栃木・朝日岳で山岳遭難 4人の死因は低体温症 10/8(日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/d1ef04996713bc472cee453fd637455839f99c02
栃木県の那須連山にある朝日岳の登山道付近で男女4人の遺体が見つかった遭難事故で、死因は4人とも低体温症と判明した。
6日、朝日岳で「一緒に登っていた人が低体温症で動けなくなっている」と110番通報があった。
警察などが捜索を行ったところ、登山道付近で男女4人の遺体が見つかり、栃木・さくら市の野口誠二さん(69)、宇都宮市の竹石佳子さん(72)、宇都宮市の高津戸トシ子さん(79)、大阪市の木村英二さん(65)と確認された。
死因は、いずれも低体温症だったという。
警察は、4人が遭難したくわしい経緯を調べている。
**********************************************************
引用以上
那須連山には、過去数回登山している。10年くらい前、友人と朝日岳に登ったときは、硫化水素ガスに包まれた登山道で意識が遠のいてしまい、頭痛と吐き気でヤバいと思った。
しかし、那須登山駐車場から登れば2時間もかからない、ハイキングコース程度の初心者用ルートだろう。
私は、このニュースを聞いて、硫化水素中毒を疑ったのだが、4名の死因はいずれも低体温症だという。
事故が起きたと思われる10月6日の気温は、最高気温が4度だったとの記事を見つけたが、最低気温は分からなかった。おそらく氷点下数度だっただろう。ただ、20mを超えるような強風が吹きすさんでいたようだ。
以下のNHK記事で、30年那須登山を続けている人が一・二位を争うほど危険な気象だったと述べている。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231007/k10014218401000.html
気温は、湿度、風、標高などのファクターから、体感温度とはずいぶん異なる。
https://fanblogs.jp/golf1000m/archive/3/0
おおむね、風速1m毎に体感温度が1度低下してゆくといわれているので、風速20mの那須山上では気温4度であっても、体感温度はマイナス16度だったことになる。
ちょうど、私も当日、日課の山歩きで、1000m程度の保古山周辺を歩いていて、強風で強い寒さを感じていた。
ずっと長い高温現象が続いたので、まだ寒さに体が慣れていなくて、体の交感神経、副交感神経の反応がうまく働いていないと思った。
私の登山経験からは、正月の農鳥~北岳単独縦走で、吹雪と強風とガスで道を見失い、1時間以上も主稜線を右往左往したことがあった。
ヤッケとセーターを着ていたが、顔と耳に凍傷を負った。幸い、風で雲が切れた瞬間に稜線ルートを発見できて、北岳山荘に避難できた。
このとき、稜線の体感温度は、たぶんマイナス30度以下になっていた。
今回の遭難も、おそらく似たような体感温度だっただろう。木村英二さんは医師だったので、適切な装備と判断力があったと思われたが、それでも死亡した。たぶん、急激な気温低下が起きていたのだろう。
遭難者は同一グループではないという。だからリーダーの判断ミスではない。完全な気象遭難だ。山の天気の恐ろしさを垣間見せるニュースだった。
死者の年齢は65~79と高齢で、私と同じ世代である。いわゆる団塊周辺世代で、若い頃から十分な登山経験を持っているように思えた。
私の若い頃、今から半世紀以上前なのだが、当時、まだネットやゲームなどなかったし、テレビも似たような歌番組ばかりで、若者たちの遊びといえば、健康的なスポーツが主流だった。
上流の若者は、テニスやドライブに興じていた。私のように社会秩序から疎外された底辺の若者は、もっぱら登山くらいしかやることがなかった。
私は、20~40代の時期は、年間50日くらいの単独山行を行っていた。当時は、そんな人間は珍しくもなかった。
私が肺線維症で呼吸機能が半分に落ちても、山を歩いていられる理由は、この頃の登山経験の累積がものをいっている。当時は、20時間もぶっ通しで歩くような無茶苦茶に無謀山行ばかりだった。
だから、「呼吸機能が半分に落ちても、二倍呼吸すれば同じことができる」と信じるだけで山を歩けるわけだ。私にとって山を歩くことは元々苦痛でありマゾヒズムだったのだ。
今の団塊世代は、若者たちに比べて基本的に登山ハイキングに馴染みが深い。私など山で森の空気を吸わないと、気が滅入ってくる。また、山を歩いて緑に包まれることで、老眼の視力が回復できるのだ。
正直、山がなければ生きてゆけない。今は、昔のようなアルプス登山はできないが、それでも低山をとぼとぼ歩いていなければ窒息死するのではないかと思うほどだ。
肺線維症でなければ、私だって標高の高い山に登りたい。かつて、富士山を二時間弱で登れた心肺能力があったのに、今では、同じ坂道を歩いている、ほぼすべての人に追い抜かれてゆく。
それでも、マイペースで毎日2時間近く歩いている私は、たぶん那須朝日岳の同じ気象条件に遭っても、遭難はしないと思う。
似たような気象条件をたくさん経験してきたからだ。
私が、半世紀前に先達友人から教えられた登山の知恵は、未だに生きている。
まず、登山の気象遭難を避けるために、もっとも重要な知恵は下着である。
厳寒が予想される1500m以上の高所登山では、必ず、純毛下着を着る。そして、純毛セーターは、どんなときでも持参する。
今では、最新鋭の化学素材が多くて、多くの人たちが、純毛セーターではなくフリースのような化学繊維中着を持参している。
だが、純毛は、どんな化学繊維素材よりも濡れたときの保温性が良い。私のセーターは、虫食いの穴だらけだが、それでも、雨が降ってくれば、それを肌着として着込むのだ。
山での気象遭難は、体が濡れることと、風に吹かれることの二条件によって起きる。昔、リュックもヤッケも、なんでも綿帆布だったが、雨に濡れると バリバリに凍結して、実は、それで風や雨が防がれるのだ。
ナイロンヤッケが登場して、その軽さと防風性能から主流になったのだが、帆布だって良さはある。
どんなに優れたゴアテックスの雨具を着込んでも、長時間の降雨のなかでは、どこかから水が入って下着が濡れる。このとき、もちろん綿布はアウトで、これで強風に吹かれば、「娘さん、山男には惚れるなよ、山で吹かれりゃ若後家さんだよ」を地でゆくことになる。
https://www.youtube.com/watch?v=CyrZ7GHvA5Q&ab_channel=%E5%A4%AA%E9%83%8E%E5%A4%A7%E9%98%AA
下着が濡れ始めれば、それは死の扉が開いたことを意味する。このとき、最大の威力を発揮するのが純毛セーターであり、直接肌着として着込むのだ。
綿下着は脱いでしまわなければならない。フリースのような中着は、その上に着込む。上には雨具やヤッケを着込む。
私の若い頃の雨具といえば、ビニールポンチョが主流だったのだが、一時間もすれば下着までびしょ濡れになった。ゴアテックスが登場してから、ずいぶんマシになったが、どこからか水が入る問題は解決されていない。
朝日岳の4名は、おそらく強風による体感温度低下で死亡した。
この場合は、体表面への風の侵入を阻止する衣類の工夫をしなければならない。雨水と同じように、冷風がどこからか体表に到達するのだ。風の侵入を遮る衣類を二種類以上、着込まねばならないだろう。私は、薄い非常用ビニール雨合羽を常時用意している。この上から雨合羽を着る。
ただし、20mの強風が吹きすさぶ稜線でのことで、登山途中では汗で濡れてしまう。
なお、着替えは稜線に出る少し前に藪などを利用して行う。強風下では着替えは無理だ。
今回の遭難は、おそらく強風の稜線上で、着替えたり、着重ねするチャンスを失ったのではないかと想像する。ザックから衣類を出した瞬間、飛んでいってしまうからだ。
稜線というのは、普通登山道とはまったく別世界であることを知っておく必要があるのだ。おおむね10mを超える強風下では、ザックをおろすことさえできなくなるのである。
体が濡れて着替えようとしても、稜線では不可能だと知っておかねばならない。
飲食も、ポケットに入れた甘納豆や金平糖を食べることくらいしかできない。
今年は、今回と同じような苛酷気象が激増し、山は近年にない危険地帯になると予想すべきだ。とりわけ、稜線の強風は、登山者を痛めつける。
春夏のようなのどかなハイキングを想定するのはやめた方がいい。
あと、私と同世代の老人に言っておかねばならないことがある。
老人になるほど、回復力が劣化する。体力だけでなく筋肉や靱帯の疲労を回復するのに、ひどく時間がかかるようになる。
このため2000m以上の山岳地帯を歩きたいなら、毎日1万歩近い日常的な訓練が費用になる。
「若い頃取った杵柄」で、なんとかなるほど甘い世界ではないのだ。
私は、若い頃、アルプス3000m山岳、千丈、甲斐駒や赤岳、薬師岳なども日帰りでこなした。10代のうちは、その日に疲労が出たが、翌朝には回復していた。20代では、翌日に疲労が出て、回復に三日かかった。
30代では三日後に疲労が出て回復に5日かかった。40代では、4日後に疲労が出て、回復に一週間かかった。50代では、回復に十日かかった。60代では、もう回復できないと思うほどのダメージが残った。
70代の登山は、気合いをかけなければ無理だが、気合いだけで疲労が飛んで行くわけではない。必ず、長期間ダメージが残る。これを克服するために、毎日2時間以上歩く日課を作るしかない。
自分の実力を理解できないまま、無理な登山を行えば、必ず遭難事故につながる。
今年の遭難は、中高年中心に、史上最悪の事態になっている。
2023年夏、ついに山岳遭難が史上最多に。夏山シーズンになにが起きていたのか
https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=2721
9月13日に夏山期間(7~8月)の山岳遭難統計が発表されました。期間中、738件の遭難が発生し、遭難者数は809人、うち死者・行方不明者は61人(7.5%)、負傷者351人(43.4%)、無事救出者397人(49.1%)でした。統計上の特徴としては、次の点が挙げられます。
発生件数・遭難者数とも過去最多となりました。
前年と比較して件数で11%程度の増加でした。新型コロナ関係の制限が今年から基本的に解除されましたが、遭難の大幅増加という変化にはなりませんでした。
死亡遭難が多いように見えますが、2018年以前はもっと多い年もありました。今年が特別に多いわけではありません。
無傷救出などが多く、被害程度の少ない“軽い遭難”の多いことが特徴です。
態様別では「疲労・病気」による遭難が多く過去10年間で最大比率となりました。「転落・滑落」と「道迷い」が例年より少なく、「転倒」の比率も増加しました。やはり“軽い遭難”が多い状況と関係しています。
8月は台風の接近~通過はありましたが、全般に登山日和の日が多かったと思います。夏山登山者も多かったとみられ、マスコミで遭難のニュースが連日のように報道されていました。
しかし、実際には、8月は7月よりも遭難が少なかったようです。8月中の死亡・行方不明遭難は表のとおり19件把握できましたが、7月中の死亡・行方不明遭難は27件でした。
警察庁の発表では、遭難が最も多かったのは富士山(69人)、次いで秩父山系(41人)ということでした。しかし、私の把握した状況だと、やはり北アルプスが最多発しており、第2位が富士山でした。以下、山域別の状況を簡単に紹介します。
[北アルプス]
93件以上(私が個人的に収集した事例数です。以下同様)の遭難がありました。
後立山連峰では半数以上が白馬岳周辺での発生です。なかでも白馬大雪渓で多発しています。ただし死亡事故はありませんでした。
剱・立山連峰では立山で4件、剱岳で5件の遭難事故がありました。少ないですが、発表されない事例がもっとあるのかもしれません。薬師岳や雲ノ平周辺でも各数件の遭難がありましたが例年並みの範囲でしょう。剱岳北方稜線の小窓ノ王では7月17日に2人、8月6日に1人、どちらも滑落で死亡しています。
雷鳥沢キャンプ指定地と立山連峰
槍ヶ岳では一般ルート(槍沢、東鎌尾根、西鎌尾根)、北鎌尾根、南岳周辺で各数件の遭難がありましたが、死亡事故はありませんでした。北鎌尾根は事故の多い所ですが、2件はアプローチでの落石と滑落、1件は疲労で動けなくなったもので、バリエーションルートに挑戦するわりに低レベルな遭難でした。
穂高連峰はやはり最多発していて20件以上の発生でした。死亡事故も多く、前穂高岳の北尾根(7月16日)、同重太郎新道(7月16日)、同吊尾根(7月23日)、奥穂~西穂稜線(8月18・21・25日)、西穂高岳(7月31日)で遭難死亡しています。
常念山脈でも例年並みの遭難発生となっており、燕岳~大天井岳の縦走コース(8月4日)で滑落死亡しています。
[南アルプス]
主稜線のコース上で20件弱、その他の山域(前衛を含む)で数件です。広大なエリアのわりに遭難は少なかったと思います。農鳥岳で4件発生し、1件(7月27日)は滑落死亡事故でした。大門沢登山道は荒れているかもしれず要注意です。また、安倍山系・山伏岳で男性が行方不明になっています。
[八ヶ岳・中央アルプス]
遭難発生数は少なく、疲労、病気(軽症)、下山遅れなどの“軽い遭難”が多いです。赤岳(8月29日)で高齢男性の死亡事故が起こっています。
[富士山]
57件(遭難者数66人)以上の遭難がありました。警察庁発表でも最も遭難の多い山域となっています。コース別に見ると、富士宮口28件(28人)、御殿場口9件(15人)、須走口16件(18人)山梨県側4件(5人)です。登山者の多い山梨県側の遭難が4件だけなのは不自然ですが、カウントの仕方が静岡県側と違っているためと推測されます。
富士山の遭難多発は今夏いちばんのトピックとなり、マスコミで盛んに報道されました。その実態はまさに“軽い遭難”が多発しているということです。「体調不良で歩けない」「疲労で歩けない」「転倒して頭から出血」「足首をひねってケガ」、なかには「仲間からはぐれた」「足が痛い」「雨が降ってきた」などの救助要請もあったもようです。
死亡事故の4件はすべて病死事故でした。富士宮口で7月17日と9月1日、山梨県側で7月14日と7月16日に発生しています。低体温症による死亡事故はありませんでした。
[首都圏近郊1]
関東・山梨付近のエリアでは30件以上の遭難がありましたが、奥多摩、奥武蔵、丹沢、中央線沿線などでは公表されていない事例も相当数あったと推測されます。都市圏では真夏でも近郊での日帰り登山が活発に行なわれており、そこでの遭難多発が現代の大きな特徴です。死亡遭難事故は阿蘇山塊・根本山(7月2日)、上毛・子持山(7月16日)、奥秩父・乾徳山(7月16日)で発生しています。
[首都圏近郊2(上信越)]
30件以上の遭難がありました。首都圏から少し遠いですが交通網の発達により日帰り対象になっているエリアです。けっこう山深くて谷筋にはけわしい地形が隠れているなど、重大事故の起こりやすい危険な山々といえます。死亡事故が比較的多く、八海山(7月18日)、越後駒ヶ岳(7月23日)、巻機山(8月6日)、戸隠連峰・裾花川(7月16日)、根子岳(7月29日)で発生しています。
[北海道・東北]
地理的範囲が広く各地で遭難事故が発生しました。頻発山域は、北海道では大雪・十勝・日高山系、東北では岩手山、鳥海山、月山、飯豊・朝日連峰などです。北海道は山の難易度が高く死亡・行方不明が多くなっています。東北では山菜採りの遭難を除いて、死亡遭難事故は鳥海山(8月27日)、安達太良山(7月12日)の2例だけでした。大朝日岳(8月14日)では高齢男性が行方不明になっています。
[白山・北陸]
白山で6件の遭難がありましたが、ほとんどが軽度な事例でした。大日ヶ岳(7月29日)で病死事故、富山県小谷部市(8月30日)で警察官の職務中の滑落死亡事故、岐阜県高山市の宇津江四十八滝(8月11日)で観光客の滑落死亡事故がありました。
[大阪・京都・名古屋近郊]
発生件数は少ないですが、12事例のうち死亡・行方不明が7件もあります。理由は不明です。伊吹山(7月16日)で行方不明、鈴鹿山脈の御在所岳(7月16日)、神崎川(7月17日)、武平峠付近(9月1日)、大峰山脈・レンゲ辻(8月26日)、琵琶湖南部の逢坂山(8月20日)、奥美濃・川浦渓谷(7月29日)で死亡事故が起こっています。
[中国・四国・九州]
全体的に発生件数は少ないですが、大山は例外で6件発生しています。軽度な事例がほとんどです。中国山地東部の三原山(9月3日)で死亡事故がありました。九州の求菩提山(7月15日)、多良岳(7月26日)、双石山(8月12日)、諏訪之瀬島(7月25日)でも死亡事故がありました。
以上のように、本格的山岳エリアに限らず全国の幅広い山域で遭難事故が発生しているのが特徴です。死亡・行方不明事故も、剱岳や穂高連峰のような難峰だけでなく、全国の有名無名の山で起こっています。「典型的な夏山遭難」というようなとらえ方は現状と合わなくなってきているようです。
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引用以上
私の印象をいえば、自分の実力を過信して、若い頃のイメージだけで、今も同じように通用すると勘違いした中高年の「ファンタジー登山」による遭難が大半だと思う。
私の若い頃は、日常生活そのものが訓練になるほど体力を要求される機会が多かった。
だが、今は何かも便利化されて、基礎体力を鍛える機会がないにも関わらず、登山の快適な情報が飛び交い、自分もできると錯覚させられるのだ。
若い頃は谷川岳で700名も死亡しているから……というような警鐘記事も多く、山に行くには十分すぎる準備をしたものだが、今は、ろくに訓練もしていない中高年が簡単に思い立って、ファンタジーだけで登山を決行してしまうのだ。
だから遭難事故が多発する。登山のためには、綿密すぎる心技体の訓練、準備が必要なのであり、極めて危険な大事業を決行するとの十分な覚悟が必要なのだ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d1ef04996713bc472cee453fd637455839f99c02
栃木県の那須連山にある朝日岳の登山道付近で男女4人の遺体が見つかった遭難事故で、死因は4人とも低体温症と判明した。
6日、朝日岳で「一緒に登っていた人が低体温症で動けなくなっている」と110番通報があった。
警察などが捜索を行ったところ、登山道付近で男女4人の遺体が見つかり、栃木・さくら市の野口誠二さん(69)、宇都宮市の竹石佳子さん(72)、宇都宮市の高津戸トシ子さん(79)、大阪市の木村英二さん(65)と確認された。
死因は、いずれも低体温症だったという。
警察は、4人が遭難したくわしい経緯を調べている。
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引用以上
那須連山には、過去数回登山している。10年くらい前、友人と朝日岳に登ったときは、硫化水素ガスに包まれた登山道で意識が遠のいてしまい、頭痛と吐き気でヤバいと思った。
しかし、那須登山駐車場から登れば2時間もかからない、ハイキングコース程度の初心者用ルートだろう。
私は、このニュースを聞いて、硫化水素中毒を疑ったのだが、4名の死因はいずれも低体温症だという。
事故が起きたと思われる10月6日の気温は、最高気温が4度だったとの記事を見つけたが、最低気温は分からなかった。おそらく氷点下数度だっただろう。ただ、20mを超えるような強風が吹きすさんでいたようだ。
以下のNHK記事で、30年那須登山を続けている人が一・二位を争うほど危険な気象だったと述べている。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231007/k10014218401000.html
気温は、湿度、風、標高などのファクターから、体感温度とはずいぶん異なる。
https://fanblogs.jp/golf1000m/archive/3/0
おおむね、風速1m毎に体感温度が1度低下してゆくといわれているので、風速20mの那須山上では気温4度であっても、体感温度はマイナス16度だったことになる。
ちょうど、私も当日、日課の山歩きで、1000m程度の保古山周辺を歩いていて、強風で強い寒さを感じていた。
ずっと長い高温現象が続いたので、まだ寒さに体が慣れていなくて、体の交感神経、副交感神経の反応がうまく働いていないと思った。
私の登山経験からは、正月の農鳥~北岳単独縦走で、吹雪と強風とガスで道を見失い、1時間以上も主稜線を右往左往したことがあった。
ヤッケとセーターを着ていたが、顔と耳に凍傷を負った。幸い、風で雲が切れた瞬間に稜線ルートを発見できて、北岳山荘に避難できた。
このとき、稜線の体感温度は、たぶんマイナス30度以下になっていた。
今回の遭難も、おそらく似たような体感温度だっただろう。木村英二さんは医師だったので、適切な装備と判断力があったと思われたが、それでも死亡した。たぶん、急激な気温低下が起きていたのだろう。
遭難者は同一グループではないという。だからリーダーの判断ミスではない。完全な気象遭難だ。山の天気の恐ろしさを垣間見せるニュースだった。
死者の年齢は65~79と高齢で、私と同じ世代である。いわゆる団塊周辺世代で、若い頃から十分な登山経験を持っているように思えた。
私の若い頃、今から半世紀以上前なのだが、当時、まだネットやゲームなどなかったし、テレビも似たような歌番組ばかりで、若者たちの遊びといえば、健康的なスポーツが主流だった。
上流の若者は、テニスやドライブに興じていた。私のように社会秩序から疎外された底辺の若者は、もっぱら登山くらいしかやることがなかった。
私は、20~40代の時期は、年間50日くらいの単独山行を行っていた。当時は、そんな人間は珍しくもなかった。
私が肺線維症で呼吸機能が半分に落ちても、山を歩いていられる理由は、この頃の登山経験の累積がものをいっている。当時は、20時間もぶっ通しで歩くような無茶苦茶に無謀山行ばかりだった。
だから、「呼吸機能が半分に落ちても、二倍呼吸すれば同じことができる」と信じるだけで山を歩けるわけだ。私にとって山を歩くことは元々苦痛でありマゾヒズムだったのだ。
今の団塊世代は、若者たちに比べて基本的に登山ハイキングに馴染みが深い。私など山で森の空気を吸わないと、気が滅入ってくる。また、山を歩いて緑に包まれることで、老眼の視力が回復できるのだ。
正直、山がなければ生きてゆけない。今は、昔のようなアルプス登山はできないが、それでも低山をとぼとぼ歩いていなければ窒息死するのではないかと思うほどだ。
肺線維症でなければ、私だって標高の高い山に登りたい。かつて、富士山を二時間弱で登れた心肺能力があったのに、今では、同じ坂道を歩いている、ほぼすべての人に追い抜かれてゆく。
それでも、マイペースで毎日2時間近く歩いている私は、たぶん那須朝日岳の同じ気象条件に遭っても、遭難はしないと思う。
似たような気象条件をたくさん経験してきたからだ。
私が、半世紀前に先達友人から教えられた登山の知恵は、未だに生きている。
まず、登山の気象遭難を避けるために、もっとも重要な知恵は下着である。
厳寒が予想される1500m以上の高所登山では、必ず、純毛下着を着る。そして、純毛セーターは、どんなときでも持参する。
今では、最新鋭の化学素材が多くて、多くの人たちが、純毛セーターではなくフリースのような化学繊維中着を持参している。
だが、純毛は、どんな化学繊維素材よりも濡れたときの保温性が良い。私のセーターは、虫食いの穴だらけだが、それでも、雨が降ってくれば、それを肌着として着込むのだ。
山での気象遭難は、体が濡れることと、風に吹かれることの二条件によって起きる。昔、リュックもヤッケも、なんでも綿帆布だったが、雨に濡れると バリバリに凍結して、実は、それで風や雨が防がれるのだ。
ナイロンヤッケが登場して、その軽さと防風性能から主流になったのだが、帆布だって良さはある。
どんなに優れたゴアテックスの雨具を着込んでも、長時間の降雨のなかでは、どこかから水が入って下着が濡れる。このとき、もちろん綿布はアウトで、これで強風に吹かれば、「娘さん、山男には惚れるなよ、山で吹かれりゃ若後家さんだよ」を地でゆくことになる。
https://www.youtube.com/watch?v=CyrZ7GHvA5Q&ab_channel=%E5%A4%AA%E9%83%8E%E5%A4%A7%E9%98%AA
下着が濡れ始めれば、それは死の扉が開いたことを意味する。このとき、最大の威力を発揮するのが純毛セーターであり、直接肌着として着込むのだ。
綿下着は脱いでしまわなければならない。フリースのような中着は、その上に着込む。上には雨具やヤッケを着込む。
私の若い頃の雨具といえば、ビニールポンチョが主流だったのだが、一時間もすれば下着までびしょ濡れになった。ゴアテックスが登場してから、ずいぶんマシになったが、どこからか水が入る問題は解決されていない。
朝日岳の4名は、おそらく強風による体感温度低下で死亡した。
この場合は、体表面への風の侵入を阻止する衣類の工夫をしなければならない。雨水と同じように、冷風がどこからか体表に到達するのだ。風の侵入を遮る衣類を二種類以上、着込まねばならないだろう。私は、薄い非常用ビニール雨合羽を常時用意している。この上から雨合羽を着る。
ただし、20mの強風が吹きすさぶ稜線でのことで、登山途中では汗で濡れてしまう。
なお、着替えは稜線に出る少し前に藪などを利用して行う。強風下では着替えは無理だ。
今回の遭難は、おそらく強風の稜線上で、着替えたり、着重ねするチャンスを失ったのではないかと想像する。ザックから衣類を出した瞬間、飛んでいってしまうからだ。
稜線というのは、普通登山道とはまったく別世界であることを知っておく必要があるのだ。おおむね10mを超える強風下では、ザックをおろすことさえできなくなるのである。
体が濡れて着替えようとしても、稜線では不可能だと知っておかねばならない。
飲食も、ポケットに入れた甘納豆や金平糖を食べることくらいしかできない。
今年は、今回と同じような苛酷気象が激増し、山は近年にない危険地帯になると予想すべきだ。とりわけ、稜線の強風は、登山者を痛めつける。
春夏のようなのどかなハイキングを想定するのはやめた方がいい。
あと、私と同世代の老人に言っておかねばならないことがある。
老人になるほど、回復力が劣化する。体力だけでなく筋肉や靱帯の疲労を回復するのに、ひどく時間がかかるようになる。
このため2000m以上の山岳地帯を歩きたいなら、毎日1万歩近い日常的な訓練が費用になる。
「若い頃取った杵柄」で、なんとかなるほど甘い世界ではないのだ。
私は、若い頃、アルプス3000m山岳、千丈、甲斐駒や赤岳、薬師岳なども日帰りでこなした。10代のうちは、その日に疲労が出たが、翌朝には回復していた。20代では、翌日に疲労が出て、回復に三日かかった。
30代では三日後に疲労が出て回復に5日かかった。40代では、4日後に疲労が出て、回復に一週間かかった。50代では、回復に十日かかった。60代では、もう回復できないと思うほどのダメージが残った。
70代の登山は、気合いをかけなければ無理だが、気合いだけで疲労が飛んで行くわけではない。必ず、長期間ダメージが残る。これを克服するために、毎日2時間以上歩く日課を作るしかない。
自分の実力を理解できないまま、無理な登山を行えば、必ず遭難事故につながる。
今年の遭難は、中高年中心に、史上最悪の事態になっている。
2023年夏、ついに山岳遭難が史上最多に。夏山シーズンになにが起きていたのか
https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=2721
9月13日に夏山期間(7~8月)の山岳遭難統計が発表されました。期間中、738件の遭難が発生し、遭難者数は809人、うち死者・行方不明者は61人(7.5%)、負傷者351人(43.4%)、無事救出者397人(49.1%)でした。統計上の特徴としては、次の点が挙げられます。
発生件数・遭難者数とも過去最多となりました。
前年と比較して件数で11%程度の増加でした。新型コロナ関係の制限が今年から基本的に解除されましたが、遭難の大幅増加という変化にはなりませんでした。
死亡遭難が多いように見えますが、2018年以前はもっと多い年もありました。今年が特別に多いわけではありません。
無傷救出などが多く、被害程度の少ない“軽い遭難”の多いことが特徴です。
態様別では「疲労・病気」による遭難が多く過去10年間で最大比率となりました。「転落・滑落」と「道迷い」が例年より少なく、「転倒」の比率も増加しました。やはり“軽い遭難”が多い状況と関係しています。
8月は台風の接近~通過はありましたが、全般に登山日和の日が多かったと思います。夏山登山者も多かったとみられ、マスコミで遭難のニュースが連日のように報道されていました。
しかし、実際には、8月は7月よりも遭難が少なかったようです。8月中の死亡・行方不明遭難は表のとおり19件把握できましたが、7月中の死亡・行方不明遭難は27件でした。
警察庁の発表では、遭難が最も多かったのは富士山(69人)、次いで秩父山系(41人)ということでした。しかし、私の把握した状況だと、やはり北アルプスが最多発しており、第2位が富士山でした。以下、山域別の状況を簡単に紹介します。
[北アルプス]
93件以上(私が個人的に収集した事例数です。以下同様)の遭難がありました。
後立山連峰では半数以上が白馬岳周辺での発生です。なかでも白馬大雪渓で多発しています。ただし死亡事故はありませんでした。
剱・立山連峰では立山で4件、剱岳で5件の遭難事故がありました。少ないですが、発表されない事例がもっとあるのかもしれません。薬師岳や雲ノ平周辺でも各数件の遭難がありましたが例年並みの範囲でしょう。剱岳北方稜線の小窓ノ王では7月17日に2人、8月6日に1人、どちらも滑落で死亡しています。
雷鳥沢キャンプ指定地と立山連峰
槍ヶ岳では一般ルート(槍沢、東鎌尾根、西鎌尾根)、北鎌尾根、南岳周辺で各数件の遭難がありましたが、死亡事故はありませんでした。北鎌尾根は事故の多い所ですが、2件はアプローチでの落石と滑落、1件は疲労で動けなくなったもので、バリエーションルートに挑戦するわりに低レベルな遭難でした。
穂高連峰はやはり最多発していて20件以上の発生でした。死亡事故も多く、前穂高岳の北尾根(7月16日)、同重太郎新道(7月16日)、同吊尾根(7月23日)、奥穂~西穂稜線(8月18・21・25日)、西穂高岳(7月31日)で遭難死亡しています。
常念山脈でも例年並みの遭難発生となっており、燕岳~大天井岳の縦走コース(8月4日)で滑落死亡しています。
[南アルプス]
主稜線のコース上で20件弱、その他の山域(前衛を含む)で数件です。広大なエリアのわりに遭難は少なかったと思います。農鳥岳で4件発生し、1件(7月27日)は滑落死亡事故でした。大門沢登山道は荒れているかもしれず要注意です。また、安倍山系・山伏岳で男性が行方不明になっています。
[八ヶ岳・中央アルプス]
遭難発生数は少なく、疲労、病気(軽症)、下山遅れなどの“軽い遭難”が多いです。赤岳(8月29日)で高齢男性の死亡事故が起こっています。
[富士山]
57件(遭難者数66人)以上の遭難がありました。警察庁発表でも最も遭難の多い山域となっています。コース別に見ると、富士宮口28件(28人)、御殿場口9件(15人)、須走口16件(18人)山梨県側4件(5人)です。登山者の多い山梨県側の遭難が4件だけなのは不自然ですが、カウントの仕方が静岡県側と違っているためと推測されます。
富士山の遭難多発は今夏いちばんのトピックとなり、マスコミで盛んに報道されました。その実態はまさに“軽い遭難”が多発しているということです。「体調不良で歩けない」「疲労で歩けない」「転倒して頭から出血」「足首をひねってケガ」、なかには「仲間からはぐれた」「足が痛い」「雨が降ってきた」などの救助要請もあったもようです。
死亡事故の4件はすべて病死事故でした。富士宮口で7月17日と9月1日、山梨県側で7月14日と7月16日に発生しています。低体温症による死亡事故はありませんでした。
[首都圏近郊1]
関東・山梨付近のエリアでは30件以上の遭難がありましたが、奥多摩、奥武蔵、丹沢、中央線沿線などでは公表されていない事例も相当数あったと推測されます。都市圏では真夏でも近郊での日帰り登山が活発に行なわれており、そこでの遭難多発が現代の大きな特徴です。死亡遭難事故は阿蘇山塊・根本山(7月2日)、上毛・子持山(7月16日)、奥秩父・乾徳山(7月16日)で発生しています。
[首都圏近郊2(上信越)]
30件以上の遭難がありました。首都圏から少し遠いですが交通網の発達により日帰り対象になっているエリアです。けっこう山深くて谷筋にはけわしい地形が隠れているなど、重大事故の起こりやすい危険な山々といえます。死亡事故が比較的多く、八海山(7月18日)、越後駒ヶ岳(7月23日)、巻機山(8月6日)、戸隠連峰・裾花川(7月16日)、根子岳(7月29日)で発生しています。
[北海道・東北]
地理的範囲が広く各地で遭難事故が発生しました。頻発山域は、北海道では大雪・十勝・日高山系、東北では岩手山、鳥海山、月山、飯豊・朝日連峰などです。北海道は山の難易度が高く死亡・行方不明が多くなっています。東北では山菜採りの遭難を除いて、死亡遭難事故は鳥海山(8月27日)、安達太良山(7月12日)の2例だけでした。大朝日岳(8月14日)では高齢男性が行方不明になっています。
[白山・北陸]
白山で6件の遭難がありましたが、ほとんどが軽度な事例でした。大日ヶ岳(7月29日)で病死事故、富山県小谷部市(8月30日)で警察官の職務中の滑落死亡事故、岐阜県高山市の宇津江四十八滝(8月11日)で観光客の滑落死亡事故がありました。
[大阪・京都・名古屋近郊]
発生件数は少ないですが、12事例のうち死亡・行方不明が7件もあります。理由は不明です。伊吹山(7月16日)で行方不明、鈴鹿山脈の御在所岳(7月16日)、神崎川(7月17日)、武平峠付近(9月1日)、大峰山脈・レンゲ辻(8月26日)、琵琶湖南部の逢坂山(8月20日)、奥美濃・川浦渓谷(7月29日)で死亡事故が起こっています。
[中国・四国・九州]
全体的に発生件数は少ないですが、大山は例外で6件発生しています。軽度な事例がほとんどです。中国山地東部の三原山(9月3日)で死亡事故がありました。九州の求菩提山(7月15日)、多良岳(7月26日)、双石山(8月12日)、諏訪之瀬島(7月25日)でも死亡事故がありました。
以上のように、本格的山岳エリアに限らず全国の幅広い山域で遭難事故が発生しているのが特徴です。死亡・行方不明事故も、剱岳や穂高連峰のような難峰だけでなく、全国の有名無名の山で起こっています。「典型的な夏山遭難」というようなとらえ方は現状と合わなくなってきているようです。
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引用以上
私の印象をいえば、自分の実力を過信して、若い頃のイメージだけで、今も同じように通用すると勘違いした中高年の「ファンタジー登山」による遭難が大半だと思う。
私の若い頃は、日常生活そのものが訓練になるほど体力を要求される機会が多かった。
だが、今は何かも便利化されて、基礎体力を鍛える機会がないにも関わらず、登山の快適な情報が飛び交い、自分もできると錯覚させられるのだ。
若い頃は谷川岳で700名も死亡しているから……というような警鐘記事も多く、山に行くには十分すぎる準備をしたものだが、今は、ろくに訓練もしていない中高年が簡単に思い立って、ファンタジーだけで登山を決行してしまうのだ。
だから遭難事故が多発する。登山のためには、綿密すぎる心技体の訓練、準備が必要なのであり、極めて危険な大事業を決行するとの十分な覚悟が必要なのだ。