学年だより「才能とは(2)」
有名なピアニストになれるのは特別な才能をもっている人だけ、ノーベル賞に輝くような科学者になれるのは生まれつき頭のいい人だけ、プロスポーツのトッププレーヤーになれるのは類い希な運動センスと能力を生まれ持った人だけ … 。
もちろん、学問も芸術もスポーツも、努力によって一定のレベルには達することができる、しかしプロレベルに達するにはさすがに天分が必要だ … 。
才能についての私たちの一般的な感覚はこんなところだろう。
科学研究の世界でも、しばらく前までの同様に考えられていた。
人間の脳は、生まれたときから回路はほぼ決まっていて、そのあり方によって能力は決まっている。その回路に適した練習を積むことによって発揮されるのが才能であると。
ところが、最近の研究は、それまでの常識を覆すようになっている。
~ 脳の研究者は1990年代以降、脳には(たとえ成人のものであっても)それまでの想定をはるかに超える適応性があり、それゆえにわれわれは脳の能力を自らの意思でかなり変えられる、ということを明らかにしてきた。とりわけ重要なのは、脳は適切なトリガー(きっかけ)に反応し、さまざまなかたちで自らの回路を書き換えていくことだ。ニューロン(神経単位)の間に新たな結びつきが生じる一方、既存の結びつきは強まったり弱まったりするはか、脳の一部では新たなニューロンが育つことさえある。 (アンダース・エリクソン『超一流になるのは才能か努力か?』文藝春秋) ~
「絶対音感」という能力がある。世の中のありとあらゆる音を聞き分け、これはド、これはソ、これはミとファが混じった音と聞き分け、演奏という形で再現することもできる能力だ。有名な音楽家の中でも、持っている人と持ってない人がいる。
数十年前までは、天賦の才能の一つとされていたものだが、現在では「適切な経験と訓練」によってたいていの人が習得できる能力と考え始められている。
バイオリニストやチェリストの技能を身につけるには、左手の動きに徹底的な訓練を必要とする。
プロの弦楽器奏者の脳を調べてみると、左手をコントロールする脳の領域が、一般人と比較して圧倒的に大きくなっていることがわかってきた。
~ 音楽のトレーニングはさまざまなかたちで脳の構造や機能を変え、その結果として音楽を演奏する能力が向上する。言葉を変えれば、効果的な練習をすると、単に楽器の弾き方が身につくだけではない。演奏する能力そのものが高まるのだ。効果的な練習は、音楽を演奏するときに使う脳の領域を作り替え、ある意味では自らの音楽の「才能」を高める作業にほかならない。 ~
音楽家は、演奏技能を習得するためだけに練習しているのではない。
持って生まれた脳では不可能な演奏をするために、自分で自分の脳を作り変えているのだ。