蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

親族の基本構造の最終章の紹介1 序の上(婚姻パラダイム)

2021年10月04日 | 小説
(2021年10月4日)「親族の基本構造」の最終章(Coclusion結語)紹介1 序の上(意味論、婚姻パラダイム)

クロード・レヴィストロース(フランス哲学人類学者2009年没)著親族の基本構造、Les structures élémentaires de la parenté(第2版1967年Mouton社発行)については部族民通信のホームサイト(www.tribesma.net)、Gooブログで本年1月以来、解説している。本書巻頭の序章(Introduction)の紹介に始まり、本文に入って社会規則としての近親婚の禁止、婚姻制度と交換の原理などを取り上げた。「限定交換」(échange restreint)を実践しているMurngin族(アボリジェニ、オーストラリア先住民)の体系を実例として解説した。

親族の基本構造 表紙

これら合わせておおよそ本書の半分の頁数となると思う。
残る部分はカチン族ギリヤーク族など東アジア部族の婚姻制度例、これが「一般化交換」(échange généralisé)、さらには婚姻規則(protocole)を複雑化させる「女の購入achat」などが続くが、こちらには前回投稿で筆を進めていない。
この夏は外出もままならないコロナ禍でも暇生活を何とか駕ごうと本書の最終章(章題はconclusion結語)を読み始めた。内容こそ本文中の繰り返しながら、行句至る処で含意の深さには驚いた。本章の紹介に挑むとした。

Conclusion章のあらまし;
1 総論、婚姻と意味論のパラダイム。各学説の紹介と批判(これはIntroduction序章の内容と対応している)。
2 一般化交換の紹介(ビルマ=当時の名称=カチン族の婚姻体系)と根源的問題(交換サイクル破綻)
3 基本構造から複雑構造へ=女の値付けと買い取り
4 交換の機動因である不等価と不均衡、その起源(構造言語学の応用)
5 最後の文節(女の意味論)
となります。すなわち外婚(exogamie、序章ではfiliation系統と規定される)集団の形成、交換の規則、交換から買取へ、これらが本書の大綱ですが、それを最終章で一気に語る-となります。

まず、結語の章頭ページ(写真)を飾る文から:
<La vie future sera la répétition de la vie terrestre, sauf que tout le monde restera jeune , la maladie et la mort seront inconnues, et nul se mariera ni ne sera donné en mariage>
訳:来世はのぅ、地上のこの世の繰り返しになるのじゃが、人は皆が若いままで、病も死も知らず、その上誰も結婚を望まず、故に婚姻に追い立てられる女などいないのじゃ。
(Andaman神話、Man著Andaman Aboriginalから転載、本書523頁)

結語章の章頭、アンダマン島先住民の神話が紹介されている

最後の「原始人」とされるアンダマン島人、彼らが神話に込める願いとは「死後に黄金時代=âge d' or=を。そこでは誰もが個の核に引き籠もり結婚もしない」静謐につきます。この黄金時代をシュメールの神話バベルの塔と結びつける。結語章の最終文説、本書で最後の文を取り上げます;
<Aux deux bouts du monde , aux deux extrémités du temps, le mythe sumérien de l’âge d’or et le mythe andaman de la vie future se répondent : l’un , plaçant la fin du bonheur primitif au moment où la confusion des langues a fait des mots la chose de tous ; l’autre, décrivant la béatitude de l’au-delà comme un ciel ou les femmes ne seront plus échangées ; c’est à dire rejetant, dans future ou dans une passe également hors d’atteinte, la douceur, éternellement déniée a l’homme social, d’un monde où l’on pourrait vivre entre soi>
訳:地球の両端、幾千年の隔たりを経てシュメール神話(バベルの塔)とアンダマン先住民の神話は「相似」を見せる。一方は、言語の齟齬が言葉と物事すべてを理解から阻害した瞬間に、原初の幸福が終わりを迎えた。片方では幸福は空のあなたのどこかにあって、そこで女はもはや交換されることがない。社会に生きる男どもから、温かみを未来か過去か、遠いどこかに取り上げ捨て、個の内に生きる孤独を永遠に強いる。(本書570最終頁)


本書の最終文節はバベルの塔以前の世界こそ黄金時代だったとしています。

シュメールの黄金時代は過去、言語による交信が横溢する世の中でした。アンダマン族のそれは死後の世界、人々は個に閉じこもる、言葉を介した交流は消える。過去の横溢と死後の消滅、真逆の差異をあえて「相似」と意訳した。
原語はse répondre。元の動詞répondreは対応するだから、seを被せれば互いに応える、交信するが正しい訳。スタンダード辞典でも「互いに対応する、一対となる」としている。語の原義に「相似する」は希薄、というか無い。
それでも「相似」なる意訳を当てた訳は;
両の神話が互いに対応するとは何を意味するのか(部族民には)理解できないし、そうした相互性は神話には多く認められる。故に、当たり前と片付けてしまう。それでは面白くない。似ていると言い切ると何らかの理屈が両者を結びつける、この謎解きが生まれる。
4500年前、最初の都市国家の民族シュメールと、孤島アンダマンで「原始」社会に生きる族民の思想が似通う。それを相似にこじつけると本書が読み解かれる「かもしれない」。読書の面白さとはこんな処に、と妄想する。
相似の鍵になる語は「âge d’or黄金時代」。ここを起点にしてより読みを深耕しよう。

(2021年10月4日)親族の基本構造の結語 1 序の上の了

追:親族の基本構造ムルンギン族の体系、最終回を終えたのが7月8日となります。この空白2ヶ月はコロナ緊急事態(9月30日解除)と夏の暑さもあって、かなり怠惰にそしていくらかは真面目に読書に取り組みました。結語章の中身は気になっていたので頁めくりを繰り返すと、すっかりレヴィストロースの語り口、修辞というか行句のひねくれか、その絡繰りにハマりました。本投稿を始めるきっかけでした。

追の続き:レヴィストロースを読むには序と終が重要です。論理の展開、方法論の種明かしがこの2章に凝縮している。その間の本文はもちろん重要ですが、こちら初と終を読み込めばなんとかなるさで、速読希望者にはおすすめ。スイカとかパスモ(首都圏限定用語なれど許せ)が出現する前の大昔、最安区間の切符でJRや京王線なんかに乗車して、下車駅最安区間切符で下車する手口が横行していた。これをキセル乗車という。キセルは火口と吸口にのみ金が使われる、途中は竹の安物との連想からの隠語です。レヴィストロースの省力読みに前後が金、中身は竹かなとふと疑ってしまったわけです。キセル読は読書生活に役立つが、キセル乗車は犯罪です、おすすめしません。




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