学年だより「50回目のファーストキス」
娘を乗せて自動車事故を起こした父親は、責任を感じ続けていた。
毎朝「同じ日」を迎える娘に、記憶障害だと告げることはできず、父親と弟(母親はいない)は、毎日懸命に「その日」を演じ続ける。
「その日」の新聞を何十部も特注し、娘が起きる前に投函する。毎日ガレージの壁に絵を描く娘のために、彼女が寝たあとに白いペンキでぬりつぶす。夜はリビングで一緒に「シックスセンス」を観る。もちろん彼女にとっては初めてだから、クライマックスで驚愕の声をあげる。そばにいる父も弟も初めて観たかのように驚く … 。
家族がこんなルーティンを過ごしていることを知り、「これは、彼女にとって幸せなのか」とヘンリーは考えるようになった。
ある日、ルーシーは気づいてしまう。自動車の車検切れを警察から指摘され、「まだ10月じゃない!」と主張すると、変な女扱いされてしまったのだ。
ルーシーは自ら医者に行き、自分の病状を知り、治る見込みがないことに絶望する。
しかし、病気のことも、絶望したことさえも、翌朝になればリセットしてしまうのだ。
ヘンリーは毎日ルーシーを口説きおとした。毎日恋に落ち、毎日「ファーストキス」をかわすように二人はなっていた。そして初めて二人で過ごす夜 … 。
翌朝、目覚めたルーシーは、自分の隣に眠っている「知らない男」を見て、悲鳴をあげてしまう。
ヘンリーはビデオテープを作った。毎朝、彼女が目覚めたときに見れるように。
事故の事実、治療や今の病状、家族のふるまい、ヘンリーと出会い恋人になったこと … 。
そこまで見てルーシーは、そばにいる少しチャラそうだが、卵形の頭とやさしい目の男に気づく。
しかし、ルーシーは、ヘンリーと別れることを決意する。
「あなたは、海洋生物の調査の旅に出かけたいと言っていた。毎日水族館とこの家との往復だけで、自分の夢に近づこうとしなくていいはずがない。父や弟にも自分の人生を生きてほしい」と。
ルーシーの決意は固く、記憶のために書きためていた日記も、全部燃やしてしまう。
島を去る出発の日、父親が見送りにやってくる。
彼女はホスピスで元気にやっているという。入所している他の患者たちに絵を教えながら、楽しそうに「Wouldn't It Be Nice」(ビーチボーイズ)を歌っているという。
え? それは、おれが教えた曲だ。彼女はすべての記憶を失ってなんかいない!
ヘンリーはホスピスに走る。「こんにちは! ぼくが誰だかわかるかい?」
「ごめんなさい、わからないわ。でもこっちに来て」。手を引かれ彼女の部屋に入る。
「気がつくとこんな絵を描いてるの … 」。笑った顔、ギターを抱いて歌う姿、卵形の頭 … 壁一面ヘンリーでうめつくされていた。「あなたは誰 … 」
映画は、アラスカに向かう船上のシーンで幕を閉じる。
目覚めるルーシー。「ビデオを観て!」のメモ。「事故、出会い、結婚、出産 … 」。デッキには父親と孫娘つまりルーシーの娘が遊んでいる。「ハーイ!」ヘンリーが手をあげる「目覚めたかい?」。
夢を追いながら、同時に愛を育むことに成功した卵形の笑顔が近づいてくる。