言辞の淵に Ⅶ
ナクナレバ其処で全ては閉ざされる
開けられる宛てのない
開けられる手懸かりもない
一直線の
鋭く黒いカンヌキで
ナクナレバ
僕の書き物などヒトタマリもないが
それでも
予備キーのように
僕はこの世に頼れるものを一つ
持っていたいのだ
書けるという能力と書こうとする意欲を!!
*
六地蔵の前で
僕はいつも手を合わせ
頭を垂れる
-もう一体の地蔵のように-
「恙なく一日が過ぎますように!」と
先ずは六人の孫の事を
それから
家族親族ブロ友さんまで・・
十秒ほどの他力本願だから
ご利益は些少かも知れないけれど
「恙ない日々が続きますように!」と
*
ほんの数秒前まで皆無だった
僕の黒板に
モーゼの石板のように
一歩ごとに書き込まれる言辞を
best-partnerの伝言用紙に書き付けてゆく
今のところ
これ程に心躍りの授業時間は
他には見当たらない
*
いつも
受け皿を磨いておかねばならぬ
ほんの僅かの陰りも
繊毛ほどの傷も
滑面を過る胡麻粒ほどの影も
”そのまま”を受け取る
妨げになる
*
無我の体得は
容易には叶わぬが
それ故
降ってくるものの希少さが
際立って増幅される
*
何キロメートル歩いたとしても
降ってくるものに触れられる保証はない
例えそれが
百キロの道程を重ねたとしても
-人生の
長短に準じて思惟したとしても-
それは約束事ではないのだ
-産まれては死ぬ掟のような-
例えば百五十枚の賀状で当てる
一枚の切手シートのように
例えば十年以上続けているロト6の四等の
たった千円の当選確率のように・・
*
言辞の淵に佇んでいると
深度も透明度も広さも
僕のイノチの時間位は
維持されるだろうと
楽観してしまうのだが
さりとて
その渦巻きの奈落から
湧き昇って来る慈滴が
僕の器を満たしてくれるとは
断言できないのだ
それゆえ
僕は何時でも緊張の極致で
天地のあわいに佇む
*
今日受け取る荷物の量や
今日の仕組みや順列や段取りや
未来への企てや過去への懺悔は
空っぽで綺麗な胸のページに
次々と箇条書きされてゆく
7777歩の心地よいリズムに乗せて
*
俯いていても
天を仰いでいても
瞳を閉じていても
右を見ていても
精神が心柱のように屹然と有れば
降ってくるものに出会える
きっと
誰でも
*
未来の一歩は不確実だけれど
今、足を送るこの一歩は
間違いなく未来を掴んだ一歩だ
遥か先の事で
思い煩うときは
眼前にある
その確かな一歩を見詰めることだ
其処に一緒に存在する
自信の塊を見つけ出すことだ
*
暗闇で幾ら目を瞠っても
やっぱり
何も見えない
けれど
真っ暗闇の帳が降りていても
その中に
心を自由に放っておけば
見えないけれども
はっきり見えてくるのだ
息を顰めて蠢くもの達の姿が・・
*
何がよくて
何がわるいのか
そもそもがよくわからないので
推敲はするけれど
大概は
最初に閃いた直感のままにしておく
産直の鮮魚のように
*
来るときは団体様で!が多いので
細心の注意を払いながら
供述調書を作成してゆく
粉骨砕身して僕は
*
恐らくは
一度限りの事なのだ
どんなに思案しても
あの時あの場所で
僕に降ったphraseは
翻訳しようとペンを握ると
その尻から消えてしまって
淡雪のように
二度とは顕ち現れない
恐らくは
全てが一期一会なのだ
此の僕が辿る
僕のイノチと同じように・・
*
2017 03/05 16:25:16