自然を愛して

田舎暮らし

石見銀山世界遺産に登録決定

2007-06-29 20:33:36 | Weblog
6月28日私達が住んでいる大田市の大森地区にある石見銀山が世界遺産登録に決定されました。朝からニュースを待っていましたらテレビで12時43分に、有線放送は1時過ぎに放送されました。
日本国内で14件目、アジアの産業遺産として初の世界遺産です。
5月に諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)が登録延期勧告を示したため二段階格上げの登録ですので住民の喜びもひとしおです。
先月ユネスコ大使の斉藤誠一氏が現地視察に来られたときテレビを見て頼もしい人と思っていました。そして、国の協力で必ず巻き返しが出来ると信じていました。大使は文化庁と島根県、大田市の専門職員をフランス・パリに招きイコモス評価の反論など日本の見解を補足情報にまとめて、戦略的に環境面を強調する資料を作成して成功されたと聞いております。
銀山遺跡は十六世紀から環境に配慮し、人と自然が共生しながら銀生産を実現した素晴らしい遺跡ですので、緑に覆われた鉱山、重要伝統的建造物群保存地区の町並みを大事に未来に引き継いで欲しいと思います。龍源寺間歩(坑道を公開)のある地区は本当に静かな良い所です。そして、銀山街道(降路坂)や港町の鞆ケ浦《仁摩町》沖泊《温泉津町》まで足を延ばして全体を見てほしいです。



写真は大森銀山町にある五百羅漢です。

 五百羅漢を護るための無量寿院羅漢寺があり、1757年に昔銀山で働いて亡くなった人々の霊を供養するため
 月海淨印が発願されました。
 岩盤斜面の石窟には石造501体の羅漢坐像があり、顔の表情はすべて違います。
 石窟の周囲には石塔、石碑、3基の石造返り橋があります。
 


世界遺産登録記念  「輝き ふたたび 石見銀山展」

  会期 平成19年7月14日(土)から9月24日(月)

  会場 古代出雲歴史博物館 (出雲市大社町)

      石見銀山資料館  (大田市大森町)



うれしいこと

都会にいるとき、出身地を聞かれ島根県と言っても理解できない人が多々いました。
そんな時出雲大社のある県と説明しました。
これからは、石見銀山と言えば、日本でいや世界でも通じるでしょう。

今年、中部情報化センター(大田市)でホームページの講座を受講し、課題が「地域をテーマ」にでしたので、私は『わが町ゆのつ』を制作しました。
内容は温泉津に関する銀山街道、港町など 書き込み公開しましたので、2007年は忘れられない思い出の年になるでしょう。



かもめ

2007-06-25 17:02:17 | Weblog
六月中頃にカモメが飛来して、田んぼに50羽位いました。
カモメは海の鳥とばかり思っていましたが、
図鑑には《沿岸海域や港湾、河口、河川、川辺に生息し、飛翔力が強く、雑食性で海面や海岸の魚、海草など食べる》と書いてありました。
河口に近い田んぼですので飛来したことに納得がいきます。夫は「おたまじゃくしを食べるため田んぼに入っているのだろう・・・」と言いました。
急いで写真を撮りに側まで行きましたら一斉に飛立ちました。
飛立ちの姿は背と翼は青灰色で、翼はM字形になり、風を切って飛び美しいです。
いい写真を撮りたいと思っていましたが最近は見かけません。渡り鳥ですからどこかに移動したのでしょう。



   写真をクリックすると大きくなります


2007-06-18 16:24:40 | Weblog
幻想的な光を楽しみながら、蛍の飛び交う観察会が三瓶小豆原埋没林公園であることを知りました。夜の外出は無理なので、我が家の田んぼに現れることもあるので(雨上がりの蒸し暑い無風の日)7時半過ぎに行ってみたら、倉庫の窓に一匹とまり、田んぼに3匹ほど飛んでいました。写真を撮ることにしましたが発光は2秒から10秒ですので中々上手く撮れないので、窓にとまっている蛍を捕まえ庭の「ぎぼし」の葉に乗せて撮影すると蛍が写りました。だけど光は写す事が出来ませんでした。写真撮影の技術も勉強しなくてはいけませんね。


思い出 
                                                                        
 子供が小学生のとき、原作者 野坂昭如「火垂るの墓」のアニメ映画を一緒に観ました。
 戦争中幼い二人の兄妹が必死に生き抜こうとしながら死んでいく物語です。
 食べ物もなく妹が蛍の飛び交う洞窟で死んでいくシーンは悲しくて涙が止まり
 ませんでしたが、今も蛍の乱舞の美しさが 心に焼きついております。
 この物語は「日本の歴史」「兄妹愛」「力強く生きる」ことを教えてくれます。
                                    




ジャム作り

2007-06-13 00:48:17 | Weblog
ゆすら梅が採れたのでジャムを作りました。小さな赤い実で種を取るとあまり実はなくて少々しか出来ませんが、きれいな色で甘酸っぱい爽やかな味です。
庭に一本あった木を畑に挿し木をして3年目で4本の木が満開の花を咲かせ実をつけ1500グラムほどのジャムが出来ました。
市販では未だ見たことがありませんので貴重なジャムです。
今まで我が家の作物で作ったジャムは夏みかん、イチジク、ブルーベリー、イチゴ
山で摘んだ野いちごです。


作り方

 実を少々の水(種を取るため)を入れて軽く煮る。
 すぐ柔らかくなるのでざるに入れしゃもじで潰し種を取る。
 潰れた実の汁をグラニュー糖とレモン汁を入れて煮詰める。
 実の汁が多くあると長時間煮詰めることになるので気をつけること。
 そうするときれいな色のジャムが出来る。
 煮沸した瓶に入れて保存します。



 ジャムはパンに塗るだけではなく、ヨーグルトと混ぜて食べても美味しいです。
 喫茶店で食べるケーキは木苺が一番。
 子供が小学校のとき、お友達のお母さんが親睦会で作られたブルーベリージャムのゼリーは好評でした。
 下は白いヨーグルト、上は紫色のジャムにして山型容器を使い反対に入れて固める。
 崩れないように取り出す。
 美しくマイルドな味でお客様のデザートにお薦めです。
 

ちまき作り

2007-06-10 01:43:16 | Weblog
前日に山で、まきの葉(サルトリイバラ)を摘みちまきを作りました。当地は田植えが終わり6月1日に作ります。
子供の頃、町では八百屋さんから材料を買って作るか、和菓子店で買って6月5日の端午の節句に食べたました。
東京では、ちまきは柏の葉に包んであり、柏餅と言い5月5日に子供が元気に育つように五月人形にお供えします。
ちまきもその家の味があり、私は粒餡で作っていましたが、田舎に帰ってからは母(姑)に教わり漉し餡でお砂糖、お塩を少々入れあっさりした味で作ります。今はその味が好きになりました。
他にベーキング・パウダーを入れたメリケン粉の皮も美味しいです。
餡子も味噌味、ソラマメで作る人もいます。
沢山作って冷凍に入れていたものをオーブンで焼いて食べるのも香りがあるお餅みたいです。

作り方

 まきの葉は硬い葉を選びます。
 団子の粉は上新粉をぬるま湯でこね、耳たぶくらいの硬さにします。
 餡子は卓球の球より小さめに丸め、捏ねた粉で包み片栗粉をつけてまきの葉で
 包みます。
 蒸し器で15分くらい蒸して出来上がり、葉の色は緑から茶に変わります。
 香りが強いのがいやな人は葉を茹でてあくを取り覚ましてから包んで蒸すと
 良いです。
 



里山のハイキング

2007-06-03 17:09:19 | Weblog
標高200m?山へ夫婦でハイキングに行きました。
50年前頃はそれぞれの家が畑にして麦、芋、お茶など栽培していたそうです。今は休耕地で誰も山に入る人はいません。
私達も2年ぶりで、夫は動物よけの鈴、枝切りバサミ、小さな鋸を持参して笹を切りながら帰り道が分かるようにして進んで行きました。
のこぎりを使用して倒れた木々を切る必要はありませんでしたが、枯れた木が所々にありました。
途中で木苺を見つけたり、お茶の葉を摘んだり、柴、榊を採ったり、小鳥のさえずりを聞き、柔らかい土を踏みしめながら植物を眺め立ち止まっておしゃべりするのも楽しいものです。
話題はキョッキョッキョキョキョキョと鳴いていたホトトギスの声を初めて聞いた私に「鳴いて血を吐くほととぎす・・・」から始まり、3人の天下人(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、)が鳴かないホトトギスをどうするのか後世に言い表した句など・・・正岡子規、高浜虚子の俳誌など中学生に戻ったようでした。
お茶は八十八夜に行かなかったので新芽が伸び葉が硬くなっており、新茶にするには無理で番茶用に摘みました。
木苺は赤い実より黄色のもみじイチゴと言われるほうが、甘味が強く酸味もあり美味しいです。
お昼過ぎには頂上に着きお弁当を食べましたが、樹木が伸び周囲の景色は見えなく笹藪の中でウグイスの声を間近に聞き過ごしました。(鶯は人間に姿を余り見せないそうです)
我が家の山は栗の木が自然に増えていたので、「秋には下草を刈って栗拾いをするといいね。」と話しながら家路に辿り着きました。
山は空気が美味しく良い一日でした。

番茶の作り方

 お茶の葉を蒸し、広げて干し、乾いたら火で煎ります。