昨日、私の朗読教室に年配の方が見学に現れた。見学大歓迎なので、いつでもどうぞだ。
おそらく30年はやっておられるようだ。語りとか、読み聞かせには何十年と言う経験の持ち主が多い。しかし長くやっいるから「よい」と言う約束はない。むしろ悪くなる傾向にある。
一番の問題は「声だ」。
朗読や語りは非常に制限のある世界だ。聞き手の中にイメージが膨らみ、ある想像の世界を作り上げる。人間の想像力は薄い氷のように淡い。作り上げるのは大変で、壊すのは一瞬だ。
壊す、一番の本は「声」である。せっかくイメージが膨らみはじめたのに、声の出方が悪いと、それだけで壊れる。つまり声、次第で邪魔をするのだ。
私の生徒が先ず、絵本の朗読をする。次に、見学で参加の30年のベテランに同じ朗読をやってもらった。「雲泥の差」である。30年のベテランも素直に認めた。
先ず、声が聞き手のイメージを邪魔しない。次に登場する人物、動物などが10種類以上にちゃんと個性わけができている。一度登場した人物は最後まで変わらず同じ声だ。
大人も子供もちゃんと分けられている。
ところが30年のベテランは、この区分けがなく、ほとんどが一種か二種類で処理されている。できないのだ。できる声をもたないのだ。
世の多くの朗読・語りは押しなべてこのようだ。
某国際芸術協会に私の生徒のCDを送った。すぐに秋に行われるホールでの発表会に出てほしいと返事があった。6名しか出ないのに、私のCDに録音されていた4名全て、お願いしますとあった。
しかし1名を除いて出る気はない。
理由はいろいろある。
しかしダボハゼのように餌に食いつかない。さすが私の生徒だ。
日本一の朗読家を目指して毎月がんばるらしい。