蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

狼少年ロベール Le loup ! Le cas de Robert 4

2022年09月05日 | 小説
(2022年9 月5日)Hyppoliteの口調が質問から講演に変わった。
M.Hyppolite : Oui, c’est entre zwingen et bezwingen. C’est toute la différence entre le mot où il y a la contrainte, et celui où il n’y a pas la contrainte. La contrainte, Zwang est le loup qui lui donne l’angoisse, et l’angoisse surmontée, Bezwingung, c’est le moment où il joue le loup.
訳:そこです、zwingen と bezwingen (両語ともドイツ語、訳せない)の関係となる。その差とは一方は強制 (contrainte) を受けての行為で片方は強制なしの行動。狼への怖れが彼にその行為を強制Zwangすることとなり、もう一方は強制を乗り越えた状況Bezwingungで、彼の方が狼を演じる。
Hyppoliteがドイツ語を持ち出す理由は彼はドイツ哲学を深め、ヘーゲルのフランス語圏での紹介者であるから。上の語もヘーゲル用語、出典は « Phénoménologie d’esprit » 精神現象学(原本ドイツ語、Hyppolite訳フランス語版を参照)。


Hyppolite, 哲学、ヘーゲルの紹介者。高等師範学校哲学教授、後に学長。仏翰林院会員など。教育界の高位職を歴任した彼に、LeFortは論争を挑めない。D'accord同意と返したのも宜なるか。話を途切れさせる「同意」であったかも、英語の「OK」にも同様の「分かった分かった」的な遣い方があると聞く。


小児施設から送られてきた治療初期で、(不安を抱くなか)ロベールは「強制」を受けオオカミと叫ぶ状況に身を置いていた。叫びが現実からの逃避。LeFortの治療よろしきを得て後にこの不安を克服できた(l’angoisse surmontée)。逆にオオカミを用いて他者、LeFort女史を不安がらせるを試みた。この経緯をヘーゲル用語、すなわち弁証法で語った。ロベールの例はまさにヘーゲルが当てはまる、Hyppoliteは頷いて自説をLeFortに伝えた。
この辺り「オオカミ」のロベール事情を確かめるためにLeFort報告に戻る。Le Loupと叫んだロベールの瞬間を探すと;
Il avait visiblement acquis l’idée de la permanence de son corps. Ses vêtements étaient pour lui son contenant, et lorsqu’il en était dépouillé, c’était la mort certaine. La scène du déshabillage était pour lui l’occasion de crises. … Il hurlait ― Le Loup ! (112頁) 彼は身体の連続性の考えにとりつかれた。服は彼にとって容器であって(服と中身の肉体を合わせて一つの身体と考える)、服を剥がされたら毛皮を剥がされたオオカミ、死ぬとの怖れに取り憑かれる。(シャワーなどで)服を脱がせると大騒ぎになる。
もう一例 ― : Il m’a fait jouer le rôle de sa mère affamante. Il m’a obligée à m’assoir sur une chaise où il y avait sa timbale de lait, afin que je la renverse, le privant ainsi de sa nourriture bonne. Il s’est mis alors à hurler ― Le Loup ! ロベールは私に母親, 彼に食を与えない母、を演じるよう求めた。椅子に彼用のミルク杯が置かれていて、その上に座りミルクをひっくりこぼすよう強いた。このように食べ物から自らを疎外し、オオカミと叫びだした。
食を与えられなかった心傷を思い返し、「子を貪る母」(民話、LeFort注釈)の脅迫に怯え叫んだのではないだろうか。
両の顛末いずれもそれ以前の経験に由来する。怖れがロベール心理で狼と同期するのだろう。しかるにこの心理の動きは精神科臨床の範疇、当方に語る資格は欠如しているのでここまで。
治療も後期になるとオオカミ怖れを克服できた。ロベール自身が脅す側に回る。LeFortの子を殺す演技をする例(前述)がこれに当たる。
Hyppoliteが提起したzwingen から bezwingenへは弁証法の意味合いが濃厚(強制され、強制に勝ち、他者を強制する)。ロベールの複雑心理と変遷を弁証法の一本筋で説明している。色々と(概念と定義があまり分からないラカン用語)を弄り回す精神分析よりかなり簡素。部族民も納得してしまう。
Hyppoliteのしてやったり顔を見せつけられて;
Mme Lefort : ― Oui, je suis bien d’accord. はい、同意します。
ラカン愛弟子がハレの報告のさなか、弁証法を認めてしまった。これでは精神分析の入る余地がなくなってしまう。ラカン出番も色褪せてしまう。弁証法に対抗すべくラカンが乗り出す;
Pourquoi le loup ? Ce n’est pas un personnage tellement familier dans nos contrées …… soit dans l’adoption d’un totem, soit dans l’identification personnage(118頁)
なぜ狼か、その「人格」は我が国地方ではそれほど親しまれていない。(以下は中略部)隠れる社会の神秘、神話、あるいは地方土着言い伝えなどに関連を持たせたいそしてトーテムの思考なども…
数行の間はほとんど出任せ、大した話をひねり出していない。Hyppoliteへの反論に入るまでの時間稼ぎ、頭を巡らせ弁証法への対抗策をその間にひねり出す。ようやく次の言い回しに漕ぎ着けた(危機状況でラカン、頭回転の速さは尊敬モノ);
Il est difficile de faire ces distinctions à propos d’un phénomène aussi élémentaire, mais je voudrais attirer votre attention sur la différence entre le surmoi, dans le déterminisme du refoulement, et l’idéal du moi.
訳:このそれなりの初歩的現象(狼と叫ぶロベールの心理)について、それを分別し取りまとめる(強制があるか、ないかのHyppolite説を暗に仄めかしている)は難しい。しかし私としてここに伝えるのは上自我surmoi(定訳は超自我)と「己が描く自己」idéal du moi(理念の自我とする、定訳は理想自我)を峻別することであり、そこにはrefoulement(抑圧)が介在している。この点に注目してほしい。
単純は物性理論に精神を還元するのは難しい。精神は精神分析でなくては、専門用語を散りばめてラカンの反論が始まった。
狼少年ロベール Le loup ! Le cas de Robert 4の了(2022年9 月5日、次回7日)

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