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◆あなたがたが……神のご性質にあずかる者となるためです。

2011年09月16日 06時39分18秒 | 聖書
◆あなたがたが……神のご性質にあずかる者となるためです。(Ⅱペテロ一・四)

神のご性質にあずかるとは、もちろん神になることではない。そのようなことはあり得ない。神の本質は、被造物の関与できないものである。被造物と創造者の間には、絶えず本質的な深淵が横たわっている。しかし最初のアダムが神のかたちにかたどって造られたように、私たちも聖霊によって生まれ変わることにより、いっそう尊い意味において、いと高き方のかたちに似、神のご性質にあずかる者となる。私たちは恵みにより、神に似たものとされる。
「神は愛です。」私たちもまた愛とされる。「愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。」神は真理である。私たちもまた真実な者となり、真理を愛するに至る。神は善である。そして神は恵みによって私たちを善なる者とし、私たちを清い者とせられ、神を見ることを得させられる。
しかしこれよりさらに高い意味において、私たちは神の性質にあずかる者となる。それは、絶対に神のようになり得ない私たちにとって、考え得る最高の意味においてである。私たちはキリストの神たるご人格の肢体となるではないか。かしらを流れるのと同じ血が手にも流れ、キリストを生かすのと同じいのちがその民をも生かす。「あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されてある」のである。否、これだけではまだ十分でないかのように、私たちは主と結婚する。主は義と真実をもって私たちと婚約された。そして主につく者は主と一つの霊になる。
なんという驚くべき恵み! いったいだれがそれを会得できよう。イエスと一体になる――枝がぶどうの幹につながって一体となる以上に、私たちは主の一部分となる。これを私たちは喜び、さらにこう心に銘記しようではないか。神の性質にあずかる者は、人との交際の中に、いと高き聖なる方との関係を表し、日々の歩みと会話の中に、肉の世の腐敗から逃れ出た者であることを明らかにすべきである、と。
ああ、さらに聖い生活を望みたい。


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