史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

「池田屋事件の研究」 中村武生著 講談社現代新書

2012年01月21日 | 書評
以前、「坂本龍馬と新選組のことは研究し尽くされている」とどこかで書いたような記憶があるが、この本を読んでまだまだ「新事実」があることを思い知らされた。
有名な池田屋事件のことにしても、「桝屋喜右衛門こと古高俊太郎なる人物が新選組に捕らえられ、土方歳三による執拗な拷問により洛中に火を放つという計画を自白した。これを受けて新選組が池田屋を襲撃した」という教科書程度の知識しか持ち合わせていなかった。
古高俊太郎とは何者か。古高俊太郎という人物と桝屋とはどういう関係があったのか。古高が長州藩にとってどういう存在だったのか。何故、長州藩および親長州藩浪士は古高奪回を計画したのか。池田屋事件の現場で亡くなった志士は誰なのか。実は何も知らないのである。著者中村武生氏は、池田屋事件にまつわる疑問を、一つ一つまるで薄皮を剥いでいくように解明していく。少ない史料から事実関係を明らかにしていく様は、まるで現場に残された証拠物件から犯人を割り出す名探偵のようである。著者の姿勢は実証的でありながら、次から次へと通説を覆すような結論に読者を導く。これまで記号でしかなかった古高俊太郎という人物が、俄かに顔や声を持った生身の人間として目の前に現れる、そのプロセスに快感を覚えた。「池田屋事件の研究」という書名に相応しい奥深い内容となっている。
例えば、司馬遼太郎先生が『街道をゆく』に書いた吉田捻麿の最期は、新選組フアンには良く知られたエピソードである。事件を知った吉田捻麿が長州藩邸に槍を取りに戻って、制止を聞かずに池田屋にとって返し、そこで沖田総司に斬られたという話である。これについて著者は「まったく根拠のない話」と切り捨てる。
池田屋で当日死亡したのは五人だったという単純な事実もこの本で初めて知った。実はこの五人が誰だったのか、当たり前のような話でありながら、なかなか特定が難しい。また、新選組が襲ったのは池田屋であるが、同時に一・会・桑の兵が不逞浪士の隠れ家を改め、(今風にいえば、“ガサ入れ”でしょうか)その際に逮捕された浪士は三十六名に及ぶという。このとき大仏(三十三間堂の南辺り)に所在していた坂本龍馬の居宅も襲われている。幸い龍馬は当時江戸に出ており、難を逃れたが、当時の洛中治安部隊の探索能力の高さには感心する。
従来、池田屋殉難士と数えられていた西川耕蔵なども、正確にいえばこのとき一斉検挙された一人である。“ガサいれ”も含めて「池田屋事件」と称するのであれば、西川耕蔵も池田屋事件殉難者ということになるのだろうが。
事件の前から長州藩の上洛出兵は計画されていた。「池田屋事件が起きなくても長州の京都進発はありえた」とは、まさに“目から鱗”の主張である。小説やテレビドラマでは、強硬に上京出兵を主張する来嶋又兵衛に対し、久坂玄瑞が罵倒されて、不本意ながら従軍して戦死するというドラマが語られてきたが、この通説に対しても、「来嶋又兵衛が、池田屋事件によってむしろ時期尚早という意見に賛意を示した」とする。では小説やドラマの出典は何なのか、という点は残念ながらここでは触れられていない。
この本は、新書としては異例の四百ページを越える厚さとなっているが、読み応えのある力作である。

コメント (7)
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