降って来るもの

写真と散文とぽえむ

五人の孫が

2017-12-18 06:22:20 | 

 ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ございます!! 土曜日の夕方から”京都組”がやって来て孫が五人揃って賑やかな二日間になりました。

 和室の仏間の机の上に置いてあるPCは、当然のように閉じたまま。何しろ隣に続くリビングに京都組の四人が寝ているのですから、四時や五時に起きて居間の明かりを点け、メーカーでcoffeeを淹れてブログ更新など許されるはずも有りません。

 それで昨日の日曜の朝は、例の目覚まし時計が七時を回るのを確認するまで布団の中に潜っていましたよ。お陰で睡眠時間はたっぷり。九時間近くも布団の中に居たのは思い出せない位前の事だったような・・。それだから朝の4500歩も颯爽とこなし、帰ってすぐに踵を返し八時半からの自治会の”年末大掃除(公民館内外の清掃と二つある公園の落ち葉集め)”に十一時まで苦もなく参加してきましたよ。

 同時に子供たちの為に”お餅つき大会”もあって、我が家の孫たちも杵つきの真似事をさせて貰ったり、搗きたてのお餅をアンコやきな粉でご馳走になって大喜びでした

 

12/18 06:44 まんぼ

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聴心記.ⅩLⅠ

2017-12-18 06:06:06 | 聴心記

                   ⅩLⅠ「それじゃ、今から」

 

少し長~い聴心記を

心が聴いた其の儘を書いてゆきますので

くれぐれも途中でretireしないで下さいよ

面倒くさいと思っても

はた迷惑な話でも、鬱陶しくても

あれあれ又か・・って内心では呆れたとしても

ですよ

 

何事もなかったように

欲を言わせてもらえるのなら

”待ってました!”と言う風に装って

 

そりゃ色々と気に障るmelodyも

整理整頓できていない雑音も含まれ

意味不明や意味深長な言葉使いも混ざっていて

煩わしいことこの上なしとも想うのですが

小学校の国語のテストのように軽い気持ちで

paperを開いて下さいな

 

決してそのことで

アナタの評価をしようとは

夢にも思っていませんから

露ほども考えていませんから・・

                   「覚えておいて欲しいから」

 

書くmonoの本体の大方は

まるで決まり事のように

パッと寄り添って

僕があれこれ模索したり

呻吟するのは

殆ど最後の一ピースの在処や

一言の嵌め処や、居並びの体裁になる

 

道造や中也のようなら

裡から湧き出すものを意のままに

順列さえ弄る必要もなく羅列しても

crystalの詩篇のように

何時の時代でも、何時までも

眩しい光沢を放つ作品になる

 

唯、美しくて切なくて儚い感受性が

アメーバーのように

一瞬に描き出す永遠のpoemを

彼らは苦も無く裡なる宝庫から持ち出せたのだ

 

僕は天才でも

傑出した才能の持ち主でも

一家言持つ賢人でも

一目置かれる見識家でも

藤村のように

貪欲な出世欲の持ち合わせもないので

後世に残せそうな一編のsonnetを書くさえ疑問だが

ただ心の交わりを育めた

幾許の人の胸では

あの人はもの書きで沢山の詩を綴ったと

覚えておいてほしいから・・

 

そんなこんなの理屈を捏ねて

僕は歩きながら青色のペン先を滑らせる

修正や変換の必要に迫られて

ときおり赤色のballをころがしたりしながら

                      「常套的に」

 

尚更のことに

僕はどんな選択をしてきたのだろうと

此処まで来てしまってから

戻れない昨日を眺めてしみじみと訝る

ふと、そういう感慨に捉われることがある

そうして

そんな場合の大概は

常套的にminus思考なのだ

 

あの機会に左へ行けば

あの角を西へ向かっていれば

あの溜り場でもう少し周りを見渡せていたら

あのchanceこそ僕を成功に・・etc

 

如何とも為し難いことで

是非もないことで

一頻り胸の郷愁が渦巻く

                      「壊されると」

 

自分のものだと思っている時間を

自分の思惑通りに進捗する移ろいを

否応なしや突然に

思いもかけずに壊されると

指先に刺さった棘のように

ストレスが現実的になる

 そうして

それがどんどん積み上がって来ると

ココロに梗塞を起こすのだ

目には見えない

他人には気付けない血腫が

悪性新生物のように

イノチのエネルギーを奪うこともある

 それ故

緩やかに自分を主張するのだ

時間をかけて氷解する蟠りのように

本然を捻じ曲げないことだ

譲れない幾つかを強かに維持することだ

 例え

一つや二つの例外があったとしても

穏やかに容認できる範囲で・・

                      「愛撫の感触」

 

次から次へと

こんなにも生み出せるのは

自分でも解せない

 休む間もなく

胸の弦を弾いてゆくのは

もしかして

”イブの贈り物”なのか?

 いやいや、僕などJesusとは

何の縁も所縁も敬虔さもない俗人だから

そんな筈は無いのだが

切羽詰まったときに

誰もが思わず口にする”神よ!仏よ!”のように

思わず”アーメン”と言ってみたくなる程の

愛撫の感触なのだ

 こんなに苦もなく書きたいものが

コンベアーを流れてくるのは

*12/18 06:06:06 万甫

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