うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

いつのまに

2022年03月24日 | 日記・エッセイ・コラム
今朝もおっそ~くに出社。
オフィスに向かう道すがら、ふと角を曲がったら、河津桜が満開だった。

毎日通っているし、昨夜も通っているはずだが、ぜんぜん気がつかなかった。
昨日は雨でしたけどね。

左端にヒヨドリさんらしき姿が見えます。


そういえば、昨日のゼレンスキー演説の話で書きそびれたことがある。

演説中に「ロシアは面積では最大の国だが道徳は最小の国だ」、と語っていたことが印象に残った*。

そしてふと、F.D.ルーズベルト大統領が急死した際、鈴木貫太郎首相が米国民に哀悼の意を示す談話を発表し、それを知ったトーマス・マンが(大統領を罵倒する声明を出したヒトラーと比べ)、東洋には今なお騎士道が存在する、といたく感動した、というエピソードを思い出した。

これに関連して、早稲田大学の中澤達哉教授が自身のツイッターで、やはり「道徳」に言及したことに対し、感想を書かれている。

氏によると「道徳」への言及は、歴史上の東欧諸国の政治家による演説や声明に共通するものを感じるのだという。例えばチェコの故ハベル大統領はしばしば、倫理観、道徳観は強大な悪に立ち向かう力になりうる、と語っていたそうだ。

氏は続けて、東欧諸国には近世に入りしばしば分割、消滅の危機にさらされた歴史があり、そうした中で他国に蹂躙されても道徳だけは失ってはならないという教訓が受け継がれているのではないか、という意味の事を書かれていた。

ただ、他国では触れたことがないのになぜ日本での演説で「道徳」がでてきたのか、そこは西洋史学を超えた考察が必要なのだろう、と結んでいる。

西ヨーロッパの諸国にとって外交とは利害の調整であり、アメリカにあっては「正義」である。では東洋においては「道徳」かというと、なかなかそうは言えないものがあるけれど。。

あるいは、ゼレンスキー氏個人の目から見た日本は「道徳と調和の国」という印象があるのかもしれない。

*ちなみにこの部分は例えばNHKのニュースサイトや、産経新聞24日朝刊などに掲載されている演説全文では省略されている。理由は不明。
コメント
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