水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

その後の成瀬(3)

2024年02月17日 | 学年だよりなど
3学年だより「その後の成瀬(3)」




 受験生で混雑しているかと思った電車は、それほどではなかった。
 参考書を開く学生、スマホを見ている学生、眠っている学生……。




~ 肝心のあかりは席に座って腕を組み、花道で出番を待つ横綱のごとくどっしりと前を見据えていた。……それにしても、どの受験生も頭が良さそうに見える。付き添いの保護者もきれいな身なりをしていて、ほぼ普段着でビニール傘の慶彦は心もとなくなる。あかりに目をやると、いつもと変わらぬ涼しい顔で歩を進めていた。
「あかりはこんなときでも緊張しないの?」
「緊張はしていないが、やはりいつもの精神状態とは違うな。どんな問題が出るんだろうなとか、早くやりたいなとか、気持ちが昂(たか)ぶっている。」~




 北部キャンパスの入り口付近で、ジャンパーを着た業者たちがパンフレットを配っていた。
 勢いで受け取った冊子に「京大生のお部屋探し」とでかでかと書かれているのを見て、動揺した慶彦は、思わず足を滑らせてしまう。




~「大丈夫か?」
 見下ろすあかりの顔を見て、娘の顔を正面からまじまじ見るのは久しぶりだと気付いた。いつまでも赤ちゃんのような気がしていたが、もはや顔立ちも体格も大人と変わりない。ファイルに収められた思い出のあかりじゃなくて、今のあかりを見るべきだった。
「うん、大丈夫」
 慶彦が立ち上がると、あかりも安心した表情を見せる。
 理学部6号館まで来ると、あかりは居住まいを正して慶彦に向き合った。
「今まで、見守ってくれてありがとう」
 まとめに入るのはまだ早いんじゃないかと思うが、慶彦も似たような心境だった。きっとあかりは合格するだろう。そして家を出て、一人暮らしをはじめる。まだしばらく経済的な援助はしていくけれど、いったん手が離れることは間違いない。
「いってらっしゃい」 慶彦が言うとあかりはうなづき、建物に中に入っていった。~




 本番当日、普段と変わったことをする必要は何もないが、あえて一つだけ付け加えることがあるなら、それは感謝を口にすることではないだろうか。
 できれば誰かに聞こえる声で、誰かに、いや誰かではないな、おうちの人に直接伝えられたら一番いい。
 恥ずかしかったらつぶやくだけでもいい。
 その日にいたるまでみなさんを支えてくれたのは、間違いなくみなさんの家族だ。
 ありがとうの気持ちをこめて「行ってきます!」でもいい。
 感謝の思いを抱きながら、「さぁ行こう!」というマインドになったということは、それが潜在意識の命令だったということだ。
 さぁ、行こう!!

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