(2021年2月17日)流れも急瀬に鏡を吊るし、幣で祓って穢れを除きその鏡面に呪いを掛け、衣通姫の顔(カンバセ)を浮き上がらせた。影を抱いて姫と「共に」軽皇子は入水した(古事記軽皇子の段)。この逸話を部族民通信はブログとホームサイトに掲載した(本朝婚たはけ2000年)。記事に接し一方ならぬ感銘を覚えた者がK老人である。さらに老人は奇妙な経験を経る。そこで考えた、
「ブカンコロナ禍で散歩を自己規制しているけれど、この話には驚くだろうな」早速報告にとチャビ公(部族民犬)を引き連れ、渡来部(部族民通信の発起人)を訪れた。
以下はK老人の語りを書き取った渡来部出稿のブログです。
魔鏡を語ったK老人(背景は縄文小屋)
部族民犬のチャビ公
その朝のK老人、一人書斎。「本朝婚たはけ2…」を読み終わり、思わずはたと膝を手で打った。「これだ~」感嘆叫びは書斎を抜け廊下に伝い響いた。書斎としたが実は机を置いた部屋のタダの隅っこ、廊下は筒抜け。
「なんとも哀しい物語であるのう、実の妹とはいえ育つ里は別であったのだろう。それ故、初に出会ったときにその美しさに感動し、以来、一時も姫を忘れられず、純情まっしぐらはひたむき一途、恋いの焦がれに身がだえる。寝ては姫、起きても又「ヒメ~」。皇子ひたむき心に理解も及ぶというものだ」
「旦那さん、なにに感動してますのか」
脇からかかった声は上っ調子で人のそれには聞こえない、
「お前か、朝寝から目覚めたか、この経緯その結末を知るとはお前にも必ず役に立つだろうから一席、聞かせてやろう」
「私めカガミにすら役立つとは、さぞかし徳のお高い方の…」
カガミとは鏡、髭の伸び具合を確認するため。書斎の柱に据え付けたのは半年の以前である。話しかけられた初っぱなこそ気分を害した。鏡ごときに声を掛けられる、K老人は不快だったが白雪姫物語で鏡は喋ると思い直した。おっつけ上っ調子の喋り口に慣れた。
鏡に向かい皇子の悲恋譚を、その結末まで一通り語った。しかし鏡、一向に感動する素振りを見せず柱脇から、
「ナンですが他人の顔を浮き上がらせるってやり口なんざぁ容易い芸ですわ。さらに言っておきますが鏡は覗いている本人を反射させている訳ではない。この辺りを人様は誤解しまくりです。私に限らず鏡内側には独自の虚構世界が存在している。覗く顔を幾分ねじ曲げて、時にはすっかり変えて映し返すのですわ。だから時に、見る人がいなくても浮き上がらせる、それが鏡の能力」
「100均の安売り一品分際にしては聞き慣れないコトを言い出すやつじゃ。でもそういえばレヴィストロースも人が見ている影は鏡の内か外のワレなるかの難題を神話学3巻で問いかけていたな。鏡の内外は別件として、我としてとある一点が聞き捨てできない。汝、他人の顔を浮き上がらせると申したな」
「お察しの通り」
「皇子が愛用した鏡はその通りの芸を見せた。だから皇子は入水できたのだ」
「私だってその芸当はできます」
「それはマコトで真実、偽りなくねつ造ですらないのか」
この問いを幾度か鏡に向けた。老人への答えは「しかるに、まさしく、ご指摘通り」肯定のみが反ってきた。
とある計画をK老人が思いついたのだ。「それなら汝…」老人の声は改まった口調。その企てはなおさら特異。狙いに気づいて鏡ははっと震えた。
「誰かさんの思い出顔なんかを鏡に映してくれだって。すると今の軽皇子ですよね。その顔共に、ってことはこの私を道連れに浅川入水する魂胆は丸見え。私は協力できません、抱き合い心中はお断り」ブルブル。
鏡に限らない、老人との心中は誰もが避ける。震え声を聞いて老人は鏡に一笑し、
「我は皇子ではない、あのような浮ついた心でこれをしでかそうなどとは考えていない」
悲恋だと持ち上げて、下の根も乾かぬうちに浮つきとけなす。一貫性に欠ける言葉遣いは多くの老人に特徴的であり、Kにしてもその陥穽からは抜け出ていない。続ける言葉が解き明かす彼の企みとは、
「汝の鏡面に映し出して貰いたい顔があるのじゃ、その顔がそこに移っていれば儂も安心して読書に励めるかと思ってな」
「そんなら安心だ。その方とは」
「アヤ子様だ」
「それだけじゃ分かりませんよ、どこのアヤコとか姓は何とかとか言ってくれないと」
老人はその姓をだした。「聞いたことがあるけど、オールドジェネレーションに属する方ですよね」
「左様、儂の歳に見合っているだろう。ただしアヤコ様の現在の顔出しではない。今を去ること50年、いや60年前はより美しかったな。過去形のアヤコ様だ」
「リアルタイムでの顔なら割合と速く映し出せるんですが、それじゃ嫌だとおっしゃる。まあその訳は察しがつきますわ。下手に出したらあんた一人で浅川身投げって悲劇になるから。儂も人の子、ちがった、鏡の子だから願望をお聞きしますよ」
鏡は裏面に引っ込んで沈思黙考。しばらくが経過してやっとこ、
「えいや、これだ」鏡が映したその若作りに老人は何とも声を出せなかった。
目の前に浮き出たアヤコ様の若作り、老人は息を殺した。
抱き合い心中魔鏡クロワッサン 1の了 続く(2021年2月17日)
「ブカンコロナ禍で散歩を自己規制しているけれど、この話には驚くだろうな」早速報告にとチャビ公(部族民犬)を引き連れ、渡来部(部族民通信の発起人)を訪れた。
以下はK老人の語りを書き取った渡来部出稿のブログです。
魔鏡を語ったK老人(背景は縄文小屋)
部族民犬のチャビ公
その朝のK老人、一人書斎。「本朝婚たはけ2…」を読み終わり、思わずはたと膝を手で打った。「これだ~」感嘆叫びは書斎を抜け廊下に伝い響いた。書斎としたが実は机を置いた部屋のタダの隅っこ、廊下は筒抜け。
「なんとも哀しい物語であるのう、実の妹とはいえ育つ里は別であったのだろう。それ故、初に出会ったときにその美しさに感動し、以来、一時も姫を忘れられず、純情まっしぐらはひたむき一途、恋いの焦がれに身がだえる。寝ては姫、起きても又「ヒメ~」。皇子ひたむき心に理解も及ぶというものだ」
「旦那さん、なにに感動してますのか」
脇からかかった声は上っ調子で人のそれには聞こえない、
「お前か、朝寝から目覚めたか、この経緯その結末を知るとはお前にも必ず役に立つだろうから一席、聞かせてやろう」
「私めカガミにすら役立つとは、さぞかし徳のお高い方の…」
カガミとは鏡、髭の伸び具合を確認するため。書斎の柱に据え付けたのは半年の以前である。話しかけられた初っぱなこそ気分を害した。鏡ごときに声を掛けられる、K老人は不快だったが白雪姫物語で鏡は喋ると思い直した。おっつけ上っ調子の喋り口に慣れた。
鏡に向かい皇子の悲恋譚を、その結末まで一通り語った。しかし鏡、一向に感動する素振りを見せず柱脇から、
「ナンですが他人の顔を浮き上がらせるってやり口なんざぁ容易い芸ですわ。さらに言っておきますが鏡は覗いている本人を反射させている訳ではない。この辺りを人様は誤解しまくりです。私に限らず鏡内側には独自の虚構世界が存在している。覗く顔を幾分ねじ曲げて、時にはすっかり変えて映し返すのですわ。だから時に、見る人がいなくても浮き上がらせる、それが鏡の能力」
「100均の安売り一品分際にしては聞き慣れないコトを言い出すやつじゃ。でもそういえばレヴィストロースも人が見ている影は鏡の内か外のワレなるかの難題を神話学3巻で問いかけていたな。鏡の内外は別件として、我としてとある一点が聞き捨てできない。汝、他人の顔を浮き上がらせると申したな」
「お察しの通り」
「皇子が愛用した鏡はその通りの芸を見せた。だから皇子は入水できたのだ」
「私だってその芸当はできます」
「それはマコトで真実、偽りなくねつ造ですらないのか」
この問いを幾度か鏡に向けた。老人への答えは「しかるに、まさしく、ご指摘通り」肯定のみが反ってきた。
とある計画をK老人が思いついたのだ。「それなら汝…」老人の声は改まった口調。その企てはなおさら特異。狙いに気づいて鏡ははっと震えた。
「誰かさんの思い出顔なんかを鏡に映してくれだって。すると今の軽皇子ですよね。その顔共に、ってことはこの私を道連れに浅川入水する魂胆は丸見え。私は協力できません、抱き合い心中はお断り」ブルブル。
鏡に限らない、老人との心中は誰もが避ける。震え声を聞いて老人は鏡に一笑し、
「我は皇子ではない、あのような浮ついた心でこれをしでかそうなどとは考えていない」
悲恋だと持ち上げて、下の根も乾かぬうちに浮つきとけなす。一貫性に欠ける言葉遣いは多くの老人に特徴的であり、Kにしてもその陥穽からは抜け出ていない。続ける言葉が解き明かす彼の企みとは、
「汝の鏡面に映し出して貰いたい顔があるのじゃ、その顔がそこに移っていれば儂も安心して読書に励めるかと思ってな」
「そんなら安心だ。その方とは」
「アヤ子様だ」
「それだけじゃ分かりませんよ、どこのアヤコとか姓は何とかとか言ってくれないと」
老人はその姓をだした。「聞いたことがあるけど、オールドジェネレーションに属する方ですよね」
「左様、儂の歳に見合っているだろう。ただしアヤコ様の現在の顔出しではない。今を去ること50年、いや60年前はより美しかったな。過去形のアヤコ様だ」
「リアルタイムでの顔なら割合と速く映し出せるんですが、それじゃ嫌だとおっしゃる。まあその訳は察しがつきますわ。下手に出したらあんた一人で浅川身投げって悲劇になるから。儂も人の子、ちがった、鏡の子だから願望をお聞きしますよ」
鏡は裏面に引っ込んで沈思黙考。しばらくが経過してやっとこ、
「えいや、これだ」鏡が映したその若作りに老人は何とも声を出せなかった。
目の前に浮き出たアヤコ様の若作り、老人は息を殺した。
抱き合い心中魔鏡クロワッサン 1の了 続く(2021年2月17日)
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