水曜(12月26日)長編の記事を発表し、

中共元老の子孫達の巨額の蓄財の現状を詳述した。


記事は「毛沢東の戦友達の子孫が資本主義の新貴族となった」と題するもので、

報道は、中共「八老」の103名の家庭の経済状況を掲載している。


いわゆる「八老」とは、

小平、王震、陳雲、李先念、彭真、宋任窮、楊尚昆と薄一波等八名の中共元老で、

ブルームバーグ・ニュースは、

彼等の中国での地位は、

ワシントンやジェファーソンの米国での地位に類似している、

と述べている。


また、

彼等の多くが文革の時期に放逐され、

1976年毛沢東が世を去ってから次第に権力を握り、

廃墟に再び経済を建設しようと試みた人物達、と述べている。


・王震の子 王軍

ブルームバーグの報道は「八老」の子孫の蓄財状況について、

特に王震の息子 王軍に言及し、

今年71歳の王軍は、

中国最大の二つの国営企業の建設に参加:

中信集団(中国国際信托投資公司)は国営の巨額の投資会社で、

中共設立以来、始めて海外で債券を販売した会社である。

中国保利集団は、過去に軍関連の会社であった事があり、武器を売り出し、

並びに、アフリカで石油を採掘している、と報じている。


王軍の娘 王京京はオーストラリアで教育を受けたが、

ある商業書類に書かれていた実家の住所は、

700万ドルはする香港のマンションだった。


王京京の21歳になる娘のクレアは、

ソーシャルネットワーキングサイトで、

彼女が通うスイスの寄宿舎学校から、

空港のビジネスクラスのラウンジにいたるまで、

自分の生活を詳細に述べている。


8月24日の書き込みは、

Lady Diorのバッグ、

Valentinoの靴

Alexander McQueenのネックレスが含まれた

「一日の見聞」。

これらのアクセサリーの総額は5000ドルで、

北京の一般的な労働者の半年の賃金よりも高額だ。


・「人民には怒る権利がある」

ブルームバーグの報道によれば、

「八老」の子孫中26人は、

経済をリードする国有企業の経営か、

或いは、企業の幹部に就任しており、

とりわけ王震の子 王軍、小平の娘婿 賀平、陳雲の子 陳元の、

三人の運営する会社の、2011年の時価総額は一兆六千億ドル。

中国の年次経済算出額の五分の一強に相当する。


報道によれば、

これらの家庭は、彼等が支配する国有企業から恩恵を被り、

市場経済が導入されて以降、莫大な個人資産を蓄積した。

更に、103人中43人は、

自己の企業を運営するか、

或いは、私営企業の幹部に就任している。


報道は更に、

嘗て香港にあるフランスのソシエテジェネラル銀行の

チーフ・アジア・エコノミストであったGlenn Maguireの、

「きわめて確かな事は:八老の直系の家族と子孫は、

前世紀の90年代から本世紀にかけて、

市場経済への改革に伴い莫大な富と特権を獲得した」との発言も掲載している。


更に同紙は、「八老」の子孫であっても、

いわゆる太子党集団の貪欲さを心配する者もいる事も伝えている。


宋任窮の67歳の息子 宋克荒の

「我々の世代と次の世代は、

中国の革命、独立と解放に何の貢献もしていない。

現在、僅かばかりの人は、父母の地位を利用して財を収奪している。

公衆は当然怒っている、

彼等には怒る権利がある。」

と掲載している。」

記事は此処までです。


「ブルームバーグ」に掲載された、

「Heirs of Mao's Comrades Rise as New Capitalist Nobility」は、

印刷するとA4で十八枚あり、

中国語に訳された方はA4で十三枚なので、

ざっと訳をそのうち。。。

【世事関心】二面性を持つ中国はどこへ--起因
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TPPの憂鬱

2013年03月17日 15時17分38秒 | 日記
安倍首相がTPP交渉参加を表明しました。

規制緩和を謳う割に、

内容が公表されておらず、

過去には、「年次改革要望書」などもあって、

胡散臭さが漂いますが、

私は、交渉には参加しておくべきと思います。


『この「年次改革要望書」は、平成五(一九九三)年の宮沢(喜一)内閣時代に、

宮沢首相と米国のビル・クリントン大統領との会談によって始められたものだ。

双方が要望を交換しようとするもので、米国からの要望は、

郵政民営化やNTTの分割、建築基準法や労働者派遣法の改正、

そして談合の摘発など細かく多岐にわたる、しかも、

日本の構造そのものにかかわるような要求がほとんどだった。

一方、日本から米国へは、ビザ申請の効率化やメートル法の推進など、

米国へ改革を求めるとはいいがたいものが多かった。

にもかかわらず、日本は米国からの要望にことごとく応える動きをしてしまった。

たとえば、建築基準法の改正では、阪神淡路大震災の後だったが、

大幅に規制緩和され、それまでの国による検査体制が民間機関でもできるようになった。

強度の面でも必要最低限であればいいということになってしまったが、

その結果が「耐震偽装事件」である。

また、労働者派遣法の改正は、

現在懸案になっている製造業での派遣問題に

つながっている。』(『今、日本があぶない。立ち上がれ、日本』平沼赳夫著)

この様な事があれば、TPPに対しても危機感を抱くのは、

当然と思うのですが、

私は、交渉には参加しておくべきと思います。

それは、内容を知っておくべきだからです。


米国は、

交渉に参加する一方で、

国内で交渉内容に合わせて、

先に、いろいろな制度改革を行う可能性があります。

そうなったら、TPPに参加していようがいまいが、

米国と交流がある国は、

貿易を始めとする何かの交渉をする上で、

不利になってしまう可能性がある、と思うからです。

「敵を知り、己を知れば」です。

平沼赳夫議員が語る 新しい政治の流れをつくる為に力を尽くします


本当は、安倍首相がTPP交渉参加を明言するのであれば、

その席には、ご意見番として平沼先生や亀井先生がいるという状況が、

国民にとってはベストではなかったかと

安倍首相の「国柄を守る」という発表にも、

説得力があったのではないかと、

素人考えですが、思います。
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東日本大震災二周年追悼式

2013年03月17日 11時34分56秒 | 日記
震災から二年が経ちました。

私の住む町は内陸部にありますので、

だいたい、もとの暮らしに戻りましたが、

屋根瓦や、お墓などは、現在修復中のお宅が多いようです。


そう言えば、昨年の式典の時には、

台湾が、一般の席に通されて、

非常に腹が立ちました。


先ずは「産経新聞」電子版をご覧下さい。

『中国が追悼式ボイコット 台湾の「指名献花」に反発』

2013.3.11 22:31

「中国の韓志強(かんしきょう)駐日臨時代理大使が

11日に行われた東日本大震災の二周年追悼式を急遽(きゅうきょ)、欠席した。

式典の献花に際して国名を読み上げる「指名献花」に、

今年から台湾が加わったことを受けた、

事実上のボイコットとみられる。

中国外務省は11日、

公式サイトに「追悼式で台湾の関係者を外交使節や国際機構と同等に扱った」として、

「日本のすべての行いに強烈な不満と抗議を表す」

とする華春瑩(かしゅんえい)報道官の談話を掲載した。

台湾の待遇をめぐっては、昨年の式典で、

多額の義援金を寄付した台湾を指名献花から外して冷遇したことが批判され、

今回、安倍晋三政権が是正した。

11日の式典には、

台湾の対日窓口機関

「台北駐日経済文化代表処」の沈斯淳(しんしじゅん)代表(駐日大使に相当)が出席した。

沈氏は各国外交団や国際機関の代表が並ぶ来賓席に着席し、

指名献花も行った。

昨年は同代表処の副代表が企業や民間機関の関係者を集めた一般席に案内された上、

一般参加者として献花した。

政府は今回、150以上の国・地域の代表を招待し、

120以上の国・地域の代表者が参列した。

韓国代表は欠席した。」

これは、良かったですね。

東日本大震災二周年追悼式 天皇陛下おことば(13/03/11)


こんな事を考えるのは不謹慎ですが、

生きる姿勢でしょうか、

皇后様がお美しくていいなあと、

家で中継を見ながら、思って見ていました。
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溝口雄三について

2013年03月17日 11時34分56秒 | 日記
溝口雄三

2010年7月、

東京大学名誉教授、中国思想史専門、

パーキンソン病のため

東京都練馬区の老人ホームで13日死去、77歳。


溝口雄三の『中国の衝撃』

によれば、

「われわれが中国への謝罪という行為を通じて解消したいと思うのは、

まさにこの東アジアの

歴史認識上の優劣構図およびそれの鬼子としての

反「自虐」意識にほかならない。」


この人物の、思索の痕跡なのか、

それとも、何か直接言うと拙いことを、

覆い隠したいのか、

故意に判りにくくしたような文章です。

そもそも、

「われわれ」とは誰なのか、

「東アジア」とは何処なのか、

言葉遣いからして、

好きではありません。

「歴史認識上の優劣構図およびそれの鬼子としての

反「自虐」意識」を解消するために、

ひょっとして、

謝罪の為に、日本国を差し出せ、と言いたいのでしょうか。

ところで、

この人物に関して、

図書館員が、

面白い噂話をしていました。


この人物、

大学に籍を置きながら、

北京(北京大学)に一年ほど研修に出かけ、

帰国して、

教授の傍ら、図書委員をしていました。


夏休み明け、北京旅行をしてきた図書館事務員が、

溝口教授に向かって、話しかけました。

「北京に行って、

北京原人と盧溝橋(ろこうきょう)を見てきました。」

と話しかけると、

「へー盧溝橋って北京にあったんですか。」

「えっ?ええ」


口さがない女性のこととて、

溝口教授は一年北京にいて盧溝橋も知らないと、

図書館員の間で大噂になりました。


盧溝橋というのは、

北京の西南20km程にある橋です。


1937年(昭和12年)7月7日

この場所で、

日本軍と中国国民革命軍との衝突事件が起こりました。

日本では盧溝橋事件、

中国では七七事変、

これがきっかけで

日中戦争(支那事変)が起こりました。


この橋は、

永定河に架かる石橋で、

1192年建造。

全長260m、幅7.5m、橋桁は11のアーチで構成され、

欄干の上には、全てが異なる姿の獅子の石像が約500体ならんでいます。

別に、歴史に興味が無くとも、

美術的にも、非常に美しい橋です。

マルコポーロがここを訪れ、

『東方見聞録』の中で、

「これほど美しい橋は、

世界中何処を探しても、

他には見つからない」

と書かれたこともあり、

マルコポーロブリッジとも呼ばれています。


自虐史観肯定派でも否定派でも良いのですが、

近現代史を専門としながら、

盧溝橋の場所がわからないのでは、

話になりません。

それとも、事実を突き詰めると、

何か拙いことでもあったのでしょうか?

或いは、知らない方が自虐史観に邁進できる?

何か、自虐利権でもあるのでしょうか?


まあ、図書館事務員の噂話です。

真実かどうかは判然としませんが、

私が、ストーカー教員について苦情を言った直後、

40項目以上の架空の業績を計上させて

左ストーカーを教授に昇格させたのは、

この溝口雄三です。

【ラヂオ体操第4】
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