鍋島展の後、戸栗美術館の周りをしばし散策。
松濤は高級住宅地として紹介されることが多い。
たしかに家のサイズがちがう。表札のサイズもちがう!
門構えも立派だし。「邸宅」然とした家が多い。
このあたりは、江戸時代、紀州徳川家の下屋敷でした。
明治初期、下屋敷の払い下げを受けた鍋島家では、
ここに狭山茶を栽培し、「松濤園」という茶園を開きました。
「松濤」とは、茶の湯の釜のたぎる音を、
松風と潮騒にたとえた雅号で、
この銘の茶が生産されていました。
松濤の名が地名になったのは、昭和3年のことです。
鍋島松濤公園は、松濤園にあった湧水地の一画で、
鍋島家から、当時の東京市に寄付されたものです。
(渋谷区HPのここから転載)
鍋島松濤公園
シェ松尾
植物の絡まりっぷりが年季入ってる。
マヌエル
以前行ったときの記事はこちら
松濤マル
マヌエルのすぐそば。ここもいつか行ってみたい。
お店のHPはこちら
ところで松濤には、昔好きだった某有名人の家があるらしい。
10年くらい前、松濤に豪邸を建てるらしいと週刊誌で読んだ。
今でも松濤あたりを歩くときは表札をチェックしているのだけど
無防備に「○○○」なんて表札を掲げてるわけもなく、
未だ発見には至っていない。
松濤は高級住宅地として紹介されることが多い。
たしかに家のサイズがちがう。表札のサイズもちがう!
門構えも立派だし。「邸宅」然とした家が多い。
このあたりは、江戸時代、紀州徳川家の下屋敷でした。
明治初期、下屋敷の払い下げを受けた鍋島家では、
ここに狭山茶を栽培し、「松濤園」という茶園を開きました。
「松濤」とは、茶の湯の釜のたぎる音を、
松風と潮騒にたとえた雅号で、
この銘の茶が生産されていました。
松濤の名が地名になったのは、昭和3年のことです。
鍋島松濤公園は、松濤園にあった湧水地の一画で、
鍋島家から、当時の東京市に寄付されたものです。
(渋谷区HPのここから転載)
鍋島松濤公園
シェ松尾
植物の絡まりっぷりが年季入ってる。
マヌエル
以前行ったときの記事はこちら
松濤マル
マヌエルのすぐそば。ここもいつか行ってみたい。
お店のHPはこちら
ところで松濤には、昔好きだった某有名人の家があるらしい。
10年くらい前、松濤に豪邸を建てるらしいと週刊誌で読んだ。
今でも松濤あたりを歩くときは表札をチェックしているのだけど
無防備に「○○○」なんて表札を掲げてるわけもなく、
未だ発見には至っていない。
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