(3)
エミリー・ディキンソンの詩を、グレッグは思い出していた。
" Success is counted sweetest
By those who ne'er succeed.
To comprehend a nectar
Requires sorest need. "
( 成功したことがない者には、「成功」は、この上ない甘美なものだ。
のどが渇き切った者に、甘い飲み物の味がわかるように )
食事をしながら、目の前にいる女性がまぶしく見えた。
いつの日にか、この女性と生活をともにしながら、庭で遊ぶ男の子を二人で見守る姿が、ちらっと頭をよぎったが、すぐに自らのそのような不遜な思いを後悔しながら、取り消した。
今の自分はのどが渇ききった者なのか、妻と子供と3人で庭で遊ぶ姿が、成功なのかという思いが浮かんできた。
彼女に初めて会った時は、薄暗い図書館の中で、彼女は、地味な服を着ていたし、眼鏡をかけていて、そんなに印象的ではなかった。
しかし事務室で彼女とまじかに接した時、グレッグに応えるときの、いかにも優雅な態度、話し方、知的な振る舞いに、何かしら魅かれるものを感じていた。
グレッグは、南部の生まれで、初めてニューヨークに出てきたとき、人々が早口で話す言葉についていけなかった。
彼には、ニューヨーカーたちのしゃべり方が、なんとも奇異に思えて、馴染めなかったのである。今では、もうニューヨークの人たちの早口の話しぶりにも慣れていたが、レベッカの話し方は、ニューイングランド風で、ニューヨーク弁とは違っていたが、少し土地訛りと言うか、ニューヨークでは聞きなれない話し方が、心地よく響いてきたのである。
この機を逃しては、一生彼女とは縁が切れてしまうような気がして、勇気を鼓してホテルから彼女に電話をしてしまった。
" Are you making a date just after you have arrived ? " (着いたばかりなのに、もうデートなの? )宿の主人に冷やかされながら、ホテルを出てきた。
彼女と食事をとりながら、それとなく彼女の顔を見つめていた。
今まで会ったどの女性より女性的で、目の色は、あくまで透き通るようなブルーで、まるでエリザベス・テイラーの目をのぞき込んでいる気持ちだった。
彼女が話す言葉が、音楽のように心地よく響いてきた。
" Where do you wanna go after you stay overnight here ? " (今夜ここに泊まって、それからどこにいくの? )
" I'm not sure. I have no exact planning. " ( 決めてないんです。はっきり計画を立ててきたわけでないので )
" I would like to go over Canada when I left New York, but I'm not sure about that now. " ( ニューヨークを出るときは、カナダのほうに行きたいと思っていたのですが、今はもうわかりません )
" Tomorrow I may stop by at the library, may I ? " ( 明日図書館によってもいいですか? )
" Sure ! " ( もちろんです )