隠岐殿遺跡出土品。 「発掘された日本列島2011」(江戸東京博物館)にて2011.6.14撮影
市教委が発掘調査を進めている戦国時代末の隠岐殿遺跡(同市中田町中条)で、杭列の跡が出土した。新府城主・武田勝頼の重臣の屋敷跡とみられる。
杭列跡は昨年出土した礎石建物の東側、掘っ立て柱建物の南側から見つかった。穴の直径は約10cmで、東西7・7mに11本、南北18・6mに20本、60~70cm間隔で出土した。杭列が途切れ、杭より太い柱跡が出土した部分もあり、敷地全体の出入り口だったとみられる。 列から外れた杭や柱の跡も約20本見つかった。
昨年出土した遺構の礎石や柱跡の中心を結んだ軸線と杭列の軸線が揃っていることから、建物と同時期に存在したとみられる。
[参考:山梨日日新聞]
過去の関連ニュース、情報
2009.2.11・隠岐殿遺跡