たまには、自作詩の紹介なんぞも・・・。『詩と思想』6月号。
広島の井野口慧子さんが詩集『千のはなびら』を上梓された。
言葉の美しさとか、言葉の重さとか、いわゆる表現力プラス・・・それらに圧倒されながら読ませていただいた。読み手を落ち着いた感じにさせてしまう不思議な雰囲気を持っている。なんだろうか、作者がそこで声静かに話をしている、あるいは朗読でもしているような感覚になってしまう。
4年前に上梓された詩集『火の文字』の翌年、私は所属する詩誌『密造者』へ稚拙な読後感を載せていた。確かその時は、登場する人の存在は読み手にとって知らないのだから違和感がある・・・といった内容のことを書いた記憶がある。それを思い起こしてただただ赤面。その折だったか私信を戴いたことがあった。たしかその中で私の詩集『橋上譚』について触れられ、自作にも「橋」という詩があると、コピーを同封して下さった。『千のはなびら』にはその「橋」を含め、詩誌「アルケー」に発表した作品と未発表作品など34編が収められている。
「時の賜物」
目をとじても 見える人
わたしは あなたの愛で 出来ている ※
テレビから流れてくるそんな歌詞が
素直に沁みてくる
引き裂かれた命の行方を追って
知らず知らず求めてきた 自分の旅の途中で
胸に刻まれた 美しい記憶の ひとつひとつ
胸を震わす 色褪せない時の賜物
それらは すべて あなたとともにあったのだと
今 気づいている
吉野の裏千本 迷いながらたどり着いた夕暮れ
か細い川のせせらぎの音と
待っていてくれた 幻のような山桜の花たちとの道行
ミケランジェロが「天使の設計」と言った
ローマのパンテオン神殿の 天井にあいたおおきい丸い穴
天空から降りそそぐ 光の輪の中に立った時
前にいた外国の旅人たちが 突然整列して
合唱を始めた ハレルヤ
成田空港に向かう前に 立ち寄った東京駅前の丸ビルで
北極圏で発見されたベビーマンモス リューバに逢った
三万七千年の時を超えて 生きている小さな象の眼で
笑いかけてくれた あの時 確かに—
お腹をこわして林檎をかじりながらの クルーズ船
半日の間 ただただ 大河ナイルの深く青い水を見ていた
エジプトの神々の不在の中 人々は彷徨い 行き暮れていても
五千年変わらず 身をうねらせて 流れ続けてきた水
その流れにも あなたの愛は潜んでいたから
今でも ナイルの川にたゆたいながら 目覚める朝がある
目をとじても見える人
数えきれないほどの物語を わたしはあなたに生かされて
紡いできたのだった
※NHKみんなのうた「目をとじても」
発 行 2018年5月18日
発行所 書肆山田