蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

狼少年ロベール Le loup ! Le cas de Robert 3

2022年09月02日 | 小説
(2022年9 月2日)Rosine Le Fort女史(1925~2007年)は幼児心理学の研究者。ロベールを預かった時、彼は3歳9ヶ月。幼児心理の観察記録がなぜラカンセミナーで披露されるのか、幼児と成年では心理が異なるとの疑問を抱いた方も多いのでは、小筆もそれを感じた。ピアジェは幼児から少年への発達心理を提唱した。その説に基づけば幼児の心理状態を用いて成人心理は説明出来ないし少年心理とだって異なる。ピアジェ心理学では幼児成年の交流はないと感じる。
フロイトも心理の発達を述べたが、道筋を一本つけている。それが無意識領域。生まれながらの象徴化能力、そこに潜む性愛志向はLibidoとして発現する。すなわち幼児も成人も知識知能の差はあるけれど、同じ心理構造を構えているとしている。幼児心理を通して、成人精神を探ることは可能―と部族民は考え直した。セミナー参加者もこの認識を共有していたと思います。
ラカンセミナーではLeFortは2夜に渡る発表の機会を得た。


Rosine LeFort ロベールを観察治療したときは30歳代の前半だった。写真はネットから採取

3年弱の観察と治療。女史に打ち解けたロベール、Loupの叫びは途絶え、走り回りも無くなった。LeFortは個人事情で一時、観察から遠ざかる。
Il m’a vue enceinte. Il a commencé par jouer avec des fantasmes de destruction de cet enfant. J’ai disparu pour l’accouchement. Pendant mon absence, mon mari l’a pris en traitement, et il a joué la destruction de cet enfant. Lorsque je suis revenue, il m’a vue plate, et sans enfant. Il était donc persuadé que ses fantasmes étaient devenus réalité, qu’il avait tué l’enfant, et donc j’allais le tuer.
訳:ロベールは私が子を宿していると気づいた。その子を破壊する妄想を抱いてはそれを遊びにした。私は出産のため施設を離れた。その間、夫がロベールの面倒を見たのだが、彼は子殺しの遊びを続けた。私は戻った、お腹が膨らんでいない私を見て、ロベールは子殺し遊びが現実になったと知った。彼が子を殺し、私も子を殺したのだと。
幾日かの後、LeFortは赤ちゃんを抱いて施設に出勤した。
Son état d’agitation est tombé net, et quand je l’ai pris en séance le lendemain, il a commencé à m’expliquer un sentiment de jalousie. 
J’ai eu l’impression que cet enfant avait sombré sous le réel, qui au début du traitement il n’y avait chez lui aucune fonction symbolique, et encore moins de fonction imaginaire. Il y avait quand même deux mois.
訳:彼の快活さは明らかに低下した。そして翌日、問診の間、彼は明らかな嫉妬心を私に見せつけた。この子(ロベール)は(もともとは)現実の暗い陰に覆われていた、私の印象ですが治療の初期には彼はいささかの象徴能さえ持たず、空想化能も著しく欠けていた。
観察治療を通じて、人間らしく取り扱われた効果がロベールに現れた、象徴能の湧出であり=転移なる精神作用で母を独占する=、そして空想化能の獲得=現実体験から抵抗を感じ取り、子殺しを妄想する=の主張をLeFort女史は言外に残す。
さらに、
LeFortの報告発表の前にラカンが一言挟んだ用語(抵抗と転移)、そして<(実情が暴かれてしまう)不安から精神屈折に押し込まれ、転移がもたらす「象徴的な交換」、その流れの極端に至った亢進の中でそれ(抵抗)が発現する>(本連続投稿第一回目、8月29日)。転移をLeFortに感じ取り母として象徴化する。母が子を宿すと知るやロベールは抵抗を発動しその子を殺すと空想する。解説した « transfert » « résistance » の実例を女史が体験していたのだ―とラカンが言いたげ。
「ラカン説の勝利、ラカンバンザイ」の嵐となるかと思いきや、怜悧な質問が飛び出した。
M.Hyppolite : ― C’est sur le mot Le Loup que je voudrais poser une question. D’où est venu Le Loup ? 一つ質問を許してくれるかな、なぜオオカミなのかね。高等師範学校長Hyppoliteから。どちらかというと「大口叩き」で強調言説を多用するラカンと異なり、彼は冷静を保持する。
LeFort―子の収容施設で看護婦がオオカミが来るよと子を黙らせる習慣があります。ロベールが収容されていた施設で扱いにくい子を外に出して、オオカミの偽声を聞かせていましたとの答え。
M.H. : ― Il resterait à expliquer pourquoi la peur du loup s’est fixée sur lui, comme sur tant d’autres enfants. 彼にオオカミへの恐れが定着した理由の説明は如何に。
Mme Lefort : ― Dans les histoires enfantines on dit toujours que le loup va manger…Sa mère va le manger…子供に聞かせる昔話ではオオカミがやって来て食べられるぞ…母親がオオカミに変身して子を食べる…などの説明をLeFortが返した。興味深い変化をも報告する。
Quand il voulait être agressif contre moi, il ne se mettait pas à quatre pattes et n’aboyait pas. À présent il le fait. Maintenant il sait qu’il est un humain, il a besoin, de temps en temps, de s’identifier à un animal. Quand il veut être agressif, il se met à quatre pattes, et fait « ouf ouf » sans la moindre angoisse. Puis il se lève, et continue le cours. 初期の頃は私に攻撃的になると四足で床に這いつくばる、でも唸りは上げなかった。今はそれをします。彼は自分が一人の人間だと知る、けれども時折、動物と見立てる要があります。その時は四足で這い、唸りウーウーを上げる。不安を与える風です。そして立ち上がり問診を続ける。
聞いたHyppolite、そこだ、膝を打って反応する。

狼少年ロベール Le loup ! Le cas de Robert 3の了(2022年9 月2日、次回5日)

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