自然を愛して

田舎暮らし

「にほん丸」初寄港

2007-09-28 16:57:00 | Weblog
大型客船「にほん丸」が25日、温泉津港へ初寄港したので港に見物に行きました。
(総トン数約22,000トン、屋上は8階に在るほどの大きさです)
港は石見銀山の物流拠点として栄えた小さな港ですので、沖1キロの日本海に停泊して専用船に乗り換えての入港です。
商船三井客船が「自然と歴史を訪ねて未知の日本」に出会う企画を立て
『世界遺産を訪ねる充実のオプションツアー』です。
横浜港を出発、行き先は温泉津(石見銀山跡)広島(安芸の宮島厳島神社を参拝)屋久島(屋久島を一周)下船は神戸港です。
温泉津の寄港式には市長も上船して歓迎行事に出席された様子がテレビニュースで放映されました。
そして「土江子供神楽」が迫力のある「八岐大蛇」(やまたのおろち)の石見神楽を披露し、特産の「西田くず」を乗客235人に贈呈されました。
港では市民が「にほん丸」を写真に撮ったりして、世界遺産登録によって注目され、寄港した町を喜んでいる様子が身近に伝わりました。



東京港
 国際貿易港で埠頭が16もあり、また客船フェリーターミナルへの交通は5箇所あって
 沢山の船を見ることが出来ます。
 男児は船の科学館を喜び一度は連れて行ってあげたい所です。
 観測船「宗谷」青函連絡船「羊諦丸」も保存されています。
 交通は行きは新交通「ゆりかもめ」に乗車して、帰りは水上バスを利用すると景色が二通り楽しめます。
横浜港
 元商船学校の航海練習船「日本丸」がみなと未来21地区の石造りのドックに保存されて一般公開をしています。
 「太平洋の白鳥」と言われるだけあって美しい船です。中は見学していませが、横浜に遊びに行く度に車から眺めて
  満足していました。
 山下公園の近くには氷川丸が゛保存され、昔は見学者が訪れていましたが、今は修理中で2008年に公開されます。
 (戦時中は病院船、戦後は引き揚げ船に使われていた船です。)
 私が初めて見学したときは大きさ、機械室にびっくりしました。
 また、遊覧船に乗って湾内を一周するのも良いです。中華街も近くて恋人が良く訪れる名所です。





稲刈り

2007-09-17 16:59:02 | Weblog
実りの秋、わが家も稲刈りが終わりハデを三段に組みました。稲は一ヶ月くらい天日干しにして乾燥させてから脱穀をします。(モミ)
一般的な方法はコンバインで刈り、稲刈りと脱穀を同時に行い、乾燥は通風型の乾燥機を使います。
自家用のお米だけですので時間と手間をかけて伝統的な方法(有機栽培)を実行しています。その日は初秋の行事として青空の下でおにぎりを食べお茶をするのも楽しみのひとつです。
稲は機械が刈って束にしてくれます。ハデに掛けるときは一束を4対6にふたつ割にして交互に並べていきます。最後に落穂を拾って歩きます。
夫が急に「落穂拾いの絵を知っている。」と聞いてきました。この言葉は4年前遊びに来ていた義姉にも聞かれたことがあります。農家の人がお米を大切にしている理由がわかりました。


「落穂拾い」の絵
  作者はフランス人のミレーです。、農民画を多く手がけ屈指の名作と知られ、美術の教科書にも出ています。
  貧しくて逞しい農婦の落穂を拾う姿が、写実的に描写し表現しています。
  1858年にサロンに出展されましたが、落穂を拾い生活をしなくてはならなかった当時の状況を反民主主義と
  議論を呼びました。

昭和・平成のお米販売
  1942年新食糧法:戦争のため食料不足になりお米を国家管理にして農家は供出し、人々は配給を受けた。
  配給が足りなくて苦労した時代です。
  1995年「自主流通米」中心の流れに変わった。
  2001年新しい品質表示制度:消費者のためにお米の表示がわかりやすくなり銘柄を選んで購入するようになった。


よずくはで
  石見銀山遺跡・銀山街道の元宿場町(温泉津町西田地区)に全国にも珍しい四角錐形に組み立てる
  「よずくはで」が立ちます。(ミミズクが羽を休めるような形)
  大田市の有形民族文化財で秋の風物詩として写真愛好家から注目を浴びて年々見学者が増えています。

ホームページに写真を載せています。

http://www.iwami.or.jp/ken-naka/