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グレッグは、レベッカとレストランでのデートを楽しんだ。
ホテルに帰ってきて、彼女のことをいろいろ思い出していた。彼女の穏やかな話しぶり、いかにも知的な表情などがたまらなくグレッグの心をひきつけた。特に踏み込んだ内容ではないが、一つ一つの交わした話題を心の中で繰り返して思い出していた。上気した雰囲気での会話だったから、自分が何を言ったのかをもう思い出せないでいたが、ひょっとして、自分のことで好印象を与えなかったのではないかなどと反省した。
ホテルの部屋に帰ってきて、寝支度の着替えをし、本来なら寛ぐところだが、何となく眼下に光が点滅する港の景色を見ていた。
冷蔵庫からワインを取り出し、グラスに注いだワインを飲みながら膝の上に本を広げて、いざ読み始めると、まるで文字の上面だけを追っていくようで気持ちが入らない。
時計を見ると、まだ深夜ではないことに気づき、衝動的に故郷の母に電話をかけてしまった。いつもなら母のほうからかかってくるだけなのに、受話器を取った母が、グレッグからだと知って、
" Greg ? You've never called me. What happened ? " ( グレッグ !あなたから電話がかかってきたことがないのに、何かあったの? )
" I'm just calling you. I wanna hear your voice. " ( お母さんの声が聞きたくて電話をしてしまって )とか言ってしまった。
別にうそを言っているのではなく、本当に母にレベッカとデートをしたことを話したかったのは事実だった。
しかし結局そのことを言い出せないまま電話を切ってしまった。
今日の昼間に唐突に出会った女性のことを、そして彼女のことをまるで知らないまま母親に話すのは気が引けたのである。
「どうしたのよ一体?」と母に言われて、グレッグは、すっかり戸惑ってしまった。何を言っていいのか言い淀んでしまった。まるで自分が夢遊病者のように、後先考えないで母に電話をしてしまったが、まさかレベッカに出会った事情を説明してもわかってくれないだろう。
一緒に食事をしていながら、グレグはもっぱらレベッカのことが知りたくて、一方的に質問ばかりしていたようだった。
時折彼女が、彼のことを質問していたようだったが、自分のことで何を話したのだろうか。
グレッグが、ジョージアの出身だということ、ニューヨークで医者をしていること、このたび2週間の休暇をもらって、家を飛び出し、何の当てもなくメイン州まで来てしまったことなどを話したかもしれない。確か、「お医者さんの仕事は大変だわね」とか、レベッカが言っていたような気がする。
しかしこの島はなんと静かなのだろう。夜の帳が深まっても、走る車の音も聞こえてこない。
眼下に広がる港は、あくまで静かである。一面に瞬くように点滅する明かりが見える。おそらく漁船やヨットなどの夜間照明なのだろう。
ニューヨークだと、グレッグが住んでいる辺りは、それでも静かなところなのに、一晩中車の音などで騒々しい。救急車や警察の車が、甲高いサイレンを鳴らして走り回っている。
「こんな島に住むのも悪くない!」との思いが頭をかすめた。
ジョージアの子供時代を思い出していた。湖でボートを漕ぎだし、父親や兄、妹と魚釣りをしたことを思い出した。
「明日は、どこかの海に出て、魚を釣ったらどうだろう!」などと考える余裕が出てきた。