うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

第3村

2022年08月07日 | 旅行記


当地の今日はうす曇り、気温は30℃ぐらいだと思いますが、午後エアコン切って昼寝して、一瞬軽い熱中症ぽくなりました。どうぞお気を付けください。。

さて、掲題の第3村は、上のニュースの通り昨年公開されたシン・エヴァンゲリオンに出てくる架空の地名です。撮影には(これはアニメ作品ですが)ミニチュアを作成して作画の参考にしたらしいです。

この駅と機関区らしき建物にはモデルがあります。
7月の旅行では、そこに行ってみました。

現地で買ったクリアフォルダー。包装を外してないので、光っちゃってますが。

天竜浜名湖鉄道の、天竜二俣駅です。



国鉄二俣線として昭和18年に開業し、昭和62年に3セク化されました。
戦時中、東海道線が不通になった場合のバイパス線として企画され、実際にその目的で使われたこともあったようです。

しかし、平時には利用者も多くなくて、近代化も進まなかったようです。
それが逆に幸いし、古い施設が今日まで温存される形になりました。

とりわけ、この天竜二俣駅にある、転車台と扇形機関庫は希少なものです。
転車台は有形文化財として登録されているそうです。
これね。

蒸気機関車の時代は、これで機関車の向きを変えることが必要だったので、全国各地に設置されていました。
今も保存運転を行っている路線では、改めて新設するケースなどもあるようですが、ここのように昔から周辺の線路を含めて残っているのは少ないと思います。

鉄のひとにはわかると思いますが(さいきんの人はあれかな)、昭和18年と言うと、蒸気鉄道としては比較的遅い部類に入ります。ので、このターンテーブルも、国鉄の標準から言うと新しめの、*8.8.'22訂正下路式というタイプです。

このことは重要で、この路線の設備が今日まで残ったのは、旧様式の蒸気鉄道を比較的新しい時代に作ったため、施設全体が状態の良いまま、令和まで引き継がれた、という面もあるようです。

もちろん、既に79年が経過しているわけですが。

木造の駅付属設備。

乗務員の基地になっていたので、それなりの規模の建物が整っています。

一部は現役で使われています。

象徴的な意味合いを持つ、給水塔。
蒸気機関車は大量の水を必要とするので(お湯焚いて走りますから)、その水をここで賄っていました。6tの水を溜めていたそうです。

今は実際には使われていません。

ツアーでは実際に転車台に車両を乗せて、転回実演もしてくれました。
そこら辺のことは鉄道部のブログに書くつもりです。

車両は今日の標準的な気動車ですが、色々なカラーのラッピングを施した車両がほとんどのようです。

これはエヴァンゲリオンバージョンですね。

ちょうどクリアフォルダーになっていました。

ツアーは午前、午後の2回でしたが、午後の部に間に合うために高速飛ばして(慣らし中なのでスピードは控えめに、代わりに途中休憩しなかった)来ました。30分ぐらい前に着いたけど、ちょっと膀胱きつかったな。。



ひといき

2022年08月06日 | 日記・エッセイ・コラム
7月の最終週、休暇明けだったが部下の子がご家庭の件で色々あり、先週末は出社してこれに対処した。ほぼ同時期に知人の方に不幸があった。8月に入ってから、別の子二人に、それぞれの事情が生じた。

などと、色々やっていたので、すこしたいへんだった。。
まだ全部終わってないし、月曜日もスケジュールがぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅっとつまっている。いわゆる閑散期は、閑散期だからいろいろスケジュールをいれていいだろう、という人たちが予定入れるので、ぜんぜん閑散期にならないのだ。。

ただまあ、先週は緊急事態感がつよかったのが、ちょっと日常(のおおいそがし)に変わりつつあるので、気持ち的にはらくだ。。


水曜まで暑かった。地元でも最高気温40℃に達した由。

モールに昼食に行ったが、ふだんなら駐車場で案内をしている人たちがいない。きっと暑すぎて執務は危険と判断されたのだろう。

暑いせいか、火曜日は札入れ、水曜日は小銭入れをわすれてきた。お金、つつまないといけないから、カードとかじゃ用が済まない。暑い中銀行まで行って下ろしてきた。銀行減ったから歩くのよ結構。。

あと、オフィスにいると夕方ごろには、もうだめだ状態に陥り、しかたないから下に降りて大福とかバウムクーヘンとか買ってきて食ったりした。

体重がふえるのはよくないが、時局柄やむを得ない。。
四の五の言っている場合ではないのだ。。。


木曜になったら、急に涼しくなった。
よかったといえばたしかによかったが、なんか疲れが出ますね。。

まあしかし、あれこれありながらも、なんとか生きてるからね。。

ニュースを見てると世界中暑いし、あちこちでみんないろんなことで怒っているし、それどころかいつ殺されるかわからない人もたくさんいるみたいだし。。



なんしー

2022年08月02日 | うんちく・小ネタ
ぺろし(もちろん英語の発音はこうは聞こえないが)って名前を見ると子供の頃を思い出す。
むかし友達に宏君という人がいて、よくふざけてぺろしくんと呼んでいた。意味はべつにないけど。。あと宏なのでウナム君とか呼んでた(わかるかな?)。

あと、小笠原君という子がいたけど、ときどきおがわらさくんとか、おらがわさくんとか呼んで遊んでいた。
ゼミの後輩に三田日奈子(仮称)という子がいたけど、名前で遊べるなとかいいながらよく、ひみたなことか、ひなみたこ(仮称なのであまり面白さがつたわらないね・)とか呼んでいた。

ペロシもプーチンも、なんとなく日本語だとかわいい感じがしなくもないんですけどね。。

海外の要人といえば、むかしイロイロ大統領という方がいましたね。。
今世紀の初め頃、中東の首脳陣と言うと、ありえる・しゃろんとか、やせる・あらふぁととか、(いずれも発音やアクセントは多少日本語つづりとはちがう)いたので、覚えやすかった。

というわけで・。
やはり疲れてるかもしれませんね。。

名前で笑うとかって、アメリカのドラマだとたまに出てきますね。。そういうのはむきになって怒らない文化なのかしら。。




なんで

2022年07月31日 | 日記・エッセイ・コラム
また暑くなってきましたね。
土日休日にオフィスに行くと、冷暖房が止まっているのであついです。

うさぎですが体質はとりなので、あったかいのは好きなのですが、蒸し暑いのは勘弁。
ずっとオフィスで執務をしていると、じっとりと汗かいてべたべたになってしまう。

ところが、用足しに廊下に出てみると、そこはしっかり冷房が効いている。トイレも涼しい。

よくわからないが、共用部分は常時空調を効かせてるのかな。
逆じゃないか、とおもいきや、もしかしたら、このビルの設計者は蘊蓄のある人で、三上(馬上、枕上、厠上)こそ大切にせよ、という思想の持主なのかしら。

いっそのことトイレで仕事しようかと思うが、そういう洒落のわかる職場ではないので思うだけです。。

馬上と言えば今の車になってから、窓開けて走るという気がなくなった。なんでかと言われてもこまるが。。先日旅行で田舎道走った時はエアコン切って窓開けたけど。やはりサンルーフがあるとこういう時はいいね。

いそがしいのはもう少し続きます。

ヴェーベルン 夏風の中で

2022年07月30日 | 音楽

週末ですがしごとに行かないといけないのですが、ちびっと疲れたので腰があがらなくて、こんなことかいてます。行ったらよるまでやって寝技にもちこむことになるなこれは。。


さて掲題のヴェーベルンの『夏風の中で』、正式にはIn Sommerwind - Idyll für grosses Orchester 、管弦楽のための牧歌「夏風の中で」、これは新ヴィーン楽派の中核メンバーであった、アントン・ヴェーベルンの初期の作品です。

ヴェーベルンは戦後まもなくザルツブルク近郊の娘の自宅で亡くなっています。娘婿が旧ナチスとの闇取引に関与しており、ヴェーベルンがベランダでタバコに火をつけたところ、これを闇取引の合図と思った在オーストリア米兵に射殺されたのだそうです。


そういう、いろんな話が調べると(ただのwikiの受け売りですけど)たくさん出てきて興味深いのですが、今個人的に仕事しないで油売ってるという罪悪感があって、あまりたくさん書けません・・・。

それと、これを取り上げた理由が単に、『夏風の中で』というタイトルに惹かれたから、というのもあります。

なんとなく、オーストリア近郊の、田園地帯のとある住宅で、ベランダに置かれたイスに座って外を眺めると、青々とした草が、やや強くて暖かい風に吹かれて波打っている、みたいな風景が浮かんできたり、しませんか・。


この曲を知ったのは、昔図書館で借りた、ショルティ指揮シカゴ響のマーラ―かブルックナーの交響曲に、これがカップリングされていたのがきっかけです。

ヴェーベルンは前衛音楽の旗手という印象ですが、初期作品のこの曲はほぼ後期ロマン派的な、ふつうに楽しめる小品です。マーラーやブルックナーにカプリングするのにちょうどいい感じですね。。

ショルティ盤は見つかりませんでしたが、今回買ったのはガリー・ベルティーニ指揮、ケルン放送交響楽団のライブ録音です。
1990年4月、リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領の70歳誕生日記念コンサートとして、西部ドイツ放送協会が主催した、チャリティー・コンサートとのことです。

冒頭の「夏風の中で」のほか、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番、ストラヴィンスキーの「火の鳥」という、なかなか楽しいプログラムです。
ヴァイオリンのフランク・ペーター・ツィンマーマンは当時若手のホープですね。

ヴァイツゼッカー氏は1984年から2期10年間、ドイツ連邦共和国第六代の大統領を務めた人です。1985年5月8日、「荒れ野の40年」という表題で、のちに「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」という名言が度々引用されることとなる、演説を行ったことで有名です。


1990年4月というと、ドイツでは前年にベルリンの壁が壊され、この年の秋には東西ドイツの再統一が実現した、ちょうどそんな最中ということになります。

日本では前年の暮れに日経平均が39千円近くに達した後、ずんずんと反落していく、その初期のころです。
いかてんとか、おどるポンポコリンとかの頃ですね。

個人的には生活ががらっと変わって、まだ入り口だったのですがそのさきぎゅぎゅぎゅっと、つらい日々がつづく、その入り口の頃ですね。。
あんまり、あの日に帰りたいって感じじゃないな・。まあ若かったのはねえ。。

あら、また油売っちゃった(あまり書けないといいながら・・)。。
さて、しごとしないとね。。