今月18日の奥能登の旅は曽々木からスタート。
しばらく歩くと、曽々木と八世乃の境の交通の難所に。
というか難所であったということが実感できるところにぶつかります。
古い道は全部は残っていないのですが4つの時代の道が断片的にあります。
最も古い道は寛政4年(1792年)に作られた岩を削っただけの道、2番目に古いのは明治20年(1887年)です。
車が通行可能な道となると昭和38年(1963年)、最も新しい道が平成21年(2009年)です。
最も新しい道は2007年のあった能登沖地震の災害復旧で作られたトンネルで、2番目に新しい曽々木隧道と八世乃隧道は今は通れません・・・
さて我々は明治時代の手堀のトンネルをくぐり、次ぎに江戸時代に作られた道を進みました。
この道は高度感があり運動靴で歩くには怖い・・・落ちたらどうしようなんて思います。
そんな道を進んだのですが八世乃隧道の抗口のあたりが地震の影響で崩落したままで行けない・・・
ふりかけさんが無謀にも波打ち際のルート開拓に挑み、波に打たれあえなく挫折。
しかたが無いのでパワースポットとなっている「せっぷんトンネル」を脇目に見て最も新しい新八世乃洞門をとおり通過したのでした。
昔の道を通ることができなかったのですが、明治時代に掘られたた隧道には不動明王があったり、最も古い道では、かつて能登の親不知と割れたことを実感したり色々な意味で堪能できるエリアでした。
大きな被害が出た能登沖地震も、その後の大きな内陸型直下地震や東日本大震災で多くの人の記憶から消え去っていることを当地を訪ねて気づかされたのでした。(管理人)
寛政4年に作れた道、下手な登山道より怖い・・
明治時代のトンネル
手堀隧道の脇に祀られている不動明王への道を突き刺すように今は通れない曽々木隧道が
手堀隧道に側道が造られ、その奥に不動明王があります
手堀隧道の一つがパワースポットの「せっぷんトンネル」
江戸時代の道は本当に質素です。波の華が出現する日は危険ですので歩かないほうがよいです
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というか難所であったということが実感できるところにぶつかります。
古い道は全部は残っていないのですが4つの時代の道が断片的にあります。
最も古い道は寛政4年(1792年)に作られた岩を削っただけの道、2番目に古いのは明治20年(1887年)です。
車が通行可能な道となると昭和38年(1963年)、最も新しい道が平成21年(2009年)です。
最も新しい道は2007年のあった能登沖地震の災害復旧で作られたトンネルで、2番目に新しい曽々木隧道と八世乃隧道は今は通れません・・・
さて我々は明治時代の手堀のトンネルをくぐり、次ぎに江戸時代に作られた道を進みました。
この道は高度感があり運動靴で歩くには怖い・・・落ちたらどうしようなんて思います。
そんな道を進んだのですが八世乃隧道の抗口のあたりが地震の影響で崩落したままで行けない・・・
ふりかけさんが無謀にも波打ち際のルート開拓に挑み、波に打たれあえなく挫折。
しかたが無いのでパワースポットとなっている「せっぷんトンネル」を脇目に見て最も新しい新八世乃洞門をとおり通過したのでした。
昔の道を通ることができなかったのですが、明治時代に掘られたた隧道には不動明王があったり、最も古い道では、かつて能登の親不知と割れたことを実感したり色々な意味で堪能できるエリアでした。
大きな被害が出た能登沖地震も、その後の大きな内陸型直下地震や東日本大震災で多くの人の記憶から消え去っていることを当地を訪ねて気づかされたのでした。(管理人)
寛政4年に作れた道、下手な登山道より怖い・・
明治時代のトンネル
手堀隧道の脇に祀られている不動明王への道を突き刺すように今は通れない曽々木隧道が
手堀隧道に側道が造られ、その奥に不動明王があります
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地形から見ると、もっと長かったんじゃないでしょうか?